2022年ごろから現在に至るまで「生成AIブーム」がつづいています。オランダの調査会社ディールルームの調査によると、全世界のベンチャーキャピタルによる生成AI関連の投資額は2022年:64億ドル→2023年:250.5億ドル→2024年の1~5月:188億ドルと爆発的に成長しています。それは日本でも例外ではなく、「金融DX戦略レポート2024-2028」(日経BP)の予測によると国内金融機関における生成AI関連の投資額は2023年:114億円→2028年:1041億円への拡大が見込まれるとのこと。
そのような状況で注目したいのが「AIウォッシング」という言葉です。
AIウォッシングとは何? なぜAIウォッシングは生まれるの? これからAIウォッシングはどうなる?
本記事で、そうした疑問に丸ごとお答えします!
AIウォッシング(AI Washing)は、実際の技術力や成果とは無関係に、「AI(人工知能)」という言葉や概念を過剰に使って、製品やサービスの価値を高く見せようとするマーケティング戦略や手法を指します。
その典型例としては、以下のようなものが挙げられます。
・ルールベースで動作する従来型の自動化ツールやRPAを、あたかも高度なAI技術であるかのように宣伝する。
・簡単な回帰モデルや決定木など古典的なアルゴリズムを「AI」と呼んで、新しい技術であるかのように見せる。
・いかにもAIが高度な作業を自動化させているように見せかけているが、実際にはほとんどの作業が人間の手によって行われている。
・AIが非常に高い精度で予測や判断を行うといった誇大広告を打つが、実際にはその精度が広告ほどではない。
もともと英語には「(あたかも白いペンキで壁のシミを塗りつぶすように)欠点を誤魔化すこと」を意味する「ホワイトウォッシュ(whitewash)」という表現がありました。有名なのが、1973年、ウォーターゲート事件への責任を追及されたニクソン米大統領による以下のセリフです。
“There will be no whitewash at the Whitehouse.”
(ホワイトハウスにおいて、ホワイトウォッシュはあり得ない)
※引用元:1973: Nixon takes rap for Watergate scandal┃BBC ON THIS DAY 30 April
そこから派生して「●●ウォッシュ/ウォッシング」という造語が企業などにより誤魔化し・嘘を指すために使われるようになったのです。
「AIウォッシング」に先駆けて広まったのが、環境問題が取りざたされるようになった80年代後半ごろからエコブームにあやかって誕生した「グリーンウォッシング(Green Washing)」という表現で、これはいかにも環境に配慮した製品であるかのように誤魔化すことを指します。
また、筆者が調べたところ、クラウドへの過度の期待の高まりを指す「クラウドウォッシング(Cloud Washing)」、社会問題に対して意識が高い風に見せかける「ウォークウォッシング(Woke Washing)」といった表現もメディアなどで使われていました。
AIウォッシングの背景にあるのは、冒頭で述べたようなAIへの期待感の急速な高まりです。ガートナー社が2024年8月7日に発表した『日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2024年』では、「生成AI」は「コネクテッド・プロダクト」や「検索拡張生成(RAG)」などと並んで‟過度な期待のピーク期”に位置しています。
※引用元:Gartner、「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2024年」を発表┃ガートナー
一方、MIT(マサチューセッツ工科大学)の経済学者ダロン・アセモグル教授は2024年3月に発表した『The Simple Macroeconomics of AI(AIに関するシンプルなマクロ経済学)』という論文でAIが今後10年で生み出す全要素生産性(TFP)は0.53%に満たないと予想しています。これは、先行研究で導き出されたAIの自動化にさらされる仕事の割合や、AIにとって学習の難しいタスクがあることなどを背景に導き出されました。
全要素生産性(TFP)とは、資本や労働など量的な要素の影響を排除した技術進歩や効率化による質的な生産性向上の指標です。
AIウォッシングに対抗する政府機関の動きもあります。
2024年3月、米証券取引委員会(SEC)は、AI主導であることを掲げてマーケティングを行った投資アドバイザリー2社に対して合計約40万ドルの罰金を科しました。同事件に関するSECのプレスリリースにおいてゲイリー・ゲンスラー委員長は明確に‟AIウォッシング”という言葉を用い、それから投資家を守ることに取り組んでいると話しています。
2019年、ヨーロッパでAIを利用していると主張するスタートアップ企業のうち40%が実際にはほとんどAIを保有していないというデータを公表したロンドン本社のベンチャーキャピタルMMC社ですが、2024年6月の同現象について言及する同社の記事の論調は、ChatGPT以降の世界でAIはもはや競合との差別化につながらないというモードに移行しています。
AIウォッシングというワードは、AIが過度な期待の幻滅期に向かうとともに古びていくことになるでしょう。
AIへの期待の高まりとともに存在感を増した「AIウォッシング」というキーワードについてご紹介しました。すでにご紹介した通りAIが‟当たり前”化するにつれてAIウォッシングも廃れていくことが予想されますが、また新しい技術に注目が集まれば「●●ウォッシング」といわれるような現象は生じるはずです。新しいブームに対し、「●●ウォッシング」というワードを思い浮かべることは、拙速な判断を食い止める盾となってくれるかもしれません。
・Emma Woollacott「What is ‘AI washing’ and why is it a problem?」┃BBC ・「AIウォッシング」で罰金 米証券当局 「投資家に損害」┃朝日新聞デジタル ・Generative AI┃dealroom.co ・国内金融機関の生成AI関連投資は5年で9倍の1000億円超に 「金融DX戦略レポート2024-2028」を発刊┃日経BP ・Gartner、「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2024年」を発表┃ガートナー ・Daron Acemoglu『The Simple Macroeconomics of AI』The Simple Macroeconomics of AI┃MIT economics ・Daron Acemoglu『Don’t Believe the AI Hype』┃Project Syndicate ・付注:全要素生産性について┃内閣府 ・SEC Charges Two Investment Advisers with Making False and Misleading Statements About Their Use of Artificial Intelligence┃SEC
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