コロナ対策と経済活動両立は、適切な情報解析によるピンポイントな対策で可能だと語るAgoop代表取締役社長 兼 CEO柴山和久氏。そして、日本は「V-RESAS」などを介してビッグデータの情報化と活用のループが回り始めていることを挙げ、先進性を説くTakram代表の田川欣哉氏。両氏が考える日本がデータ活用先進国になるための道筋とは。
田川: Agoopは今、メディア向けにデータをインフォメーション化して提供しています。このような変化の激しい環境下では、メディアも理解が追い付かないまま情報を発信しているため、受け取る側の不安をあおることになってしまうことがありました。しかし今では、日々データを追いかけていく中で、理解の基盤ができ、データから見える情報を正確に発信できるようになってきたと感じます。
ここでポイントだと思うのは、データの更新頻度です。月1回のレポートを読んだだけでは、なかなか理解が進みません。しかし、毎日見ているとデータの変化の「意味」が分かるようになり、報道の精度も上がりますし、情報を受け取るわれわれの理解度も高まります。データに関するリテラシーは、コロナ禍で一気に向上したのではないでしょうか。
柴山: そうですね。私たちがコロナに関するデータを提供し始めたのは2020年の3月ぐらいでした。当初はマスコミの理解度も低く、日曜日と月曜日のデータを比較するといったケースも見受けられました。品川などのビジネス街で、月曜日になると人が増えるのは当たり前です。それを「かなり増えています」と伝えてしまうとミスリードにつながります。今ではそのようなことも少なくなって、月曜日であれば前週の月曜日と比較するといったように、データを正しく扱えるようになってきました。
ただ、それでもテレビ局や番組によって差が見られます。データの扱い方に慣れているかどうかの違いがあるからです。そこで私たちは、データをCSV形式でオープンに提供はしているものの、グラフなども加えてインフォメーション化した情報も提供しています。
田川: 「V-RESAS」に携わるようになって、人流データは、正真正銘のビックデータだと考えるようになりました。Agoopの人流データは、膨大な台数のスマートフォンが刻々とたたき出すデータを、その裏側でコンピューティング(計算)しています。これはとてもすごいことです。
さらにAgoopの人流データは点ではなく、行動履歴という線で見えるので、ただのポイントデータではなく、データに文脈が伴います。柴山さんはよく、「油田」の例えをされます。ローデータ(未加工のデータ)は原油に過ぎなくて、原油を精製して製品化するプロセスが大切だと。まさにそれがインフォメーション化であり、それによって、今の社会の状態がどうなっているのかをリアルタイムで把握することができるんですね。柴山さんは、それらを社会インフラとして整備していくことに挑戦しているわけですが、今後はさらにいろいろな切り口のデータが活用されることになりそうですね。
柴山: 次世代通信規格5Gや、あらゆるモノがインターネットにつながるIoTが注目されています。5GとIoTがセットで語られることも多いのですが、実はわれわれの生活に欠かせないスマートフォンも、IoTそのものです。スマートフォンには、GPSだけでなく加速度センサー、近接センサー、気圧計や高度計など、多彩なセンサーが搭載されています。これらのセンサーによって、さまざまな状況を把握することが可能です。加速度センサーと方向センサーを使えば、道路の渋滞状況なども分かります。また気圧センサーを使えば、台風が今どこにいて、どの方向に進むのかも予測できます。
田川: 位置情報による人流だけでなく、データの種類も増えるということですね。
柴山: 今までは、人流データは位置情報のビッグデータという捉え方でした。これからは、たとえデータ量が少なくても、センサーの情報から状況を導き出すアルゴリズムができます。例えば、速度センサーから乗り物を推定するといったことです。電車なのかバスなのか自転車なのか。この技術が確立できれば、スマートシティー構想をはじめとした都市計画や交通政策などにも活用できるでしょう。災害が発生したときの状況把握においても、大きな効果が期待できます。
今後は、多品種のデータを解析するアルゴリズムをAI(人工知能)化したり、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)で自動化して解析したりといったことを実現したいと考えています。
田川: 分析をすることでいろいろな変化が見えてくるのは興味深いですね。今、Agoopと一緒に、「V-RESAS」の指標の一つとして「ステイホーム比率」というのを加えようとしています。これも非常に面白い試みだと感じています。人の移動も、ステイホームタイプの移動と、通勤タイプの移動が別々に見えてきますから。
柴山: ニューノーマルになり、鉄道の混み具合も変化しています。それによって電車のダイヤも変わってくるでしょうね。
田川: 土地の用途地域などの計画も変わっていく可能性があります。現状の土地利用の制度では、住宅専用地域にオフィスをつくることができません。しかし、ニューノーマルの時代には、在宅勤務やフリーランスの人が増えてくる。だとすれば、シェアオフィスを住宅地につくったら利便性が高いでしょう。ニーズがあるというエビデンス(証明)となるデータも取れると思います。
柴山: 必ずしもビックデータではない、つまり量はそんなに多く取れないデータであっても、それをディープデータとして捉え、予測に使うことができます。たとえ1ポイントのデータであっても、道路上で移動速度が遅いなら、渋滞していると考えられます。事例もあります。当社では地震発生時に、スマートフォンの加速度センサーによって電車が停止したり動き出したりする様子を捉えました。
この他、2020年7月に熊本県を中心に日本各地で発生した集中豪雨では、Agoopが保有する人流データを基に避難所などへの避難状況を解析し、熊本赤十字病院での災害対応の意思決定に活用されました。スマートフォンの位置情報に基づく人流データが、災害対応に活用された先進的な事例だと思います。
「V-RESAS」も、災害対策の情報を一緒に取り込んでしまえば、より便利で意味のあるものになるのではないでしょうか。
田川: おっしゃるように、「V-RESAS」にさまざまなデータを取り込む利点は大きいですね。
柴山: そのためには、情報の提供の仕方やマネタイズ(収益化)も考える必要があります。
さらに言えば、私はデータが一カ所に集まるのが理想だと考えています。現状は、携帯キャリア各社がばらばらにデータを集めています。その他にもIoTを使ってさまざまな企業がデータを集めているでしょう。それを集約する国のデータプラットフォームがないわけではないですが、省庁ごとに分かれていて、むしろどんどんプラットフォームが分散している状況です。この分散したプラットフォームを仮想接続して集積できないかと常々考えています。
これが実現できれば、個人情報は守りながら、データや情報を自在に活用できる社会ができると期待しているのです。
田川: 日本が世界をリードしてその状況に到達できるといいですね。
柴山: おっしゃるとおりですね。大手企業の中には、データは原油だと考え、共有するなんてあり得ないと考えているところもまだ多い状況ですが、私は社会の資産として共有すべきだと思っています。そうしないとGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)などにかないません。
田川: 柴山さんは、少し高い位置から俯瞰して「データの未来」をご覧になっていると改めて感じました。私も、日本が世界をリードするには、その視点が必要だと思います。本日はありがとうございました。
2003年、ソフトバンクBB株式会社(当時)に入社。「地理情報システム(GIS)」を活用したデータ解析システムの企画開発に携わる。2009年4月、ソフトバンクのグループ会社として株式会社Agoopを設立、取締役に就任。2012年、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)情報企画統括部 統括部長を兼務し、スマートフォンから位置情報ビッグデータを収集・ 解析し 、世界初となるビッグデータを活用したネットワーク品質改善システムを構築。ソフトバンクモバイル株式会社(当時)のネットワーク改善に貢献。2013年、株式会社Agoopの代表取締役に就任。2015年、ソフトバンク株式会社 ビッグデータ戦略本部 本部長就任。 2019年、株式会社Agoop 代表取締役社長 兼 CEOを本務とし、ソフトバンク株式会社 ビッグデータ戦略室 室長を兼務。データサイエンスのRPA化、AI化を推進している。
テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通するデザインエンジニア。主なプロジェクトに、トヨタ自動車「e-Palette Concept」のプレゼンテーション設計、メルカリのデザインアドバイザーなどがある。東京大学工学部卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。経済産業省 産業構造審議会 知的財産分科会委員。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー。
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原 PHOTO:落合直哉 編集:野島光太郎)
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