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IT人材やデジタル人材不足は、DXを推進するうえで多くの企業が直面する課題だ。2019年に発表された経済産業省の「IT人材需給に関する調査(概要)」によると、2030年時点で16~79万人ものIT人材が不足すると予測されており、国家レベルでの対策が求められている。
「DXやデジタル化というとハイレベルな人材や専門職、デジタルツールなどに注目が集まりがちです。ただ、本当に重要なのは『今いる人材』を活用して『現在の業務』を『なるべく早く』解決することではないでしょうか」
そう語るのは、一般社団法人ノンプログラマー協会の高橋宣成(たかはしのりあき)代表だ。福岡県糸島市を拠点にAI研究者やデータアナリスト、さらに社内SEといった「本職」とは異なる他部署・他業種の人たちが、プログラミングを学び実践する「越境学習」の場を全国に提供している同氏に「一般の人たち(=ノンプログラマー)によるDX」について伺った。
高橋代表はノンプログラマーのためのスキルアップ研究会「ノンプロ研」などを運営する株式会社プランノーツを2015年に設立。ノンプロ研はノンプログラマーである非IT人材がVBA、GAS、Pythonなどを自主的に学ぶためのコミュニティで、オンラインで「自ら学び続け、教え合う場所と機会」を提供している。2022年には会員数は200名を超えた。
「前職はモバイルコンテンツの事業会社で働いていました。まさにIT業界の真ん中だったのですが、それでもITを十分に活用できていない現状を目の当たりにしていました。その状況に課題とチャンスを感じたのが、ノンプロ研の設立の大きなきっかけですね」
高橋氏が非IT人材にこだわるのは、今ある業務や事業の課題を解決するためには「新しいツールの導入や高度な人材の確保が必ずしも最適解ではない」という考え方によるという。
「既存の社員がITスキルを少し身に付けて目の前の業務に活かすことで、抱えている課題を改善できるチャンスは実はかなり多いのです。DXという観点では少しスケールが小さいかもしれませんが、中小企業やITリテラシーが少ない会社にとってはその積み重ねが何よりも重要だと考えています」
プログラミングの初心者から「何から勉強するか」という相談を受けることは珍しくない。その際は「普段の業務の課題」を棚卸し、なるべく早く学習した内容をアウトプットできる技術を学ぶようアドバイスしているという。
「プログラミングやITスキルというと、個人も組織も大げさに捉えてしまいがちです。ただ、実際はVBAを勉強してその内容を活かすことで、Excelで3時間かかっていた作業が数分で出来てしまうケースは珍しくありません。ノンプログラマーが成果を出すには、まずはプログラミングやITに関する心理的なハードルを下げることが大切ですね」
事務やデータの整理がメインの現場にも関わらず、HTMLやCSS、JavaScriptといったWeb領域の言語を勉強しようとする人も少なくないという。ノンプログラマーが学習を始める際は、プログラミング言語の将来性やキャリアへの有用性、汎用性ばかりを重視してしまう「技術ドリブン」に陥ってしまわないように注意する必要があると高橋氏は語る。
2021年、高橋氏はノンプログラマーが活躍する環境の構築と意識改革を目的に一般社団法人ノンプログラマー協会を設立した。同協会ではノンプログラマーを活用した業務改善、組織改革をサポートしている。
「実は、ノンプロ研を立ち上げた当初は『新しいスキルを身に付ければ、誰でも自然と活躍できる』と考えていました。自分自身も非IT人材から出発して成功体験を掴んだこともあったので再現性はあると思っていましたが、はっきり言って甘かったですね(笑)」
高橋氏曰く、ITスキルの必要性や積極的に学ぶ姿勢や意識はノンプログラマーの個人の方が強いという。一方、企業にはIT人材の活かし方やプログラミングを利用した業務の改善・改革への意識には改善の余地が十分にある。
「コミュニティが大きくなるにつれて、せっかく非IT人材が業務改善に役立つスキルやプログラミングを習得しても、それを実践したり、組織に実装する機会が少なく、正当に現場で評価してもらえないといった声をたくさん頂くようになりました。そんな現状を打破する目的で一般社団法人ノンプログラマー協会を設立したのです」
ノンプログラマー協会では、ノンプロ研を活用した「越境学習」支援サービスをトライアルで提供中だ。「越境学習」とは、普段から所属している組織(ホーム)と、それとは異なるコミュニティ(アウェイ)とを、行ったり来たりしながら行う学習を指している。2022年6月現在では、建設、会計、医療といった計4社の非IT事業の人材が参画している。その人選にもこだわっており、必ず各企業の現場の担当者とその上司が一緒にプログラミングなどを学べる環境をつくっている。
「ノンプログラマー個人が学んだ知識や習得したスキルを業務に落とし込むことは、なかなかハードルが高いのが現状です。業務時間内の作業の許容などシビアな問題もあるでしょう。実際にその機会を設けるのには職場や学習者の上司の理解が必要不可欠だと考えています。そこで、上司と学習者が『なにをやっているのか』『なにができるか』という情報を共有しやすい環境をつくりました。きっとチャレンジする人に対する評価もしやすくなるでしょう」
高橋氏の取り組みの根底には「学習は痛みを伴い、孤独になりやすい」という考えがある。だからこそ、コミュニティをつくり、そのアウトプット先である勤務先でもノンプログラマーの理解者をつくる仕組みづくりを積極的に行っているのだ。
「学習する前提として、年齢やキャリアは関係なく『知らない自分』や『できない自分』を認めなければなりません。特にITスキルやプログラミングはゼロスタートは当たり前なので、心理的なハードルは大きくなるでしょう。私も20代はサックスプレイヤー、30代は会社員、40代のはじめに起業と常に勉強し、チャレンジを続けなければならない環境で、孤独を感じる機会も多々ありました。だからこそ『学習者を勉強する場でも、職場でも一人にしない』という環境の構築にこだわっています。この取り組みを組織や企業そして社会といったより大きな場で実現することが目標です」
ノンプログラマーに関わる市場や意識改革の取り組みは未だ発展途上であるものの、高橋氏の取り組みに賛同し「受け皿」になるアーリーアダプターの企業は増えつつある。ノンプログラマーが活躍する企業が増えた際、「本職」のSEやプログラマーのキャリアや働き方にも変化があるのだろうか。
「すでにプログラマーもノンプログラマーと同じように、柔軟に仕事に対して向き合う必要性は高まっていると考えています。高度な技術を追いかけ続けるのも立派なキャリアであるとは思いますが、技術力を活かせる機会をつくるためのコストはあまりにも高すぎるのが現実です。一見、使い古されて陳腐化した技術であっても、大きな効果をつくり出せる可能性は十分にありますし、むしろ重宝される現場も多い。『自分の担当はここまで』と決めるのではなく、部署などの『境界線』を跨いで指標を追いかけたり、実際に業務に携わってみたりすることも大切になるのではないでしょうか」
ノンプログラマー協会の越境学習では「①学習に取り組む」、「②現場で実践する」、「③社内で自発的に取り組むことで『ノンプログラマー』を広げる」の3つのステップを設けており、すでに3ステップ目まで到達しているトライアルの企業もあるという。
「ノンプログラマーの社員が活躍する職場になることで、ITのノウハウ、興味感心、業務効率化だけでなく、社員同士や上司と部下のコミュニケーションの活発化といったメリットも生まれるとの声をいただいています。さらにノンプロ研のメンバーのなかには、勤務先の会社で社内SEに抜擢されたり、本職の技術者に転職するといったキャリアを築いている人も珍しくありません。組織にとっても、個人にとっても、目的のためのツールとして技術を身に着けて欲しいです。そのための活動を今後も活発化していきたいですね」
一般社団法人ノンプログラマーと高橋氏の境界線を超えた学習を促す取り組みは、やがてDXを阻む障がいとなっている、企業と個人、ITと現場、業務と学習、技術者と一般職などのボーダーラインそのものを取り払うのかもしれない。
高橋宣成(たかはし・のりあき)氏
株式会社プランノーツ代表取締役。一般社団法人ノンプログラマー協会代表理事。20代はサックスプレイヤーとして活動し、30代でモバイルコンテンツ業界でプロデューサー、マーケターなどを経験。2015年に独立、起業しオンラインコミュニティやメディア運営のほか、研修、セミナー講師などを行っている。「詳解! Google Apps Script完全入門 [第3版]」や「Pythonプログラミング完全入門 〜ノンプログラマーのための実務効率化テキスト」など書籍の執筆も多数。東京都板橋区から2022年4月に福岡県糸島市に移住。
データのじかん読者様より、タイトルについてのご指摘をいただき、「痛みをともなう学習こそが、現場の未来を切り開く。越境学習によるノンプログラマーのスキル育成の可能性とは?」から「”学習=痛み”の固定概念を減らすことが、現場の未来を切り開く。・・・」と変更いたしました。的確なご指摘を頂き有難うございます!(2022/7/25変更)
(取材・TEXT:藤冨啓之 PHOTO:Iyonaga Koji 企画・編集:野島光太郎)
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