最近ビジネスシーンで、「センスメイキング」という考え方が話題になっています。
日本語に直訳すると「意味付け」や「納得」という意味になりますが、経済学者の入山章栄さんが日本に持ち込んだ際に「腹落ち」というニュアンスを伝えたことで日本国内でも注目されるようになりました。
データ活用が重要視される現在のビジネスシーンでは、データ分析の結果を納得感あるかたちで説明することが求められています。そのためデータ分析をはじめ、DXなどのテクノロジーの社会実装(もしくは組織実装)において、納得感を補完するための手法として「センスメイキング」が重要視されているのです。
では「センスメイキング」とは、どのような考え方なのでしょうか。
「センスメイキング」とは、アメリカの組織心理学者カール・ワイクによって紹介された、「起きている現象に対して、能動的に意味を与える思考プロセス」のこと。組織に大きなベクトルの推進力を持たせるための思考プロセスです。
例えばビジネスが予期せぬ状況に置かれた場合には、過去のビジネススキームからロジカルに正解を見出すことは困難です。そのような場合に、「センスメイキング」で進むべき方向の「意味づけ」を思考します。そして組織がその「意味」を理解した時に、組織全体が同じ方向を向いて突き進む大きなベクトルの推進力を与えるようになるのです。その「意味づけ」を行う思考プロセスが「センスメイキング」です。
先程のような「これまでに経験のないような状況」で、ビジネスの進むべき方向性を示す場合には、組織全体で多様な方向性の議論を尽くし、ステークホルダーが納得する「腹落ちする」ストーリーを導き出す必要があります。そのための方向性集約プロセスが「センスメイキング」なのです。
現在のコロナ禍やDXなどのデジタル化の推進、SDGsの実現など変動性や不確実性を持った時代にこそ、「センスメイキング」は必要とされ、組織のメンバーやステークホルダーを納得させるために役立ちます。
このことは、「不確実性の高い世の中でストーリーテリングに長けている経営者ほど、資金調達に成功しているという研究(アルバータ大学のジェニファー・ジェニングスらが2007年に発表)」で実証されています。
入山さんも、現在の日本大手・中堅企業には「センスメイキング」が最も欠けており、最も取り入れるべき発想であると主張しています。
「センスメイキング」は、ロジカルな思考により組み立てられたビジネスプロセス“以外”の環境でこそ生きる思考です。既にロジックが示されている環境下では、そのロジック通りに進めば結果へ導いてくれます。しかし、そのようなロジックで進めない予期せぬ状況も発生します。そのような場合に「センスメイキング」が必要となるのです。下記のような環境下で、「センスメイキング」は効果をもたらします。
代表的な状況が、コロナ禍や自然災害などで事業運営に大きな影響が出るような状況です。
誰もが経験のないような危機的な状況におかれ、その中で進むべき道を模索せざるを得なくなるような状況です。
自社の強みや進むべき方向を見失ってしまうような状況です。
技術革新のゲームチェンジなどで新たな発想の競合が出現し、これまでのビジネスモデルでは通用しなくなるようなケース。組織内のメンバー間で共有された価値観が見失われ、新たに進むべき方向性を模索する必要が出るような状況です。
過去に実績がない方向に意図的に進まなければならないような状況です。
技術革新によるゲームチェンジとは言わないまでも、今までの経験や戦略が立ち行かなくなり、これまでに経験したことのない新しい手法でのチャレンジが必要とされる状況。事業のターゲットや方向性を意図的に変更するようなケースが、これに該当します。
世界はコロナ禍で、大きく価値観を変える必要性をもたらしました。
ビジネスにおいても、これまで取り組んだことのない判断を迫られた企業も多く存在します。このような時代だからこれからも、これまでの経験値だけでは進むべき方向性が判断できない状況が発生するでしょう。そのような場合に「センスメイキング」発想が生かされると考えられているのです。
では「センスメイキング」は、どのように活用すればいいのでしょうか。
デンマークのイノベーションコンサルティングファーム「ReD Associates」のクリスチャン・マスビェアとミゲル・B・ラスムセンによる書籍「なぜデータ主義は失敗するのか?~人文科学的思考のすすめ~(早川書房発行)」では、おもちゃのブロックメーカー「レゴ」の事例が紹介されています。
世界的に知られた「レゴ」も、2004年には一時巨額の赤字を発表しており、そこからの回復に使われたのが「センスメイキング」発想であると綴られています。
レゴは「子どもはどんなおもちゃを求めているか」という視点で、ビジネスを考えています。当時のマーケティングデータでは、「現代の子どもは忙しく、遊ぶのに時間がかかるレゴは時代遅れになりつつある」と示されていたそうです。そのため「レゴはダサい」というイメージが社内で生まれ、新たに開発される商品はレゴらしさを失っていったと言います。
そこで実際に子供のいる家庭を訪れ、子供たちの遊びを観察することに努めたそうです。そこから見えてきたのは、「子供たちはスキルをマスターするために遊び、そこに価値を見出せば、習得のために努力し続ける」ということ。これまでイメージしていた「大人に管理された時間の中で、手っ取り早く満足できるおもちゃを選ぶ」という考え方とは正反対だったのだそうです。
この観察から導き出される思考ロジックが「センスメイキング」です。
データ分析だけでは見い出せない観察での気付きがポイントとなります。遊んでいる子供の様子から、子供が今考えていること、求めていることを感知し、言語化していったのです。
そこで進むべき方向を切り替え、「明日の建築家をインスパイアする」という新しいモットーが生まれます。そこから、いかにレゴから子供たちの創造性を掻き立て、クリエイティブな作品ができるようになるかという方向性にシフトし、復活を遂げたのだそうです。この家庭を観察し、そこから腹落ちする方向性を説くために活用されたのが「センスメイキング」発想なのです。
ではなぜ「センスメイキング」が、それほどまでに重要視されるようになったのでしょうか。
前述の書籍「なぜデータ主義は失敗するのか?~人文科学的思考のすすめ~(早川書房発行)」では、「正しく人間を理解すること」の重要性が説かれています。
大量のデータを用いて量的分析を行い、直線的なアプローチで問題解決を図る「デフォルト思考」において、人間は「予測可能で合理的な意思決定者」だとされてきました。消費者は自分の好みを分かっており、客観的で、十分に比較検討したうえで商品を選ぶという考え方です。
しかし成熟化された現代社会では、各メーカーが発売する商品の機能や性能は、大きく差別化するのも難しい時代となりつつあります。そのような中で近年主流になってきた行動経済学では、「人間は不合理かつ衝動的で、自分自身でも理由がよくわからないまま買い物をする」と考えられているのです。
例えばデータを活用する「デフォルト思考」では、性別は「男・女」という生物学的な分類の「属性」で示されます。しかし「センスメイキング」では、男らしさ・女らしさといった文化的な「アスペクト」で思考されます。そのため、男女という「属性」だけで分析されたデータとは異なる、「男女兼用」などの視点でも検討が進められるようになるのです。
このように「センスメイキング」においては、データ分析などで重要視されるロジカル思考だけでなく、社会科学・人文学的な側面も重要視されるのです。センスメイカーに必要なのは、データや観察結果といった有形無形のあらゆる情報を統合して、大局をとらえるスキルなのです。
だからこそ、データ分析やDXなどのテクノロジーの社会実装(もしくは組織実装)においては、「センスメイキング」が多様な発想を補完しうるという重要性が語られているのです。
では、「センスメイキング」を行うには、どのような手順で進めればいいのでしょうか。
ビジネスにおける「センスメイキング」は、ビジネスの進むべき方向性を納得感を持って説明すること。つまり、メンバーやステークホルダーの「共感」を得ることが重要となります。
プレジデント社発行の「センスメイキング~本当に重要なものを見極める力~(クリスチャン・マスビアウ著・斎藤栄一郎訳)」という書籍の中で、センスメイキングを生かす「共感の3ステップ」を下記のように説明しています。
例えば、言葉の使い方を間違えたり、文脈に合わない単語を使ったりした場合などに、すぐに誰かが指摘してくれるような状況。つまり、潜在意識として何か違和感を感知し、それを指摘する人物が発生したという段階がスタート地点となります。
次に先程検知した違和感に対し、「何が心に引っかかっているのか」を分析する状況。例えば絵画のモナリザの薄笑いの裏側で何を考えているかを想像し、自分なりの文脈で分析するという段階。つまり、検知した違和感の原因が気になり、考え始めた段階が次のステップです。
そして最後が、自分なりの文脈で分析した結果を、世の中の様々な事象も含めて体系的に整理し、全体像をつかみ、体系的な共感を生み出す段階。つまり、様々な切り口から分析を重ねて、メンバーやステークホルダーの納得を得られる説明を行うことが最終段階となるのです。
「センスメイキング」は、単に頭の中で思考するだけではありません。行動を起点とした思考プロセスが大切です。思いついたことを実行に移し、様々な情報を入手し、その結果を分析しながら多様な方向性を探り、最終的にひとつかふたつの方向性に絞り込んでゆくというものです。
そのためには、ニュースなどの時事問題や専門的な文献などの知識、分析に呼応する事象の写真や映像などの資料、さらには美術や音楽などの芸術文化、そして家族や権力のあり方などのものの見方など、ありとあらゆるものを材料として検討を重ねる必要があります。そして最終的には、ひとつかふたつの理論でデータに焦点を絞ることで、説得力のある洞察が生まれるのです。
これまで「センスメイキング」がどのようなものなのか、どのような手順で進めるべきなのか、その概念を説明してきました。ただ、実際に「センスメイキング」思考を行ってみると、どのような視点からの分析が足りないのかが分からなくなる場合もあるでしょう。
そこで最後に、「センスメイキングの7大要素」について紹介します。
「センスメイキング」の思考では、下記の7つの要素が必要とされます。
上記3ステップの思考の中に、盛り込んで考えてください。
自分自身や所属組織が「何もので、何を目指す存在なのか」を明確に認識し、言語化することです。
行動の結果を検証し、そこにどういう意味があったのかを振り返り、納得(腹落ち)して記憶することです。
人は行動することではじめて環境に働きかけることができ、さまざまな情報を獲得します。その情報から気づきを得て、修正しつつゴールへ向かいます。
自分自身や所属組織の行動・働きかけによって、ステークホルダーとの関係性が捕捉できます。ステークホルダーの視点からも分析を行い、両者の結びつきである社会性に意味を見出します。
「センスメイキング」では、行動がプロセスの出発点となります。行動により周囲との関係性に変化を生み、その変化をフィードバックすることで成功の確度を高めていきます。
同じ事象に対しても、人により解釈や考え方は異なります。そのため、個人が事象全体を100%完璧に捉えることは不可能であることを認識し、関係性のあるひとつの側面を強調して、そこにストーリーを付与します。
スタートアップ企業などは、数値実績をもとに融資を求めるという手段が使えません。だから希望と熱意のあるストーリーを持ったプレゼンテーションに対して、資金を調達するクラウドファンディングが盛んになりました。エモーショナルでイメージを喚起する説得性の高いストーリーこそが共感を呼ぶのです。
よりよい社会を創るためのイノベーションを起こすには、「センスメイキング」で物事を捉え、人を引きつける圧倒的なストーリーを語ることができる経営者・リーダーが必要とされています。ぜひ「センスメイキング」を使って、メンバーやステークホルダーを「腹落ち」させるストーリーを生み出し、新たなビジネスを進めていただきたいと思います。
「センスメイキング」とは、アメリカの組織心理学者カール・ワイクによって紹介された、「起きている現象に対して、能動的に意味を与える思考プロセス」のこと。組織に対して大きなベクトルの推進力を持たせるためのプロセスです。経済学者の入山章栄さんが日本に持ち込んだ際に「腹落ち」というニュアンスを伝えたことで日本国内でも注目されるようになりました。
今現在のコロナ禍やDXなどのデジタル化の推進、SDGsの実現など変動性や不確実性を持った時代に、組織のメンバーやステークホルダーを納得させるために役立ちます。
「センスメイキング」を活用するには、ニュースなどの時事問題や専門的な文献などの知識、分析に呼応する事象の写真や映像などの資料、さらには美術や音楽などの芸術文化、そして家族や権力のあり方などのものの見方など、ありとあらゆるものを材料として検討を重ねる必要があります。
センスメイカーに必要なのは、データや観察結果といった有形無形のあらゆる情報を統合して、大局をとらえるスキルなのです。
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