生産年齢人口の減少を背景に、企業の人手不足が加速しています。国民の5人に1人が75歳以上の後期高齢者となる2025年以降、労働力人口の不足はさらに深刻化していくと見込まれます。
これまで以上に企業が従業員に‟選ばれる”ことが求められる時代。重要なのは、EX(Employee Experience:従業員体験)の向上です。EXとは何か、どのように高めるべきなのか。こうした知識がまだまだ不足していると感じる方も多いのでは?
本記事では、EXの価値や具体的な実践方法について組織変革や人事データ分析の専門家らが解説した『EXジャーニー ~良い人材を惹きつける従業員体験のつくりかた~』を書評。企業はなぜEXについて考えるべきなのか、そこで同書がどう役立つのかについて深掘りします!
EX(Employee Experience:従業員体験)とは、企業が従業員に対して提供する仕事環境や文化、福利厚生など働きがいにかかわるすべての体験を指します。採用プロセス、オンボーディング、日々の業務、キャリア開発、退職後の消費者としての利用や再雇用まで、従業員が企業と関わる段階はさまざま。従業員一人一人の体験がエンゲージメントや業績に直結し、企業全体のパフォーマンスやブランド力、社会的価値に大きな影響を与えます。
『EXジャーニー ~良い人材を惹きつける従業員体験のつくりかた~』(以下『EXジャーニー』)では、応募前の日常接点から採用プロセス、業務遂行、退職後に至るまで従業員体験を13パートにわけ、あわせて小説形式の「EXとほほエピソード」を紹介する本です。それぞれのパートで、企業はEXを高めるために何をすべきなのか、反対に何をしてはいけないのか、どのような手法やプロセスが先進企業では採用されているのかなどについて具体的な従業員の「体験機会」にひもづけて解説されています。
著者は組織改革やキャリア開発の著書を多数持つ以下の3名の専門家です。
・企業の組織変革やワークスタイル変革に伴走するあまねキャリア株式会社CEOで作家の沢渡 あまね(さわたり あまね)氏
・日本の人事部「HRアワード」書籍部門最優秀賞や経営行動化学学会優秀研究賞などの受賞歴を持ち、キャリアや人材育成についての研究を専門に行う法政大学大学院政策創造研究科教授の石山 恒貴(いしやま のぶたか)氏
・組織・人事領域全般の組織サーベイ・人事データ分析(ピープルアナリティクス)を提供する株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達 洋駆(だて ようく)氏
同じく人事・組織開発領域に携わりながら、組織改革の実戦、アカデミックな研究成果、組織サーベイやデータ分析などそれぞれに専門領域の異なる3名の専門家が携わっているからこそ、MECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive:漏れなく、重複なく)なEXジャーニーについての解説が行われている点が『EXジャーニー』の特性と言えるでしょう。
EXジャーニーとは、入社前の日常接点から採用、退職後に至るまで従業員体験のプロセスを可視化したものであり、『EXジャーニー』の冒頭ではEXを4つのライフステージと13のプロセスに分類したEXジャーニーマップが掲げられています。
企業が顧客との日常接点から購入、口コミに至るまでを旅になぞらえたCX(Customer Experience:カスタマーエクスペリエンス)ジャーニーは現代のマーケティングにおいて当たり前となっている考え方です。EXジャーニーはそれを従業員体験に応用したものであり、下記のようにさまざまな要素で構成されるEXを整理するフレームワークです。
・物理的環境:オフィスのデザイン、設備、リモートワーク用のITインフラなど、従業員が働くための物理的な環境
・デジタル環境:業務効率を高めるツールやシステム、デジタルプラットフォームの使いやすさ
・文化・感情的要素:社内の風通しの良さ、同僚や上司との信頼関係、心理的安全性など、感情的な側面
・制度・福利厚生:柔軟な働き方の制度(リモートワーク、フレックスタイムなど)、育児・介護支援、健康保険や退職金制度などの充実度
・キャリア・学習機会:従業員が成長できる機会の提供、キャリアパスの明確化やスキルアップ支援
『EXジャーニー』を読んで「確かに忘れがちだ」と気づいたのが、入社前の応募や選考、オンボーディングあるいは選考前の日常接点ですでに多数の体験機会が用意されているということです。内定後のコミュニケーションや従業員のふるまい、選考プロセスの合理性などあらゆる接点がEXに影響し、入社後のエンゲージメント(企業への愛着や思い入れ)やパフォーマンスを左右します。
2022年の日本企業のワークエンゲージメントは145カ国中でイタリアと並び最低(※1)、2023年の時間当たりの労働生産性はOECD加盟38カ国中29位(※2)でこちらも非常に低いことで知られています。
2022年に実施されたOECD国際成人力調査(PIAAC:ピアック)では読解力・数的思考力で2位、状況に応じた問題解決能力で1位タイと高い成績を記録している日本。個人の能力ではなく、その能力を発揮させない組織の仕組みやEXの側に問題があるのではないでしょうか。
※1…出典:日本の「熱意ある社員」5% 世界は最高、広がる差 米ギャラップ調査┃日本経済新聞
※2…出典:労働生産性の国際比較2024~日本の時間当たり労働生産性は56.8ドル(5,379円)でOECD加盟38カ国中29位~┃公益財団法人日本生産性本部
なんとなくEXの重要性はわかったものの、具体的な実践のイメージがわかない……という方はたとえば下記のようなケースについて思い当たる節はないでしょうか?
1)ある企業の社員証を付けた人物が飲食店で明らかに悪質なクレームを行っていた。同社のイメージが一気に低下した。
2)転職に当たって志望先の企業サイトを見てみると、UI(ユーザーインターフェース)が不親切でデザインにも明らかに力が入っていない。そのまま志望先リストから外してしまった。
3)現在働いている会社は残業もなく特に不満もないが成長できている実感が乏しい。能力開発の機会が充実している他社の友人の投稿をSNSで見て焦りを感じる。
こうした働くあなたが普段感じる不満や疑問こそが、EXそのものです。
これらは筆者の思いついた簡便なケーススタディですが、『EXジャーニー』ではより実感を持ってEXのプロセスを体感できるよう、各パートで、中堅メーカー3年目の社員鮎沢双葉(あゆざわ ふたば)とその友人でメガベンチャー社員の清水ゆい(しみず ゆい)の2人を主人公とした小説仕立てのストーリーが記述されています。
中小・ベンチャー・JTC、あるいは異動・転勤に伴う引継ぎや育休・産休など、さまざまな企業規模、局面でどんなEXが生まれ、そこで何に注意すべきなのか。
それらを整理するために、EXジャーニーという考え方は有効です。
『EXジャーニー』の書評を通して、EXの価値と必要性について解説してまいりました。もし、あなたや仕事仲間が職場に何か不満を抱いているならば、その解決こそがEX改善の第一歩となります。一人では取りこぼしがちな視点は書籍で網羅的にカバーしつつ、EX改善を行動に移し、自身の働く環境もよりイキイキしたものになるよう、会社をアップデートしていきましょう!
(宮田文机)
・沢渡 あまね (著), 石山 恒貴 (著), 伊達 洋駆 (著)『EXジャーニー ~良い人材を惹きつける従業員体験のつくりかた~』技術評論社、2024
・加藤守和『エンゲージメントを高めるEX(従業員体験) – 第1回 EXが求められる背景、日本企業が抱える課題』┃WEB労政時報
・石山恒貴研究室HP
・あまねキャリアHP
・ビジネスリサーチラボHP
・日本の「熱意ある社員」5% 世界は最高、広がる差 米ギャラップ調査┃日本経済新聞
・労働生産性の国際比較2024~日本の時間当たり労働生産性は56.8ドル(5,379円)でOECD加盟38カ国中29位~┃公益財団法人日本生産性本部
・国際成人力調査(PIAAC)_生涯学習政策研究部┃文部科学省・国⽴教育政策研究所
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