インターネットを通じて仕事や教育、あるいは恋人探しまで様々な物事がインターネットを通じて行われる中で、犯罪もまたインターネット上で多様化しています。
そんなワールドワイドウェブ時代の大犯罪者として、今後語り継がれていくであろう存在がポール・コールダー・ル・ルー(Paul Calder Le Roux)です。
まだ、あまり広く知られてはいませんが、暗号通貨の生みの親とも目され、彼が率いる事業の規模はFacebookを凌ぐほどだとも言われる闇社会の大物。
ときにはアメリカ、ときにはフィリピン、ときには台湾、ときにはソマリアで、ダークウェブを通じ様々な犯罪に手を染めた、まさに神出鬼没、さまざまな顔を持つ大悪党なんです。
今回は、このル・ルーについてご紹介していきます!
深層ウェブ(ディープウェブ)やダークウェブ、という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
言葉だけ聞くと少し遠い存在のように思えますが、実は、私たちが普段から目にしていたり、ツールさえあればアクセス可能だったりするものです。
深層ウェブはGoogleなどの検索エンジンがクロールできない情報のことを指します。
私たちが日常的に見るメールやSNSの鍵アカウント、あるいは家族間で共有して居る非公開のクラウド上のアルバムなどもディープウェブのいち部分です。
一方、ダークウェブは、限られた人しかアクセス権を持たないディープウェブとは異なり、暗号化技術によって発信者は高度に匿名化されているものの、Torをはじめとする特定のソフトウェアや設定を使えば誰でもアクセス可能な情報です。
こうしたダークウェブでは内部告発が行われたり、思想や技術などについての議論の場となっていたりする一方で、様々な犯罪などの取引の場としても使われています。
このダークウェブを支える重要な要素の一つである暗号化技術はル・ルーにとって御家芸とも言えるものなのです。
ル・ルーはジンバブエで生まれ、比較的裕福な家庭に養子として引き取られ、育ちました。そんな彼の価値観は思春期にアメリカを訪れたことで一変し、 国を飛び出し欧米を転々とするように。彼が日々の糧としたのは、金融関係のシステム開発でした。
そして、依頼された仕事の傍らで彼が作っていたのが暗号化プログラムでした。E4M(エンスクリプション・フォー・ザ・マス)と呼ばれるこのプログラムは、元NSA(アメリカ国家安全保障局)職員のエドワード・スノーデンがアメリカ政府による世界規模の「監視」を告発する際にも用いた暗号化ソフト「トゥルークリプト」の前身とも言えるものでした。
こうした経緯もあり、ル・ルーはビットコインの生みの親であるサトシ・ナカモトの正体なのでは、とも噂されています。
一方で、彼は、ダークウェブのフォーラムと呼ばれる掲示板で「麻薬合法化」などについて過激な発言を度々行っていたそう。
そして、アナーキストかつリバタリアンとして、ル・ルーは富と自由を求めて犯罪に手を染めていき、巨大な帝国を築き上げていきます。
ル・ルーが率いるRX社がアメリカで行った事業が、法律の目をかいくぐったオンライン診療による習慣性の高い鎮痛剤の処方です。
いち早くオンライン診療に目をつけたル・ルーは、実在の医師と薬局と個別に契約し、オンラインで回答されたアンケートを基に医師が処方箋を書き、薬局が薬を顧客に郵送するというシステムを作り上げました。さらに、このシステムでは医師、薬局、配送会社、と何層も介すため顧客が易々とRX社にたどり着けない仕組みも構築されていました。
そして検索エンジンの鎮痛剤の名前を含むクエリやスパムメールを介し集客を行い、常習者を次々顧客として取り込んで行ったのです。
その結果、RX社は、Facebookにほぼ匹敵する年商2億5000万ドルを上げ、年間数千万ドルの利益を得ながらも、ほとんど目立つことなく事業を進めていたのです。
もちろん、ル・ルーの事業はこれだけに及びません。それまで無名の存在でありながら、RX社の事業を元手に、大犯罪者にとって王道とも言える東南アジアや南米での大規模な麻薬取引や国を跨いだ武器取引、ときにはミサイル誘導システムを開発し、巨万の富を得ていきます。また彼は、非常に用心深く、自分の居場所をなるべく明かさず、常に屈強な傭兵を雇い、危険な人物はすぐさま殺害し、自分の安全を確保していたといいます。
一方で、ビジネスマンとしての慧眼とチャレンジ精神を発揮し、内戦や長期にわたる無政府状態で治安が悪化し、ビジネスの対象として選ばれにくいソマリアでマグロ漁事業を立ち上げをもくろむなど、新しい挑戦を次々に行っていたのです。
彼が行う世界を股にかけた事業は多岐に及び、今なお、その全貌は掴めていないそう。
ダークウェブに潜みながらも高い技術力を駆使し、大帝国を築き上げたル・ルーですが、最後は呆気なく、仲間の裏切りによって、アメリカ当局に逮捕されます。
しかし、アメリカで彼の罪として問えるのは、RX社の事業のみ。武器取引や殺人の容疑について彼を裁くことはできないということもあり、当局は司法取引を持ちかけ、ル・ルーの刑を軽くすることを条件に、彼が帝国を築き上げる中で知り得た麻薬の取引ルートなどの情報を得ることを決めたそう。
規格外の“闇”事業を行いつづけた彼にまつわる伝記『魔王 奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男(原題:The Mastermind: Drugs. Empire. Murder. Betrayal.)』では、ル・ルーの事業、そして世界を股にかけた逮捕劇の全容が語られています。
そしてこの伝記の元となった連載について、『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』で知られるジョー&アンソニー・ルッソ兄弟が2016年に映像権を獲得しているそう。
まさに、事実は小説より奇なり、といったル・ルーの半生は、闇の社会を垣間見せてくれると同時に、ワールドワイドウェブ時代を生き抜くバイタリティを感じさせてくれるものです。
私たちから見えないところでGAFAに匹敵する巨大な組織が蠢いているかもしれない、そう考えるとついワクワクしてしまうのは私だけでしょうか?
【参考引用文献およびサイト】 ・ 木澤佐登志『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』 ・ エヴァン・ラトリフ(竹田 円訳)『魔王 奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男』 ・ ダークウェブ - Wikipedia ・ Tor - ウィキペディア ・ 「キャプテン・アメリカ」のルッソ兄弟、実在の犯罪王の映像化権を獲得
(大藤ヨシヲ)
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