「エコシステム」という言葉を最近よく耳にするかと思いますが、「エコシステム」とは一体どういう意味なのかみなさんご存知でしょうか?
たとえば、「Appleのエコシステム」のように企業名で語られたり、「IoTのエコシステム」や「ビットコインのエコシステム」のように概念として語られることもあります。
しかし、「エコシステムについて説明せよ」と突然言われたら? ほとんどの方が「なんとなく分かるけど言葉にできない!」という小田和正だったら歌い出してしまうようなもどかしい思いにかられるのではないでしょうか?
そこで、この記事では、その語源から読み解いて「エコシステム」をきちんと理解できるように解説していきます。
エコシステムという言葉は、もともとは生物学の言葉でした。おなじみの生物が暮らす環境や性質、そしてその繋がりをまるっと意味する「生態系」を英訳するとEcosystemとなります。
たとえば、海の波打ち際を見てみるとイソギンチャクや小さなカニ、ヒトデ、二枚貝、ヤドカリ、小魚、海藻…と無数の生き物が見つかります。
これらの生物はお互いに必要としあっていて、たとえば小さく区切ったところからイソギンチャクだけをすべて取り除くと、生態系が崩れてその中の生物が全滅することもあります。
すなわち、これが、エコシステムです。
……なんて書いて記事を終わらせようと思いましたが、もう少しだけ続きます。
生態系には、2つの方向があります。ひとつは「直接的な関係」そしてもうひとつが「間接的な関係」です。
直接的な関係とは、たとえばカニと小魚のような「食うもの・食われるもの」のように、一方にとってもう一方が「なくては生存できない」という直接的な関係のことをこう呼びます。
そして、間接的な関係とは、イソギンチャクとヤドカリのような関係です。ヤドカリはイソギンチャクを背負うことで天敵から身を守り、イソギンチャクはヤドカリに乗ることで移動できるようになって、より多くのエサにありつくことができます。お互いにとって必要不可欠な関係ではなく、共生関係を築いている場合に「間接的な関係」と呼びます。
これをビジネスに置き換えてみましょう。
たとえば、Appleとフォクスコンは「メーカーとサプライヤー」という関係で、お互いに直接的な依存関係にあります。フォクスコンはAppleからパーツを発注されないと仕事がなくなりますし、Appleはフォクスコンがパーツを作らなければiPhoneを販売することができません。これは「直接的な関係」です。
このような経済構造を「垂直統合型」と呼びます。たとえば自動車業界にこの傾向が顕著です。ボディ、シート、エンジン、塗装、組み立て、販売流通と各セクションにそれだけを担当する企業があり、それらが垂直につながることで、メーカーは車を売ることができます。
90年代以降、ビジネスやIT業界でも、同じ分野の企業同士が連携することや、異業種の企業がお互いの技術やノウハウを共有しながら、収益を上げるエコシステムが広まってきました。この背景には、急速な技術革新とグローバル化の進展があります。
現代のビジネスでは、どの企業であっても単独で競争に勝ち残ることは難しいのです。そのため、企業同士が協力し合い、お互いの業務やサービスを補完する必要性がますます高まっています。
エコシステムを導入するメリットを3つ紹介します。
順に紹介します。
エコシステムを導入することで、自社だけでは難しいプロダクトやシステムにも取り組みやすくなります。自社だけでプロダクトを完成させようとすると、結局は実現できずにビジネスが小さくなることもあります。
しかし、多くの企業と協力することで、自社だけでは難しいプロダクトも実現可能になります。その結果、顧客のニーズに合った新しい市場を作り出すチャンスが生まれます。
2つ目のメリットとして、商品やサービスが広まりやすいことが挙げられます。 エコシステムでは、複数の企業が協力し合っています。よって、多くの企業が参加することで、それぞれの顧客に対して商品やサービスの情報を広める機会が増え、認知度も高まることが期待されます。
3つのメリットは、社外の技術やアイデアで新しいビジネスモデルを創出できることです。 エコシステムにおいては、単一の企業だけでなく、複数の企業との関係が重要です。そのため、イノベーションが頻繁に起こり、新しい技術やサービスが生まれやすくなります。
また、急速な成長が予想されるため、製品の開発期間も短縮されるので、ユーザーのニーズにも素早く対応できるようになり、企業だけでなく消費者にも多くの利益がもたらされます。
前章ではメリットを紹介しましたので、本章ではエコシステムのデメリットを紹介します。
それぞれ紹介しますので、メリットとともに押さえておきましょう。
エコシステムを導入するためには、提携企業との調査や分析、会合の開催など、自社の運営とは別にエコシステムの運営にもコストや労力、時間が必要です。また、多数の企業が連携して事業に取り組む場合、全体の合意が得られずにエコシステムの運営が進まないこともあります。
インセンティブとは、人々の行動を促すための手段や報酬、刺激、動機などのことを指します。ビジネスのエコシステムが円滑に機能するためには、相互に十分なコミュニケーションや情報交換を行い、全体が長期的に利益を得られるようなインセンティブの仕組みを設計する必要があります。
競合が発生することはよくあります。エコシステム同士が顧客やシェアを巡って競い合うことがあります。競争は資本主義経済において必要な要素ですが、競合するエコシステムの成長により、これまでうまく機能していたエコシステムが顧客やシェアを奪われることもあります。
エコシステムを構築するだけでは安心できないことがわかります。エコシステムがうまく機能するためには、工夫や活動が必要です。また、同じ顧客層やジャンルで他のエコシステムが急成長していないかを常にチェックすることも重要です。アンテナを張り巡らせることは欠かせません。
エコシステムの導入で成功した事例を紹介します。
それぞれ紹介します。
米国のApple社は、エコシステムの中で成功している代表的な企業の一つです。彼らはiPhoneやiPadなどの製品で有名ですが、実際には自社で製造を行っていません。代わりに、部品の製造や組み立て、販売を行う多くのパートナー企業と連携し、巨大なエコシステムを築いています。
さらに、Apple社が提供するアプリや音楽のダウンロードサービスには、さまざまなコンテンツを提供する企業が参加しています。彼らはダウンロードサービスでも、巨大なエコシステムを構築し、より多くの消費者を取り込んでいます。
SAPジャパンは、日本の中堅・中小企業におけるデジタル変革(DX)を進める方針を掲げています。SAP社が提唱する「インテリジェントエンタープライズ」の実現を支援するために、以下の3つの戦略を展開します。
まずは、導入や販売パートナー企業への支援を強化します。次に、補完するソリューションを充実させます。さらに、イノベーションエコシステムを構築します。これらの戦略によって、イノベーションを連鎖させたエコシステムを作り上げ、日本独自のデジタル変革(DX)に取り組んでいきます。
エコシステムを導入する際のポイントを紹介します。
それぞれ紹介します。
エコシステムを導入する前の段階では、自社が業界や市場においてどのような立ち位置にあるのかを明確にする必要があります。その上で、自社の立ち位置を考慮しながら、エコシステムの実現(自社が中心となってエコシステムを構築するか、既存のエコシステムに参入するか)が自社に適しているかどうかを検討する必要があります。
自社にとって最適なエコシステムを見つけるためには、明確な目標を設定し、比較と検討を重ねることが重要です。自社に最も適したエコシステムを具体的に明確にすることが求められます。
エコシステムを導入してからも、自社にどのような利益があるかを定期的に確認する必要があります。導入コストに見合った価値を生み出しているかを常に意識しましょう。企業間や製品・サービス間の関係を考え、長期的な視点を持つことが重要です。
エコシステムを導入する方法を4STEPで紹介します。
順に紹介しますので、導入を検討されている方はぜひ参考にしてください。
まずSTEP1は、自社の現状をしっかりと把握し、分析します。そして、エコシステムの導入がどのようなメリットをもたらすかを、いくつかの違った状況を想定して予測します。また、現状の他社との利害関係なども洗い出し、共存共栄が可能かを検討します。
STEP2は目的の明確化です。 エコシステムの導入目的を明確にし、連携企業との認識のずれをなくすために、コミュニケーションを積極的に行い、常に全体の方向性を一致させることが重要です。
STEP3は、適切な方法の選択です。エコシステムを導入する際には、下記の2つの方法があります。 自社を中心に新しいエコシステムを構築する すでにあるエコシステムを導入・参入する 自社の規模や得意分野などから、最適なエコシステムの導入方法を選択しましょう。
STEP4は、役割の明確化です。 私たちは、エコシステムの中で自社が果たすべき役割を明確に理解する必要があります。エコシステムは、多くの企業が協力して同じ目標に向かって進むものです。 そのため、私たちは常に他社の役割と自社の役割を確認し、それぞれの役割を十分に果たす必要があります。
一方で、この記事で解説している「エコシステム」のキーワードは「間接的な関係」です。さきほど説明した、ヤドカリとイソギンチャクのような共生関係ですね。
わかりやすい例が、スマートフォンとアプリです。
スマートフォンが売れればアプリが必ず売れるわけではありませんが、スマートフォンが売れることでアプリが売れる可能性が広がります。同時に、アプリが人気になり売れることで、スマートフォンが売れるという逆の現象も起こりえます。
この場合、スマートフォンを製造するメーカーとアプリを開発するデベロッパーの間に直接的な金銭のやりとりがないことがポイントです。直接的な関係はないのに、お互いの売上が影響しあって両方が売れるという環境が生まれています。
最近話題のIoTで言えば、AIスピーカーの売上は直接的にスマート照明の売上に影響しませんが、AIスピーカーが普及することでスマート照明を購入しようと考える消費者が増えるようになります。
逆に、スマート照明を購入しようと考える消費者が増えれば、同時にAIスピーカーを購入しようと考える消費者も増えます。この場合も、AIスピーカーのメーカーはスマート照明のメーカーにお金を払って「開発させている」のではないのがポイントです。
なんとなくイメージが掴めてきたでしょうか?
ではここで、生物学の「生態系」に話を戻しましょう。
2013年(第21回)にコスモス国際賞を受賞したワシントン大学名誉教授 ロバート・トリート・ペイン(Robert Treat Paine)博士の有名な実験を紹介します。「ヒトデの野外実験」です。
ペインは、海の岩場からさまざまな生物を取り出して観察し、また戻すという実験を繰り返しました。すると、ある種のヒトデをすべて取り除いたらその一帯の生き物が絶滅したのです。この実験から、ペインはそのヒトデがその生態系にとって非常に重要な位置をしめている「キーストーン種」だと結論づけました。
このような生物はいろいろなところにいます。
有名なのはビーバーで、彼らがダムを作ることで、他の生き物がそのエリアで生活し始め、生態系に変化をもたらすという現象はよく知られています。
この「キーストーン種」はビジネスにおける生態系、つまりこの記事で言う「エコシステム」にも存在しています。それが、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)のようなプラットフォーム企業です。
さきほど例に取ったスマートフォンとアプリは共生関係にありますが、実のところ仮にAppleが倒産したら多くのアプリデベロッパーもまた、倒産に追い込まれるでしょう。
また、Amazonが倒産すれば非常に高いシェアを持つ「Amazon Echo」がなくなってしまい、IoT関連業界は大打撃を受けるはずです。つまり、これをAmazonのEchoシステムと呼ぶ、わけでは断じてありませんが、このような例は挙げ始めればきりがありません。
プラットフォームを持つことによってキーストーン種となったGAFAはこの状況をうまく利用し、アプリストアで高い販売手数料をとったり、プラットフォーム上で収集されたユーザーデータを寡占することに成功して大きな利益を上げています。
生物学の「生態系」がそうであるように、ビジネスのエコシステムは多様性のある多くの企業が互いに共生関係を築くことで成立します。
一方で、そのエコシステムを破壊しうるGAFAというキーストーン種も存在し、プラットフォームを持つことで利益とデータを寡占しているのです。
いま、AIの進歩とIoTの台頭でデータの価値が急速に上がり、データの独占禁止法とも言うべき法律がつぎつぎに生まれています。GDPRやCCPAはもとより、日本でも個人情報保護法のありかたが見直されつつある状況です。
キーストーン種は生態系にとって必要不可欠の存在であることはもちろんですが、その存在によって他の生物が脅かされてしまっては本末転倒です。しかし、自然環境ではそのようなことは起こりません。
同じように、プラットフォーム企業が利益とデータを寡占して他社からそれらを奪う現状は健全とは言えないでしょう。できるだけ早く改善しないと、GAFAを含めてエコシステムに参加する企業すべてに不利益が生じます。
データ保護の世界的な動きは、エコシステムを正常に戻すための動きと考えるのがいいのかもしれません。
(塚岡雄太)
筑波大 立本教授が語る、「エコシステム」の意味とは | IoTニュース
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