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【書評】データの盲信に要注意!『観察の力』はなぜ重要なのか

         

データよりも人間の観察眼を信用すべき場合がある。

このようなメッセージをよりにもよって‟データのじかん”というメディアで発信するのは不適切に思われるでしょうか?

しかし、スポーツ、科学、ライフなどさまざまな領域で記事を執筆し、優れた雑誌記事を表彰するナショナル・マガジン・アワードを2度受賞したジャーナリスト、クリス・ジョーンズ氏の著書『観察の力』を読めば、データドリブンな企業・人材だからこそそのような意識を持つことが重要であることがわかるはずです。

本記事では同書の内容や「観察の力」とは何か、を紹介しデータやアナリティクスの力を知っているからこそハマりやすい落とし穴を避けるためのヒントをご紹介します。

データドリブンな映画製作会社「レラティビティ・メディア社」が破産したのはなぜ?

2004年、アメリカの映画プロデューサー、実業家ライアン・カヴァノー氏は、リンウッド・スピンクス氏とエンターティメント企業レラティビティ・メディア社を設立しました。ヘッジファンドから10億ドル規模の投資を受けた同社の特徴が、モンテカルロ法を利用したアナリティクスによるリスク判断を活用して映画製作の意思決定を行うということです。

モンテカルロ法とは、乱数を用いたシミュレーションによりギャンブルの勝敗や映画のヒットのような不確実な現象の期待値や平均値などを求める統計的手法です。レラティビティ・メディア社では、モンテカルロ法を用いて俳優のキャスティングや舞台、映画の内容、予算などを決定し、その画期的な手法により大きな注目を集めました。

そして、2015年──レラティビティ・メディア社は破産することとなりました。2018年にも2度目の破産申請をしています。

なぜ、同社の統計学的手法に基づいた映画製作ビジネスはうまくいかなかったのでしょうか?

その背景としてジョーンズ氏が指摘するのが‟人間の「観察の力」を軽視し、アナリティクスによるパターン分析を信用しすぎたという理由”なのです。

No Film Schoolの記事『Why the Algorithm That Promised to Save Hollywood Destroyed Relativity Media(翻訳:なぜハリウッドを救うと約束したアルゴリズムはレラティビティ・メディアを破壊したのか?)』では、そもそもあまりに複雑な要素によって決定される映画の成功確率を定式化するのは難しく、カヴァノー氏はモンテカルロ法を深く理解しないままに利用したのではないかと考察しています。

そして、その理解や方向性の間違いに気づくためにこそ「観察の力」が必要だったのではないでしょうか。

『観察の力』は7章構成 豊富な事例は何のために紹介されているのか

「観察の力」とは、複雑な世界を観察し、専門知識や感覚を利用しながら人間が現実に対処していくための力のことです。『観察の力』の原題は「The Eye Test──A Case for Human Creativity in the Age of Analytics(翻訳:ザ・アイテスト──アナリティクス時代の人間の創造性の事例)」といい、アイテストは「データだけでなく人間の独創性と想像力を駆使して評価を行うこと(※)」を指します。

『観察の力』は7章構成で、それぞれには「エンターテインメント」「スポーツ」「天気」「政治」「犯罪」「マネー」「医療」というテーマが割り振られています。

そこでは、ジョーンズ氏がジャーナリスト人生を通して知った、レラティビティ・メディア社のようにアナリティクスに結果が伴わなかった次のような事例が紹介されています。

・7年間で1億2,600万ドルの契約を結んだ野球選手バリー・ジトが、思うように活躍できなかった事例
・ジャーナリスト、マルコム・グラッドウェルが著書中で、詩人の自殺率について誤った統計データを紹介してしまった事例

また、反対に観察の力によって成果が達成されたユニークな事例も紹介されています。

・元天気予報士のテリー・クニースとその妻がクイズ番組を毎晩録画し観察することで総額5万ドル以上の商品を手に入れた事例
・オンタリオ地方警察の巡査部長ジム・スミスが殺人犯の心理を巧妙に分析することで自白を引き出した事例

観察の力が必要だといっても、形式知として共有できないのであれば意味がないのではないか。だからこそ、データドリブンやエビデンスが重視されるようになったのでは?

そのような疑問はもっともです。だからこそ、豊富な事例を通して「観察の力」をどうすれば身につけられるのか、読者が自らインサイトを得るために書籍を読むことが求められるのだと思います。

※引用元:・クリス・ジョーンズ (著), Chris Jones (著), 小坂 恵理 (翻訳)『観察の力』┃早川書房、2024、57ページ

大切なのは、‟自分の頭で考えること”を放棄しないこと

『観察の力』中で失敗ケースの登場人物として紹介され、散々こき下ろされているライアン・カヴァノー氏ですが(本当にこっぴどく批判されているのです)、その後もプロデューサー、経営者、慈善家等として活動しており、同氏の関わった映画は60以上のアカデミー賞ノミネート、8つの受賞を記録しているとそのプロフィールには記されています。

※カヴァノー氏がスウェーデン映画祭で映画製作の未来について語る動画

カヴァノー氏は「観察の力」の不足によりそのビッグマウスにそぐう結果は得られなかったようですが、「行動する力」により映画の歴史におけるなにがしかの成果と失敗によるかけがえのない教訓は手にしたのではないでしょうか。

『観察の力』内で成功ケースとして紹介されているクニース夫妻やジム・スミス氏の事例も観察する力が成果につながったのは、豊富な経験や情報を得るための努力がセットになっていたからです。その中にはもちろん、データを分析したりそこから仮説を立てたりすることも含まれるでしょう。

大切なのは、メソッドやアルゴリズムが確立されているからと安心して、自分で考えるのを辞めないということです。データを妄信するのも、KKD(勘・経験・度胸)で無根拠に業務を進めるのも、考えること、観察することを放棄している点では変わりません。

“下手の考え休むに似たり”という言葉もありますが、それでも考えつづけることで「観察する力」も磨かれていくのではないでしょうか。

終わりに

データドリブンであることの重要性はまだまだ十分ではないものの浸透してきており、このメディアデータのじかんへの注目度も高まってきているようです。しかし、観察の力を発揮しないままデータというツールだけが導入されては思ったように成果が発揮されず、せっかく高まった追い風が向かい風へと転じてしまうかもしれません。
データを盲信すること、測りすぎることへのリスクを理解したうえで、考え行動しながらデータ活用を進めていきましょう!

(宮田文机)

 

参照元

・クリス・ジョーンズ (著), Chris Jones (著), 小坂 恵理 (翻訳)『観察の力』┃早川書房、2024 ・No film School『Why the Algorithm That Promised to Save Hollywood Destroyed Relativity Media』 ・Ryan Kavanaugh.com

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