About us データのじかんとは?
大川:具体的なお話を伺う前に、まずは三井屋工業とセレンディップ、そして近藤さんと梅下さんの当時の立場について教えていただけますでしょうか。
近藤氏(以下、敬称略):三井屋工業株式会社は1947年8月に名古屋市内で創業し、1953年からトヨタ自動車との取引を始めました。創業当時は輸入雑貨を扱っていたのですが、仕入れた商品が梱包されている麻袋を「そのまま捨てるのがもったいない」ということで、一度ほどいて反物にする事業を始めたことがきっかけで、自動車の内装製造に関わることになったと聞いています。現在はホイールハウスライナーなどの外装部品、トランクルーム内のラゲージトリムなどの内装部品などの部品を製造しています。当初は総務部長だったのですが、すぐに生産管理の部署に異動してデジタル化やDX絡みのプロジェクトに本格的に関わらせてもらうようになりました。
梅下氏(以下、敬称略):私は中小製造業をメインとしたコンサルティング会社のセレンディップ・ホールディングスでインベストメントを担当しています。三井屋工業は2018年に弊社と資本提携を結んで同グループになりましたが、私は最終契約を締結する以前のデューデリジェンスの段階から関わらせていただいていました。当時から専務取締役として経営に参画しています。具体的な施策は近藤さんがリーダーとして腕を奮っていただいて、私は最初の仲間集めやオーガナイザー的な立ち位置で取り組ませていただいています。
■デューデリジェンス(Due Diligence)
買収監査ともいわれる。M&Aや資本提携前に買い手の企業が売り手の企業の経営状況・財務状況などを調査すること。デューデリジェンスの調査対象は、事業・財務・法務・財務・人事・ITなど幅広い領域からケースバイケースで実施される。
大川:名古屋に拠点を置き、世界のトヨタの発展を支えた深い歴史がある製造会社なのですね。ただ、私の経験上、業務効率化や業務プロセスの刷新、デジタルツールの導入が容易い環境ではないイメージなのですが、梅下さんからは当時の三井屋工業はどのように見えたのでしょうか?
梅下:2018年時点での三井屋工業の事業成績は決して悪くなく、その歴史やプロダクトも素晴らしい。そしてトヨタのティア1企業ですから、デューデリジェンス以前は「きっとすごい技術やノウハウが積み重なっているに違いない!」と思っていました。ただ、今だからこそ言えますが現実はかなり厳しかったですね。
大川:具体的にはどのような課題が浮き彫りになったのですか。
梅下:端的に言うなら「今、何が起こっているのかさっぱりわからなかった」ということです。どれだけ不良があって、赤字はどのくらい生じているのか。製造業の基本的なデータ管理である「原価管理」についても、現場や生産部門に問い合わせても返答は遅くて不正確だったのです。
大川:中小企業の製造業では頻出しやすくなかなか解決が難しい課題です。70年の知識やノウハウの蓄積についてはいかがでしょうか。
梅下:理想的なカタチでは残っていませんでした。現場は70年間ずっと続いていたのではなく、きっと人や製造方法などが変わるタイミングで喪失していて累積できる環境ではなかったのだと思います。データなど設備に残っているものもありましたが、特に人の知識・経験に依存するものは容赦なく途切れて断絶していたと感じました。極端な表現ですがトヨタ車のモデルチェンジごとに過去の経験がリセットされるような印象です。ただ、現場の人たちはすごく真面目に業務に向き合っている方が多かったので、個人の問題ではないと受け止めていました。
近藤:梅下さんも言われていましたが、当時から働いている人たちはとても真面目でその時々に合わせた原価管理などにも対応しながら行っていました。ただ、都度対応を繰り返した結果、今から振り返ると一貫性がなくなっており70年間かけて迷宮に入り込んでしまったのかもしれません。実際、財務データと管理データが乖離する「財管不一致」は長らく問題となっていましたから。
大川:長い間、同じ組織で同じ事業を続けているとどうしてもその迷宮に入り込んでしまう事も多いと感じます。その様な企業を念頭に置くと、データ活用やDXを図るうえではなかなか困難な状況だったと推察します。その具体的な取り組みついてお聞きかせ下さい。
梅下:三井屋工業の業務プロセス改善の基本はシンプルで、セレンディップグループの経営方針と同じく「結果が出るまでやる」ということです。決まった打ち手が最初にあるわけではなく、アジャイル開発のように結果が出なければ方法を変えて続けます。だから、DXやデジタル化に取り組んだのも最初から「デジタルありき」だったわけではないことは、皆さんに伝えたいですね。
近藤:梅下さんの方針もあって、最初に導入したツールはOffice365で業務連絡をチャットで行うなど単純なことからスタートしました。業務日報ツールの導入も検討したのですが、イニシャルコストとランニングコストのどちらも高すぎるので断念。そこで候補に上がったのが当時の弊社IT担当者が自身で作成し、導入を上層部に提案したものの採用されなかったツールでした。
大川:自作の業務日報ツールですか!実際に運用したのですか?
梅下:はい、「復活させて使おうや」といった感じで導入しました(笑)。この自作ツールの存在は、デジタル活用による業務プロセス改善の実現はもちろん、今、私たちが展開しているプロダクトである製造現場マネジメントツール「HiConnex(ハイコネックス)」につながっていると思います。
大川:とても素晴らしいですね!自作のツールを生み出して成果につなげるといった「プロトタイピング 」を実践している中小企業は、DXを実現している例も少なくありません。近藤さんに伺いたいのですが、一度、上から蹴られたツールの導入が決まったときの現場の受け止め方はどのような感じだったのでしょうか?
近藤:私自身、そのツールの存在は知っていたのですが梅下さんに言われるまでは使おうという発想はなく「なるほど」と感心したのを覚えていますね。正直、当時は私はIoTとかITについて深い知識があったわけではないので、いまの設備の更新や新しいシステムの導入から取り掛かった方が良いのではないかと思っていたこともあり、当時の会社にはなかった観点だと思いました。今から振り返ると、三井屋工業はきっと「だから70年間もできなかった」のでしょうね。
梅下:決して昔が悪かったというわけではありません。むしろ外部からやってきた私たちのやり方で、しかも三井屋工業がデジタル化で良くなる環境だったからこそアジャイル方式や大川さんが言われたプロトタイピングを実践できたのだと思います。
大川:実際、IT担当者が作成したツールを導入した意図はどのようなものだったのでしょうか。
梅下:まず、DXやデジタル活用は完璧である必要はないと思っています。重要なのは「今よりも正しいデータが取れたらOK」ということです。もちろん、その後も考える必要はありますが当時は何百万円をかけたツールであろうが、自作ツールであろうが、アナログ中心だった今よりも正しいデータは取れるだろう。ならばスピーディーに進められる自作ツールから始めようという意識でした。そして必要に応じて改修を重ねるうちに「自社開発した方が良いじゃん」ということになり、HiConnexにつながったというわけですね。
大川:いいですね!非常に理想的な進め方だと感じました。ただ、実際の運用となると、業務や人によってデジタル化の浸透度合にムラは生じなかったのでしょうか。多くの中小企業が直面する課題だと思うのですが。
梅下:その辺りはセレンディップの「結果が出るまでやる」。そしてそのために「管理を徹底する」という影響が大きかったと思います。最初からツールを渡すのではなく、まずは従来通りのアナログ環境で、より粒度が高く、高頻度に記録を提出するように指示して管理を徹底します。アナログだろうがデジタルだろうが不正確なものは許さない。すると当然、現場の負担が大きくなって悲鳴が上がります。その瞬間にデジタルツールを差し出すというプロセスでHiConnexを展開しました。結果的に約3カ月くらいでほとんど浸透したと思います。
大川:あくまで現場マネジメントの一環として展開されたんですね。現場が欲しがる環境を作ってから提供するのは「本当に現場が求められるツールを導入する」ことにも当然、つながりますよね。
近藤:現場に浸透した要因としては、これまでP/L(損益計算書)には出てこなかった現場での変革の成果がデジタル化によって可視化されて報われるようになったことが大きかったと思います。具体的には不良改善が改善されたときなどには、報奨金が支払われるといった制度も設けられました。あと、本当に重要なのは上層部に現場の頑張りを認めてもらえることなのだと思います。承認欲求が認められるということは、大きな原動力になると気付かされました。
大川:まさに「現場の小さなイノベーション」にスポットライトを当てたのですね。これまでの取り組みを伺って、貴社は中小企業だからこそDXを実現できたのではないかと受け止めました。
近藤:さらに製造業の中小企業と括ると、本当にその通りだと思いますね。
大川:はい。よくある製造業者だと、アジャイルやプロトタイピングのようなやり方に抵抗感があるケースがとても多いのです。その一方、DXを実現できた企業の多くはマネジメント層が若返ったり、刷新されたりしたタイミングで現場が求めるツールを良くして変えていっていることが多い。言葉が厳しいかもしれませんが、大企業のマネジメント層にとって「取るに足らないこと」が実は重要な要素であるケースが多分にあると感じています。
梅下:私もまったく同じ考えです。だからこそ、アフターコロナの不確実性の高い世の中で舵取りをするとき、特にDXに関しては私たちと同じように取り組むのは構造的に不可能なのだと確信しています。この点についてはきっと、現場と近い経営陣が意思決定する中小企業に優位性があり「きっと勝てる!」と確信したポイントです。
大川:さきほどの近藤さんの「承認欲求」のお話もそうですが、DXを推進するなかで当初の目的とは違う副次的な効果を得られることもあり、むしろそっちの方が大きな成果につながるケースも珍しくありません。きっとセレンディップ・グループが展開しているHiConnexもその一例ではないでしょうか。
■HiConnex(ハイコネックス)
三井屋工業株式会社が製造、セレンディップ・ホールディングス株式会社が販売する中小製造業向けのDXアプリケーション。
梅下:そうですね。HiConnexは当初、三井屋工業が自社運用するために開発したのですが、工場見学した製造業の方々から「これいいよね」とか「欲しい」というご意見を受けて「もしかしたら商売できるんじゃないか」とスタートしました。ただ、当初はオンプレミスでしたがサービス展開するのであればクラウドでなければならない、そうなると根本から創りなおさなければならない。となって「さあ、どうしよう」という状況になってしまいました(笑)。そんなときにセレンディップ・グループにシステム開発会社やデザイン関係の会社があるのでグループ間で連携しながら制作することになりました。
大川:このような自社開発したツールを外販する際、苦労する企業は少なくないと思います。個人的にその大きな原因は、導入先の企業が三井屋工業とは異なる風土・環境・経験が異なる構造的なテーマだと考えています。梅下さんはどのように受け止めていらっしゃいますか?
梅下:まさにその課題は乗り越えなければならないと考えています。特に製造業は個別最適化されているのでパッケージ販売は正直厳しいでしょう。そのようななかでセレンディップの強みとしては、HiConnexの開発のようにグループ間で「価値共創」できる環境があることです。具体的にはHiConnex単体で儲けを出すのではなく、コンサルティングやそれをきっかけに感心を持って株式を譲っていただいた会社のインベストメントで儲けるモデルを確立していくのが目標です。
大川:あぁ、なるほど!非常にユニークな出口戦略ですね!セレンディップ・ホールディングスの信用創造までつなげるイメージで展開されるということですね。
梅下:私たちの業界はそれっぽい机上の空論が先行することが多いのですが、少なくとも私たちは三井屋工業と一緒に現場改善、業務改善、経営改善に取り組み、そのノウハウをツールに詰め込んだという実績があります。そのような手触り感のあることを積み上げていくのが「価値共創」なのだと信じて大切にしていきたいですね。過程をすっ飛ばした先にあるのは虚業だと思いますから。
(取材・TEXT:藤冨啓之 PHOTO:倉本あかり 編集:野島光太郎)
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