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ミュニシパリズムとは?地方自治の1票の重みや無投票行為も解説

本記事では、東京の西側から注目されている市民政治の動き「ミュニシパリズム」を紹介します。ミュニシパリズムからみる1票の重みや無投票という行為に関しても解説していますので、変わりつつある市民政治の動きへの知見を深めたい方はぜひ参考にしてください。

         

いま国政では、大きなうねりが起こっていますが、その一方で地方政治でも静かながら新しい動きが押し寄せています。その重要なキーワードが「ミュニシパリズム(municipalism)」であり、通常「地域主権主義」と訳されます——2022年に187票差で杉並区長選に当選した岸本聡子氏らが牽引している新しい政治の動きです。いま地方自治体から生まれつつあるこうした新しいトレンドを、データという側面からみていきます。

ミュニシパリズムとは?地域主権主義のこと

最近、東京の西側から、新しい市民政治の動きが生まれています。市区の首長に市民運動をバックボーンにしたリベラル系の候補が次々と誕生しているのです。これらの首長は、マスコミによりしばしば「非自民系」とくくられることもあります。その一覧を確認してみましょう。

※2023年11月時点のミュニシパリズム系の首長をいただく市区。2023月12月24日投開票の選挙において松下市長の後継とみなされた候補が敗れました。

 

市区

当選者

得票数

得票率

次点との差

2010年

多摩市

阿部裕行

20,904 票

38.60%

1,475票

2011年

世田谷区

保坂展人

83,983票

30.70%

11,539票

2017年

武蔵野市

松下玲子

34,166票

65.58%

16,233票

2018年

中野区

酒井直人

36,758票

40.32%

8,957票

2021年

小平市

小林洋子

32,180票

52.93%

3,565票

2022年

杉並区

岸本聡子

76,743票

44.41%

187票

2022年

小金井市

白井亨

27,251票

79.56%

20,250票

2023年

埼玉県所沢市

小野塚勝俊

57,272票

51.69%

15,795票

2023年

青梅市

大勢待利明

26,042票

60.29%

8,890票

こうした新しいトレンドのキーワードが「地域主権主義」と訳される「ミュニシパリズム(municipalism)」です。その定義を確認してみましょう。

■ミュニシパリズム(municipalism)とは

【地域主権主義】 住民が主体的に地域の合意形成に参加することを重視する民主主義の考え方や取り組み。格差や貧困、分断を社会にもたらした新自由主義から決別し、住民生活を守るために自治体レベルの選挙で首長や議員を当選させ、具体的に政治を動かすことを目指す。自治体同士の連携も重視する。地方自治体を意味する英語「ミュニシパリティー」が語源。(東京新聞 2023年10月21日)

こうしたムーブメントを、従来の「草の根民主主義(grassroots democracy)」の活動と明確に線引きをすることは難しいですが、新自由主義がもたらした格差や貧困の広がり、そして医療や教育、水道といった公的セクターの弱体化を阻止しようという戦略性に富んだ活動である点が新しいといえるでしょう。

コモンというキーワード

そうした戦略性を象徴するのが「コモン」というキーワードです。経済学者の斎藤幸平氏(東京大学准教授)の一連の著作や発言で、現在バズワードともいえるような勢いで広い支持を得るようになってきました。

コモンとは、一般的に本来商品化されるべきではない公共財を指します。ここでは、斎藤氏も言及している経済学者宇沢弘文(1928~2014)が提唱した「社会的共通資本」の3つのカテゴリーで、それが意味するところをみていきましょう。

■コモンの3つの資本

自然資本:大気、河川、海洋、森林などの自然

社会資本:道路、公共交通機関、上下水道、電力などのインフラストラクチャー

制度資本:学校教育、医療、金融、司法、行政などの社会制度

こうした社会的共通資本は、利潤追求の対象として取り引きされてはならず、社会にとって共通の財産としてすべての人々がその果実を享受できるようにしなければならない、というのが公共財=コモンの基本的な考え方です。

ミュニシパリズムから見る投票率と1票の重みとは

政治行動学の松林哲也氏(大阪大学院教授)は、著書『何が投票率を高めるのか』のなかで、人々が投票に行くことで得られるベネフィットとコストを次のように定式化しました。

■pB + D ー C > 0

C:投票するために必要な時間や労力といったコスト

D:投票という民主的な手続きに参加することで得られる満足感

B:自分が支持する政党や候補者が勝利することで得られる物質的・非物質的利益

P:自分の1票が選挙の結果を変える確率

松林氏は、この定式を使って、以下のような要因がどのように投票率に影響を与えるかを検証しています。

  • 投票所の数(期日前の投票所も含む)
  • 投票日当日や前日までの天候
  • 投票を呼び掛ける啓発活動
  • 都市と地方
  • 新党の選挙への参入
  • 女性議員の増減

これらの項目のなかで、投票を呼び掛ける啓発活動以外は、投票率との何らかの相関関係が見出されたといいます。啓発活動とは、ポスターや自治体の広報誌を使って投票を呼び掛けるキャンペーン活動のことです。

1票の重みのバーチャルな比較

ここで注目したいのはP、つまり自分の1票が選挙の結果を変える確率です。

ひとつのサンプルとして、2022年に行われた杉並区の区長選挙についてみてみましょう。前述のように、このときは187票という僅差で、岸本聡子氏が区長に選出されました。

  • 岸本聡子氏:76,743票
  • 次点の候補者:76,556票

このときの杉並区の有権者数は472,619人 でした。そして、実際に投票所に足を運んだ人数(投票者数)は177,312人、投票率は37.52%でした。この有権者数と投票者数を187票という票数で割ってみましょう。

  • 472,619÷187=2,527
  • 177,312÷187=   948

こうした数字に厳密な意味はありませんが、相対的に1票の重さのメタファーとして解釈できると思います。すなわち、岸本候補に投票した人(あるいはしなかった人)の1票は、有権者ベースでは2,527票相当、投票者ベースでは948人分の重さを持つと解釈することができます。

比較の対象として、直近の2023年4月23日に行われた「杉並区議会議員選挙」の結果をみてみましょう。この選挙では48の区議会議員の席をめぐって、69名の候補者が立候補しました。

このときの選挙結果では48番目に当選した候補者の得票数は2,352票、次点は2,345票です。わずか、7票ですね。このときの有権者数は471,473人、投票者数は205,827人、投票率は43.66%でした。

  • 471,473÷7=67,353
  • 205,827÷7=29,404

この接戦の候補者に投じた1票の重みは、有権者ベースでは67,353票分、投票者ベースでは29,404人分の重さを持つといえます。

市区町村の議員選挙

繰り返しますが、上記の1票の重さの比較は疑似的なものですが、それでも有権者の母数や接戦の具合などの条件により、1票の意義には大きな違いがあることがわかるでしょう。

特に一人ひとりの投票行動がもたらす影響が大きいのが市区町村の議会の議員選挙です。ここに、冒頭に言及をしたミュニシパリズム(municipalism)のポテンシャリティがあると考えられます。大きく国政レベルから社会を変えていこうというのではなく、身近なコミュニティから社会を少しずつ変えていこうという発想であり、そのためには相対的に重みのある地方選挙の一人ひとり1票を無駄にしないようにしようという投票行動につながります。

無投票という投票行為

とはいえ、市区町村の首長や議員の投票に参加する人は現状では必ずしも多くなく、投票率はおしなべて40%を下回っています。乱暴にいえば、3人に1人しか投票所に足を運ばないといえるでしょう。

投票に行かない理由はさまざまに考えられますが、おそらく「自分が1票を投じてもあまり影響はない」と考える人が多いのではないでしょうか。つまり、自分の1票が選挙の結果を変える確率Pは限りなくゼロに近いという推察です。そしてこれは、母数が小さく、候補者間の支持がきわめて拮抗している場合を除いては合理的な判断だと思われます。

しかし、ここにある種のパラドクスが潜んでいます。それを露わにしたのが、「投票率上げなくていい」という自由民主党の栃木県連副会長の発言です(毎日新聞2023年2月8日)。

■自由民主党の栃木県連副会長の発言(毎日新聞2023年2月8日)

今の世の中は不満が少ないから投票率が低い。政治に不満がないのであれば投票率が低いことは名誉なこと

こうした発言が意味するのは、投票に行かないという「無投票」行為は、実質的に現状に対する「信任投票」に当たるという可能性です。ここは有権者一人ひとりがよく考えてみるべきポイントでしょう。現状に満足しているのであればそれでもいいわけですが、政治や社会についてなんらかの疑問や不満を抱えているのであれば、それに対する意思表示の機会として投票を捉えてもいいのではないでしょうか。

図版・著者:下平博文
事業会社において企業理念(Corporate Philosophy)を活用した組織開発、インターナルコミュニケーション等に携わる。2018年よりフリーランスのライターとして活動。

(TEXT:下平博文 編集:藤冨啓之)

 

参照元

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