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現場から始めるIoT。 導入の障壁となる「ミッシングリンク」を解消するために

IoTデータをクラウド上で可視化するAmbient。このAmbientやIoTシステム導入支援のコンサルティングを手がけるアンビエントデーター下島健彦氏。下島氏はIoTのデータ収集から分析・活用までの一連のフローには、大きな「ミッシングリンク」が存在しており、これを埋めるチャレンジが成功の鍵になると語る。「データのじかん」主筆であり、ウイングアーク1stのエヴァンジェリストである大川がお話を伺った。

         

IoTはDXを実現する重要なテクノロジーの一つだ。とりわけ製造業では、工程改善や生産性向上の有効なツールと目されている。しかし、多くの企業がIoTによるDXに取り組むも、描いていた成果にたどり着けずにいる。これは、何もIoTに限ったことではないが、テクノロジー、技術を実装するにあたっての、その原因とは何なのか?

本シリーズでは、「データのじかん」主筆であり、ウイングアーク1stのエヴァンジェリストとしてIoT、AIなどデジタル化による産業構造転換に関する調査研究、政策提言、情報発信などを行う大川真史が、産業構造というマクロと、中小・個人製造業のケーススタディーというミクロの両視点から、日本企業のDXの道筋を描いていく。

「データのじかん」主筆 兼 ウイングアーク1st株式会社 エバンジェリスト 大川 真史

今回は、IoTデータ可視化クラウドサービス「Ambient(アンビエント)」の提供や、IoTシステム導入支援のコンサルティングを手がけるアンビエントデーター株式会社 代表取締役 下島健彦氏のインタビューを通して、その糸口を探っていく。下島氏は、IoTのデータ収集から分析・活用までの一連のフローには、大きな「ミッシングリンク」が存在しており、これを埋めるチャレンジが成功の鍵になると語る。 

中小企業のIoT導入に立ちはだかる「ミッシングリンク」

アンビエントデーター株式会社 下島 健彦 氏

「ミッシングリンク」とは、連続性(連結性)が断絶された部分のことを指す。製造業の現場においても、このミッシングリングが存在し、それがIoTの導入を妨げている。例えば、工場の人たちが、現場で使っている機械や設備の効率化をIoTで実現したいと考えたとする。その場合、下記の①~④の段階を踏むことになる。

①稼動中の機械の状態をIoT 端末(エッジデバイス)でデータ化・収集

②データをネットワーク経由でクラウドサービスに送信

③データの見える化や分析を実施

④結果をもとに機器の調整や運用の最適化を行う

データの収集から分析、フィードバックまでは直線的に進むというより、仮説検証を繰り返すループ状に進むことが多いが、「実際には、この流れの途中にデータの断絶が存在する」と下島氏は指摘する。

「この断絶は、『担当者不在』によるものです。具体的には、センサーやマイコンなどのIoT端末の部分が断絶箇所に当たります。そこを機器ベンダーが担えばいいかというと、なかなかそれがうまくいきません。現場に設置された機器は耐用年数があり、それにもとづき経営計画が立てられています。そのため機器ベンダーから新しいIoT端末を提案されても、すぐに入れ替えるのは困難です。IoTはROI(投資利益率)が図りにくい点も、経営層が可否を判断しづらいポイントです。こうした状況が、機器ベンダーが主導してIoT化を推進するのを難しくしています」

この領域は、SIerにとっても容易に取り組めるものではありません。複数部門が連携したチームを組まないとIoTのフロー全体をカバーできない反面、IoT用の機器がどんどん安価になっているので収益の確保が厳しい。加えて顧客からは、「内製化すればコストを抑えられる」と判断され、双方の価格感がかみ合わない。また、クラウド事業者にしても、このミッシングリンクが埋まらない限り、ネットワークの向こうにあるデータを受け取れず、手を出せない。つまり、センサーやマイコンなどのIoT端末を担うプレーヤーが不在ということになる。

「だからこそ、いつまでたっても IoTのデータの流れが断絶されたままでつながらない。こうした状況が、IoTを導入したいが前に進めないという声の背後に、必ずと言ってよいほど存在するのです」と下島氏は指摘する。 

立ちはだかるミッシングリンク誰が担うのか。現場が担うしかない

では、このミッシングリンクを埋めるのは誰なのか。下島氏は、「現場の人が取り組むべき」と語る。

IoTの導入は仮説検証を繰り返すループ状に進めるのがよい。「アイデア(仮説)出し→プロトタイプ開発→データ測定→成果の検証→軌道修正・改善」の繰り返し、いわゆる業務改善の試行錯誤を高速でコストをかけずに回すことが大切だ。

「これを外部のSIerなどに頼むと時間もお金もかかって、経営層に意義が理解されないままプロジェクトが頓挫するケースは珍しくありません。高速かつ安価に仮説検証ループを回すには、やはり現場が自分たちで取り組むのが最善の道なのです。しかも最近はマイコンやセンサー、クラウドサービスなどが、飛躍的に安く簡単に使えるようになり、格段にハードルは下がっています」

実際にはどこから手を付けたらよいのだろうか。大手企業の情報システム部門ならともかく、中小の製造業の現場でこうしたシステムを立ち上げた経験のある人は少ないだろう。そこで下島氏が勧める「入門編」が、M5Stack(エムファイブスタック)社が提供するM5StackやM5StickCと呼ばれる小型のコンピュータモジュールだ。Wi-Fi やBluetooth通信に対応しているためIoTに使いやすく、「Arduino(アルドゥイーノ)」や「UIFlow(ユーアイフロー)」という開発環境を使ってさまざまなアプリケーションを自作することが出来る。M5Stackは簡単につなげられるコネクタとセンサーを備えており、ArduinoやUIFlowはプログラミングの専門知識がない人でも扱いやすいため、これからIoTを始めようという人にはうってつけだ。

Ambientの公式サイトには、ブログやチュートリアル、リファレンス、サンプルなどのさまざまなドキュメントが無料で公開され、IoTデバイスからデータを取って、ためて、見る、の一連の流れなどがわかりやく解説されている。https://ambidata.io/samples/m5stack/

またUIFlowについても、下島氏はこうアドバイスする。

「M5Stackには、UIFlowと呼ばれるWeb ベースのプログラミングツールが提供されています。ブラウザ上で必要な機能をチャート図のように組み合わせていくだけで、IoTのデータ収集・生成の仕組みが出来上がります。プログラミング経験がなくても直感的に使えるのでハードルは高くありません」

「購入した機器を据え付けるだけのアプライアンスに比べると、プログラムを作成したりする知識は必要になりますが、既存のプログラムがいくつも公開されているので、それを自社向けに手直しすれば十分使えます。またアプライアンスは、一切機能を追加・変更できません。その点、初歩的な知識さえ学べば自由に機能を開発できるM5StackやM5StickCの方が、より自社に合ったIoTの仕組みをつくれます」 

スタートは「データの可視化」に絞り成功体験を積み上げる

製造業のIoTの仕組み構築に必要な作業やツールについて、下島氏はさらにこう付け加える。最初の「製造機器からデータを収集する」段階では、前章で紹介したM5StackやM5StickC、ややハイレベルだが汎用のシングルボードコンピュータとして知られるRaspberry Pi(ラズベリーパイ)などが使える。これらはハードウエアさえ購入すればライセンス料などは不要で、トライアル導入に適している。

収集・作成したデータをネットワーク経由でクラウドサービスに送信する際も、わざわざ専用のネットワークを設ける必要はない。M5StackはWi-Fiにも対応しているので、どこの事務所や家庭にもあるWi-Fi ルータを使って、インターネット経由で送信すれば十分だ。

「外部に頼んで専用のツールやシステムを開発してもらったら、時間もコストも膨大にかかります。M5Stack と Wi-Fi ルータなら、今すぐ自分たちで用意できます。IoT導入だと構えてしまい、つい最新のツールや特別な方法を用意しなくてはいけない気分になりますが、むしろどこでも使われている一般的な技術を、使い方を工夫して乗り切る方が、目指す答えに近かったりするのです」

最終的にデータを分析・可視化するためのクラウドサービス選びも、もちろん重要だ。大きく分けて、分析から機械学習まで何でもそろっている「リッチ系」と、受け取ったデータをデータベース化して見える化する機能に特化した「シンプル系」があるが、製造業のIoT初心者にとっては、後者から始めるのが賢明だ。

その「シンプル系」の中でも「センサーデータを見える化する」という基本に特化したクラウドサービスが、下島氏が開発・提供している「Ambient」だ。例えば、製造機器の温度、湿度、気圧のデータを収集する仕組みを構築するとする。M5Stackのセンサーで収集したデータをAmbientに直接送ると、温度や湿度のグラフが生成され、それをPCやスマホで簡単に見ることができる。この一連の機能を動かすプログラムも非常にシンプルで、カスタマイズもほぼ不要だ。

「製造業の現場の人にとって、クラウドサービスの使い方を勉強することより、自分たちの現場の課題を解決することの方が重要です。最初から多機能のサービスを選んで使い方を身に付けることにエネルギーを割くのではなく、まずはセンサーデータを見える化する一点に絞ってスタートするのが、目的達成への最短コースです。それを実現したいと考えて開発したのがAmbientです」

ここで一つずつ成功体験を重ね、さらに使い道を広げることを考えられるようになったら、次は生産管理システムのような基幹システムと連携させるステージにシフトする。そこから集めた多種多様なデータを、今度は外部のリッチなBIサービスに連携させて、より高度かつ本格的なデータドリブン生産や経営の意思決定に応用していくといった、「小さく始めて大きく育てる」スタンスが確実な成功をもたらす。Ambientを使ったシンプルな「データの見える化」は、その第一歩だと下島氏は言う。 

WebサイトやSNSで積極的に交流してノウハウを学ぶ

自分たちで IoT 導入にチャレンジするといっても、完全に独学で取り組むのは荷が重すぎる。積極的にいろいろな公開されている資料やユーザーコミュニティーの活用も有効だ。Ambientの公式サイトには、ブログやチュートリアル、リファレンス、サンプルなどのさまざまなドキュメントが無料で公開されている。例えばチュートリアルでは、初めてAmbientを使う際のユーザー登録から簡単な使い方までが、事例を挙げながら紹介されており、その手順を追っていけば一通りの使い方が理解できる。

「他には、言語のライブラリーやリファレンスもあります。ArduinoやPython、JavaScriptなど、主要な言語は網羅しています。また、よく参照されているのは、温度や湿度、気圧、照度などの値を取得して見える化するための手順が分かる『サンプル』の項目です」

他にも、Facebookのユーザーグループなどが大いに役立つと紹介する。ちなみに「M5Stack User Group Japan」は2,465人(2021年8月1日現在)の登録者がおり、初歩的な質問からかなり高度な議論までが飛び交っている。初心者にとっては、情報収集や疑問解決の場になる。また、下島氏自身もFacebookで「Ambientラボ」という公開グループを運営しており、900名を超えるAmbientユーザー(登録メンバー)が活発に情報交換や議論を交わしている。




「最初からあまり身構えても、かえって前に進みません。『目の前の課題に、IoTを使って何ができるかな?』くらいの気持ちで始めて、まずはデータの見える化が自分の手でできるというのを確認できれば十分です。その成果をもとに、次は会社や職場の人たちの役に立つものに広げていくのですが、そこからは経営者やミドルマネージャーも加わった、全社一丸の取り組みになるはずです。そこに到達するにも、まずは現場の皆さんが勇気を出して第一歩を踏み出すことが重要です」

アンビエントデーター株式会社 下島 健彦 氏 (写真右)

1980年代からNEC でソフトウエアの生産技術や組み込み OS の研究開発に取り組み、その後、インターネットプロバイダのBIGLOBE立ち上げに参画。執行役員やメディア事業部長を歴任の後、2015年に個人でIoTデータを見える化するクラウドサービス「Ambient」を開発した。2017年には現在の会社を設立。小型コンピュータ基盤として知られるM5Stack(エムファイブスタック)の日本のユーザーグループの設立にも尽力した。 著書「IoT開発スタートブック」「みんなのM5Stack入門

[聞き手] ウイングアーク1st株式会社 大川 真史 氏 (写真左)

IT企業を経て三菱総合研究所に約12年在籍し2018年から現職。専門はデジタル化による産業・企業構造転換、中小企業のデジタル化、BtoBデジタルサービス開発。東京商工会議所ものづくり推進委員会学識委員兼スマートものづくり推進事業専門家WG座長、明治大学サービス創新研究所客員研究員、内閣府SIPメンバー、Garage Sumida研究所主席研究員など兼務。国内最大のIoT勉強会「IoTLT」分科会、M5Stack User Group Japanなど複数のコミュニティを主催。経済産業省・日本経団連・経済同友会・各地商工会議所・自治体等での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。直近の出版物は「マーケティングDX最新戦略」「最新マーケティングの教科書2021」(ともに日経BP社)

(取材・TEXT:JBPRESS+工藤  企画・編集:野島光太郎)


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