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ソフトバンク法人統括戦略顧問の山野之義氏が語る「平時と有事をつなぐテクノロジー」の真価

能登半島地震で、ソフトバンク株式会社はスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(通称スペースX)の衛星通信サービス「Starlink Business」(スターリンク・ビジネス)を活用した簡易基地局による通信確保に加え、水循環システムや人流データの活用で被災地を支えた。その最前線に立ったのが、前金沢市長で現在は同社法人統括戦略顧問の山野之義氏である。山野氏は有事のテクノロジー活用について「普段使いが重要」と語るとともに、制度や機器以上にトップの判断と姿勢が命綱を握ると強調する。

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震災の混乱の中でテクノロジーをどう生かすか

2024年1月1日16時10分、地震が能登半島を襲った。ソフトバンクはその日のうちに災害対策本部を立ち上げ、翌朝には技術チームを現地に派遣して仮設基地局の設置に着手した。そこには「通信インフラが途絶して命の情報が遅れれば被害が拡大する」という強い危機意識があった。

その最前線にいたのが山野之義氏である。1962年金沢市生まれの山野氏は、ソフトバンク退職後に金沢市議を経て2010年から3期11年2か月、金沢市長として市政を率いた。市長退任ののち2022年10月にソフトバンクに復帰し、現在は法人統括戦略顧問を務めている。発災当日、金沢に滞在していた山野氏はすぐに情報収集を開始し、奥能登の首長や県知事と連絡を取りながら現地の要望を受け止め、被災地に向かった。

ソフトバンク株式会社 法人統括戦略顧問、金沢大学客員教授 山野之義氏

山野氏は、現場での光景にがくぜんとした。ある市役所では、災害支援としてStarlink Businessのアンテナが届けられていたが、それは箱に入ったままの状態で置かれていた。しかも18台も。Starlink Businessは、専用アンテナを設置し初期設定をするだけで、高速・低遅延のインターネット接続が可能になる衛星通信サービスだ。従来の地上基地局の代わりに宇宙空間にある人工衛星を利用するため、被災地やへき地など、通信が難しいエリアでもインターネット環境を確保できる。

「そこで私は、首長や現場の担当者に、Starlink Businessを活用しない理由を問いました。すると、『確かに送られてきていたが、使い方が分からない。まだ行方不明の方もいて、水や食料も不足している。暖房器具も早急に用意しなくてはならない。Starlink Businessどころではない』ということでした」

結局、機器は放置されたままとなり、その後宅配業者が回収していったという。

山野氏は「平時、すなわち普段使いをしていなかったらこうなるのも無理はない」と語る。「マニュアルは英語で、付属のコンセントも日本の一般的な規格とは異なるものでした。私たちソフトバンクはStarlink Businessを届けるだけではなく、事前に変換タップを用意し、現地で設定も行い動作確認をしたうえで引き渡しました。それだけに箱に入ったまま放置された18台ものStarlink Businessを見て、本当に残念でした」とテクノロジー単体では機能しないこと、そして現場での対応の重要性を強調する。

山野氏が屋上に設置したStarlink Businessのアンテナ

山野氏とともに支援に携わった、ソフトバンクの公共事業推進本部第二事業統括部中日本自治体DX推進室室長の橋詰洋樹氏も苦い経験を振り返る。「県から『この市に行ってほしい』と依頼を受けて設置にいったにもかかわらず、市役所の職員に伝わっていなかったこともありました。有事の際、職員の方々は目の前の問題を解決することに注力しています。初めて目にするテクノロジーを試す余裕などないのです」。

ソフトバンク株式会社 公共事業推進本部第二事業統括部中日本自治体DX推進室室長橋詰洋樹氏

山野氏が被害の大きかった珠洲市役所にStarlink Businessの設置に赴いた際も、市役所には訪問の情報が伝わっていなかった。近くにいた副市長が山野氏を認識していたため屋上へ案内してもらい、設置することができた。ただ、これはたまたま石川県では知名度があった山野氏がいたからこそのことであった。

こうして大災害が発生して間もない状況では、石川県庁と各市町との連携が機能していない状況が多く見られた。山野氏は、「私が市長の時の副市長が、総務省から石川県への職員派遣の窓口であった公務員課の課長に就いていました。そこで、彼に連絡して『支援を素早く届けられるよう、総務省に調整をお願いしたい』と依頼しました」と、人脈を駆使して対応に当たったと明かす。

一方、同年9月の能登豪雨では、現地住民の声が支援を後押しした。山野氏は「珠洲市にある小中学校の体育館に避難した人が、能登半島地震の時にStarlink Businessで通信が可能になったことを知っていて、『携帯がつながらない。Starlink Businessが早く欲しい』という声が上がりました」と明かす。元日の地震の際、救助隊が来るまで孤立した経験を持つ地域住民が、通信の重要性を誰よりも理解していたのだ。その声を受け、山野氏らは現地に入り、設置を完了させた。

通信と並んで命を守る「水」の基盤を提供

ソフトバンクが行ったテクノロジーによる支援は、Starlink Businessによる通信環境の提供だけではない。資本・業務提携しているWOTA株式会社のポータブル水再生システム「WOTA BOX」および水循環型手洗いスタンド「WOSH」を、断水したエリアを中心に複数の避難所に提供した。「WOTA BOX」は独自の水処理自律制御技術により排水の約98%を再生循環する。例えば、100リットルの水で約100回のシャワー入浴が可能だという。「WOSH」も同様に、使用した水をその場で浄化し再利用する水循環型の手洗いスタンドだ。いずれも災害時に大きな働きをし得るテクノロジーだが、残念ながら震災時まで導入には至らなかった。

避難所に設置された「WOTA BOX」。同テクノロジーは、ポータブルシャワー用につくられたものではなく、地域全体の水問題を解決する仕組みをユニット化することを目的とし、開発された。

避難所に設置された「WOSH」。災害時には、珠洲市や輪島市の病院でも医師や看護師の手洗い場確保につながったという

「それでも、石川県の馳浩知事と西垣純子副知事(当時)が2023年にソフトバンクに視察に訪れて『これは絶対に役に立つ』と言ってくれていました。その経緯もあり、震災直後の1月3日にプッシュ型支援で持っていったら喜んでくれました」

能登半島地震での取り組みは、国の政策にも影響を与えた。

「避難所のガイドラインの中にも同テクノロジーを組み入れてくれました。交付金も用意され、金沢市をはじめ多くの自治体がStarlink BusinessやWOTA BOX、WOSHを整備しました。今はいったん終了しましたが、内閣府には第2弾、第3弾の実施を期待したいですね」

災害対応の成否を分けるのはトップの姿勢と判断

能登半島地震では、人流データの活用も進んだ。橋詰氏は「株式会社Agoopの人流データが役に立ちました」と語る。GPSの移動軌跡を動画化した資料をもとに、緊急医療チームがルートを確認して現地に入ったという。また属性データの「マチレポ」で「指定避難所ではないところに人がいる」ことも把握できたと橋詰氏は説明する。

人流データは、平時は観光や都市開発に活用でき、災害時には避難計画や被災者支援にも役立つ。

山野氏は「こうしたデータの活用がEBPM(根拠にもとづく政策立案)につながった」と指摘する。ソフトバンクグループ内でも、こうしたデータがふるさと納税サイト「さとふる」や防災アプリを通じた寄付・情報提供の仕組みと連動して機能を果たした。

さらに、ソフトバンクとトヨタ自動車株式会社の共同出資会社であるMONET Technologies株式会社は、地域交通DXや医療MaaSなどのモビリティサービスを開発・提供する企業であり、同社のマルチタスク車両が被災地で活躍した。山野氏は「あるクリニックでは診療所がまったく使えなくなり、診察室や待合室として使われました」と説明する。

MONET Technologiesのマルチタスク車両。

能登での支援を通じ、山野氏は首長の判断力が被災地対応を左右することを改めて実感したという。その象徴として紹介したのが福井県の杉本達治知事の対応だ。

「杉本知事は昨年(2024年)6月10日に地域防災計画を改定しました。全国でも格段に早いタイミングだったかと思います。早急に進めたのは、『いつ福井県にも地震が襲ってくるか分からない』との危機感からでした」と山野氏。杉本知事は、能登に派遣された福井県職員への激励もかねて被災地にも入られ、最新の知見もどん欲に吸収、ついには、防災訓練の場において、Starlink BusinessやWOTA BOX、WOSHを職員、県民の皆さんに自ら説明するくらいであったという。その後WOSHは県庁1階に設置され、誰でも試せるようにしたという。

福井県とソフトバンクは2024年9月9日、災害時の避難所支援に関する応援協定を締結。この協定に基づき、今後、福井県、ソフトバンクは衛星通信システム「Starlink Business」による通信確保や、水循環型シャワー「WOTA BOX」による衛生環境の改善などを支援し、デジタルの力で防災体制の強化を目指していく。

デジタルの力を防災に生かす。福井県と災害時の避難所支援等に関する応援協定を締結 – ITをもっと身近に。ソフトバンクニュース

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冒頭に紹介したように、大きな被害を受けた石川県では行政の調整機能が十分に働かず、現場での支援がうまく機能していない場面も少なくなかった。もちろん、現場の職員は、それこそ寝食を忘れて必死に取り組んでくれていたことは言うまでもない。日本は地震や台風など自然災害のリスクが極めて高い国である。日常生活の裏側には常に災害への備えが求められている。山野氏の言葉には、災害対応の成否を分けるのは制度やテクノロジーそのものではなく、それを扱うリーダーの姿勢と判断だという実感が込められていた。

災害から時間が経つと、被災地の現実は過去の出来事のように語られがちだ。しかし、今も生活再建は続いている。

「奥能登には今も仮設住宅で暮らしている方は少なくありません。自治体、市民が継続的な防災意識を持つことが大切です」。山野氏はこう強調するとともに、防災時のテクノロジー活用について、「平時から活用することが極めて重要」と訴えた。

ソフトバンクではグループのソリューションを集結した防災パッケージを自治体を中心に提案している。

 
ソフトバンク株式会社 法人統括戦略顧問、金沢大学客員教授 山野之義氏
1962年石川県金沢市生まれ。ソフトバンク退社後、1995年の金沢市議会議員選挙で初当選。市議(4期)、金沢市長(3期)を経て、石川知事選に出馬するも落選。現在は、約30年ぶりにソフトバンクに復職し、戦略顧問として自治体のDX改革に携わる。また、金沢大学客員教授として、有為な若手人財の育成にも努めている。
 

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原 PHOTO:Inoue Syuhei 企画・編集:野島光太郎)

 

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