ChatGPTは、あたかも人間に話すように、自然言語で対話できるのが大きな特徴だ。そこで株式会社ELYZA 取締役CMO野口竜司氏は、ChatGPT時代の生成系AIが「人間の気持ち」をどこまで理解できるのかと考え、Google BardとGPT-4を使った「意図の読み取りテスト」を実施したという。AIに与えたプロンプトは下の通りだ。
Aさんは、もう付き合って5年経つ彼女のBさんにこう言いました。
Aさん「そういえば、友だちの結婚式って出席するんだっけ?」
Bさん「ちょっと出席するのが多く、おっくうでね。迷っているんだ。私もそろそろ30歳になるし」
Aさん「え? 大事な友だちだったでしょ。なんで行かないのよ?」
それだけ言うとBさんは不機嫌になってしまいました。なぜですか。
この問いに、Google BardとGPT-4は、それぞれどう回答したのか。下の答えを見てみよう。
Google Bard:
Bさんは、Aさんが自分の気持ちを理解してくれていないと感じたため、不機嫌になった可能性があります。Bさんは、結婚式に出席することに気が進まない理由を正直に話しただけなのに、Aさんは「大事な友だちだったでしょ」と、自分の気持ちを否定されたように感じてしまったのかもしれません。またAさんの発言は、Bさんが結婚に対して焦りを感じていることを無視しているように受け取られた可能性もあります。
GPT-4:
Bさんは、自分もそろそろ30歳になるということで、結婚に対してプレッシャーを感じているのかもしれません。友だちの結婚式に出席することで、そのプレッシャーがさらに強くなることを避けたいと考えているので、Aさんの言葉に不機嫌になってしまったのでしょう。
いずれも、人間の気持ちをなかなかよく理解した回答だと言えるだろう。野口氏は続けて「ならば、Aさんは何と返答すればよかったか」「Aさんは、このタイミングでBさんにプロポーズすべきではなかったか」などといった追加の質問も投げかけたが、いずれの質問にも人間をよく理解した回答が返ってきたという。
このエピソードを踏まえ、次章からは「ChatGPT時代(生成系)のAIがリアルを包み込む時、社会側が具体的にどう変わるのか」をテーマに議論していただこう。
野口:私はこれからの時代を「アフターGPT」と呼んでいますが、まさにいまアフターGPTの時代に入ったからこそ、上のような意図の読み取りテストに対して、「人間らしい」出力が当たり前のように出てくるのだと思っています。「ビフォーGPT」では、こんなこと(AIが人の気持ちを解する)はあり得ませんでした。
この大きな変化を迎えて、今後の社会が具体的にどう変わるのか。恐れずに私見を述べるなら、「全部を変えてしまう可能性」があると思っています。例えば、店舗での接客一つとっても、店員によっては客の気持ちをなかなかくみ取れない場合もあります。そうした接客業務の質を平準化・高度化するといった点でも、この先、生成系AIが介在する余地はかなりあるのではないでしょうか。
藤井:ただAIが感情をくみ取ってくれるといっても、理論上は「推論」であって、本当に感情を理解しているわけではありません。開発視点でいえば、どれだけ「人の気持ちを分かっている」「感情をくみ取っている」ように見せられるかがポイントになっていくでしょう。
中でもこの先、重要になってくるのは「どこまでがAIで、どこまでが人間なのか」「人間の関わり方がどうなっているのか、全然分からない状況をつくれるかどうか」です。例えば、コールセンターやZoom会議でそれが可能になれば、多くの人にとってエクスペリエンスが一気に向上するでしょうし、それはそんなに先のことではないと思います。
山口:それは少々おおげさにいうと、藤井さん・野口さんのディープフェイク映像が、100社同時にZoom会議をしている、みたいな世界観ですよね(笑)。
野口:テキストレベルなら、現時点でも「AIなのか人間なのか」は分からないといわれていますが、日本語の音声入・出力のテクノロジーがさらに発達していけば十分に可能でしょう。私もそうした世界は訪れると思いますし、そこをクリアできれば顧客体験の前提が大きく変わってくるはずです。
藤井:今は「ChatGPT使っている」と、むしろ積極的に公表する状況ですが、人間かAIかが分からなくなるレベルに達したら、むしろChatGPTであることは隠して、戦略的に「人間がやっている」ことにした方がいい時がくるのではないでしょうか。そうなると、文字入力などはAIだと明らかに速いので、あえてゆっくりして人間っぽくするとか、対話もわざわざ抑揚をつけて喋らせるなど、そういう方向性に勝負が移っていく気もします。
野口:既存のビジネスでアウトソースすることがあっても、「これは外注です」なんてわざわざ申告しないのと同じですね。「AIがリアルを包み込む時」とは、目の前の相手がAIであること自体、もはや意識されていない状態なのかもしれません。
山口:適切な例えか分かりませんが、「さすが天然まぐろは味が違うね」みたいに、相手が人間だと思って話していたのに「なんだこいつAIだったのか」と嫌悪感情が生じることはないですかね。そんな話を突き詰めていくと「※これはAIです」なんて注釈が必要になる日がくるかもしれませんね。
野口:ヨーロッパでは、実際にそうした議論があるみたいですね。いずれにせよ、今話してきたような世界観がありつつも、明示するものは明示しなければいけない社会的ルールが必要になるでしょうね。
藤井:おそらく最初の3〜5年は「怖いしよく分からないから明記しなさい」ということになりそうですね。でも、いずれ社会的な認知が進めば「わざわざ明記されても」という反応が大半になってくるのではと思います。
藤井:ここまでの流れを踏まえて、ChatGPTの社会実装を考えていく上で私が考えたいのは、「AIとUXの進化プロセス」です。そこには4つの段階=「①コンテンツの自動生成→②インターフェースの刷新→③価値・ビジネスモデルの刷新→④個人が自分向けサービスをつくれる状態」があります。3段階目までは、既存のサービスでも比較的一般的に行われていますが、問題は4段階目です。企業にとって恐ろしいのはこの段階です。
野口:ChatGPTでは、すでにプラグインが解放されてきていますから、かなり4段階目に近い状態にあるのではないでしょうか。実際に4段階目になれば、これまで顧客体験を制御していると思ってきた企業側のハンドリングが効かなくなります。「自分で自分向けのサービスをつくる」ことができて、しかもそれが「機械同士のインタラクションで勝手に発展していく」のだとしたら、ビジネスの社会構造は大きく様変わりするでしょう。これは、非常に興味深い考察です。
山口:そうなると、「デジタルサービス」がメインの企業と「リアルサービス」がメインの企業とでは、取り組むべき内容も変わってきたりするのでしょうか。
藤井:欲しいものを自分で生成できるといっても、やはり「モノの生成」はなかなか自分ではできません。「この洗濯機に、ボタン1つ増やしたいな」といっても、素人には無理ですよね。その意味では、リアル側のメーカーなどは、かなり競争優位性をつくりやすいと思います。ただ、これは強調したいのですが、そういうと、DXをちゃんと理解していない企業が「じゃあ今のままでいいよね」と安心してしまう懸念がある(笑)。だから、あえて「優位です」と言い切ることはしません。あくまでChatGPTを的確に使いこなせて、初めて可能になるバリューだと心得てほしいですね。
山口:たしかにAIも、デジタルテクノロジーの1つに過ぎません。理想の顧客体験を改めて描き直し、ハードウエア以外の部分でどんな顧客体験が提供できるかを考える。そのプロセスを駆動するモジュールとしてAIがあるのです。一見、まったく新しいことをしているようですが、考え方のフレームワーク自体はとてもシンプルで、おそらく昔から一貫して変わらないと思います。
藤井:おっしゃる通りですね。結局、AIで「できること」「できないこと」を理解しながら、顧客のペインや状況を捉えられているかどうかが、サービス開発の肝になります。プロンプトをうまく書けるかどうか以上に、「顧客の要望や現状」といった部分にしっかり目を向けないといけません。
野口:反対に、リアルな生産現場の人とのつながりを持たない「完全にデジタル空間上だけでサービスを提供している企業」は、少なからぬリスクの可能性があります。インターネットを通じたデジタル空間の在り方が、AIによって抜本的に変わる可能性が高いため、突然これまでのビジネスが無価値化や、ディスラプトされる可能性があり得るからです。
山口:これまでは成功してきたビジネスも、デジタルで完結するサービスだからこそコストが限りなくゼロに近付き、マネタイズできるかどうか怪しくなる。今こそ「リアル」をほどよく混ぜ合わせながらバリューアップしていく発想を持たないと、経営的な危機に瀕する可能性がある。まさしく今起きているのは、時代やビジネスモデルの潮目となる変化なのかもしれませんね。
山口:ここまでのお話を聞いて、「今、何をすべきなのか」「1年後・3年後に何をすべきなのか」が気になっている方も多いと思います。短期的・中長期的に見て、何か今から備えておくべきことはありますか。
藤井:そもそもChatGPTにしても、どこまでバージョンアップしていくか分かりませんし、ましてや3年後、5年後は誰にも分かりません。だからこそ、やるべきことは「短期」か「長期」しかないと思っています。まず短期的には、とりあえず今できることをバリューに変えて、それをひたすら実践することです。
一方、長期でやるべきは「イメージする」こと。例えば、「○○業界でGPT-4が最大限活用された結果、大企業が軒並みつぶされていく」といったホラーストーリーをいくつも考えてみる。「今はありえない大事件」を繰り返し脳内でシミュレーションしておくことが、実際にディスラプションが起こったときの備えになります。
野口:まず短期的に言うと、大企業の経営陣に、GPT時代に関する本質的理解を深めていただくことが極めて重要だと考えています。もし私にその役目を任せていただける機会があれば、経営者の皆さんにChatGPT時代の「AIの実力・可能性・脅威」を、その手触り感からしっかりとインプットしたいですね。
またすでに生成系AIは、経営のトップイシューになっていると思いますが、長期的な展望としては、業務系DX(下図「AI業務革命」)とサービス系CX(下図「AI CX革命」)を、ChatGPTでこれまでと同様に実践していただきたい。というのも、私はいつも「未曾有の生産性向上が起こる」と言っているのですが、アフターGPTの世界では、新たな生産性向上の余地が続々と見つかるはずだからです。
そのときのために、DX=業務改革とCX=顧客獲得を、今から長期的展望で推進しておく。同時に、活性化したビジネスを支える人材の育成も、今から進めておくのは言うまでもありません。
山口:たしかに、生産性向上の可能性の発掘はかなり期待できますね。
野口:絶対に、見つかると思います。私は執筆活動もしていますが、ChatGPTを使うようになってからは、新作を書き上げる時間が10分の1くらいに短縮されました。もちろん手を抜いているわけではなく、書きたいことがしっかり書けているし、クオリティーも上がっています。まだまだ社会的には、そうした実感が共有されていませんが、執筆以外にもいろいろな分野で、これまで負担になっていた作業がかなり軽減されるはずです。ChatGPTやGoogle Bardが「本当にすごい」のは、紛れもない事実だということを、最後に念押ししておきたいと思います。
山口:本日は貴重なお話を、ありがとうございました。
(TEXT・取材: MGT 編集:野島光太郎)
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