データ分析だからといってデータとにらみ合っていても、実務で役立つ分析には結びつかない。それが データ&ストーリー LLC代表の柏木吉基さんの持論です。
この考え方はどのような経験から生まれたのでしょうか。
一口にデータ分析といってもいろんなレベルがあります。
統計学を使ったデータサイエンティストのような専門家レベルもあれば、Excelや思考法を活用した日常業務で使えるレベルもある。私はどちらかといえば後者を鍛えられて、そのスキルを伸ばした延長に今があると思っています。
数字はもともと好きです。大学では理工学部に在籍し携帯電話の電波に関する論文を書いて卒業しました。もちろん大学の実験では多くのデータを扱います。しかし、これらのデータはあくまで実験の記録用として用いるに過ぎませんでした。データはビジネスでも威力を発揮する、と教えてもらったのはアメリカでMBA留学をしたときです。
大学院では「ビジネスにおける意思決定」の授業があって衝撃を受けました。物事を決めようとすると、日本だと感覚や多数決で選択肢を絞りますよね。でもその授業では数字を使って選択肢に優先順位をつけ、数字に基づいた客観的な根拠で選択をしていく。「Decision science」と呼ばれる学問分野が存在するのです。当時の私にとって非常にわかりやすくて新鮮でした。
そこで学んだことを生かそうと日産自動車(以下、日産)に転職し、マーケティング&セールス部門に入ったのが一つの転機です。すでにカルロス・ゴーンさんが社長に就任して外資系の会社として生まれ変わったあとです。決まったことをこなすより新しいチャレンジが歓迎されて、合理的な提案ができれば何でも受け入れられる土壌がある。データ分析を使って「こうしたらどうか」とどんどん提案したのはその頃からです。
アナリスト職ではなかったので、データといっても手に入るものは限られていましたが、自分ができる範囲で精一杯の知恵を絞るのはとても楽しい時間でした。工夫して、上限が100点だと思われていたことを110点や120点の提案に変えるとしっかり評価してくれる。良くいえば自由奔放、要はプロセスがよりも結果ですべてが問われる環境です。
私は中途採用で自動車にも詳しくなかったので、早く成果を出さなければというプレッシャーから自分なりに価値を発揮できる道を探ったのもあると思います。会社には販売に関するデータがたくさんあるのですが、当時は十分に活用されているとはいえなかった。そこで複数のデータを組み合わせて、今まで見えなかった切り口で結果を見せると「おお」と驚かれる。成績を上げようというよりみんなを驚かせたい、そのためにどんなストーリーを見せるか、何のデータを使うかを試行錯誤していました。
どんなデータ分析が企業で評価されるのか、現場の実務で役立つか、痛感したのも日産に在籍していたときです。最初の頃は「すごい分析をしよう」と意気込んで難しく高度なものを出したんですが、全然反応が得られませんでした。おそらく専門家が見れば精度が高く良い分析だったと思います。でもそれが組織の中で理解・評価されるとは限りません。
ビジネスで評価されるデータ分析は、相手が納得する分析です。少しくらい分析の精度が粗くても、ベストな回答ではなかったとしても、めざす方向性に誤りがなく、いる人たちが「そうだよね」と腹落ちしてくれればビジネスは動きます。データ専門家は精度やクオリティーを上げることに腐心しますが、私は違うところを目標にしていました。
納得してもらうために大きな役割を果たすのが、前回お話ししたストーリーです。いくつかの仮説を組み合わせてロジックの流れを作るものですが、実は使う指標一つ一つはとてもシンプルで身近な項目です。
「○○手法や○○理論による精密な分析」ではなく「いつも見ている売上額や購買率で組み立てられたストーリー」で提案する。だから相手も「これもわかる、それもわかる」と一緒にストーリーをたどってくれて、腹落ちする結論へ一緒に到達できる。そうなると提案したデータ分析が評価されて、実際のビジネスを動かす力になるんです。
わざわざ難解な内容へ相手を引き上げようとするより、簡単な要素をつなげて、点ではなく面で説明するほうが早く確実に伝わります。相手にとって身近な数値や情報であるほどわかりやすく、投げかけられる質問は少なくすみます。
個人が原因と結果を探ってストーリーを組み立て、データ分析でしっかり裏付けが取れたとしても、組織がその分析を生かせるかどうかは難しい問題です。データ分析そのものとはまた別の課題だといえます。
私が企業研修やサポートで感じるのは、データ分析の結果を引き受ける責任者が少ないことです。「売上が落ちているのでデータから探るように」と指示があったとしても、売上とは何をさすのか、売上が落ちた原因が判明したあとにどんなアクションをめざすのか、結果について誰が責任を持つのか、曖昧なことがほとんどです。
日産では個人に任される範疇だったので「この定義で分析し、結果を考慮してこれを実行します」といえば通りました。私の場合、分析者と実行者を兼ねることが多かったので「分析して終わり」は許されません。実行と結果に対しても当然責任が伴いました。これは分析専任者と実務者との大きな違いともいえます。
実行が伴う分析を提案するので、本当にこのストーリーで合っているのか、当時は何度も何度も精査してプレゼンに臨みました。受ける上司も容赦ないチェックをして不明点があれば質問し、許される範囲のリスクであればOKを出します。お互いに分析結果について「腹を括る」という覚悟がありました。
現在の企業の多くは、データ分析にここまでの責任を負わせることは少ないのではないでしょうか。データ分析は実務者とは別の人物が行い、結果に責任を持たない立場から数字を出してくる場合も少なくありません。その数字が見当外れだったとしても誰も責任は取らずに「だからデータ分析は役に立たない」と切り捨てられてしまう。本来なら分析のおかげでもっと明確に意思決定ができるはずなのに、責任者が設定されないために正当な力を発揮できていないと感じます。
業務に当たる実務者には、せめてデータに関するストーリーを組み立て、分析と提案まで行える状況になってほしいと考えています。
日常で使うデータ分析では、高い精度にこだわる必要はありません。学問としての統計学は90%や95%という精度を求めるかもしれませんが、常に流動的なビジネスの現場ではざっくりとした方向を知るだけでも大きな判断材料になります。何の情報もない中でどちらへ進むべきかすら迷っているようなときには、分析の結果「右の方向へ進めば効率が上がるようだ」とわかるだけでも助かります。
自分のロジックで相手に意思決定させたいのであれば、ストーリーを整理してデータからエビデンスがつけられないか吟味すればいい。データを調べて「自分が考える方向は合っている」とある程度確信が持てたなら、実行者として腹を括りつつ、自信を持ってプレゼンを行えばいい。ビジネスの現場では、分析の精度を上げるより分析を使っていかに早く「攻め」に転じられるかが大事です。現場を知る実務者からぜひデータ分析を活用してほしいと思います。
・データ&ストーリー LLC代表 http://data-story.net/
・データ分析・ロジカルシンキングを武器とした課題解決トレーナー
・横浜国立大学非常勤講師 多摩大学大学院客員教授
慶応義塾大学理工学部卒業後、日立製作所入社。在職中、欧米両方のビジネススクールにて学び、2003年MBAを取得。Academic Award受賞。2004年日産自動車へ転職。海外マーケティング&セールス部門、ビジネス改革グループマネージャ等を歴任。 グローバル組織で、数々の経営課題の解決、ビジネス改革プロジェクトのパイロットを務める。2014年、プロの実務家、ビジネススキルトレーナーとして独立。データ分析を“活用”するための思考法、分析力を分かり易く伝えた著書や講義には高い定評がある。
著書に 「それ、根拠あるの?」と言わせないデータ・統計分析ができる本/日本実業出版社
データ競争力を上げる上司、下げる上司/日経BP社
(PHOTO:Inoue Syuhei 企画・構成・編集:野島光太郎)
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