SEQSENSE株式会社(シークセンス)は、2016年に現明治大学理工学部機械工学科教授の黒田洋司氏と中村壮一郎代表取締役社長(以下、中村氏)が共同で設立した。シードステージから事業内容は現在と変わらない警備向けの自律移動型ロボット及びその関連製品の開発であり、黒田氏は技術分野、中村氏は資金調達を中心に担っていた。中村氏のキャリアは京都大学卒業後、国内外の銀行、証券会社に務めるといった技術畑とは全く異なる金融領域であり、当初は代表取締役として長期に渡り会社経営を担うつもりはあまりなかったという。
「2012年に独立してからは、黒田さんを含む色々な会社や人の事業を主に財務コンサルタントとして手伝っていました。そのなかで黒田さんからロボット事業の話をいただき、ファイナンスが大きくなるから融資やビジネスが分かる私に白羽の矢が立ったのが大まかな流れです。私は車のエンジンや時計のムーブメントなどに興味があるタイプのエンジニア的な志向の人間ではありません。正直、代表になった当初もノリや勢いに任せていましたし、最初はファイナンスなどを部分的に手伝う程度の感覚だったのですが、気付けば代表になって9年経ってしまいましたね(笑)」
中村氏は2002年に大学を卒業し、約2年半国内のメガバンクで融資担当として勤務。その後、約8年外資系の証券会社で働いた後に独立した。社会人となった2002年は、就職氷河期の底とされる2003年の前年であることもあり、中村氏は日本がダメになり続けている危機感を抱き続けてきたという。
「下がり続けるGDPや、かつては旅行に行って豪遊できた発展途上国との物価・経済格差の縮小など、当時から抱いていた『日本がダメになっていく』感覚は年を追うごとに強まっています。労働力の減少などの要因は昔から目に見える課題でしたが、30代後半になった当時、そういった社会的課題を解決することこそ『本質的なコト』や『国にとって価値のあるコト』だと思ったのも後押しとなりました。」
SEQSENSE株式会社の主力となる自律移動型警備ロボット「SQ-2(エスキューツー)」は2019年にサービスをローンチした。警備員の操作による臨時巡回やスケジュール設定に基づく定時巡回といった「巡回業務」のほか、決まった時間に建物の入口などで不審者や異常を監視する「立哨業務」など、従来は人が行っていた主な警備業務を部分的に代替するための機能を搭載している。
投資シリーズはマーケットを作り出すシードAからビジネスが一定評価され、軌道に乗っているシリーズBに突入。2022年には17.6億円の資金調達に成功し、社会実装に向けて新たなフェーズを迎えている。
同社が設立した2016年から2025年にかけて、世の中の社会情勢やIT技術などが大きく変容したのは多くの人が実感していることだろう。サービスロボットの最前線では顧客、社会、そしてSEQSENSE株式会社の在り方はどう変わったのだろうか。
「シードラウンドでVCの方々に訴えたのはロボットに対する『期待感』でした。警備業界だけでなく、多くの産業でなんとなく人の仕事をロボットが代替するというぼんやりとした未来を共有することしかできない状況でした。それはハードウェアだけでなく、AIも同様でした。しかし、2024年には生成AIがブレイクスルーし、社会に普及・浸透してきました。警備ロボットについてもコロナ禍を契機により現実的な意識が特に現場を中心に根付いてきて『本気』になってきたと感じています。」
警備会社がロボットに対して本気になった理由の大きな原因の一つが、長年懸念され続けてきた「深刻な人材不足」が、コロナを契機により顕在化したことだろう。厚生労働省によると2024年の警備業における有効求人倍率は約6.3倍であり、全業種の1.2倍と比較すると採用難度が非常に高いのが明らかだ。さらに2013年の約4倍と比べると慢性的な人材不足がより深刻化していることも分かる。また、団塊の世代が後期高齢者となり約505万人の人材が不足するとされる2025年問題も、元々高齢の警備員が多い業界にとって死活問題となりえるだろう。それでは、サービスロボットはChatGPTのように爆発的に社会に浸透するかといえば、中村氏は慎重な見方を示している。
「コロナ後は地方を含めて非常に多くの警備会社からお問い合わせをいただいています。ただ、オンライン上で行われることと、現実世界でロボットを浸透させるのには大きな隔たりがあると私は考えています。イノベーションを起こすのであれば、技術的な問題だけではなくて社会の行動変容が重要です。例えばルンバのように当初は『掃除をロボットがやるなんて』と馬鹿にされていたとしても、人々の行動が変化する時、もしくは変化せざるを得ない時は遅かれ早かれやってきます。その時のために、コツコツと機能やサービスを改善していくことが結局は大事なのだと思います。」
自律移動型警備ロボットが必要とされる世界はやがて来るという認識は、投資家の人たちとも共有している。そのうえのリスクとしては、必要とされるのが3年後、5年後、はたまた10年後になるのかという「時間軸」であることを説明しているという。
「ウチのエンジニアは本当に優秀ですし、なによりも『サービスロボットを組織的にマネジメントして開発する』ことは日本でも指折りだと自負しています。ただ、私たちだけの力で日本のBtoBの領域において、サービスロボットに関連する消費者の行動変容を、社会という大きな範囲で起こすのは簡単ではないと肌で感じています。」
その理由は、日本人のマインドによるところが多いという。
「『ロボットと子どもがぶつかったら』とか『ロボットに足を踏まれたら』『通行を妨げたら』といったトラブルをセンシティブに捉えすぎる傾向があるとも感じています。これは警備業界だけでなく前職でも同じ思いをしたことがあるので、ある種の国民性なのかもしれません。もちろん、細かな国民性やリテラシーの高さがこれまでの日本のものづくりを支えてきた一つの要因ではありますが、テクノロジーの実装の大きな障壁になっているのも事実だと思います。」
「世界をより豊かに、より楽しくするという考えは我々にはありません。今が十分に幸せなので、この幸せを維持するためにロボットをつくる。ドラえもんや鉄腕アトムではなく、必要とされる機能を追求する。この考えがなければ、地に足が着いた経営はできないと考えています。」
人手不足や働き方改革などにより、警備業界における自律移動型ロボットに対する熱量は増しており、追い風は吹いている。ただ、0から1、1から10まで成長した事業を10から100まで拡大させる取り組みはまだ始まったばかりだ。
「あくまで個人的な考えですが、1000件アポイントして1件契約に繋がる商材やサービスの価値は低いと思います。それよりも、ウチにお問い合わせいただく警備会社をはじめとするお客様は明確な『需要』です。そういった本気の方々に、人件費などのコストメリットや、ロボットの必要性について時間をかけて共有していくことを目指しています。」
自律移動型警備ロボットの利点だけではなく、「できないこと」も明示しながら、時には機能の改善にもつなげることで浸透を図っている。
「例えば、『不審者を発見できないのではないか』といった懸念については、まず不審者の定義を明確にする必要があります。そのうえで『長時間同じ場所にとどまっている』とか『深夜など不自然な時間帯に通行する』といった状況を切り分けることで、警備ロボットの精度をある程度高められると思います。また、手動ドアを開けるなど、ロボットでは対応が不可能なことも当然あります。ロボットは万能でありませんから、そのような情報を共有することが重要だと思います」
全国のオフィスビルや万博会場、駅、空港といった多くの人の目に触れる施設で稼働させることが、社会実装への着実な一歩としている。その一方、2021年から川崎重工と共同で同社の自動配送ロボット「FORRO(フォーロ)」を開発するなど、大手企業のロボット事業との協業も積極的だ。
「FORRO(フォーロ)は主に医療現場への導入を目的とした自動配送ロボットです。警備とは違う領域で自律移動型ロボットが活躍すれば、より一般の方々の目に止まる機会が増えて自律移動型ロボットが当たり前の光景になる可能性が高まります。このような狙いもあり協業を図っています。」
スタートアップ企業の意思決定プロセスは、経営者のトップダウンであることは珍しくない。一方、SEQSENSEはその逆であり、その開発環境こそ同社の大きな武器であると中村氏は語る。
「やったことがないことを全員で取り組む環境においては、一人ひとりがそれぞれの役割を担っている重要なメンバーなんです。だから、一つの事象であったとしても見える世界が異なるのは当たり前であり、しっかりとそれぞれの意見を集約して共有し、次の一歩を決めていくというのが、我々の根幹にある『やり方』なんです。」
その際、注意しなければならないのは「意思決定の内容」よりも、どのように意思決定がなされたかという「プロセス」だ。意思決定を担う組織体や参考にした意見など、幅広い情報を共有する。そのような透明性を高めることで、組織への浸透を図っているのだ。
「意思決定の内容ばかりが注視されがちですが、意外と『右か左か』という舵取りそのものよりも、『なぜそうなったのか』が見えないことを嫌がるケースが多い。大規模な組織だとそうも言っていられないし、従来のような官僚型の組織体系でも問題でもなかったと思いますが、然るべき答えがない物事が増えてくる昨今、意思決定のプロセスの透明化は、次世代の組織の在り方にも深く関わってくると思います。このような組織体制のもと、質実剛健に仕事をしています。自律移動型ロボットにご興味のある方は是非ご連絡ください。一緒に社会実装を図っていきましょう。」
(取材・TEXT:藤冨啓之 PHOTO:渡邉大智 編集:野島光太郎)
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