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ダイキン工業が挑む「デジタル変革」 今後求められるAI人材とその育成法の勘所は (わかる)と(できる)の溝を埋めること

2021年9月、日本ディープラーニング協会(JDLA)が主催したセミナーに同大学の開設から携わっている下津直武氏(テクノロジー・イノベーションセンター データ活用推進グループ主任技師)が登壇。同大学で実施されている講義の内容やロードマップ、3年間の振り返りなどを語った。

         

DX人材の不足が深刻になりつつある現在、「AI人材」や「デジタル人材」の育成・確保に注力する企業は少なくない。そのなかでも全国屈指の規模で、社内人材における「デジタル革命」を推進している企業がダイキン工業株式会社だ。空調分野で世界トップシェアを誇り、世界各地に拠点を展開するダイキン工業は、2018年4月に新卒社員を中心に2年間の勉強期間を設けて情報系技術者などを育成する「ダイキン情報技術大学」を設立。2023年までに全社員の約20%にもおよぶ約1,500人のAI人材の育成を目指している。

ダイキン情報技術大学による講義の様子(2019年)

情報系技術者の「育成」を選んだ危機感とは

ダイキン情報技術大学では毎年90~100人の新入社員や既存社員が入学し、現場に配属されることなく2年間で徹底して、IoT、AIの基礎から最新テクノロジーの活用、さらに空調や化学の技術などの知識などを学ぶ。社員に2年間給料を支払い続けながら、業務を行わずに勉強に集中できる環境を提供する大規模な「人材投資」は全国でも異例だ。

ダイキングループの技術革新の中核となるテクノロジー・イノベーションセンター。グループ内外を問わず世界中から集めた優秀な人材に対し、最新の研究・試験設備を提供し、様々な技術や知識を一カ所に集積し、新たな価値を創造する環境を整えている。

さらに主な講義は、同社が380億円を投じて設立した技術開発拠点「テクノロジー・イノベーションセンター」で行われており、同施設内で生徒たちが講義を受ける円形講義室は、社内講義というよりも大学の講義の雰囲気そのものだという。

ダイキン工業が国内でも異例の規模でAI人材の育成に挑む大きな理由は、圧倒的な情報系技術者不足に対する危機感だったと下津氏は語る。

「弊社におけるAI・データ分析技術の活用の期待値は高まり続けており『AI活用』、『AI技術開発』、『システム開発』の3分野の人材の確保が急務でした。特にAI技術開発においては、ダイキン情報技術大学がスタートした2017年時点の弊社の国内の情報系技術者は、全社員7,540人中93人で1%しかいなかったのです。また、他の2分野においても人材の質と量のどちらも不足していました。一方、新卒の高度なAI人材が空調メーカーに入る確率は高くはありません。そのため、AI技術者を確保するための打開策として、ダイキン情報技術大学がスタートしたのです」

AI人材を育成する社内講座は専門の学校さながらのカリキュラムに

2017年12月に計画がスタートし、2018年4月に開校。新入社員351人のうち、自ら挙手した非情報系の社員100人が一期生として入学した。

同大学のカリキュラムは1年目の「基礎教育」と2年目の「応用教育」に大別されている。その具体的な内容は以下の通りだ。

■ダイキン情報技術大学のカリキュラム(1年目)

  • ・事業ビジョンの理解
  • ・IoT、AIの導入教育
  • ・空調、化学などの業務や技術の知識
  • ・問題解決、スキル・マインド

■ダイキン情報技術大学のカリキュラム(2年目)

  • ・PLB(Project Based Learning)による各部門での実践

AI人材の基礎力を高める1年目の目標は、データサイエンティストに必要な3つの力の見習いレベルまでの向上だ。具体的には、プログラミング上流~下流に知識やシステム構築のスキルを身に着ける必要があるという。そのため、座学では包括提携契約を結ぶ大阪の情報科学分野の教授による統計学や言語・画像処理、データマイニングなどの講義を実施。講義として並行してPythonの演習を実施し、全生徒で機械学習の予測精度を競う「100人コンペ」なども行うことで実務のスキル向上も図っている。さらに商品企画、プロジェクト管理、システム設計までの「プロジェクト型演習講義」など、コース別に教育することで「データ分析」や「システム構築」など個々の生徒の得意領域創造も目指しているという。

また、「基本情報技術者」、「統計検定2級」の全員合格を掲げている。さらにコース別の応用スキルについても、システム班は「AWSソリューションアーキテクト-アソシエイト」。データ分析班は「JDLA E資格」の合格を目指すとしている。

2年目は、より実践的な問題解決型学習「PBL(Project Based Learning)」で現場のデータを活用したプロジェクトベースの教育を行う。営業、開発、製造から間接まで様々な部門が抱える課題などのテーマを収集し、適切なものを本人の希望も考慮しながらアサインする。複数の部門を半年に一回のペースで経験させることで、AI人材に欠かせない全社的、部門横断的な視点で課題解決できる人材の育成も図っている。

「新入社員だけでなく若手~中堅の既存社員の『AI技術開発講座』も開催しています。受講生は弊社のAI活用を担うキーマン候補で、彼らを各事業企画部門の『AI推進担当者』もしくは『R&D技術者』の育成することが目的です。そのために大阪大学の教員による講義やAI演習、PLBなどをカリキュラムに加えています。既存社員はドメイン知識は豊富である一方、新入社員と比べると時間的な制約があるのがボトルネック。そこでプログラミングやビジネスの講義を減らし、データ活用プロジェクトの全工程を実践できるようPBLに注力しています」

始まりは「トップの一声」。設立からの3年間の成果を振り返る

今年で3年目を迎えたダイキン情報技術大学は2017年にダイキン工業取締役会長の井上礼之氏の一声で始まった。準備期間は数カ月。1年目は生徒集めやカリキュラムの策定などが手探りである意味「生徒と一緒に大学を作ってきた」と下津氏は語る。その一方、卒業生を送り出した現在は、多くの手ごたえを感じているという。

「この2年でIPAが定めるスキル標準のうちレベル3までのデジタル技術を『知る』、『分かる』、『できる』人材の育成は着実に進んでいます。現場の空気感もソフトウェアファーストに変わりつつあることも実感しています。また、フィールドワークなどを見ていると100人が力を合わせると大きな力(集合知)になることを実感しました。AI人材の育成以外においても100人が1年を通して一緒に学ぶことで、これまでにない将来的な横のつながりが生まれるのではないかとも期待しています」

他にも、社内の理解と協力体制の強化により200程度のPBLのテーマが集まるようになった。さらにAI人材の先進的な取り組みを行う企業として認知が広がり、就活生の多くが同大学を知ったうえで志望しているという。加えて、2年間で培われる生徒同士の仲間意識のおかげで同大学の修了生の離職率は非常に低い。経済産業省がDXに取り組む企業を選定する「DX銘柄2020」にも選ばれるなど、企業価値の向上にもつながっているという。

 

一方、AI人材の育成においては基礎教育(わかる)と実践(できる)の間に大きな壁があることを実感。現場データを用いたPBLなどテーマ実行経験をより多く設ける必要があるという。

「AI人材の教育に必要なのは技術スキルだけでなく、個々の職務や役割における行動特性『コンピテンシー』とビジネススキルが欠かせないことも実感しています。いずれも新入社員が持ち合わせるのは難しいので、こちらがより多く学べる機会を提供する必要があるでしょう。また新型コロナウイルス感染症の影響で海外拠点にAI人材の教育を広げられなかったのが残念です。収束した後には積極的に取り組んでいきたいですね」

今後の目標は、2023年度末までにIPAのスキル標準のレベル5「社内のハイエンドプレーヤ」を含めた1500人のAI人材の育成だ。下津氏は「種まき段階」と述べるが、日本屈指の規模と「本気さ」でAI人材の育成に挑むダイキン工業の取り組みは、デジタル変革に迫られる多くの企業の「道しるべ」になるのではないだろうか。

(取材・TEXT:藤冨啓之 企画・編集:野島光太郎)

 

 

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