「都会のローカル線」と評されることが多いのが、神奈川県にあるJR鶴見線と南海汐見橋線だ。確かに両路線ともに周辺路線と比較すると運行本数が少ないのが現状だ。しかし、沿線をよくよく調べると、また違った顔も見られる。JR鶴見線と南海汐見橋線を考察すると同時に、理解を深めるために周辺の路線も見ていきたい。
JR鶴見線は扇町方面・海芝浦方面・大川方面の3路線から成り立つ。扇町方面は鶴見~扇町間7キロで、通称「本線」と呼ばれている。沿線には京浜工業地帯の工場群が立ち並ぶ。
海芝浦方面は浅野駅から分岐し、海芝浦駅へ向かう。海芝浦駅のホームからは東京湾と京浜工業地帯を一望できることから、デートスポットとしても知られている。大川方面は武蔵白石駅から分岐し、大川駅までの1キロだ。大川支線は3線の中で最も距離が短い。
鶴見線のダイヤは京浜工業地帯の通勤客に特化していると言っても過言ではない。鶴見駅の時刻表を見ると平日朝・夕ラッシュ時は1時間あたり10本以上も設定されている。
しかし、日中時間帯は1時間あたり3本となり、そのうちの1本は途中の浜川崎止まりだ。海芝浦行きは1~2時間に1本、大川行きは日中時間帯に列車の設定自体がない。このように朝・夕ラッシュ時と日中時間帯でダイヤの様相が変わるのがJR鶴見線の特徴だ。
一方、南海汐見橋線は大阪市浪速区の汐見橋駅と大阪市西成区の岸里玉出駅を結ぶ全長4.6キロの路線だ。汐見橋駅は阪神なんば線桜川駅に近い。また岸里玉出駅は南海本線、高野線の接続駅である。
運行本数は1時間あたり2本を基本とする。沿線は住宅地だが、ターミナル駅を起点としないぶん、汐見橋線の需要は少ない。南海3線が乗り入れる岸里玉出駅は普通・各停しか停車しない。
ここでは海芝浦方面が分岐する横浜市鶴見区の浅野駅、川崎市の浜川崎駅を取り上げたい。両駅とも周辺には路線バスのバス停が存在する。浅野駅の場合、駅から5分ほど歩くと、横浜市営バス入船橋バス停がある。
同バス停から北側は住宅地・商業地が広がる。浅野駅から北へ徒歩約10分のところには仲通商店街があり、沖縄料理や多国籍料理が楽しめる店があることで有名だ。仲通り商店街には鶴見駅からの横浜市営バスも乗り入れる。
入船橋バス停からは鶴見行きのバスがあり、日中時間帯の運行本数は1時間あたり2本だ。一方、浅野駅から鶴見駅へは1時間あたり3本であり、鶴見線の方がバスよりも速く、かつ安いのだ。
一方、浅野駅以遠は運行本数が減り、浅野~浜川崎間は1時間あたり2~3本となる。浅野駅の隣駅にあたる横浜市鶴見区の安善駅にも鶴見行きの横浜市営バスは乗り入れるが、1時間あたり1本だ。少なくとも、横浜市内ではまだ鶴見線は路線バスと互角に勝負できる立場にある。
しかし、川崎市になると事情が変わる。浜川崎駅も徒歩5分のところに川崎市営バスJFE前バス停があり、川崎駅行きバスが出ている。運行本数は先ほどの横浜市営バスよりも多く、日中時間帯でも1時間に6本もある。
浜川崎駅には尻手~浜川崎間を結ぶJR南武支線が乗り入れる。尻手駅で川崎~立川間の南武線と接続する。しかし、日中時間帯の運行本数は1時間あたり1本~2本であり、川崎へは尻手駅での乗り換えが必要である。南武支線が路線バスよりも利便性が低いのは確かだ。
川崎駅までの所要時間も鶴見線経由が22分、南武支線経由が14分に対し、川崎市営バスは約15分だ。所要時間を比較するとJR線と路線バスはそれほど変わらない。
ところで同じ川崎市にあり、工業地帯へ向かう京急大師線(京急川崎~小島新田)の状況は鶴見線沿線とはまったく異なる。鶴見線が住宅地区から外れたエリアを走るのに対し、大師線は住宅地区の近くを走る。そのせいか、大師線の日中の運行本数は1時間あたり6本だ。
また、小島新田駅から多摩川を挟んで対岸に羽田空港という国内を代表するハブ空港が存在する点も大きい。同駅から羽田空港へは2022年に開通した「多摩川スカイブリッジ」の利用が便利だ。
羽田空港を意識した都市再開発も計画されており、小島新田駅近くの殿町は川崎市から国際戦略拠点「キングスカイフロント」に指定されている。「キングスカイフロント」は健康・医療・福祉・環境分野を中心に、世界最高水準の新産業を創出するオープンイノベーション拠点となる予定だ。
公共交通機関では京急・東京モノレール天空橋駅から「多摩川スカイブリッジ」を渡り、「キングスカイフロント」を経由して大師線の大師前駅に至る川崎鶴見臨港バスが運営する路線バスがある。京急川崎に直通する大師線の役割はますます大きくなるだろう。
参考までに1Kの家賃(SUUMO調べ)は浜川崎駅周辺が55,000円~62,000円、浅野駅周辺が56,000円~78,000円だ。一方、小島新田駅周辺は65,000円~76,000円となり、築3~4年のマンションが目立つ。近年は大師線の賃貸物件が活況を呈しているという。
南海汐見橋線では中間駅にあたる津守駅を参考にする。津守駅から徒歩3分の場所に大阪シティバスの鶴見橋通バス停がある。同バス停からは29系統難波行きのバスがあり、日中時間帯の運行本数は1時間あたり1~3本だ。運行本数自体は汐見橋線とあまり変わらないが、やはり難波へ直通するのが大きい。
29系統は難波~地下鉄住之江公園間を結び、汐見橋線沿いに走る。しかも、路線バスが走る府道は住宅地に近い一方、汐見橋線芦原町~木津川~津守間は木津川沿いに走り、住宅地区から離れる。
かつて汐見橋線には高野山からの貨物列車が乗り入れ、木津川の水運を利用して木材を大阪市内へと輸送した。このように見ていくと始発駅・終着駅がターミナル駅でないことに加え、路線のコース自体も汐見橋線が利用されないことも一因になっている。
さて、津守駅から東へ1キロ強の場所には大阪メトロ四つ橋線の花園町駅がある。こちらは地下鉄ということもあり、難波・西梅田方面の運行本数は日中時間帯であっても1時間あたり10本となる。津守駅とは比べると圧倒的に利便性が高い。
最後に1Kの家賃は津守駅から徒歩10分圏内が28,000円~59,000円、花園町駅から徒歩10分圏内が48,000円~53,000円となる。なお津守駅の59,000円の物件は2020年築であり、他は5万円を切る。
今まで東西の「都会のローカル線」JR鶴見線と南海汐見橋線を見てきた。両路線は共通点が多い。まず沿線に住宅地・商業地が一定数存在するということだ。次に住宅地・商業地にはターミナル駅からのバス路線が存在し、ケースによっては鉄道よりも利便性が高い。
最後に歴史的経緯から路線のコース自体が住宅地・商業地から”少し”外れ、利用者が限られている点だ。大師線のように住宅地を突っ切るような路線であれば、状況はまったく異なっていただろう。
特に路線のコースは変更のしようがなく、今後もJR鶴見線、南海汐見橋線の現状は続くことになるだろう。JR鶴見線・南海汐見橋線を単に乗るだけでなく、並行するバス路線も乗車すれば印象が変わるのかもしれない。
書き手:新田浩之氏
2016年より個人事業主としてライター活動に従事。主に関西の鉄道、中東欧・ロシアについて執筆活動を行う。著書に『関西の私鉄格差』(河出書房新社)がある。
(TEXT:新田浩之 編集:藤冨啓之)
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