2018年8月に公開された、経済産業省作成の『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』(以下、『DXレポート』)。同資料のDX実現シナリオでは、2021年から「システム刷新集中期間(DXファースト期間)」に突入し、2025年までにレガシーシステムを刷新、DXを果たすことが計画されていました。
それでは、私たちは具体的にDXにどう取り組めばいいのでしょうか?その手法について『DXレポート』の作成に携わったWG(ワーキンググループ)座長で名古屋大学大学院情報学研究科の山本修一郎教授が解説したのが2020年10月出版の『DXの基礎知識 具体的なデジタル変革事例と方法論』(近代科学社Digital)です。
本記事は、同書の概要や役立つポイントをご紹介。2025年までの企業のDXに求められるものについて考えます!
「結局のところ,DXレポートでは一般論を展開することはできても,具体論については踏み込めていない.」(原文ママ)
引用元:山本 修一郎 (著) 『DXの基礎知識 具体的なデジタル変革事例と方法論 Kindle版』
近代科学社Digital、2020、ロケーション3065の376
上記の考えから、山本教授が具体的なDXの方法論を説き、各種研究や事例を紹介するのが『DXの基礎知識』という書籍。下記の10章+3つの付録が収録されています。
第1章:DXを理解するために
第2章:DXレポート
第3章:DX推進指標
第4章:DXの課題
第5章:DXの知識
第6章:DXの取り組み事例
第7章:DXのためのEA
第8章:DXプロセス
第9章:デジタルガバナンス
第10章:マイクロサービス
第1~5章でDXにまつわる現況をまとめた上で、本書が独自性を発揮するのは第6章から。EA(Enterprise Architecture)、ArchiMateなど、組織のあり方やビジネスモデルの変革という複雑な問題に対処するためのツールを与えてくれます。
ビジネス、データ、アプリケーション、テクノロジーといった形で企業の構成要素を分解・記述し、適切に構成して企業の全体最適を実現する手法
ビジネスアーキテクチャを図で表現するためのモデリング言語の一種
情報工学研究者である山本教授が自身や海外の研究論文をもとに執筆しているということで、なかなかかみ砕くのに時間がかかる部分もありますが、DX推進にどの考えを当てはめ、「企業のビジネスモデルを変革し競争優位性を獲得する」という難しいゴールに向かっていくかを知れるという点で非常に有用な書籍です。
『DXの基礎知識』を深く理解するにあたって、目を通しておきたいのが、以下3つの資料です。
・DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
・デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX 推進ガイドライン)
https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004.html
・「DX 推進指標」とそのガイダンス
https://www.meti.go.jp/press/2019/07/20190731003/20190731003-1.pdf
とはいえなかなかボリュームがある資料ですから、まずは、以下の手短な解説で概要を押さえてみてください。
前者は2018年時点で、日本企業がレガシーシステム(老朽化・複雑化・ブラックボックス化したシステム)により経営戦略の変革が足止めされ、コスト増が生じていることを喝破。このままでは「2025年以降に最大12兆円/円の経済損失」が生じる可能性があると指摘し(2025年の崖)、大きなインパクトを生んだ経済産業省のレポートです。『DXの基礎知識』が2020年10月というタイミングに出版されたのも、『DXレポート』のDX実現シナリオにおいて2021年から本格的なDXを断行する「システム刷新集中期間(DXファースト期間)」に入ることがDX実現シナリオとして定められていたからだと推察されます。
引用元:DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~、p49
後者2つは、『DXレポート』で示された下記6つの対応策の一環としてリリースされました。
1.「DX推進ガイドライン」の策定
2.「見える化」指標、診断スキームの構築
3.DX実現に向けたITシステム構築におけるコスト・リスク低減のための対応策
4.ユーザ企業・ベンダ企業間の目指すべき姿と双方の新たな関係
5.DX人材の育成・確保
6.ITシステム刷新の見直し明確化
2018年12月に公開された「DX推進ガイドライン」はDX推進にあたって経営のあり方、仕組みはどうあるべきか、ITシステム構築の体制や実行プロセスはどう評価すべきかについてまとめた比較的短めの資料です。そして、2019年7月に公開された「『DX 推進指標』とそのガイダンス」は、企業が自社のDX推進における成熟度をレベル0~レベル5の6段階で定量・定性の両面から自己診断するためのツールとしてリリースされました。
上記3つの資料を活用し、DXとは何か、DXはどのように進めるべきか、自社のDX成熟度はどのレベルかを把握したうえで、“ではどうすればよいのか(How)”を知るために読むというのが『DXの基礎知識』の適切な使い方です。
2020年12月に『DXレポート2(中間とりまとめ)』が、2021年8月に『DXレポート2.1(DXレポート2追補版)』が公開されました。
『DXレポート2(中間とりまとめ)』は、DX推進指標の達成度を日本企業約500社を対象に調査したところ、全体の9割以上がDXに全く取り組めていない状況であったという衝撃の結果を報告するところから始められました。
そして、その原因として「『DXは進めた方が良いと理解している』ものの、『自社は健全である』との誤認(※)」があることを指摘しています。
IPAの最新レポート(『DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2020年版)』)でもDX推進指標の達成度が「部門を横断してDXを推進・持続できる段階(レベル3以上)」の企業はわずか8.6%(レベル3~レベル4未満:7.9、レベル4以上:0.7)というデータが報告されており、状況はほとんど変わっていないと考えられます。
『DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2020年版)』p10の表をもとに筆者作成
もし貴社が現時点でDXに全く取り組めていない、あるいは部分的なIT導入にとどまっている段階だとすれば、「それは健全な状況ではない」という認識を浸透させるところからDXを始めるべきでしょう。
まずはDX推進指標で自己診断を行うことに着手してみてください。
※引用元:DXレポート2(中間取りまとめ)┃経済産業省、p48
『DXの基礎知識』は前半でDXレポートやDX 推進ガイドライン、DX推進指標の使い方に触れ、後半でDX先進企業の具体的事例やEA、ArchiMateといったツールの使い方を紹介するという流れで構成された書籍です。
コロナ禍という未曽有の事態が生じたとはいえ、前半の内容に関してはすでに達成済みというのが『DXレポート』で描かれたDX実現シナリオでした。
後半の内容を活用しながらDX成熟度レベル5(デジタル企業として、グローバル競争を勝ち抜くことのできるレベル)を達成・2025年の崖を回避し、その先に掲げられた2030年の実質GDP130兆円超の押上げというゴールを目指しましょう!
(宮田文机)
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