アジア諸国の中でもデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)が一向に進まない国として知られている日本。そのような中、テクノロジーとノウハウを組み合わせ、ユーザー企業の求める最適なシステムを構築するSIerの役割は大きいはずなのですが、一方で、従来通りのやり方が通用しなくなっているのも事実です。
企業の「本質的なIT化」が喫緊の課題となる中、SI産業にとってDXの進展は何を意味するのでしょうか。また、SIerが今後も企業のIT部門にとって欠かせない存在であり続けるためにはどのような姿を目指し、どのような関係を築いていけばいいのでしょうか――。
本特集「なぜ、日本企業のIT化が進まないのか?」では、普段、SIerの顧客側としてユーザー企業内でシステム企画に携わる情シス部長を聞き手に、エンタープライズ業界を取り巻く問題の本質を探るとともに、IT化を成功に導くための情シスとSIerの関係を考えます。
3本目の本記事では、前回記事なぜ、「納品のない受託開発」は、“関わる人全て”を幸せにできるのかにて、SIer、情シスの新しい関係性を伺ったソニックガーデン CEOの倉貫義人氏にマネジメントについて語ってもらいます。
「3K」といわれてきたSIの厳しい労働環境を改善すべく、「納品のない受託開発」という新たなSIビジネスモデルを掲げ、企業としての成長を実現しているソニックガーデン。同社を率いる倉貫義人氏と、SIer出身の情シス部長でITコンサル企業AnityAの代表取締役を務める中野仁氏の対談後編では、DX時代の働き方や考え方にシフトする方法について話が及んだ。
中野氏 ITに詳しい方一人に会社のITを全面的に依存している状況は、本来は経営上極めて大きなリスクを抱えているはずなんですが、それを自覚できている経営者はほとんどいないように思います。とはいえ会社の経営者のほとんどはITの経験がない人ばかりですから、そういう人たちにITのレクチャーを行ったり、適切なアドバイスを与えられる人が必要だと思います。なので私は常々、「たとえパートタイムでもいいからCIOを雇うべき」と言っています。
倉貫氏 確かに経営者にITのことを教えるのはとても大事ですが、あまり効果は期待できないような気もします。 経営がITを軽視する会社は、今後は競争力をどんどん落として自然と淘汰されていくでしょうし、逆にITを積極的に活用して成長を遂げる企業がどんどん出てくれば、自然と健全な新陳代謝が起こるのではないかと思います。
中野氏 そうですね。そうした新陳代謝が起きれば、従来のSI産業の構造に疑問を抱いていた人たちはどんどん新しい環境に移っていくでしょうし、それによって健全な人材流動も起こると思います。これまでもこうした新陳代謝は繰り返し起きていて、そのたびに産業構造が変わってきたはずなんですが、ただ、日本はいかせん変化のスピードが遅いので、令和の時代になってもいまだに昭和な仕事のやり方を続けているところが多い。
倉貫氏 最近、マネジメントに関する本を書いたのですが、そこでは「管理ゼロ」というキーワードを打ち出しています。しかし管理ゼロというのは、決して「マネジメントをやめましょう」と言っているわけではなくて、むしろマネジメントは極めて大事な取り組みだと考えています。
重要なのは、「マネジメント=管理」ではないということです。かつての昭和の時代、工場での大量生産の時代には、人も機械と同じように管理するのが最も効率的だったんです。しかし現代では、機械と同じように毎日同じことを繰り返すような仕事は、もうすっかり機械やコンピュータに置き換えられていて、人間には「機械ができない仕事」が要求されるようになっています。そんな時代に、かつてと同じ方法で人間を管理しようと思っても、もはや成果が上がらなくなっています。
中野氏 昭和の時代とは、仕事の質が根本的に変わってきたんですね。今、人間に求められるのは“作業”ではなく、“アート”に近い領域になりつつあると思います。
倉貫氏 「クリエイティブな仕事」と言い換えることもできますね。より分かりやすくいえば、「再現性の低い仕事」ということだと思います。毎日、同じことを繰り返す仕事は機械やコンピュータに任せて、人間は「毎日違うことをやる」「各人の個性に合わせて違うことをやる」ようになってきています。
こういうクリエイティブな仕事を行う人々をマネジメントするには、かつて人が機械と並んで毎日、決まりきった作業を行っていた時代の管理手法ではうまくいくはずがありません。こうしたやり方から脱し切れていないところに、日本企業の生産性の低さの一因があるのではないかと考えています。
中野氏 決められた箱の中に人を無理やり押し込めるような管理のやり方だと、その人が本来持っているパフォーマンスをなかなか発揮できませんし、そのうちだんだん箱の中のことしか目に入らなくなってきます。その結果、「自分の役割はここまでだから、それ以上のことは知りません」と自ら成長の機会を放棄することになりますし、組織全体としてもだんだんセクショナリズムの傾向が強くなってきてしまいます。
倉貫氏 よく「うちは社員を管理しないと、誰も働こうとしないんです」と言う経営者がいますが、これは別に社員が怠惰なわけでも能力が低いわけでもなく、ずっと管理漬けにされてきた人間は自ずと管理されなければ働けなくなるというだけです。
にもかかわらず、10年間ずっと箱に詰められっぱなしだった人がある日突然、「今日からは自主性を発揮して頑張れ」といわれても無理なんですよ。もともとは皆、自身の能力を思う存分発揮して社会や会社に貢献したいと希望を抱いて社会に出たはずなのに、従来型の管理という箱で押さえつけることで「管理されないと働けない人間」が大量に作り出されてしまうというのは、マネジメントする側の問題だと思います。
中野氏 組織全体としても、箱型人間が氾濫する状況はとてもまずいと思います。箱の中にずっといると、箱の中で起こっている今日、明日の狭い範囲のことしか考えられなくなって、業務全体を見回せる全体最適の視点や長期的な視野に立った戦略眼を養うことができません。
近視眼的な考えを持つ社員ばかりになると、業務改善といっても「箱の中の居心地をちょっと良くする」というレベルで満足してしまって、大胆な改善や変革に対してはむしろ「箱の中の平和が脅かされる」と抵抗するようになるわけです。こうして組織全体のアジリティが低下してしまった企業は、これからますます変化が激しくなる時代においては自ずと淘汰されていくことになるでしょう。
倉貫氏 それでも、かつての昭和の時代は会社員の定年は55歳で、箱に詰め込まれている期間はさほど長くなかったですし、終身雇用が保証されていて退職金もたくさんもらえましたから、箱から解放された後の第二の人生を楽しむこともできました。
しかし人生100年時代と言われ、定年が70歳まで伸びる今の時代では、かつてよりはるかに長い期間、窮屈な箱の中で耐えなければなりません。これは相当辛いですし、これだけ長い間箱の中に詰め込まれていると、いざ箱の外に放り出されたときに一体何をしたらいいか分からなくなってしまいます。
中野氏 定年退職した途端に覇気を失って、あっという間に亡くなってしまう方も多いですよね。そういう人は、むしろ箱の中に詰め込まれていた方が幸せだったのかもしれない。
倉貫氏 箱に人生の全てをささげてしまうような生き方だと、どうしてもそうなってしまいます。そうならないためには、あえて箱からはみ出る部分を大事にしながら生きることをお勧めしたいですね。
箱に詰め込めるような仕事は、長期的にはどんどん機械に置き換えられていくと思いますが、短期的にはまだまだ多く残ることでしょう。不幸にもそうした仕事に従事することを余儀なくされたとしても、副業やボランティア、NPOへの参加などを通じて本業以外に生きがいを見つけておけば、いざ箱から放り出されたときも、自身の価値ややりがいをそちらの方に振り向ければいいわけです。
中野氏 それはとてもいい考え方ですね。会社員である以上、どんな仕事に割り振られるかは「運次第」の面が大きいですから、本人がどれだけ高い志を持っていたとしても、不幸にも管理でがんじがらめのプロジェクトに10年間縛り付けられることだってあります。そんなときには、やっぱり「箱の外でどう生きるか」が将来を大きく左右することになるでしょうね。
倉貫氏 「副業ブーム」といわれている通り、昔と比べれば副業もかなりやりやすくなってきています。また最近では働き方改革の影響もあり、リモートワークもかなり一般的になってきました。限られた時間を有効活用して副業を行うには、リモートワークは極めて有効だと思います。
自分自身の自立のためにも、また会社の仕事の価値をあらためて見直すためにも、副業はぜひお勧めしたいですね。もともと僕自身も、会社の外でアジャイル開発の啓蒙活動を活発に行っていたことが、現在の活動へとつながっているわけですし。
中野氏 小さなNPOやスタートアップ企業は、常に人もノウハウも不足していますから、業務と技術の両方が分かる人がちょっと入って手伝ってあげるだけでも、とても大きな成果を上げることができますよね。
倉貫氏 そうなんです。しかもそういうところはたとえ経験が不足していても、あるいは技術が多少稚拙でも、「猫の手も借りたいので何でもやってくれ」という状態なので、普段の業務では決して経験できないような仕事をどんどん任せてもらえます。それによって本人も成長できるし、世の中に貢献することでやりがいを感じることもできます。そういうチャレンジがもっと手軽にできるような世の中になればいいなと思っています。
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[聞き手]AnityA 代表取締役 中野仁氏 (写真右)
国内・外資ベンダーのエンジニアを経て事業会社の情報システム部門へ転職。メーカー、Webサービス企業でシステム部門の立ち上げやシステム刷新に関わる。2015年から海外を含む基幹システムを刷新する「5並列プロジェクト」を率い、1年半でシステム基盤をシンプルに構築し直すプロジェクトを敢行した。2018年、AnityAを立ち上げ代表取締役に就任。システム企画、導入についてのコンサルティングを中心に活動している。システムに限らない企業の本質的な変化を実現することが信条。
ソニックガーデン 代表取締役 倉貫義人氏(写真右)
大手SIerにて経験を積んだのち、社内ベンチャーを立ち上げる。2011年にMBOを行い、株式会社ソニックガーデンを設立。月額定額&成果契約で顧問サービスを提供する「納品のない受託開発」を展開。全社員リモートワーク、オフィスの撤廃、管理のない会社経営など新しい取り組みも行っている。著書に『ザッソウ 結果を出すチームの習慣』『管理ゼロで成果はあがる』『「納品」をなくせばうまくいく』など。ブログ https://kuranuki.sonicgarden.jp/
(取材・TEXT:吉村哲樹 PHOTO:Inoue Syuhei 企画・編集:AnityA・野島光太郎)
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