
話は少し遡るが、初めての人工知能会議であるダートマス会議の後、人工知能の研究者は着実に増えていった。最初のコンピューター用の高級言語であるFORTRANが開発されたのもこの頃だ。そして研究テーマは、パターン認識・機械翻訳・自動プログラミング・事務の機械化などのように、細分化していく。新しい分野として人工知能は注目され、政府機関からの研究予算が潤沢に与えられて、人工知能の黄金期、第2次人工知能ブームとなった。
そしてその成果として、チェッカーゲームのプログラムが作られてアマチュアレベルのプレイヤーを打ち破ったり、ロボットアームを用いて色や形状の異なるブロックを並べられる、認知力のある人工知能が開発された。1960年も中ごろになると、SAINTというプログラムは微積分を解くことができ、ANALOGYというプログラムは複雑な代数の応用問題を解けた。英語を解読できるSIRというプログラムは、本物の知能のように、推論ができるようにも思えた。
マービン・ミンスキー教授
この頃、マービン・ミンスキーたち研究者は、知能をトップダウンに捉えて、記号操作的人工知能を目指していたのだ。つまり人間の知能を記号で表そうとして、諸概念を理解するための、命令が作られ定型化した。人間は脳の中でプログラムを実行して、命令を受けながら論理だけに基づいて手順通りに計算し、あらゆる状況で情報処理している、と考えたのだ。もしそれが本当なら、同じ命令をコンピューターに教えることができるはずだと。今となっては、あまりに安易な考え方だった。
シェーキー
人類が月面に到達した頃、シェーキーと呼ばれるロボットが登場した。自分の行動を推論できる移動可能な世界初のロボットで、スタンフォード研究所が開発した。背の高い大きなロボットは、細かな命令で各段階の動作を1つ1つ指示されなくても、指令を分析して基本動作の列に分解し、実行することができた。マスコミは世界初の『電子人間』が登場したと騒ぎ、月面を地球からの指示なしで探索できるとセンセーショナルに取り上げた。
しかし現実社会では、記号操作的人工知能は役に立たなかった。限定的な実験環境『マイクロワールド』では動作ができるが、混沌とした日常生活の中になると、プログラムは停止したのだ。国防総省期待のシェーキーが、ジェームズ・ボンドになりそうにないと判明すると計画は潰され、他の人工知能の研究費も大幅に削減された。そして人工知能冬の時代となる。
そうですか。確かにチェスとかチェッカーとかみたいなゲームで、人工知能が人間に勝つと、人工知能の方が人間より頭が良くなったのかなと、単純に思っていました。シンプルなルールの中だから、計算で推論もできたのか。
そうですね。現実社会はゲームの中と違って、何が起きるかすべてを想定することはできません。これを『フレーム問題』といいますが、人工知能最大の問題です。人間は日常生活をする際に、経験上可能性の低い事象は気にしません。例えば道を歩いている時、数秒後に自分にとんでもない天変地異が降りかかることなんて、誰も考えていないはずです。
もちろん、心配無用の「杞憂」ってやつですね
ただ、実は隕石に当たる確率的は160万分の1という推定があるのです。この確率は、宝くじで1等に当選する確率2,000万分の1より、はるかに高いのです。
えー!宝くじって、そんなに当選確率が低いんだ。
実はそうなのです。しかし人間は、宝くじに当たるかもしれないと考え、隕石には当たるはずがない、と考えるものです。これが人間の常識というものですね。とにかく記号操作的人工知能に、人間のような常識を植え付けようとしたら、ありとあらゆる事象を、確率的にゼロではない現象を、すべてプログラミングしなければなりません。それこそ非常識なことです。
まあ人間にも常識がない奴がいますが。
サルくん「常識」の言葉の意味とはなんですか?
え~と、スマホでググると、「ある社会で、人々の間に広く承認され、当然持っているはずの知識や判断力」とありますね。
当然持っている知識と判断力ですか。それこそ常識的表現ですけど、曖昧ですね。もっと別の表現はないですか?
一般に学問的知識とは異なり、普通の人が社会生活を営むために持ち、また持つべき意見や行動様式の総体をいう。経験の集積からなることが多く、時代や場所や階層が異なれば通用しないものもあり、多分に相対的なものである。というのがありましたよ。
ありがとう、でもこの定義によると長年社会生活を営んで、経験を積まなければ、常識は身に付けられないことになりますね。しかも住む社会や時代によって、常識が異なるようですし。これを全部コンピューターに入力することは、不可能とはいいませんが、かなり困難なことは分かると思います。
確かにフレーム問題は難問のようだな。で、結局、主流派の記号操作的人工知能が行き詰って、非主流派のニューラルネットワークは潰されて、その後の人工知能の研究は、どうなったんですか?
おさらいしますが、人工知能の研究には2系統あったことは話しましたよね。主流は人間の知能を記号ですべて表そうとした記号操作的人工知能。非主流派は人間の脳神経ネットワークをモデルとしたニューラルネットワークです。で、サルくんの質問は、人工知能研究は両方とも行き詰って、人工知能冬の時代と言われてから、どうなったかですね。
そうですよ。
世間から人工知能は役立たずと言われ、政府からの研究費が大幅に削減されても、研究者たちは細々と地道に研究を続けていました。それまでは人工的な知能を創ろうと、気宇壮大な目標を掲げていましたが、もっと現実的に目標を絞り込んだのです。
例えばどんなのですか?
例えばその当時、急成長していたビデオゲームです。ビデオゲームは元々ルールベースなので、人工知能研究とは相性が良いのです。ですからビデオゲームに登場する、キャラクターたちに知的振る舞いをさせ、その成果を実社会に適用することを狙ったのです。うまい具合にビデオゲーム開発は金銭的報酬も得られ、どんどん複雑化し高度化していくビデオゲームには高い技術力が必要だったのです。
でもビデオゲーム業界は、就職先にはよいかもしれませんが、人工知能の技術がそれほど使えるとも思えませんよ。
そんなことはありません。単純な命令で、エージェントやキャラクターたちを、複雑な行動とか知的な会話をさせるのには、人工知能の技術がとても役に立ったのです。
それじゃ、人工知能研究は進まないじゃないですか。
他に人工知能の応用先としては、エキスパートシステムというものがありました。これは特定分野の専門家が使う、問題解決のための補助ツールです。知識と推論を組み合わせて、問題解決を手伝うためのツールなので、人工知能の応用先としてはうってつけと思われました。医者の知識と経験をエキスパートに取り込めば、エキスパートシステムに聞くだけで治療方法を教えてくれる、というわけですね。
そんなことが、本当にできるんですか?
多少実用的なプログラムがいくつか出てくると、大企業が飛びついてきました。石油採掘用の地質分析プログラム、農家サポート用プログラム、コンピューター会社用のシステムコンポーネント選択プログラム、などが出現して、一気にアプリケーションが広がったのです。ピークの1985年には、なんと10億ドルという巨額な資金が、エキスパートシステムの開発企業に流れ込みました。これで再び人工知能ブームとなったのです。
それじゃ人工知能研究者たちは、軒並み億万長者ですね。さすがアメリカだな。
いいえ、そんなに甘い話ではありません。エキスパートシステムの基本構想はよかったのですが、運用面で実用的ではなかったのです。ルールベースなので、最初の想定を超えた状況になると、当然ルールを追加していくことになります。実用性を保つにはアップデートを頻繁にする必要がありました。ところが命令をどんどん追加していくと、推論の正確性が失われていき、運用コストも膨れ上がり、結局利用者は短期間でシステムを見放してしまったのです。
うーん。厳しすぎる
雨後のタケノコのように、続々と出現していた、エキスパートシステムのベンチャー企業は、あっという間に倒産してしまいました。優秀な研究者たちは、こうなることを見越していたので、嵐が過ぎ去るのを待っていたのです。残念ながらまた長くなってしまいました。この話は次回にしましょう。
【第5回に続く】
図版・書き手:谷田部卓
AI講師、サイエンスライター、CGアーティスト、主な著書に、MdN社「アフターコロナのITソリューション」「これからのAIビジネス」、日経メディカル「医療AI概論」他、複数の美術展での入賞実績がある。
(図版・TEXT:谷田部卓 編集:藤冨啓之)
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チクタクです。前回は第1次人工知能ブームの話と、ニューラルネットワークの説明でした。今回は、第2次人工知能ブームの話をしましょう。