『トイストーリー』『モンスターズ・インク』『カーズ』など独創的な物語を生み出し、興行収入・評価ともに高い水準を達成し続けてきたピクサー。2019年6月に公開した最新作『トイストーリー4』の興行収入は全世界で10億ドルを突破し、世界的映画批評サイトRotten Tomatoesでは批評家・一般視聴者の両方から90%を超える支持を集めています(2019年12月24日時点)。
同社が名作をつくり続けられてきた背景には「ブレイントラスト」という会議メソッドが存在することをご存知でしょうか?
アニメーション制作だけでなく独創性とたゆまぬ改善が必要とされる仕事全般に応用できるブレイントラスト会議。現代のものづくりの道しるべとなるはずです。実践法やメリットといった重要ポイントを押さえておきましょう!
ブレイントラストは“率直な意見交換”を目的として設計された会議メソッドです。ピクサーでは数カ月ごとにブレイントラスト会議が開かれ、制作中の作品に対して忌憚ない批評が行われます。ブレイントラスト会議の特徴は以下の3ポイントです。
ブレイントラストで行われたフィードバックにどう対処するかは制作を担当したチームに一任されます。それ以外の会議メンバーが解決策を出すのは自由ですが、強制する権限はありません。たいていの問題は有機的にほかの部分とつながっているため作品と一から関わった人々しか正しく対処できないし、当人が考えた解決策に及ぶものを他者が考えることは十中八九不可能だからです。
ただし、だからといって問題を放置してよいわけではありません。前回の指摘にどう対処がなされたのかは次回のブレイントラスト会議で確かめられることになります。
ピクサーでは建設的な批評を「グッド・ノート(よい指摘)」と呼び、具体的であることをその条件としています。例えば「退屈でつまらない」「売れるイメージがわかない」はグッド・ノートではありません。 「観客は〇〇な展開を期待しているのにこれでは裏切られた気持ちになるだろう」といったように、悪い点、抜けている点、わかりにくい点、論理的に破綻している点をまだ問題を直せる段階で具体的な言葉にすることが重要です。
ブレイントラスト会議のメンバーは「新たな知見・ノウハウを与えてくれる」「短時間で多くの解決策を提案できる」という条件を満たしさえすれば誰でもかまいません。とはいえ、率直な指摘を受け取るのには苦痛が伴うものです。そのため、批評を受け取る当事者が“信頼できる”と感じられる仲間の参加は重要だとされています。
「正直さ」ではなく「率直さ」というのがミソだというのは、ピクサーの創設者であるエド・キャットムルの弁です。正直という言葉には道徳的な意味合いが含まれるとキャットムルは指摘します。その点、率直さは中立的。そのため「正直でないことを責められるのではないか」といった不安が議論を妨げるのを防げるといいます。
ブレイントラスト会議は『トイストーリー2』制作時にピクサーに訪れた未曾有の危機の中で形になりました。
新人監督に任せっきりにするなどの判断ミスを犯した結果、劇場公開まで1年を切っているにも関わらず作品を根本から作り直す必要が生じたのです。そこで『トイストーリー』制作メンバーであるジョン・ラセター、アンドリュー・スタントン、ピート・ドクター、ジョー・ランフト、リー・アンクリッチ、の5人が集まり物語を練り直す中で有機的に生まれたのがストーリートラスト会議でした。
ストーリートラスト会議の結果『トイストーリー2』には例えば以下のような変更が加えられ、「オリジナルより優れた数少ない続編の一つ」といわれるまでの成功につながったといいます。
ブレイントラスト会議がもたらしてくれる利点をここでおさらいしておきましょう。
ブレイントラスト会議は「こんな意見を言ったらバカにされるかも」「対案を求められたらどうしよう」という不安をあらかじめ取り除くよう設計されています。そのため、普通の会議では出すのをためらってしまうような大胆な提案や上位者への問題点の指摘も行うことができ、結果として斬新なアイディアが生まれやすいのです。
ブレイントラストのみならず会議の一番のメリットは、複数の視点が得られることでアイディアがどんどん磨かれるということです。アニメ―ションに代表されるようにクリエイティブ性が高く長期間に及ぶものづくりでは、制作陣は作品のディティールにこだわるあまり“木を見て森を見ず”の状態に陥ってしまうこともしばしばあります。そんなとき、他者からの率直な批評が気づけなかったことを教えてくれるのです。
ストーリートラスト会議における批評は批判ではなく提案です。批評者側は代案を用意していなくても問題ありませんし、提案される側は意見を採用するかどうかを自分で選べます。つまり、作品を提出する側、批評する側の両方が「否定されるかも」という不安を抱かずに会議に臨むことができるのです。さらにどんな意見も尊重されるため参加のハードルが下がり、活発に議論が交わされやすくなります。
突然ですが、アイディアとチームのどちらがものづくりでは重要だと思いますか?
エド・キャットムルは「チームの方が大事だ」と断言しています。
なぜなら、良いアイディアを悪いチームに与えたら台無しにされるだけですが、悪いアイディアを良いチームに与えたら修正したり没にして代案を出したりすることで成功につなげてくれるから。
その考えは組織づくりにも応用されており、ピクサーの開発部門の仕事は『トイストーリー2』以降、アイディア出しや脚本作りから優秀な人材を採用し、適材適所に配置することへと変わったそうです。
このように「人を組織の根本」とするピクサーの考えには「TQC(全社的品質管理)」など日本企業の成長を支えた概念も影響しているとのこと。
「ピクサー作品も最初はつまらない」とエド・キャットムルはいいます。何度もブレイントラスト会議で批評と励ましを受けつくり直すことで“駄作が名作に変わっていく”のです。その仕組みの根本にあるのが人、そしてチームだということなのでしょう。
ピクサーの躍進を支え続けてきたブレイントラスト会議の仕組みやメリット、背景にある考え方についてご紹介しました。2006年にディズニーに買収されたピクサー。ブレイントラストを含めたメソッドや哲学が伝わったことで『アナと雪の女王』『ズートピア』といった名作が生まれたといわれています。
ともすればただ合意形成を行うためだけの場になってしまいかねない会議。ブレイントラストのメソッドを持ち込むことで建設的で創造的な議論を実現してみてください!
(宮田文机)
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