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MaaSの時代をどう生きる?移動データの活用から未来の移動のあり方を提案するスマートドライブ社を取材!

         

20世紀の世界経済をリードしてきた自動車産業がいま、文字通りの大転換期を迎えている。次世代移動サービス「MaaS」(Mobility as a Service)の考え方の浸透によって、自動車産業の主役が完成車メーカーからサービスプロバイダ、ひいてはデータ・プラットフォーマーへシフトする可能性があるからだ。

その先駆者の1人がスマートドライブ代表の北川烈さん。モビリティデータの現状と、その進化過程で描き出される移動の未来を語っていただいた。


(プロフィール)

北川 烈(きたがわ・れつ)

1989年東京まれ。慶応大学在籍時から国内ベンチャーでインターンを経験して複数の新規事業立ち上げを経験。その後、1年間の米国留学でエンジニアリングを学んだ後、東京大学大学院に進学し、移動体のデータ分析を研究。そこで、自動車のデータ活用やEV、自動運転技術が今後の移動を大きく変えていくことに感銘を受け、大学院在学中の2013年にスマートドライブを創業して代表取締役に就任(現職)。


――まずはスマートドライブの具体的な業務を教えてください。


自動車やバイク、そして、人や物の「移動」に特化したモビリティデータ・プラットフォームを提供しています。モビリティ領域はこれまで、可視化やデータ利活用が進んでおりませんでしたが、2016年にCASE(Connected=つながる、Autonomous=自律走行、Shared=共有、Electric=電動)というキーワードが出てきました。クルマがインターネットでつながって、シェアリングや自動運転など新しいサービスへと広がっています。われわれは未来の新しいモビリティサービスの基盤になるプラットフォームをめざしています。

事業の柱は大きく2つありまして、ひとつは、われわれのモビリティデータ・プラットフォームをお客さまに提供して、サービスの裏側で活用していだたく事業。もうひとつは、われわれ自体がサービスを展開して、お客様の移動にまつわる課題を解決していく事業です。後者には3つの主なサービスがあります。

1つはBtoB向けで、営業マンの移動やモノの運搬などの効率を改善したり可視化したいというニーズに合わせた「フリートマネジメント」の領域。2つめはドライバーにフォーカスした「エンゲージメントサービス」。これまでのコネクティッドカーは監視や管理という視点が強いものでしたが、これをもっとポジティブにドライバーが運転をよくしていくとメリットが享受できるような仕組みです。3つめが「見守りサービス」で、高齢者や免許取り立ての若い方、路線・周遊バスなどの動きを見守りたいというときに使えるサービスです。


――最近ではグローバル化の動きが目立っていますね。


はい。グローバルに使われるサービスにしていきたいと、創業当時から考えています。アクサ(フランス)やFOXCONN(台湾)、ゴールドマン・サックス(アメリカ)などが株主になっており、海外展開できる機会があれば、すぐにでもしたいと思っていました。アジアを中心としたマーケット環境などがようやく整ってきたので、2020年は海外での動きを増やしていく計画です。

移動は万国共通のため、モビリティデータ・プラットフォームはワールドワイドで使われることが前提ですが、交通事情は国によってルールや慣習が違います。たとえば、クルマの右車線か左車線かはよく知られるところですが、タイやベトナムなどの東南アジアは日本以上に渋滞がひどいので効率化より渋滞緩和。盗難車が多いため、管理よりまずは盗難防止のニーズが高くなっています。

要素技術としてのプラットフォームは同じですが、それに載るサービスは各国の事情に合わせて変えていかなければなりません。そうであれば、早めに進出してプラットフォームを構築し、そこに載るサービスをエリアごとに特化してつくっていく必要があるわけです。


――自動車業界では各社とも「MaaS」への取り組みを積極的に進めています。そこではいま、何が起きているのでしょうか。


私が感じている流れは大きく2つあります。

ひとつは、自動車産業の構造が変わって、業界の垣根がなくなりつつあること。自動車メーカーは長い間、縦割りのシステム化された組織を構築して素晴らしいクルマを生み出してきました。メーカーやサプライヤー(部品メーカー)、ディーラー、保険などのいわゆる「系列」がその代表例です。しかし、MaaS時代を迎えるにあたって、系列を超えたさまざまなパートナーと協業したり、場合によっては競合とも手を取り合っていくことが必要になってきました。

2018年秋にソフトバンクとトヨタが新しいモビリティサービスの構築に向けて提携するというニュースがありました。個人的にはこのあたりから潮目が変わってきたなと。現在は自動車メーカーだけでなく、ジャパンタクシーとMOVが提携(合併予定)するなど、サービスレイヤーでもダイナミックな提携やコラボレーションが進んでいます。


――MaaSが業界再編の流れを後押ししていると。もうひとつは?


よりデータに近い話しで、机上の空論ではなく実利に基づいたルールづくりが進んでいることです。

いま進められている自動運転の実現には、レベル0から5までの6段階の技術的レベルがあります。これらは発想された当時に、理解できる部分から整備された仕組みなのですが、実際に開発を進むといくつか不都合があることがわかってきました。

たとえば、自動運転を完全化する前に、高速道路だけ自動で一般道は手動運転にする“切り替え”段階が存在します。これが本当に必要なのかという議論です。高速道路は自動運転なのでつい寝てしまい、一般道に入っても気づかずに事故を起こす可能性が十分にあるのでは?と。そのため、段階的な実装ではなく一部の段階を飛ばしていく必要性や、制度面での課題も浮き彫りになっています。

また、自動運転技術だけの問題ではなくて、個人情報をどう定義するのかといった問題もあります。一般的には、生年月日と名前と性別が一緒になると個人情報だと定義されていますが、モビリティデータは個人情報ではないのでしょうか。たとえば、同じ時間に同じ道路を珍しい車種が走っていれば、運転者をある程度特定できるでしょう。ある人が毎日同じ場所に駐車していれば自宅か職場を推測することができます。

モビリティデータにおける個人情報の棲み分けは、海外の方が「ここまでは個人情報」「ここから先は違う」というような整備が進んでいます。とくに欧州が早いですね。日本ではその動きを見てから、という流れ。個人情報の規制や自動運転のルール整備などはグローバルで統一した方がいいですが、エリアごとにローカルルールを考慮して進めるのが現実的だと思います。


――なるほど、個人情報や運転ルールなどで海外の方が進んでいるので、今後は積極的に海外進出したいということですね。一方で、自動車業界におけるデータ利活用の現状はいかがですか?


まだまだこれからでしょう。自動運転時代を見越したモビリティデータの利活用は「可視化」「分析」「自動化」「予測」の4段階があると考えているのですが、今はまだ最初の可視化すらできていません。ウェブの世界でいえばGoogleアナリティクスすらない状態です。その意味では、われわれにとってモビリティ領域は“宝の山”ということができるかもしれません。

われわれは予測まで手掛けており、事故リスクの予測やタイヤ摩耗などの予測も高い精度で実現しています。具体的には、速度や位置、加速度、ブレーキ加減などを組み合わせて多い時は数十万万個のデータポイントを生成して機械学習しています。それによって、単に急ブレーキを踏んだから危険という判断ではなく、複合的な要因からそのドライバーの事故リスクを割り出します。数週間ほど運転データを取るだけで、その人事故を起こす確率をかなりの高精度で当てることができます。

しかし、予測がビジネスになっているかというと、まだまだ先の話し。よく相談されるのは「クルマを持たないでカーシェアの方が得なのかどうか」「会社の営業車の適正保有台数は何台か」「営業マンごとに効率的な移動をしているかどうか」などで、9割くらいはこのような悩みです。

われわれは一部予測まで提供することができますが、お客さまの課題解決に貢献できるのは、可視化をベースとした部分がほとんどです。でも、一部のお客さまは可視化と分析の掛け合わせに進んでいる会社もあります。たとえば、モビリティデータと営業成績とぶつけて「安全運転の営業マンは本当に営業成績が悪いのか?」「長距離を運転している営業マンは本当に稼いでいるのか?」「営業拠点の配置は本当にこれでいいのか?」など、さまざまな情報と組み合わせて分析しています。


――可視化という意味では、営業車にセンサーを装着しただけでドライバーの意識が変わり、安全運転や効率的な移動が実現するかもしれませんね。


まさにそうで、具体的なインセンティブがないのに小さな工夫を加えるだけで行動がポジティブに変わるという行動経済学の「NUDGE」(ナッジ)の考え方に似ています。ドライバーはデータ取得のデバイスが付いただけで安全運転になったり、他人と比較されるという意識だけで安全運転になったりするものです。

ちょっと面白い仮説があります。クルマで通勤する地方の会社で、いつも渋滞する朝に1時間早く出勤したら50ポイントを付与してみる。また、混雑する道路をわれわれが予測して、15分ほど遠回りすると100ポイント付与してみるなど。こうすることで混雑が解消したり、結果として遠回りの道の方が早く着いたりするかもしれません。この仮説は100%の経済合理性はもちませんが、人間の行動を変える可能性を秘めているわけです。

このような考え方は、東南アジアにおけるスマートシティ構築の文脈でもよく出てきますね。たとえば、タイの深刻な渋滞を完全な合理性だけで解決しようとすると、インフラから都市を作り直さなければならない、という結論になりがちですが、それは現実的ではありません。そうなると、渋滞予測や安全運転評価などの技術とナッジを組み合わせて人々の行動を変えていくのが、実は最も近道になるのではないでしょうか。

このようにデータの合理的な分析と非合理的な人間の行動指向を組み合わせることで、大きな価値が生み出せるのではないかと考えています。実際に、われわれのエンジニアリングチームとビジネス開発、コンサルティングチームでは、あえて非合理性を加味した仮説づくりをおこなったり、テクノロジー起点ではなく、お客さまの課題をベースに手段を提案することを意識し、そのための準備は着々と進めています。


――モビリティデータの先端を走りながら非合理性を許容するという2面性は面白いですね。ご自身の体験に関係があるのでしょうか。


大学在学中にアメリカへ交換留学していたのですが、そこには、社会や世の中を変えるテクノロジーがシーズとしてたくさんありました。見聞きしたことがないテクノロジーが本当にたくさん。ただし、それが社会に実装されるまでには長い時間がかかりそうだな、とも思いました。

1つのテクノロジーを極めて、金曜の夜から月曜の朝まで研究室にいるような努力家の天才もたくさんいました。わたしはゼロからイチを作るような天才ではありません。ただ、すでにある最先端のテクノロジーを世の中に広げていき、で大きな課題解決に携わるテーマなら、世の中が加速するところを自分が手伝えるのではないかと思いました。

帰国して大学院で研究したのが移動体関連で、当時はクルマだけでなく防犯カメラの画像からヒトの動きを分析したりしていました。留学当時から興味があったシーズとしては、遠隔医療で医療技術を世の中に効率的に広めていくことやデータで農業を効率化するスマートアグリなどがありました。でも、医療も農業も自分のなかでリアリティが薄かったんですよね。

一方、個人的な体験としての「移動」は色濃いものでした。中高校に通っていたときの通学に電車で1時間以上かかり、それが本当に苦痛だったのです。クルマ酔いするので、できればクルマにも乗りたくない(笑)。モビリティを事業にしたのは、社会課題として解決できる幅が大きくて難しそう、かつ自分の体験とやってきた研究と親和性があるから。モビリティ事業には自分の納得感がありました

いまの通勤時間ですか?オフィスの移転に合わせて自宅も引っ越すようにしているので、いつも電車で10分以上かかりません。電車では酔わないのですが、長時間の乗車はできるだけ避けたいのです。


――モビリティがこれから進化していくと、人間にとっての「移動の在り方」が変わる予感がします。


そうかもしれません。いまのCASEは移動の効率化や時間の短縮、さらには無駄な移動をしないような未来を描いています。ただ、果たして完全に移動しなくなった未来は本当によい社会なのでしょうか。人類には移動して消費することで産業をつくってきた歴史があります。だからこそ未来のモビリティでは、ナッジなどと組み合わせてセレンディピティ(予想外の発見)をリコメンドできたら面白いと思っています。

そのヒントになりそうな、ひとつのエピソードがあります。われわれのお客さまであるレンタカー会社での取り組みなのですが、レンタカーは普通、目的の場所に行きたいから、あのクルマに乗ってみたいから、という理由で借りますよね。その会社は、高額な望遠鏡をレンタカーとセットにして提供してみたのです。

そうすると、望遠鏡と星の愛好家がまず興味をもち、山に行く手段がないからレンタカーを借りようとなったそうです。つまり、レンタカーを借りる目的をまず提供するという方法です。もっと身近な例では、ドライブ中にサザンオールスターズや湘南乃風、ケツメイシあたりの曲が自動的に配信されたら思わず海に向かいたくなりませんか?

このように、われわれのデータとプラットフォームを使って、いままで思ってもみなかった行動を創造することができるかもしれません。いわば効率化とは真逆の方向で新しい消費を生むきっかけができたら、それは未来の移動の在り方のひとつといえるでしょう。効率性と一見非合理な新しい移動の創出、その両側面を意識していきたいと思います。

個人的には、子どもに理解しやすいシンプルな夢を実現したいですね。たとえば「昔ってヒトがクルマを運転して、たくさんの人が交通事故で亡くなっていたんだよ」「渋滞っていうのがあって、空港からお家まで2時間もかかってたんだ」とか。これを、われわれがいたことで、世の中の進化を速くできたと。社会にとっての「シンプルで良質な差分」をたくさんつくれたらと思っています。

(Text:小島 淳 Photo:中村力也)

 

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