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データもチームも「バラバラな状態」からは何も始まらない ANA野村氏に聞く「生きたデータ活用」ができる組織の作り方

         

データを使ってデザインする人を「孤立させない」ために

松本氏 今までのお話をうかがってきて、野村さんのチームにはきっと優秀なデータサイエンティストの方がいらっしゃるのだろうと想像しています。

一方、データを分析する側の立場に立つと、さまざまなデータを使って分析しようと思った時、大量のデータの海に溺れてしまってなかなか答えが出ず、同じところをぐるぐる回ってしまうことも多々あります。野村さんのチームでは、そういうことはあまり起きていないのでしょうか。

野村氏 現場は現場でさまざまな苦労がありますが、それらをなるべく共有できるよう、メンバーとは頻繁にコミュニケーションをとるよう心掛けています。また、先ほどお話ししたように、メンバーが必要なデータを入手しやすくなるよう、サイロ化していた社内システムのアーキテクチャを共通プラットフォーム化する取り組みも進めています。

もう1つ心掛けているのは、データを使ってデザインする人を「孤立させない」ことです。先ほど紹介した「イノベーションハニカム」のように、ある技術やソリューションからデータが生まれたら、それを関連するほかの技術やソリューションでも活用できないか検討できる仕組みを設けています。

1人だけでデータ活用を考えていても、その人が担当する技術やソリューションの範囲内だけで終わってしまいますが、データを介してほかの人とコミュニケーションが取れるようになると、複数の技術をまたがった「価値の連鎖」が生まれる可能性が出てくるのです。

松本氏 その結果、部門内だけでなく部門の壁を超えたコミュニケーションも活性化されるということですね。そのためには、サイロ化したシステムアーキテクチャを共通プラットフォーム化するようなシステム面の戦略もさることながら、社内政治系の取り組み、古い言い方をすれば「根回し」のようなものも大事になってきますね。

野村氏 そうですね。やはりシステムやビジネスモデルをデザインする際には、「どういうステークホルダーがいるのか?」「それぞれのステークホルダーのインサイトはどこにあるのか?」ということを把握するのがポイントだと思います。またデータの共有やプラットフォーム化を通じても、ほかの部門との距離をぐっと縮めることができます。

私たちは今、IT部門の中に、基幹システムのデータをまとめて管理する「データドリブンのチーム」を持っています。このチームには、社内のさまざまな部門が抱える悩みごとが、データを通じて早い段階から入って来るんですね。そうなると部門の方々と悩みごとを共有できますから、一緒に解決策を考えていくことができます。

これが悩みごとではなく、システム開発の正式な「要件」として入ってくると、どうしてもその要件に1対1で対応するソリューションの提供に終始しがちになり、それ以上の価値の広がりが生まれにくくなってしまうのです。

松本氏 なるほど。一方で、そういう曖昧な「悩みごと」として持ち込まれる課題の中には、既に先方が勝手に思い描いている解決策がセットになっていることもあります。「こういう課題を解決するために、こういうことをやりたいんだけど」と相談に来るんですが、その解決策がどう考えても的外れだったりすることも多いですよね。

野村氏 私のところにも、そういう相談が持ち込まれることはよくあります。そういう場合に相手をうまく説得してこちらの提案に乗ってもらうするテクニックとして、よく「こっちの方が安くできますよ」「こっちの方が早くできますよ」という言い方をします。もしくは、「この仕組みを選べば、そちらの予算ではなくこちらの予算でできますがどうですか?」という提案もよくしますね。

どういう提案のやり方がベストかはケースバイケースなのですが、場合によっては相手はコストや時間だけでなく、「どうやって予算を通すか?」を気に掛けていることもあります。そうやって相手の事情を汲み取った上で、互いにメリットのある形で提案を行うことを心掛けています。

イノベーションの実現にはイノベーティブな組織文化が必要

松本氏 ANAさんは長い歴史を持つ大企業ですから、きっと社内の働き方もお作法がきっちり決まっていて、ルールを重んじているのだろうという先入観があったのですが、野村さんのこれまでのお話をうかがって、かなりイメージが変わりました。

野村氏 ただ、かつてのIT部門では確かにお作法が全部決まっていて、それに忠実に従うことが是とされていました。その結果、部署の名前は「イノベーション推進部」なのに、裏では「イノベーションとは名ばかりで、実際にはイノベーションとは程遠い部署だな」などと陰口も叩かれていました。でもこれまでお話ししてきたような取り組みを1つずつ積み上げていくことで、徐々に文化が変わってきました。

松本氏 そのような変化に対して、チームメンバーの方々からはどのような声が上がっていますか?

野村氏 例えば、当社では定期的に従業員満足度調査(ES調査)を実施しているのですが、私たちの部署はおかげさまでコンスタントに高得点をマークしています。また、仕事以外のコミュニケーションも重視していて、新人歓迎会などは毎年キッチンスタジオを借り上げて、私がメンバーに料理を振る舞ったりしています。年末の忘年会も、その年のチームの10大ニュースをランキングにして、その順位を当てた人に景品を出したりしています。そういう「仕事以外の催しやコミュニケーション」もかなり大事にしています。

松本氏 今回は「企業のデータ活用をいかに推進するか」というテーマでお話をうかがってきましたが、突き詰めていくと組織論やコミュニケーション論にも足を踏み入れざるを得ないということですね。

野村氏 かつてピーチの立ち上げに参画していたころ、当時ピーチのアドバイザーを務めていた元ライアンエアー会長のパトリック・マーフィーさんと定期的にお話しする機会がありました。

そのとき彼が語った言葉の中に、「イノベーションの花を咲かせたいなら、イノベーティブな土壌を作りなさい」というものがあって、今でもとても印象に残っています。いくらいい製品やソリューションを作っても、すぐ他社に真似されてしまうかもしれない。でも土壌というものは“文化”を含みますから、そうそう他社には真似できないんですね。

イノベーティブなことをしたければ、それにふさわしい「人」「プロセス」「環境」を育てて、組織の文化を醸成していかなければいけません。その過程においては、ANAがこれまで守り抜いてきた既存のルールや文化の枠をはみ出てしまうこともありますが、そういう「例外」を恐れずに積極的にチャレンジしていく文化を根付かせたいなと思っています。もちろん、「怒られない程度」にですが(笑)。

松本氏 手段としてデータを使うことに関しては恐らく誰もが同意するところだと思うのですが、では実際にデータドリブンな組織を作ろうとなったときに、企業文化にまで手を入れようとする人はなかなかいないように思います。

野村氏 やはり組織ですから、文化や土壌を作るために時間やお金をかけすぎてしまうと、なかなか理解が得られないと思います。でも、これまで紹介してきた事例のように、実際のソリューションを構築する過程の中に、土壌を形成するプロセスをうまく組み込むこともできます。また仕事以外の場でも、イノベーティブな気運を高めるための工夫を凝らしています。

例えば、私が2017年にイノベーション推進部の部長に就任して以来、毎月欠かさず行っている活動に「オフサイトミーティング」というものがあります。月1回、社外のベンダーを皆で訪問して、その会社で一番尖っている人の話を聞いたり、一番面白い技術を紹介してもらうというものです。そうやって定期的に外の空気に触れることで最新技術にキャッチアップできるとともに、イノベーティブな気運やモチベーションを高める効果を狙っているのです。

大事なのは「面白さ」を感じながら仕事を進めていくこと

野村氏 イノベーティブな組織文化を作り上げる上では、「面白さ」が重要なキーワードになるのではないかと考えています。現実の仕事は決して面白いことや楽しいことばかりではなく、常に時間や予算などさまざまな制約に縛られています。

でもシステムに限らず何かを作り上げようとするときに、「どう? これって面白くない?」「面白いですね!」という雰囲気の中で進めていって、最終的に仕組みが完成したときの達成感は、単にQCDを達成したときに感じるものとはかなり違っているはずです。

松本氏 そういう考えに至った原体験のようなものは何かあるのですか?

野村氏 恐らく、ピーチでの経験が大きく影響しているのだと思います。ピーチに移る前にANAでスキップサービスをデザインしたときは、決裁の過程でやりたかったことがかなり削られてしまい、悔しい思いをしました。

本音を言うと、実は「スキップ」という名前も好きではなかったんです。スキップというと、まるでチェックイン機を使った手続きをするのが本来の正しいプロセスで、それを省略するのはいけないことのようなニュアンスを感じてしまいます。でもピーチでは誰にも邪魔されることなく自由に仕組みをデザインできましたし、一緒に働いていた仲間たちも含めて本当に面白く仕事ができました。

松本氏 それに加えて、野村さんの取り組みは「上から目線」ではなく、現場の泥臭い苦労や込み入った事情からも決して目を逸らさないのが特徴だと思います。

データの専門家の中には、「データ分析からはこういう結果が出ました。後は現場でよろしく!」と丸投げしてしまう人もいます。でも実際には、データ分析の結果を各ステークホルダーに丁寧に説明して回って理解を求め、実際に動いてもらわないことにはビジネス成果には結び付きません。そしてその過程においては、時には泥臭い説得や根回しなども必要になってきます。どれだけデータを集めてどんなに高度な分析を行ったとしても、上から目線のきれいごとだけでは結局、何の役にも立たないんですよね。

野村氏 同感です。実は20年ほど前に、当時の上司から「お前にはいいところが1つある。目線が低いことだ」と言われたことがあって、私の中でとても印象に残っています。データ分析というと、ともすると現実から乖離した「データ遊び」に陥りがちですが、目線を低くすることによって現場でどんなステークホルダーがいて、どんな悩みを抱えているかが見えてくるんですよね。企業で実践的なデータ活用を行うためのポイントは、実はこのあたりにあるような気がしています。

松本氏 データの専門家の中には、「データからこういう結果が導き出されたのだから、それに従うのが当然だ!」と、いわば「正義のこん棒」を振り回す人もいると聞きます。でもデータ分析の結果は尊重しつつも、それを現場に落とし込むときにはいろんなステークホルダーをうまく巻き込みながら、「皆で一緒にやっていこうよ!」という前向きな雰囲気をうまく醸成していくのが大事なんだなと感じました。

野村氏 私たち自身もそれを完璧に実践できているかというと、まだまだこれからの部分もありますし、中には旧態依然とした考え方からどうしても抜け出せない人もいます。ですから今後も引き続きデータ活用の輪を広げていきながら、イノベーションを共に進めていける仲間をどんどん増やしていきたいと考えています。

ANA 業務プロセス改革室 イノベーション推進部 部長 兼 ANAHD デジタル・デザイン・ラボ エバンジェリスト 野村泰一氏(写真左)
ANAに新卒で入社後、インターネット予約やスキップサービスなどANAの予約搭乗モデルをデザイン。日本初のLCCであるピーチ・アビエーションの創設に携わった後、2017年4月より現職。最近では、ロボット、IoT、AIなどのデジタルテクノロジーを活用する一方で、働き方改革の推進にも関わっている。

JX通信社 データサイエンティスト 松本健太郎氏(写真右)
1984年生まれ。龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で”学び直し”。現在は「テクノロジーで『今起きていること』を明らかにする報道機関」を目指すJX通信社にてマーケティング全般を担当している。

聞き手:松本健太郎 TEXT:吉村哲樹 PHOTO:永山昌克  企画・構成・取材:後藤祥子(AnityA)・野島光太郎

 

 
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