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肥満が伝染するメカニズムと情報化社会のサバイバル術 –社会的ネットワークが与えるインパクト

         

アメリカの研究者は、2007年に「肥満は社会的ネットワークによって伝染する」という驚くべき研究結果を発表した。この研究は、12,000人以上を32年間計測したデータを基に、誰と誰がどのような関係であるかを調査し、その結果を分析したものだ。

この論文では、ある人が太ると、その友人が同じように太る可能性は57%高くなり、兄弟間では40%、配偶者間では37%高くなると主張していた。しかも肥満の原因は、肥満遺伝子の有無より、その人の社会的なネットワークの強度の方が、はるかに高いという。

しかし、この社会的ネットワークを上手く活用すれば、莫大な情報が溢れている現代社会でもサバイバルできるのだ。

アメリカは肥満社会

2009年に出版された「CONNECTED」(註1)で、『肥満は社会的ネットワークにより伝染する』という事実が一般に公開された。ハーバート大学教授のN.A.クリスタキスとカリフォルニア大学教授のJ.H.ファウラーによる研究結果を基にしたこの書籍は、全米で大反響を起こし、ベストセラーとなった。

その後、三つの研究チームが別々の集団で肥満の伝染を確認しているので、現在ではこれが定説となっている。

※図版:筆者作成

アメリカの肥満の成人と若者の割合(1988 ~ 2018 年)】

2020年の統計によると、グラフにあるようにアメリカの成人肥満率は 42% を超え、過去最高を記録している。黒人の成人は49.6%、ラテン系の成人は 44.8% 、白人成人は 42.2%、アジアの成人は 17.4%である。しかもこのグラフのように、毎年着実に肥満率は上昇を続けている。(註2)

ここで注意が必要なのは、アメリカでの肥満率の計算方法だ。BMIは、体重(kg)を身長(m)の二乗で割って計算する。たとえば、身長170cmで体重75kgの人の場合、75÷1.7÷1.7=25.95で、BMIは26になる。日本ではBMIが25以上だと肥満と判定されるが、海外ではBMI30以上が肥満だ。

つまり身長170cmなら体重87kg以上でないと、海外では肥満と判定されていない。

社会的ネットワークとは

このようにアメリカでは肥満が蔓延しているため、二人の教授は肥満を社会的ネットワークの研究テーマに設定した。そこで、ボストン近郊の町で50年以上も前から継続的に疫学調査をしていた12,000人のデータを利用し、各参加者の友人、親戚、同僚、隣人に関する詳細な記録から、大ネットワークを構成した。

※図版:筆者作成

この中から主要の5千人を超えるグループに焦点を合わせて、5万人を超える人の絆を調査するという手法だ。そして各人の身長・体重やその他重要な特性と、このネットワークを組み合わせて研究したのである。 

【三次の影響のルール】

その結果、肥満者と非肥満者ではクラスタリング(群化)が実際に起きており、しかも三次の影響のルールという驚くべき規則性を発見したのだ。この三次の影響のルールとは、私たちの言動は、友人(一次)、友人の友人(二次)、さらに友人の友人の友人(三次)まで、影響を及ぼす。

しかしその影響は徐々に弱まり、三次の隔たりを超えて社会的な限界を超えると、目立った効果がなくなってしまう、というルールだ。誰もが漠然と気がついていたと思うが、この現象をエビデンスをつけて確認したのだ。

この三次の隔たりという制限があっても、私たちが他人に与える影響の広がりは大変大きなものになる。例えば、ある人の社会的交流相手が20人いたとする。さらにその各人に別の20人の交流相手、さらにその先の各人が20人とつながっていると、20×20×20の人々、つまり三次の隔たり先にはおよそ8,000人とつながっているのだ。社会的ネットワークによって、私たちがどれほど「伝染」しやすいかを理解できるはずだ。

社会的ネットワークのメカニズム

肥満の伝染のメカニズムも分かってきている。原因のひとつは「行動の模倣」である。一緒に行動する人の模倣を、意識的でも無意識でも、人は模倣をしてしまう。大食漢と一緒に食事をすると、無自覚に食べ過ぎてしまうようなものだ。

また、何が適切かの「規範」は、周囲の人から大きな影響を受ける。日常的に出会う多くの人が肥満だと、太り過ぎの基準が再調整されてしまうのだ。こうして直接・間接につながっている人々は、認識を共有しながらも意識せずに互いに影響を受け合っているのだ。この「行動の模倣と規範の広がり」が、社会的ネットワークの伝染のメカニズムと考えられている。

肥満以外でも喫煙や飲酒、薬物使用などの行動も、社会的ネットワークを通じて影響を与えていることが分かっている。特に喫煙行動は、肥満の蔓延とは逆に、禁煙が三次の隔たりまで波及していくことが確認されている。

逆に、この効果を利用した治療方法がある。禁煙・禁酒・減量の治療プログラムでは、個人単独で行うより仲間同士で支援しあう形式の方が、成功しやすいことは実験で確かめられている。このように「個人間を伝わる健康現象」をうまく操作すれば、より大規模な現象すなわち公衆衛生への新しいアプローチができるはずである。

社会的ネットワークにおいて、影響力大きい人を見つけるには、ネットワークの中心にいるハブにあたる人を見つければよい。このネットワーク特性を理解することで、予防接種の画期的接種法が見つかっている。

ある集団における伝染病の拡大を防ぐため、ふつうに予防接種をすると、対象の80~100%の人にする必要がある。しかし誰かに予防接種したら、その人の知り合いに予防接種をする方法だと、はるかに大きな効果が得られるのだ。

ネットワーク全体の構造を知らなくても、知り合いとして挙げられた人は、より多くのつながりを持つため、ネットワークのハブに近づく。この方法で選んだ約30%の人に予防接種すると、なんと99%の人に予防接種する場合と同じ効果があることが判明している。(註3)

この社会的ネットワークの効果を用いることで、新型コロナ対策など公衆衛生分野のコストパフォーマンスが、とても高まるはずである。

社会的ネットワークの活用法

このような社会的ネットワークのメカニズムを、ビジネスで既に利用しているのが、広告業界におけるインフルエンサー・マーケティングだ。

かつて、消費者の購買行動に大きな影響を与えてきたのはTVCMだった。しかしインターネットとSNSの普及によって、その影響力は大きく削がれてしまった。このため広告業界はインターネット広告に主軸を移している。(註4)

しかもSNSの爆発的普及によって、その広告手法も大きく進化している。タレントや有名ブロガーのように、SNSのフォロアー数が数十万を超えるような人・インフルエンサーの場合、その口コミ効果は商品の販売に多大な影響があるからだ。

※図版:筆者作成

【マーケティングの種類】

例えば、宣伝したい企業の商品やサービスを、インフルエンサーに実際に利用してもらう。そしてその使用感などをブログやSNSに書いてもらうことで、そのインフルエンサーのコミュニティ・ユーザーに広く拡散されることを企業は狙っている。

10代の女子高生、20代の働く女性など、特定のコミュニティに絶大な信頼を得ているインフルエンサーを選ぶことで、セグメントごとのマーケティングが可能なため、今では広く活用されている手法である。

※図版:筆者作成

【社会的ネットワーク理論での用語】

この図は、社会的ネットワーク理論で用いられる用語を表している。「ノード」は構成要素で、ここでは人になる。ノードとノードのつながりを「リンク」と呼び、ノードとリンクの集合体が「クリーク」。クリークとクリークを結ぶリンクが「ブリッジ」となる。

自分の家族は1つのクリークで、同じ職場の同僚も1つのクリークになる。異業種の友人でリーダー格の人とのつながりは、ブリッジになる。

先ほどのマーケティングの世界の話では、ノードの中心にいる人がインフルエンサーで、クリークがコミュニティだ。前述した予防接種の効率化でも同様に、ノードの中心人物に予防接種をすると、その予防効果は他の人より非常に高くなるのだ。

社会的ネットワークの性質

社会的ネットワークには、それ自体に「超個体」とも言えるような性質がある。まるで生き物のように、自律性があり、自らの構造を記憶し、自己の再現が可能だ。このため、ネットワークの構成員より長生きで、構成員が入れ替わってもネットワーク自体は存続できる。(註5)

この強固な社会的ネットワークが原因で、社会の格差は生じているともいえる。人は、人種・性別・収入・学歴・地理的条件などから、自分の所属する社会的ネットワークが意図せずに決まってくる。

しかも学歴の高い人は一般的に健康状態が良く、経済的にも恵まれているという事実がある。人生のスタート時点で、所属する社会的ネットワークが決まるのだとしたら、それは階級社会だ。世界の大半は階級社会になっており、日本も今では例外でなく、私たちの住む社会は様々な階層に分けられているようにも思える。

しかし人々の階層化の原因は、その人の出自の違いだけで決まってくるのではないはずだ。社会的ネットワークは、自分でも構築できるからである。この社会的ネットワークという言葉を「人脈」と言い換えると、日本人には分かりやすい。社会人なら人脈の重要性を理解していると思うが、幅広い人脈は積極的に行動することで獲得ができるからだ。

※図版:筆者作成

 【情報強者と情報弱者】

この図の上の部分は、人脈を積極的に広げていることで「正のスパイラル」になっていることを表している。多様な人脈を持つと、多様な情報が集まってくる。そうすると、その豊富な情報を求めて、他の人も自然と集まってくる。そして増々人と出会う機会が増えていき、その人の持つ知識の幅が広がっていくことで「情報強者」となる。

図の下の部分はその逆で、「負のスパイラル」だ。人脈が乏しく積極性の欠ける人は、情報に偏りがあり多様性にも乏しくなってしまう。このため様々な機会に出会うことが少なく、「情報弱者」となっていく。

情報化社会におけるサバイバル術

現代は、莫大な情報が溢れている情報化社会である。このため人脈がなくともインターネットを検索すれば、いくらでも情報が入手できると思っているかもしれない。しかしあまりに情報が多いため、多くの人はその取捨選択が上手くできず、選択結果にも自信が持てない状況にある。

このためフェイクニュースに騙されたり、権威者の発言を鵜呑みにしまいがちである。宣伝より口コミの方を信じてしまうのは、このような社会情勢があるからだ。

豊富な人脈からは、ネットからでは入手できない実体験に根差した貴重な情報や知識が得られる。情報強者は、このような貴重な知識を蓄えることで、社会的ネットワークの中でも重要なポジション、つまり社会的にも経済的にも有利な立場になる可能性が高くなる。そうすればウェルビーイングの実現もできるはずである。

社会的ネットワークは、既に階層化されて固定化されたものではなく、その人の自助努力で構築が可能である。もちろん既存の社会的ネットワークに飛び込むこともできるが、その場合はネットワーク内の「位置関係」が重要であることを、認識していなければならない。できるだけそのネットワークの中心に近づかないと、重要な情報は入ってこないからだ。

やはり、どんなことでも積極性は欠かせない。したがって情報強者になることが、現代社会をサバイバルする術なのである。


図版・著者:谷田部卓
AIセミナー講師、著述業、CGイラストレーターなど、主な著書に、MdN社「アフターコロナのITソリューション」「これからのAIビジネス」、日経メディカル「医療AI概論」他、美術展の入賞実績もある。

【参考資料】

(註1)CONNECTED (註2)Trust for America’s Health (註3)Efficient Immunization Strategies for Computer Networks and Populations (註4)経済産業省 令和4年8月「令和3年度 電子商取引に関する市場調査報告書」 (註5)Structural Folds: Generative Disruption in Overlapping Groups1

(TEXT:谷田部卓 編集:藤冨啓之)

 

 

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