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ケーススタディプレゼンテーション「ダイハツAI民主化:孤軍奮闘AIヒーローの軌跡をたどる」のスピーカーは、ダイハツ工業株式会社でDX推進室データサイエンスグループ 兼 東京LABOデータサイエンスグループでグループ長を務める太古無限(たいこむげん)氏。ダイハツ工業における「AIムーブメントのキーパーソン」「AIヒーロー」として知られる人物で、さまざまなビジネス系メディアにも取り上げられている。自身で掲げる目標は「データとAIの民主化を2025年までに実現させる」というものだ。
太古氏は2007年にダイハツ工業に入社、その後小型車用エンジンの制御開発を経て、2020年から同社のDX推進役に任命された。同年から東京LABOデータサイエンスグループのグループリーダー、翌21年からDX推進室データサイエンスグループのグループリーダーも兼務する。
ダイハツ工業は、今からおよそ半年前の2023年1月20日に「DXビジョンハウス」を発表したばかりだ。ダイハツグループスローガン「Light you up」のもと、新たにDXスローガン「人にやさしいみんなのデジタル」が掲げられ、3つのテーマ(モノづくり・コトづくり・ヒトづくり)を設定、DXの3本柱としては以下を定義している。
これら同社DX推進の礎を築いたのが、他ならぬ太古氏なのである。
「ダイハツで働く一人一人の時間が、幸せな1秒1秒であってほしい。そしてその大切な1秒が充実した1秒であるため、仕事のやり方を今一度見直してデジタルを活用してほしい。結果的にその1秒は、お客様にワクワクをお届けする1秒であってほしい——。それが、当社代表取締役社長の奥平総一郎との懇談の中で、私が聞いた『ダイハツの目指すDX』です」(太古氏)
太古氏は2023年のDXビジョン発表よりもずっと以前、さらに言えば2020年にDX推進役に任命される以前の2017年から、「自発的な社外活動」として自分を高めてきた。その過程で触れたテーマの1つが「AI活用」だったのだ。
そんな危機感から同年、社内でのAI活用を推進していくため、業務時間後に活動する「機械学習WG(ワーキンググループ)」を部内に発足した。当初メンバーはわずか3名だったという。しかしボトムアップで小さく始めたその活動はやがてCoE組織である「東京LABO」発足につながり、結果的には全社的なトップダウン活用にまで発展した。
太古氏は、AI活用推進元年である「2017年からのダイハツ工業」を振り返る中で、「DXには正解がない」としみじみと語った。
「DXは、各々の会社の文化に合わせて推進していくのが一番。当社は、以前はトップダウンで取り組みを開始してもなかなかワークしていかない会社でしたが、DXで早く&遠くに行くために新しい技術を社内に実装し続け、それを標準化していかなければならないと考えました。経験・勘・度胸にプラスして、『誰もがAIを活用できるボトムアップの環境づくり』が必要でした。
トップが大きな方向性を示すのは大前提としても、まずは『やりたい!』と思う社内の先駆者が己の瞬発力を生かしてけもの道を開いていく。そしてその道を他の大勢でも歩きやすくするため、会社が後から道をならしていく。ボトムアップとトップダウンの両輪で推進していくのが、私が考える当社のDXのイメージです」(太古氏)
同時に、これまでの活動で最も苦心したのは「仲間を増やしていくこと」だとも語る。
特に2020年以降、太古氏らデータサイエンスグループでは「社内外の仲間を増やす」「スキル向上と課題整理をサポートする」「データ利活用事例を増やす」の3つを活動のミッションに据え、具体的な数値目標も定めた。それらミッション遂行のために太古氏が自らに課した役割は、社員にデータ利活用を促すという意味で、自動車になぞらえ『エンジンスターター役』と例える。しかし、その始動方法は、むしろ力技ともいえる『押しがけ』に近いものかもしれないと話す。
「ほとんどの社員は目前にある業務に忙しく『AI活用のことを考える余裕なんてない』というのが本音。それは私も重々承知しています。無理強いもしたくはありません。実際に、いくら声をかけてもやりたがらない人は一定数存在します。病気にかかれば健康になろうと努力するけど、健康であれば病気になることなんてだれも考えたがらないのと同じで、『今は困っていない』人にとって『DXは必要じゃない』のです。
そんな状況に対処するために参考にしたのは童話『北風と太陽』です。すなわち、北風で強制力を働かせるのではなく、暖かい太陽の光を浴びるがごとく、自然な形でAI・DXの必要性に気づいてもらう。数々のイベントや社内コミュニティを通じ、共感できる仲間を増やしていきました」(太古氏)
太古氏の活動は、自主的なコミュニティをつくるだけでは終わらなかった。社を挙げてDXを推進していくには、どうしても他部署の理解・協力が必要となる。
「仲間を多く生み出すためには、人材育成が有効な手立てになると考えました。しかし、当時はあまり理解が進んでいない時期でした。そこで毎週のように人事部の担当者とディスカッションを行い、新たなAI研修の体系を構築しました。研修のポイントは2つ。1つは、全社員のAIリテラシーを高めること。もう1つは、座学だけで終わらせないために、研修プログラムの中にアウトプットの機会を設けることでAI実装事例をつくりながら知識を養っていくことです」(太古氏)
同社ではこの他、AI人材の定義をスキルレベルごとに「TOP人材」「中核人材」「素養人材」の3分類とし、2025年までに「AI活用推進の核となるエキスパート人材を200~300人育成する」ことを目標としている。また、ダイハツ工業の会社職制外団体である「技術研究会」の中に、「機械学習研究会」を2019年に発足。社内研修の枠組みとは別に、「より深い学びを行う」建て付けとしたことで、現在までに約100人が参加するコミュニティに発展しているという。
他方、AI活用を社内で推進していくには、AIの適用範囲や目的を定める「テーマ設定」が何より重要となる。太古氏らデータサイエンスグループは社内各部署に足しげく通い、各所が考える業務課題や適用テーマをヒアリング。さらに1000以上にも及ぶテーマを収集・整理し、実現性の高いアイデアから着手していった。
「当社DXは、初めのうちはわれわれが介入しながらも、最終的には各現場で自走してもらうことを基本方針としています。それは工場であっても変わりありません。2021年からAI実装のアイデアを50件以上出してきたある工場に対しては、2カ月間で成果を出してもらうブートキャンプを実施。その結果、同工場ではAI実装のノウハウがたまり、標準化できるレベルにまでこぎ着けました。
こうしたAI活用事例のモデルケースが社内に続々と生まれており、それら身近な成功体験が、今後の普及をさらに推し進める火種になる。そう社内で共有しています」(太古氏)
孤軍奮闘で始まった太古氏のAI・DX推進だが、泥臭いことを愚直にやり続けた結果、取り組みに共感するファンが増えている。それは一般社員のみならず、ベテランの工場長にも波及しているという。
例えばある工場長はAI人材の選抜に当たり、太古氏にこんなコメントを寄せたという。
『これまで工場は誰かにつくってもらった機械やシステムを入れていた。今はそれを自分たちの手でできる環境にある。過去にパソコンが工場に入ってきたときと同じように、AIが当たり前になる時代が必ず来るのであれば、ツールとしてのAIを現場で積極的に使わないと意味がない。例え初めは精度が低くても、人間がうまくカバーして取り組めば、それはダイハツらしいといえるのではないか。すぐにでも取り組みたい。メンバーを選抜するので、ぜひ教えてほしい』
これを受けて、最後に太古氏はこう話す。
「この工場長のコメントにもよく表れている通り、DXは『やる・やらない』の選択ではないのだと思います。すなわち、デジタルを当たり前に使いこなすことは、もはや企業にとって大前提です。その意味でAI推進・DX推進の鍵は、外部の専門家ではなく経営者や管理職が握っているのだと思います。
ダイハツ工業のAI推進・DX推進は、ボトムアップでいっきに加速しました。私自身がやりたい方向性を見つけ、小さなことをコツコツと泥臭くやり続けた結果、続々と仲間が増え、全社DXにつながった。企業のDX推進責任者に申し上げたいのは、粘り強くやり続けてれば、いつか必ず理解を得られる。本日はその取り組みの一部を紹介しましたが、何か1つでも皆様のヒントになっていればうれしく思います」(太古氏)
2日間にわたったイベントの最後には、CIOサミットとの同時開催となったCISOサミット議長を務める北村達也氏(日本シーサート協議会理事長、SBテクノロジー株式会社サービス統括 セールス&マーケティング本部サービス・マーケティング統括部プリンシパルアドバイザー)が登壇し、閉会あいさつを行った。
「今回の両サミットの主要テーマは『越境』です。IT部門は既存の部署・業務範囲という枠を越境し、また限界を超えながら飛躍的成長を遂げなければいけない。2日間の基調講演やプレゼンテーションで、その感覚を体感できたのではないでしょうか。異なる業種業態の方々とのネットワーキングもまた、越境の財産となったはずです。それら財産をこれからさらに育て上げ、発展につなげていただければと考えております」(北村氏)
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