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郷土愛だけでは「幸せな街」はつくれない。街づくりの閉塞感を打破する「シビックプライド」の可能性。

         

2014年に打ち出された「地域創生」を筆頭に町おこしや地方活性化など、様々な自治体が音頭を取って施策を実施しています。ただ、その全てが成果を上げているだけでなく行き詰まりを感じている住民も多いのではないでしょうか。一方、「幸せな熱量」を感じる自治体があるのも事実です。

例えば、筆者は2024年1月に佐賀県伊万里市で行われたハーフマラソンに参加する機会がありました。自身のタイムは散々でしたが、個人的に大きな収穫だったのは「心地よい街づくりの鍵とは何か?」というテーマについて考えるきっかけが与えられたことです。駐車場の誘導や会場設営から、温かな汁物の無料提供まで多くの地元スタッフが関わることで生み出される一体感、沿道で見ず知らずのランナーに小さな子供たちから年配の方までが温かい声援をかけてくださる様子から、このイベントが地元に深く浸透していることを感じました。

「この心地よさを可能にしているのは何だろう?」、それがこの記事の出発点です。

何がストックをフローに転換させるのか?

地域経済分析システム(RESAS)で可視化される『地域の稼ぐ力』ー福岡県久山町の『街のストックとフローをデザイン』とは」では、「新国富指標」を活用した福岡県久山町の事例を取り上げました。

久山町では、町内の約3,000世帯にアンケートを配布し、町民がお金を支払ってもよいと考える分野を調査した上で次年度の予算を策定していました。これは、住民主導で所有するストックをフローに転換する試みともいえるでしょう。冒頭で挙げた伊万里市の例と共通しているのは、住民自身が街づくりに進んでコミットしているということです。

住民が持つストックはさまざまです。久山町のように文字通り「お金」というストックを町のために差し出すケースもあれば、伊万里市の地元ボランティアや観衆のように、自分の時間や体力、健康という見えないストックを街づくりのために提供する場合もあります。住民が主体的に街づくりに関わることで、ストックがフローに転換し、地域経済の循環は活性化されます。逆に言えば、どれだけ豊富な自然や人的資源が存在していても、それが提供されなければ、地域経済は循環しません。

問題は、人が持っているさまざまなストックを幸福な街づくりのために役立てようと駆り立てるのは何か、ということです。思いつくのは、住民が自分の住んでいる町に抱く「郷土愛」でしょう。郷土愛が強い住民たちから街が構成されていれば、街づくりに対する関わりも強くなるはずです。

ただ、郷土愛とは一般的に自分が育った地域に対して抱く愛着や心情です。今後、郷土愛だけに依拠した街づくりを目指すとすれば、少子高齢化による人口減少で街はどんどん縮小し、弱体化してしまうでしょう。むしろ、多くの自治体が転入者を誘致していることを考えると、もともと地元で生まれ育ったわけではない住民も巻き込み、街づくりにコミットさせる原動力があるべきです。

それが郷土愛に変わる「シビックプライド」という、新たな「自負心」です。

シビックプライドとは?

「シビックプライド(civic pride)」とは、「ここをより良い場所にするために自分自身が関わっている」という当事者意識にもとづく自負心のことです。

近年、街づくりの文脈で使われることが増え、自治体のホームページなどでも目にする機会が増えていますが、もともとは、イギリスのヴィクトリア朝の地方都市に特徴的な精神だったようです。当時はシビックプライドはマンチェスターのタウンホールや、リヴァプールのシティホールの建設を金銭面で支援するという形で主に表出されました。そのため、シビックプライドは公共建築の文化や審美性という形で可視化されたようです。

その後、シビックプライドはヴィクトリア朝末期には衰退しましたが、1990年代および2000年代のイギリスの都市再生において再び取り上げられるようになりました。当時、地方政府大臣を務めたデイヴィッド・ミリバンドは2005年の就任演説で「シビックプライドがなければ、尊敬とエンパワーメントに基づくコミュニティへの意欲は頓挫してしまう」と述べましたが、この言葉はシビックプライドの重要性を要約しており、日本での街づくりにもそのまま当てはまるように思われます。

建築家であり、都市空間デザインを専門にする東京理科大学教授の伊藤香織氏は、シビックプライドを自分たちの街のクラブチームを応援し、誇りに思う気持ちに例えています。街の人たちは自分たちのクラブチームの試合をスタジアムまで出かけ、チケットを購入し、応援します。それだけでなく、練習を見学してイベントに参加したり、寄付をしてクラブ運営に参加したりもします。

なぜ「郷土愛」だけでは足りないのか?

日本にはもともと郷土愛に根差したお祭りやさまざまな習慣が存在し、それが街の一体感を生み出し、独自の価値を保ち続けてきました。しかし、前述したように、郷土愛だけでは、街に外から転入してきた生活者が短時間で培うのは難しいですし、逆に転入者が「郷土愛を持たない他者」として認識され、排他的される可能性もあります。郷土愛は地元に対する非常に強い愛着ですが、いわば内向きのアイデンティティとも言えるでしょう。

それに対して、シビックプライドは外向きのアイデンティティです。クラブチームのサポーターが地元の住民だけでなく、ほかの場所に住む人にもサポートに加わってほしいと願うのと同じように、シビックプライドも街の転入者に対して排他的に機能することはありません。

※図版:伊東香織「シビックプライド2」をもとに編集部作成

前出の伊藤香織氏は街づくりにおける都市ブランディングとシビックプライドの関係について、上表のようにまとめています。

かつての街づくりは観光誘致や地産地消品販売による消費拡大を目的とした「都市ブランディング1.0」が有効でした。しかし、この手法は、「『幸福な街』のつくり方ー街のストックとフローをデザインする試みを探る」で紹介した「漏れバケツ」で示したように地域経済の循環にはつながりません。そして、その地域経済スタイルは一時的にはインパクトがあるように思えても、長い目で見ると安全・安心を生み出すことができず、地域のレジリエンス(しなやかな強さ)を実現できないのです。

そのため、いまのところ、ほとんどの街づくりは「都市ブランディング1.0」から「都市ブランディング2.0」への移行期にあります。しかし、企業のブランディングが差別化だけを追求することに限界があるのと同じように、街づくりの差別化も行き詰っています。どの自治体も同じ施策を打たざるを得なくなり、まるで企業のマーケティングが商品の「コモディティ化」に帰結するように、自治体も魅力ある街づくりができなくなっているように見受けられます。

その行き詰まりを打開するのに必要なのがシビックプライドです。上表に示されているようにシビックプライドの目的は他の街との差別化ではなく、唯一無二のビジョンを創り出し、それを住民と共有することです。また、「アドボケイツ(advocate)=主体的に行動する街の支持者・擁護者」を育成し、当事者意識をもって幸福な街づくりに参加するように促します。

端的に言えば、シビックプライドとは「都市のファンづくり」と言い換えられるでしょう。

まとめ

幸福な街づくりには十分なストックがあり、フローとのバランスを取りながら、地域の中で循環していくことが必要ですが、それをドライブさせるのがシビックプライドです。

次回は、シビックプライドをどうしたら醸成できるのか、成功事例を含めて解説します。

著者・図版:河合良成
2008年より中国に渡航、10年にわたり大学などで教鞭を取り、中国文化や市況への造詣が深い。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。現在は福岡在住、主に翻訳者、ライターとして活動中。

(TEXT:河合良成 編集:藤冨啓之)

 

参照元

  • シビックプライドを醸成する都市環境|理大 科学フォーラム 413号(2019年10月)
  • シビックプライド2~都市と市民のかかわりをデザインする|伊藤香織・紫牟田伸子監修、シビックプライド研究会編集、読売広告社 都市生活研究所

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