毎月定額で高級バッグをシェアできるLaxus(ラクサス)。近年、環境保全意識の高まりでますます注目を集めており、20年には米国ニューヨークに進出も果たした。運営会社のラクサス・テクノロジーズを創業した児玉氏は、ラクサスをローンチする前から「データドリブンな意思決定を徹底している」と話す。詳しく話を聞くと、データ活用の秘訣が見えてきた。
2015年にローンチされた「ラクサス」は、ブランド物を気軽に試せる利便性などが評判を呼び、人気サービスになった。運営会社のエス社は、2年後に「ラクサス・テクノロジーズ」と名を変える。世の中に浸透しているサービス名「ラクサス」のあとに、なぜわざわざ「テクノロジー」を付け加えたのだろうか。創業者の児玉昇司氏は次のように語る。
「私たちはファッションの会社ではなく、テック企業であるということを伝えたかったんです。私自身もエンジニアですし、社員の半分以上はエンジニアです」
児玉氏は早稲田大学在学中から起業家としての道を歩み始めた。家庭教師と生徒の家族をつなげるマッチングサービスや中古車の売買プラットフォーム、通販のバックオフィス業など様々なサービスの立ち上げや運営を経験したのち、2006年、4社目となるエス社(現ラクサス・テクノロジーズ)を創業した。しかし、当初の構想と実際の事業内容は異なるものだったという。
「家庭教師や中古車売買のマッチングサービスは、当時インターネットの通信速度が遅かったこともあり、浸透しませんでした。その後、ADSLの登場によってそれまでに比べ高速な回線が普及し始めたので、またインターネットを使ったサービスを作りたいと思ったんです」
そのとき児玉氏が目をつけていたのは「電気自動車(EV)」と「シェアリングエコノミー」と言うから、先を見通す力に驚く。まだ「シェアリングエコノミー」という言葉もなかった時代だ。そのシェアリングエコノミー事業を手掛けようとしたものの、外部環境に阻まれてしまった。
「創業した年にライブドア・ショックがあり、新規の資金調達が難しくなりました。シェアエコはシェアする商材をある程度用意しなければならないこともあり、初期投資がかかります。2年後にはリーマン・ショックも起きました」
こうした事情から、のちのラクサス・テクノロジーズはまず通販事業を展開することになる。様々な環境の変化はありつつも順調に業績を伸ばし、ついにはアベノミクスなどで資金調達環境が整った。
「ちょうどそのころ、妻がよく『着ていく服がない』と言っていたんです。クローゼットはパンパンなのに、何を言っているんだろうと最初は思っていましたが……」
時を同じくして、ファッション業界における環境問題がささやかれ始めていた。
「買って、捨てて、また買う……といったループにはまるのではなく、持続可能なファッションを実現できないだろうかと考えました」
構想を練った結果、サイズや季節といった変数の多い服を避け、高級バッグに絞ることを決意。「ラクサス」を始めた。
ラクサスがローンチされる前から、児玉氏は事業運営においてある強いこだわりがあった。
「データドリブンで動くよう徹底しています。会社という組織では、社員が社長や役員に何か進言したいとき『私はこう思うんです』だと通用しません。上の人が『いや、私はそう思わないけど』と言ったらそこで終わりじゃないですか。だから、データという根拠をもって話をするようにと社員にずっと伝えてきました」
ラクサス・テクノロジーズでは「会議で5分以上煮詰まったらいったん解散」というルールもある。「会議室でユーザーの気持ちを想像しても意味がない。分からないことがあるなら、ユーザーに直接聞けばいい」(児玉氏)と考えているからだ。サービス継続期間などでユーザーをカテゴリーに分け、意思決定をするうえで悩むことがあれば、関連するカテゴリーに属するユーザーにインタビューを依頼する。時には退会者に話を聞くこともある。
ユーザーから収集したローデータをただなんとなく分析することもしない。「サービス上で何か困ったことがあったとき、それを解決するためにデータを使う」(児玉氏)。その際には必ず先に仮説を立て、膨大なデータからなるべく効率的に解決の糸口を探る。
このようにデータドリブンな事業運営を徹底するうえで大切にしていることを聞くと、「データを信用しないこと」(児玉氏)という意外な答えが返ってきた。
「過去にユーザーアンケートの回答通りにしても、退会者が減らなかったことがあるんです。そこで気がついたのは、なぜユーザーがその考えに至ったのか、裏側を探ることの大切さでした」
例えば、ユーザーに「ラクサスに望むこと」を聞くと、「バッグの返却期限を設けてほしい」という回答が多く返ってくる。これを真に受けて、借りたバッグを数カ月以内に返さなければならないというルールにすると、「利便性が下がって解約につながってしまう」(児玉氏)恐れがある。この「返却期限がほしい」という要望には、「使ってみたいバッグが貸出中になっていて借りられない」という理由が隠されている。応えるべきニーズはこの「理由」であり、「〇月から予約できるようにするとか、借りられる仕組みをつくることが大事」(児玉氏)。
データをうのみにしない姿勢はユーザーインタビューにおいても一貫している。
「インタビューでは、1時間ほど話を聞きます。最初の30分、ユーザーは本当のことを言ってくれないからです」
インタビュー序盤に「ラクサスを始めたきっかけは(利用料などに使える)ポイントの付与でしたか?」「ファストフードは食べますか?」と聞き、「ポイントじゃありません」「健康に悪いからコンビニとかハンバーガーは食べません」と答えていたユーザーが、打ち解けてきた終盤に「実はポイントがきっかけで使い始めた」「昨日の夕飯はマックだった」などと回答を変えることがよくあるという。
「ユーザーは『悪気のない仮面を被る』。そう思っていないと、正しいデータにはたどり着けません。そのため、インタビューでは聞き方にも注意します。『あなたならどうしますか』ではなく『あなたの友達ならどうしますか』と聞くと、全く異なる回答が返ってくることもあるんです」
この濃密なインタビューに協力してくれたユーザーに意見が反映されたことを伝えると、「プロダクトの開発に携われたことをとても喜んでくれる」(児玉氏)。
2021年に本格進出した米国にも、このデータドリブンの姿勢とクリティカルシンキングを持ち込んだ。
「米国で事業を始めるにあたってFacebookで告知をしたら、『誰がこんなサービス使うんだ』とか、何十件も否定的なコメントを書かれました。でもFacebookの実名登録という特徴を活かして調べてみると、そうしたコメントを書き込んだ人たちのなかにも登録した人がいたんですよね。ユーザーの意見と、実際に起こっている事象という二種類のデータをつき合わせる作業がとても重要だと改めて感じました」
ゴッホやモネ、ドガ、スーラなど著名な絵画があしらわれている。そして、この絵柄はシーズン毎で変えているそう。これだけのバリエーションと化粧箱だとコストも膨らむ。ただ、児玉氏はお客様の体験として、味気ない茶色の段ボール箱が置かれているではなく、部屋の見える場所に置かれていても、不快にならない魅せた箱にしたかったという。現在は「こんなに綺麗なのに、配送箱を一度で捨てるなんて勿体ない。」との声や気付きから、全社で梱包資材を100%再利用するサーキュラーエコノミーの取り組みまで発展している。
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ここまで話を聞くと、気になるところが一つある。全国にサービスを展開し、世界進出まで叶えたラクサス・テクノロジーズは、なぜ広島に本社を構え続けているのだろうか。
児玉氏は理由の一つに「いい意味で落ち着いた人材が集まってくる」点を挙げる。
「この広島という土地に根を張って、着実にスキルアップしていきたいという人が多いんです」
あえてデメリットを挙げるとすれば、「情報がない」ところだそう。
「その分、フットワーク軽く動くことを意識しています。昼時に広島で仕事をしていて、ベンチャーキャピタルの人から『紹介したい人がいるんだけど、今晩、都内で会食しませんか』という声がかかることもありますが、迷わず行きますね。飛行機も新幹線もありますし、行ける距離ですから」
新型コロナウイルス感染拡大の影響下、2020年12月には広島市に物流拠点「Laxus Base」をオープンさせた。 現在40万人のLaxus会員の5倍上の220万人まで支える目的と新型コロナウイルス感染拡大の影響で離職せざるを得なかった方働きたくても働けなかった方々が活躍できるよう300人超の雇用の創出を目指している。
「Laxus Baseは、拡張していけるようなつくりにしています。今後も広島をベースに、海外拠点も広げていきたいと思っています。」
日々深刻さを増していく環境問題。高級バッグシェアという切り口で持続可能なファッションを実現しているラクサス・テクノロジーズは、この問題とどう向き合っていくのか。ここでもカギとなるのは「データ」だ。
「私たちは、高級バッグがどのように使われたのかを知っている地球で唯一の企業です。例えば、貸し出し回数が非常に多いのにすぐに返却されるバッグもあれば、貸し出しは少ないけど一度借りられるとなかなか戻ってこないバッグもあります。このデータを見れば、そのバッグの期待値と実感のバランスが分かります」
高級ブランドショップでも、いつどこでどのくらい売れたか、どんな人が買って行ったのかは把握している。しかし、その後どのような使われ方をしたのかまでは追い切れない。
「とある高級ブランドが『デザインに失敗したから売れなかった』と結論づけているバッグが、ラクサスでは大人気ということもあります。この場合、デザインの問題ではなく、価格が高すぎたのだろうといった推測もできます」
ラクサス・テクノロジーズにはこうした宝のようなデータが蓄積している。うまく活用すれば、消費者が本当に使うバッグが効率的に供給されるようになるかもしれない。児玉氏は「ごみも減らせるはずだ」と力を込める。
児玉氏には起業家のほか、エンジェル投資家としての顔もある。起業を考えている人や若手経営者に向けてメッセージをもらった。
「地方でもどこでも、自分が好きだと思えることをやればいいと思います。一番大事なのは『嫌われないもの』をつくろうとしないことです。世間の意見を気にしすぎると、最初はとがったアイデアだったものがどんどん丸くなり、最終的に誰にも刺さらないプロダクトが出来上がってしまいます。少数派でもそのプロダクトが大好きな人がいてくれればそれでいい。広島の辛口つけ麺とか、いい例ですよね」
投資家としては、経営者に「人の話を聞く力」と「無視する勇気」があるか見るという。
「アドバイスを素直に聞くのはもちろん大事です。一方で、事業が苦しいのに『あの人が続けなよって言ってるから続けなきゃ』とまで思い詰める必要はないと思います」
児玉氏はこれまで4社の起業を経験した。4社目のラクサス・テクノロジーズ(旧エス社)では、やりたかった事業が経済環境などによって最初はできなかった。しかし代わりに通販企業として会社を大きく成長させた。そんな児玉氏だからこそ、柔軟さと意志の強さを重視する姿勢に説得力がある。
「なぜ今その事業をするのかはよく聞きますが、分野は気にしません。絶対にピボットすると思っているからです。私自身、たくさん失敗してきました。大切なのは、そんなときこそ負けを認めて転換できるかです」
(取材・TEXT:藤冨啓之 PHOTO:Inoue Syuhei 編集:野島光太郎)
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