── CIOになろう、または、なるかもしれないと思われたことはありますか?
長谷川氏:我武者羅にやっていたらCIOになっていたという感じです。
自分が会社のITにおける責任者であることを強く自覚した出来事がありました。
東急ハンズに入社して数ヶ月後、講演でアグレッシブな発言した後、懇親会の場でオーディエンスの方に「東急ハンズ代表としての意見か個人としての意見かどちらなのか」と詰め寄られたことがありました。東急ハンズの情シス部長として公の場で講演しているため、個人の想いということはあり得ないよな、と思いました。自分が外部で話す場合は、東急ハンズのITの方針を話すのと個人の想いを話すことは一緒であることを認識しました。
以降は、社内、社外に関わらず自分の発言は東急ハンズの方針でもあると意識して話すようになりました。
だからと言って日和った言い方をするわけではありませんが聴いている方々には代表としての言葉だと捉えられると認識し、CIOというよりは会社のIT責任者としての自覚を持つようになりました。
── ご自身の言葉が会社のIT責任者としての言葉になると強く認識されてから、CIOになるまではどれくらいの期間があったのでしょうか?
長谷川氏:1、2年くらいだったと思います。
広報部から、社外向けにCIOとしては誰かと公言する機会があるが、誰にしましょうか?と聞かれたことがありました。
当時、自分の上長だった榊専務が役職上ITの管掌役員だったためCIOは専務だったのですが、専務が「実際は長谷川君が実務をこなしているのだから社外向けにも長谷川君としましょうよ」と広報に言ってくれたことから、CIOとなりました。
── その後ハンズラボの創立と共に代表取締役に就任されましたが、長谷川さんの発案で実現したのでしょうか?
長谷川氏:私の発案ではありますが、経緯としては、当時私は、ITの責任者と通販事業の責任者をやっていました。
通販事業は売上を伸ばせば会社に貢献できますが、ITは内製化してコストダウンすることに限界があり、外貨を稼いでこなければ会社に貢献ができないと思いました。そうした経緯から、初めは自社開発のメンバーと共に外部へ提案に行きました。
そこでお客さんから「ITはIT専門会社に発注するのが通常のため、小売業の東急ハンズに基幹システムを発注することは役員会で決裁をもらいにくい」と言われ、当時の社長に経緯を説明し「IT専門会社を作らせてほしい。そうでないと東急ハンズとしての信用はあるが、ITシステムの発注先として信用してもらうことはできない」と相談したところ、OKをもらい、ハンズラボを創立して代表取締役に就任させてもらいました。
ただ、東急の場合、通常、子会社の代表取締役は親会社の取締役であることが通例で親会社で執行役員の私が就任できたのは、当時の榊社長の英断であると感謝しています。
── いくつかの企業グループではIT子会社の代表取締役が親会社のCIOを務めているという構図がありますが、両方の立場を兼任していることのメリットやデメリットなど、どちらの立場もご経験された長谷川さんのご意見をお伺いさせてください。
長谷川氏:まず、外販をしないのであれば情シス子会社を作らない方が良いと思います。
社内のシステムを扱うのみであれば、親会社と子会社の間で利益を取り合う構図になり、親会社は子会社に対して「昔は一生懸命やってくれたのに、今は高いし見積も遅い。子会社に発注しなくてもよいんじゃないの?」と考えるようになり、良いことはあまりないと思います。One Teamであることが何よりも重要で、組織が分断されると、気持ちも、取引も遠ざかるものです。
一方で外販をする場合は独立した会社を作った方が良いと思います。ただし、少なくとも30~50%の外販比率がないと、子会社化のメリットは出ないと思います。
── 経営に携われていないCIOが多くいると思いますが、経営の一番の勉強手段は自分で経営することともいえます。情シス子会社とはいえ経営者としてあらゆる経費を把握し意思決定している立場は経営スキルを身に着ける上で重要でしたでしょうか。
長谷川氏:自分のキャリアの中でよかったのは、事業のP/Lをみる責任者としての経験ができたことです。
それは、通販事業部長、ハンズラボの代表取締役の時に、経験できました。
CIOは、経営陣であるならば、ROIを考えたシステム投資が必要となってきます。私のお薦めは、通販事業部長も経験した方がいいと思います。
P/Lをみるようになると、自分のIT投資がどれだけの利益、売上を上げるのかを考えるようになります。
コストセンターとしてコストダウンを優先した判断をするだけでなく、「コストに関わらず、この投資を通じてこれだけの利益を見込むことができるため、これだけの投資は全く問題ない」という判断ができるような人間になるためには、ある組織のP/Lをみる責任者の経験を積むことは非常に重要かなと思います。
── 東急ハンズCIOからメルカリCIOの転職について、きっかけをお伺いさせてください。
長谷川氏:大学生の時から、最終的には独立したいという気持ちがどこかしらありました。
とはいえすぐに独立しても仕事がないと考え、キャリアの最初に外資系コンサルティング会社を選びましたが、やっているうちに自分は事業会社の方が力量を発揮できると思うようになりました。理由は、企業の成長は、「早期の決断の連続」が最も重要であると実感したからです。いくらコンサルタントとして提案をしても企業側が決断をしないのであれば、成果は出ません。コンサルタント側ではなく、企業側で自分が決断した方がはやいと考えました。
そして日本企業の事業会社である東急ハンズに移りました。東急ハンズでCIOを務めているときに、次仮にサラリーマンとして転職するなら会社・日本企業と経験したので、経験したことのないベンチャー企業に行ってみたいと考えていました。そのタイミングでメルカリからアプローチがあったこともあり、メルカリに移ることを決めました。
メルカリでの経験はすごく衝撃的でした。こんな世界(企業)があるんだ、という経験も込みでもっと、エンタープライズ企業に、発信ができたら多くの企業の生産性ももっと良くなると考えています。
DXの推進がうまくいかない場合、どうしたらよいですか?と記者の方から質問を受けることがあります。私のおすすめは、外部の人材、中でもベンチャー出身の方に加わってもらうことです。
ほとんどの企業では、DX推進チームを内部の人材を集めて構成しています。まず、内部の人のみでは非連続的な改革は実現できません。内部の人材でもできるのであれば今まででもできたはずです。
外部の人材が重要で、もっと言うとベンチャーの人を入れることがおすすめです。
ぜひベンチャーの人材に来てもらって、トランスフォーム後の世界を教えてもらってみてください。
── メルカリCIOを辞任される際は、具体的に非常勤CIOとして働く目算が立っていたのでしょうか?もしくは辞任されてから具体的に働き方を決めていったのでしょうか?
長谷川氏:昔の自分は、会社を辞めてから職を探す、などということは考えられませんでした。
ただ、元AWSマーケティング本部長である小島さんのやり方に影響を受け、自分でもまずはSNSで辞めることを宣言し辞任してから次の働き方を決める、という方法を取りました。
小島さんはまず辞めることをSNSで宣言し、4か月は働かないこと、自分の興味があることについて発信を続けていました。
今まではエージェントから来た案件のみしか選択肢がありませんでしたが、SNSを活用すると大きく可能性が広がります。
事前に自分ができることや実績などを発信しておく必要がありますが、今の時代ではSNSを利用してその中から一番よい仕事を選ぶのがいいんじゃないかと思います。
── 本協議会は、私(副代表理事 坂本)から長谷川さんにお話を持ち掛け、共同での発足に至りました。改めてCIOシェアリングの必要性についてのお考えをお伺いさせてください。
長谷川氏:CIOシェアリングの必要性は大きく2つあると思っています。
1つは需給の関係、もう1つは1企業を改革するよりも日本を改革する方がよりインパクトが大きいと考えていて、本協議会がその改革のきっかけになれるのではないかと考えたことです。
1つ目の需給の関係について、どの企業においても自社の事業のデジタル化は待ったなしです。しかし、フルタイムで勤務できかつCIOに適したスキル・経験を持つ人材の数自体も少なく、特に中堅・中小企業においては企業側がCIOに適した人材にフルタイムで勤務してもらう給与を払えるのかどうかも課題です。
また、企業側には週5働いてもらったら満足なのか?ということも問いたいです。実際は週5働いても週1、2日働いても同じくらいのバリューだなと思う仕事が結構あります。自分が全部やるのであればそれは週5働いた方が生産性が上がりますが、管理職の場合はメンバーに指示してやってもらう業務がほとんどです。
特に中堅・中小においてはCIOが週5勤務していれば手を回せる範囲が広がるかというと必ずしもそうではありません。
そういったことから、需要側の業務量の観点からも共有側の人材不足の観点からもCIOシェアリングは必要な考え方だと思っています。
長谷川氏:人力でやろうとすると100の工数がかかることを、ITを利用したら1で実現ができる、また、人間では到底できないことを実現するのがITだと思います。ある意味ITを操れる人は魔法使いだと思っています。
CIOの醍醐味は魔法使いのデザイン、オーケストレーションができることだと思います。
細かいコーディングはできなくてもよいですが、様々な事業部、営業部、バックオフィス部門、コンプライアンス部門など一気通貫でオーケストレーションし、自分のやることによって人力では実現できなかったくらいの生産性や滑らかさ、便利さを実現できることがCIOの魅力なんじゃないかと思います。
長谷川氏:現在は、最先端は企業ではなく、最先端はコンシューマーにあり、体験ができるデジタルの時代です。ITの波に乗れ、と伝えたいです。どんどん最先端のITを体験してもらいたいです。
以前はスーパーコンピューター「京」に触れるには富士通に入社するしかありませんでしたが、現在はAWSをはじめ、ITの民主化が進み、誰もがハイスペックコンピューターに触れることができます。
また、スマホによりコンシューマーでも優れたデジタルに触れる体験をすることができます。どんどん流行っているものを体験してほしいです。
今流行っているものを体験すると、「そんなことができるんだ!」と感じ、自分の働いている企業やコミュニティで「こんなことができます。やりましょう。」と提案するアイディアが湧いてくるようになると思います。
好き嫌いがあると思いますが、僕のおすすめは、CIOを目指す方もITで国をどうにかしたいと考えている方も、インターネット上で起こっていることをどんどん体験してほしいと思います。
話はそれからです。
長谷川 秀樹(はせがわ・ひでき)氏
・ロケスタ株式会社 代表取締役社長
・生活協同組合コープさっぽろ CIO
・株式会社吉野家ホールディングス CIA
・ブックオフグループホールディングス株式会社 社外取締役
・一般社団法人CIOシェアリング協議会 代表理事
1994年:アクセンチュア株式会社に入社後、国内外の小売業の業務改革、コスト削減、マーケティング支援などに従事。
2008年:株式会社東急ハンズに入社後、情報システム部門、物流部門、通販事業の責任者として改革を実施。デジタルマーケティング領域では、ソーシャルメディアを推進。その後、オムニチャネル推進の責任者となり、東急ハンズアプリでは次世代のお買い物体験への変革を推進した。
2011年:株式会社東急ハンズ執行役員に昇進。 2013年4月にハンズラボ株式会社を立ち上げ、代表取締役社長に就任(東急ハンズの執行役員と兼任)。
2018年:ロケスタ株式会社を立ち上げ代表取締役社長に就任。2018年10月には、株式会社メルカリの執行役員CIOに就任。
2019年:CIOシェアリング協議会を発足し理事に就任。(2021年、法人化し代表理事)
2020年:生活協同組合コープさっぽろ非常勤CIOなど複数社にてCIOに就任。
聞き手:坂本俊輔
CIOシェアリング協議会 副代表理事、GPTech 代表取締役社長、元政府CIO補佐官
大手SIerでの業務従事ののち、ITコンサルティングファームの役員を経て、2010年にCIOアウトソーシングを提供する株式会社グローバル・パートナーズ・テクノロジーを設立。以降、一貫してユーザ企業のIT体制強化の活動に従事している。2017年からは政府CIO補佐官を兼業で務めた他、IT政策担当大臣補佐官や株式会社カーチスホールディングスのCIOなども務めた。
本記事は「一般社団法人CIOシェアリング協議会」に掲載された「CIOの履歴書」のコンテンツを許可を得て掲載しています。(インタビュー実施日 2021年5月7日)
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