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日本の製造業DXの情景。 IT部門の意識改革がリードするウシオ電機のDX

DXやデータドリブン経営に取り組む日本企業のIT部門のリーダーたちが一堂に会する「CIO Japan Summit 2021」が、11月24、25日に開催される。3人のオピニオンリーダーにスポットを当て、インタビューを行った。

         

3人目は、日本の製造業の現場を巻き込みDXを推進してきたウシオ電機の須山正隆氏だ。同社は、ランプやレーザーなどの産業用光源をはじめ、世界トップシェアを誇るさまざまな光製品を提供している。独創的な技術で日本の高度成長期を支えてきたが、現在、急速に進むデジタル革命に対応するべく、IT部門の組織改革と経営課題の解決に挑んでいる。その旗振り役である須山氏は、「日本のものづくり企業のDNAを生かした全社一丸の取り組みが、今こそ有効だ」と語る。

DXは抽象のままでは進まない。
明確な目的と成功体験の積み重ねで共感を得る

日本のものづくり企業は、大きな岐路に立たされている。長い歴史と実績を持つ製造業の経営者やマネージャーほど、「思うようにDXが進まない」と感じている。こうした悩みに対して須山氏は、「目的が不明確なまま、デジタルツールの導入やデータの利活用をスタートしてしまっては、進むべき方向が分かりません。日本の製造業の強みは組織力です。会社の経営陣から現場までがDXの意義や目的を理解し、互いに協力・連携しながら進んでいくには、何のためにDXを推進するのか、その前提となる目的が不可欠です」と語る。

コンサルティングファームで多くの企業の経営支援を手がけてきた須山氏が、ウシオ電機に入社したのは2015年8月。ちょうど同社では、時代の動向を見据えた組織変革をはじめとする、さまざまな改革に着手しており、社外から各分野のエキスパート人材が招かれていた。須山氏はデータおよびデジタル分野の専門家として入社し、IT戦略やIT投資計画の策定、またIT部門や情報システム全体の管掌といった現在の職責を任されたという。

当時のウシオグループでは、日本の多くの製造業と同様に、バリューチェーンやエンジニアリングチェーンのさまざまな局面で、データやシステムの連携がなされないまま、非効率な業務が行われていた。また、現場には多くの情報が存在しているのに、それらが紙やExcel、個別システムに分散しているため、一元管理できていなかった。

このように情報(データ)が散在していると、情報収集・分析・評価に多くの時間がかかり、その結果、問題検知と原因究明が遅れて対応が後手に回る。これが同社の求める「効率的なオペレーション」「効果的な仮説検証サイクル」「経営のタイムリーな意思決定」の妨げになっていた。そこで須山氏は、「データ活用の目的」や「収集データと評価指標」、そして「現場担当者の役割とアクション」といったPDCAのシナリオを精査し、情報収集から分析までのプロセスの効率化とPDCAサイクル定着化に向けたプロジェクトをスタートさせた。

その他にも須山氏は、「コミュニケーション・コラボレーション活性化」「新規事業・既存事業の生産性向上や業務品質向上」「全面的なクラウド移行によるIT運用コストの大幅削減、IT運用業務の効率化・自動化、システム基盤の柔軟性・拡張性の向上」など、複数の改革への取り組みを同時並行で進めていった。

だが、入社したばかりの須山氏がいきなり号令をかけても、現場のマネージャーやスタッフがすぐに受け入れてくれるわけではない。そこで須山氏は、国内外の拠点に足を運び、現状の課題を明確化した上で、現地の事業部や工場の幹部と議論を重ねながら、改革への理解を求めていった。並行して、会社の事業戦略を深く読み解き、さまざまな関係者の意見を取り入れながら、「こうした方向にウシオグループは変わるべきだ」という、明確な指針となるIT戦略を創り上げていった。

「単に『DX』という抽象的な言葉で語るだけでは、共感を得られません。現場が問題と感じている具体的な課題を取り上げて、意見を交わしながらそれを解決してみせることで、ようやく『DXというのはこういうことなのだ』と感じてくれる。そういう小さな成功体験を肌で感じてもらうことを重ねて、はじめてDXの必要性が理解されます」

経営陣とIT部門の認識ギャップに着目して意識改革を実現

従来の製造業のCIOには、多くの場合、運用保守やコスト削減といった「守り」の役割が期待されてきた。一方、企業によっては「攻め」を重視するCIOもいれば、CDOとの協力関係の中で役割分担を図るといったケースもある。それらを踏まえた上で須山氏は、「コスト構造の見直しや業務効率化・自動化を推進する『守り』と、企業の競争力強化や新たな企業価値を創出する『攻め』。この両方を、バランスよく実現することが重要だ」と語る。

須山氏がその「バランス」感覚を最初に発揮したのが、IT部門の改革だった。多くの日本企業と同様に、当時のウシオ電機のIT部門は、ICT機器や既存システムやネットワークの改善・安定稼働のための活動が主な役割だった。須山氏は、「いわゆるITシステムの運用・管理部門で、戦略的なIT投資に関わる活動や組織改革はあまり行われておらず、守りの組織という印象だった」と明かす。

経営層が求める人材と現場の意識のギャップを埋め、経営や事業の発展に貢献できる「攻めの組織」として、IT部門を生まれ変わらせる必要があると須山氏は考えた。そこで、策定したIT戦略実行の予算を確保し、個々の施策を推進・実行する中でIT部門の社員を教育して意識改革を進めるとともに、さまざまな部署や外部から人材を集め、組織としての戦力を高めていった。

こうしてIT 部門のスキルアップを進めてきた須山氏は、「IT部門は経営や各業務部門の課題を正確に把握し、システムの側面から解決策を提案していくべき存在だ。それだけにメンバーは現場に溶け込み、主体性と情熱をもって行動し、現場関係者と強固な信頼関係を構築することが重要だ」と示唆する。

ダイバーシティーこそが日本企業のDX成功の鍵になる

DXやデジタル活用を実現させる組織をつくるために、CIOやIT部門のトップが果たす役割について、須山氏は「スタッフの多様性を引き出し、生かす仕組みを整えること」と話す。ウシオ電機のIT部門も、最初は社内のいろいろな部署から異動してきた“混成部隊”だった。須山氏は、現在もIT部門のさらなる強化が必要だとしつつも、当時を「業務ドリブンなシステムを実現する第一歩として、適したメンバーだった」と振り返る。

「 “混成部隊”だったことで、IT部門が発足した時点で各業務部署との人間関係が築かれていたことは、大きなアドバンテージでした。それぞれが自社のビジネス(業務)に精通しているから、現場の要望や相談に的確に対応できる。これがもし、最初からIT分野だけで育ってきた人材ばかりだったら、いざ会社が業務改革をしようという時に、自分たちから的確な提案はできません」

須山氏が定義するIT人材。その役割と人材像は、戦略立案、要件定義、エンジニアリング、データ活用、運用管理、コミュニケーションまで多様な人材のあるべき姿を定義し「見える化」している。

ここでも「バランス」は重要だ。ITアーキテクトのような専門職の能力を、業務部門から異動してきた人に求めるのは難しいため、社外から広く人材を募ることになる。ここで重要なのは、両者のコラボレーションだ。ビジネスとテクノロジーという専門家同士が、緊密に連携することで初めて「現場の改革を可能にするソリューション」が実現できる。しかも何か具体的な課題や要件が持ち上がってからIT部門にコンタクトするのではなく、プロジェクトの最初から、両者が気軽に話せる体制が日ごろから構築されていないと、いざという時に対応できないと須山氏は強調する。

「製造業に限らず日本企業のDXでは、『ダイバーシティー(多様性を受け入れること)』に、成功の重要な鍵があると思います。経営陣だけで戦略を考えたり、実行をIT部門だけに任せたりするのではなく、役職や部署を超え、日本の本社と海外支社、場合によってはお客様も含め、自分たちとは異なる考え方や技術、ノウハウを持つ人々と連携し、そこからシナジーを生み出していくことが非常に大事だと思っています」

業務とITをつなぐ戦略的な「流れ」が新たな改善を生み出していく

着実に組織の中によい流れが生まれてきている。IT部門と業務部門の間でコミュニケーションが活性化し、IT部門に課題が集まり、そのフィードバックが業務部門の改革や課題解決につながるようになってきた。

須山氏は、この流れ、つまりコミュニケーションのダイナミクスを継続的に回していくことが重要だと強調する。デジタルツールの利活用を推進し、効果を最大限に得るためには、運用開始後も継続的な利用者とのディスカッションが不可欠だ。現場との対話を通じて正確に現状を把握し、有益な意見や批判を進んで取り入れ、次のアクションに生かしていく。須山氏は、「この繰り返しによって人やプロセスが習熟し、生産性・品質の向上、そして信頼構築にもつながっていく」と語る。

また、須山氏はポータルサイトやメールマガジンを使った情報発信を通じて、デジタル活用の成果や効果を具体的な事例として社内にアピールしている。さらに事業部や部署を横断して社内のさまざまなデジタル活用事例を紹介し、定期的にディスカッションを行っている。これが部署同士の競争心を刺激し、自主性を引き出すことにもつながっているという。

現在、ウシオ電機の基幹システムはSAP ERPを導入しているが、グループ会社はそれぞれ異なる基幹システムを採用している。今後は、この環境を統合し、スピーディな経営判断の実現、さらには共通する業務の共有化・標準化や、全体最適に向けたサプライチェーンやエンジニアリングチェーンの再構築などが当面の目標だ。

「私の新たな課題は、ウシオグループ全体のIT戦略です。グループ情報セキュリティーの統一ポリシーをつくるプロジェクトもスタートしました。今年度内で基本的な案を作成して、来年度以降はグループ会社への説明も含め、できるだけクイックに進めていきたいと考えています」

須山氏のチャレンジは、次のゴールに向けて着々と進行中だ。CIO Japan Summit 2021のセッションでは、新たな進捗の共有を期待したい。

ウシオ電機株式会社
経営統括本部 IT戦略部門 部門長
須山 正隆 氏

ITコンサルティング会社で金融業、流通業、教育産業、アパレルに対して業務改革、システム構築、新規事業立ち上げに従事。2015年8月にウシオ電機に移り、IT戦略やIT投資計画の策定、IT部門や情報システム全体の管掌を行う役割を担っている。

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/工藤 編集:野島光太郎)

 

 

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