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檀家さんは、お客さま。エンジニア出身の副住職が仕掛けた 「満足度向上」のため寺院DX

データのじかんでは、全国47都道府県の各地域のDXやテクノロジー活用のロールモデルや越境者を取材し発信している。「Local DX Lab」は地域に根ざし、その土地ならではのDXのあり方を探るシリーズだ。今回は長野県のほぼ中央にあり人口約67,000人の塩尻市で、「寺院デジタル化エバンジェリスト」として活動しているのが浄土宗善立寺の副住職を務める小路竜嗣(こうじ りゅうじ)さんだ。一般家庭出身で、信州大学大学院で工学を専攻し、大手メーカーでエンジニアを経て仏門に入ったという異色の経歴の小路さんが手掛けたお寺DXと、業界全体にその試みを広げようと活動を続けている。そこにはDXを推進するビジネスリーダーも学ぶべき勘所があった。

         

一番のメリットは「檀家さんのニーズを知れた」こと

長野県塩尻市にある浄土宗善立寺(以下、善立寺)は、1545年以前に開山された歴史ある浄土宗のお寺だ。焼失や廃仏毀釈による廃寺といった多くの困難を乗り越え、地域に根ざした寺として470年以上、活動し続けている。

「お寺」と言えば私たちが想像するのは、京都の清水寺や奈良の東大寺ではないだろうか。格式が高く、お金があり、多くの人が訪れ関係者も沢山いるというイメージを抱いている人も多いのではないだろう。しかし現実は、事業規模も資本も一般企業と比べると小さいことが多い。そのため、運営人員は住職1人か多くて2人、さらに膨大な業務に忙殺されている寺がほとんどで、それこそが小路さんが業務のIT・デジタル化に取り組み始めるきっかけだったという。

「寺に入ってみたら、想像とは全く違っていました。草刈りと事務作業だけで一日が終わることがほとんど。この世界ではそれが当たり前でしたが、一般人の元エンジニアで修行から帰ってきてすぐの私から見ても課題は山積みでした。僧侶として充実した日々を過ごすためにも、改善の必要性を感じました」

足がかりとなった施策の一つが、現在も小路さんが取り組み続けているホームページなどで公開しているコラムと寺報「香蓮(こうれん)」による情報発信だ。誌面作りやコンテンツ制作の知識はなかったが、PDCAサイクルを回して改善を図り続け、現在では檀家さんからのリアクションも大きくなっているという。

「副住職になってすぐに寺報を発行したのは、私の顔と名前を覚えてもらうのが目的でした。ただ、次第に檀家さんからのリアクションが増えてきたことで、今度は双方向のコミュニケーションも強化する必要性があると気付かされたんです。例えばコラムで焼香の仕方について掲載すると『こういう場合はどうですか?』と檀家さんを訪問したときに質問を受けることが増えてきたのです」

善立寺寺報「香蓮(こうれん)」2013年に小路さんによって創刊。年2回発行を約10年継続している。「何事も自作」との考えでAdobe Indesignを独学で学び、デザインから編集を手がける。オンラインでも公開中。

2013年に小路さんによって創刊。年2回発行を約10年継続している。「何事も自作」との考えでAdobe Indesignを独学で学び、デザインから編集を手がける。オンラインでも公開中。

「従来のお寺と檀家さんの関係って、説法などを『教える』という一方通行なことがほとんど。だからこそ、オンラインを通じてもっとお互いにコミュニケーションを増やせば、お客さまである檀家さんとのつながりが深められると思いました」

小路さんがIT化・デジタル化に取り組む際の考え方の原点は、副住職になる前のリコー時代に叩き込まれた「顧客満足度」の観点だ。檀家さんは寺にとって「お客さま」であるため、一般企業と同じように満足の行く価値を提供しなければならない。そのためには顧客が抱える課題やニーズを吸い上げて、適切なタイミングでアプローチすることが重要だ。

「檀家さんのリアクションや質問になるべく早く対応するために、LINEを使って寺と檀家さんが直接つながれる仕組みを構築しました。最初はお寺に問い合わせをする人は年齢層が高いこともあり、使ってくれるかは半信半疑でした。ただ蓋を開けてみれば、電話を含めた全てのコミュニケーションツールのなかで最も質問が多くなっています」

LINEでの問い合わせは「法事の際の祭壇はこれであっていますか?」と写真付きで質問があるなど、小路さん曰く「言葉で説明が難しく、早急な対応が必要」なものが多いという。このような業界ならではの特徴からも双方向のコミュニケーションを構築する必要性が高く、同時に檀家さんという既存顧客をつなぎとめる重要な手段と考えられるだろう。

実際、小路さんは「若い世代の檀家さんとのコミュニケーションが増えた」というメリットを感じている。また、檀家さんの負担を少しでも減らしたいという想いから、住所変更の手続きや法要の申し込みなどは、24時間いつでもWebから行えるようにもしている。

「これまでは父母が亡くなれば、お寺は喪主と関係をゼロから作り直さなくてはいけませんでした。しかし、今は次世代がホームページやSNSを見て住職や私の顔を覚えて、お寺を身近に感じてくれています。次世代が加わり、父母・次世代・お寺の三者で話をする意義は大きいですね。父母の要望を話し合っておけば全員にとって良い葬儀や供養ができますし、お寺と喪主のつながりができることで檀家さんが離れる大きな要因である『世代交代』にも備えることが可能ですから」

DXは「人の役に立つ」ためにある

小路さんは副住職になり、すぐにホームページ制作やSNSを始めたわけではない。最初に手掛けたDXは、墓管理に欠かせない「墓地図」のデジタル化だった。

「副住職になったばかりの頃はお墓参りに来た人に『○○さんのお墓はどこですか?』と聞かれて、紙の墓地図を引っ張り出して調べていました。長い時は場所を伝えるまでに10分以上かかっていたので非常に非効率ですし、待たされる方にとってもストレスになると感じていました」

そこで小路さんは、顧客のシリアルナンバーとリンクさせた約300基の「デジタル墓地図」をExcelで制作。検索機能などを使うことで1~2分で墓の場所を特定できるようになった。専門的なツールを使わずとも、劇的な時短を実現した結果、時間に余裕ができ、お墓参りに来た人と「故人とはどういう関係でしたか?」と会話が生まれ、より手厚い対応も可能になった。その結果、「善立寺さんは、話しやすいお寺さんだ」と思ってもらえて、知人を紹介してもらえたこともあったという。

立派なツールではなくとも、省力化や業務効率化は実現可能で創出したリソースを有効活用した小路さんの事例は、お寺だけではなく、全ての産業や企業、そしてDXを担うビジネスパーソンにも参考にできるのではないだろうか。

「墓地図のExcel化自体は小さな成功かもしれません。ただ、デジタルの恩恵を住職に理解してもらえる大きなきっかけとなり、結果的に関係そのものも良くなりました。DXというと大規模なツールの導入などをイメージされる人も多いと思いますが、『人の役に立つ』という結果を得られれば小さな取り組みでも十分に次につなげられると思います」

お寺、ビジネス、DXにも共通する「本当の壁」と寄り添い方

小路さん曰く、DXやIT化に限らずお寺において「新しいこと」や「伝統とは異なること」に挑戦するのは、簡単ではないという。その大きな理由が「住職の壁」である。

「一般的に若い僧侶が継ぐために寺に入り、時代に合ったお寺運営に変えようとするとき、一番理解を得なければならないのがお寺のトップである住職です。僧侶にとって師匠は絶対的な存在で、簡単にはモノ申すことはできません。私の場合は、住職は義父でもありましたら尚更でした(笑)。ただ、一般企業でいう『予算』と獲得するためにも住職が守っている『壁』を乗り越える必要があるのです」

小路さんの場合、その「壁」を乗り越えるきっかけになったのが先述の「デジタル墓地図」だ。提案当初はDXの取り組みについて住職は否定的だった。しかし、実際にデジタル墓地図を運用するなかで、ただの効率化ではなく「檀家さんなどにより密に接することができる」という結果が住職に刺さったのだ。さらにデータ管理をUSBからクラウドへ移行したときは、データの同期により重複がなくなったほか、ノートパソコンが壊れてもデータに影響がなかったことも住職に喜ばれたという。

住職は長年、檀家さんを一番見て一番よく知っている。その檀家さんから「香蓮、見ていますよ」、「ホームページいいですね」という反応を直接聞き、良い変化を肌で感じている。お寺DXにより、業務が楽になり、檀家さんとより良い関係を築けるようになった。

このような取り組みの経緯と結果を踏まえ、「お寺を継ぐことは、家族経営の中小企業の事業継承と共通点があります」と小路さんは分析する。一般企業においても後を継ぐ息子が経営改革をしようとすると、父親である社長に反対され、軋轢(あつれき)が生まれてしまうこと。そしてその対立は家庭にまで影響が及ぶことが少なくない。

「変革を起こそうとする際に意見がぶつかるのは当たり前ですが、それでも『変えようとする側 vs 決裁権者』になるのは避けなければなりません。私も今やっていること、今までやってきた伝統を否定しないで、より良くするというスタンスを大切にしました。また住職とは『お寺をこういうふうにしていきましょう』とビジョンを何度も語り合いました。実際、住職との関係が良好になるそれに比例して檀家さんの反応も良くなった」

中小企業でも、ビジョンやミッションを経営者と社員が共有し社内に浸透させることが、最終的に顧客満足につながる。それぞれが別々の方向を見ていたり話し合っていなかったりすれば、顧客にも通じ、いずれ返ってくる。

善立寺寺報「香蓮(こうれん)やWEB寺報「テラノバ」では、住職、小路さん自ら、法事について、浄土宗の開祖である法然上人についてなど檀家さんのお悩みや関心に応えるコンテンツは発信されている。「寺も同じなんです。最終的に檀家さんに通じています」と小路さんは実感している。

「ITって便利ですよ」と地道に広めていく

寺院デジタル化エバンジェリストとして各メディアに取り上げられ、講演会にも登壇することが増えている小路さんだが、副住職になって10年あまり、順風満帆だったわけではない。数々の取り組みの成功要因の一つである「一般人としてのキャリア」もメリットばかりではなかった。初めて訪問する檀家さんで「善立寺には若い僧侶はいない。あなた誰?」と門前払いされたり、発行したばかりの寺報「香蓮」がお寺のゴミ箱に捨てられていたこともあった。

だが小路さんはそこで諦めず、幅広い世代に読まれる文章の書き方や良い写真の撮り方、それにワードプレスの使い方も勉強した。自助努力と家族の協力のもと、小さなIT化をコツコツと積み重ねて今がある。例えばその活動の一つが、僧侶がお寺の運営におけるIT活用について意見を交わすイベント「テラテク!」。小路さんをはじめ、宗教法人の会計税務に詳しい税理士らが登壇し、僧侶におすすめのITツールを紹介したり、参加者同士でお寺の課題を共有したりしている。

「今、お寺は危機に瀕しています。20年後には人口減少により、現存する寺院の3割が無くなると予想されています。つまり、お寺は50年も100年も持続できるかたちに、今こそシフトしていかなくてはいけません。たとえば、お寺を維持し続けるためには1人の僧侶が2つのお寺の運営をする必要性も高まります。ただ、現状では住職の負担が大きすぎて実現は難しいでしょう。その解決策として「お寺DX」が不可欠だと私は考えています」

小路さん自身、副住職になるまでは観光地の有名な寺しか行ったことがなかった。しかし文化財がなくても、熱心に地域で活動をしている素敵な僧侶が日本にはたくさんいる。

「そのような僧侶たちとお寺が、50年後も残るようにお役に立てれば嬉しい。そのためには『ITって便利ですよ』、と一つ一つを具体的に伝えていくのが大切ですね。僧侶の誰もがITツールを当たり前に使えるくらい、リテラシー向上のための活動をしていきたい」

小路さんはこれからも誰かの役に立つ活動を続けていく。


浄土宗 善立寺 小路竜嗣(こうじ りゅうじ)氏 
 副住職
1986年生まれ、兵庫県伊丹市出身。信州大学大学院工学科で機械システム工学を学んだ後、2010年から株式会社リコーで商業用印刷機の設計エンジニアとして勤務。大学時代から交際していた善立寺の一人娘との結婚を機に2011年に同社を退職、修行を経て2014年から現職。超多忙なお寺業務の現実を目の当たりにし「お寺のIT化」に取り組むようになる。檀家の法要やお寺運営のかたわら、お寺IT化の経験を活かし、他寺院のIT化をサポートする「DX4Temples(ディーエックスフォーテンプルズ)」を2021年に開業。「#テイクアウト塩尻」、僧侶団体サイト「じょーど」や他寺院ホームページなどを手掛ける。お寺IT化のさきがけとして、活動がNHKや朝日新聞、YAHOO!ニュースなど多くのメディアに取り上げられる。講演会や研修の講師として全国各地から招かれ、お寺DXの啓蒙活動にも東奔西走する日々を送る。
・善立寺:https://zenryuji-jodo.com/
・DX4TEMPLES:https://dx4temples.org/


聞き手:市川 弘美(いちかわ ひろみ)
岡山県倉敷市出身。長野県出身の夫と結婚以来、毎年5月と8月に信州で休暇を楽しむ。大学卒業後、IT企業3社にトータル15年間勤務。2016年から書籍を代筆するブックライターとして、経営、自己啓発、地球環境、心理学などの書籍を手掛ける。Webでは楽天セールスライティング、JRグループとれ旅サイト、株式会社リコー RICOH THETA LAB.、採用ポータルサイトなどで記事を執筆。


(取材・TEXT:市川弘美/藤冨啓之  企画・編集:野島光太郎)

 

 

 

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