久我:先ほど(前編)の、昭和の商店街のビジネスモデルは、お店が認知可能な範囲(視覚や聴覚など)やフィジカルな体験で得られる領域のユーザー情報を持っており、それを生かしてサービスを提供していたと捉えることができます。ローカルでビジネスを行う商店街のお肉屋さん、お魚屋さんならそれでいいでしょうが、それをプラットフォーム化してスケーラビリティーを高めていこうとすると、データを取っていく必要があります。
ラザヴィ:顧客の顔を見ながらビジネスをするという意味では、お肉屋さん、魚屋さんはまさにリテンションモデルです。最近の気の利いた若者は、それをやりながらデータを取りにいくといった取り組みも始めています。特にコロナ禍により、もともと地元だけで売っていた商品をネット通販で展開し、全国から注文を受けるといった仕組みをつくっている人もいます。
一方、GAFAなどは、デジタルの力で一気に顧客のデータを取りにいく。残念ながら日本企業の多くは、GAFAのようなスケーラビリティーも、商店街のお肉屋さんのようなフレキシビリティーもないように感じます。どっちつかずのところが多いのです。かわいそうなのは、そこで働いている人たちです。私が『カスタマーサクセス経営』を出版した理由は、そこにもあります。1人でも多くの経営者に、カスタマーサクセスの重要性に気づいてほしいと願っています。
久我:『カスタマーサクセス経営』の第3章は「話すな、見せろ」というテーマになっています。PLGはその名のとおり、プロダクトをまず使ってもらって、顧客に価値を実感してもらい購入に結びつけるというプロダクト主導の成長戦略です。「売っておしまい」の売り切りモデルとは異なります。
ラザヴィ:PLGと売り切モデルとでは、発想が全く異なります。売り切りモデルでは、売ることがゴールなので、売った後には関心を払わない。最悪の場合、本当は必要ない人にも押し売りすることで売上が増えるのです。
久我:そういう点では、サブスクリプションもPLGに似ていますが、概念は異なります。チャーン(解約)にならずに保守契約がずっと続いていればいいのかという問題もあります。
私は、それも嫌です。導入していただいたけれど、使われないままライセンスだけが残っているのは、売り上げが続くという意味では確かにいいことですが、「それで顧客は本当に幸せなのか。当社にとってその顧客をサポートし続ける意義はあるのか」という疑問があります。
ラザヴィ:確かにそうですね。カスタマーサクセスで大切なのは、データドリブンでパーソナライズドな対応をすることです。それはもちろん、プロダクトを磨くこともあればプロダクト以外のサービスを磨くこともあるのですが、「正しいカスタマーに売る」ということも大事なのです。言い換えれば「売ってはいけない顧客には売らない」ということです。
私自身、興味深い経験をしました。米国でいろいろなツールを見て、勉強の目的もあってある企業にデモを依頼しました。ところが、なかなかデモをしてくれないのです。10分ぐらい質問されて、そして、私がそのツールを使いたい理由などを話したのですが、「あなたの会社にはうちのツールはまだ早いと思う」とデモすら断られてしまいました。デモの時間さえもったいない、お互いにメリットがないというのです。
SaaSでは、ツールが採用されたとしても、その後短期間で解約されたら赤字になります。営業担当者の評価もマイナスになります。だから、売ってはいけない顧客には売らないということを徹底しているのです。日本の企業も「売らない技術」「Noという技術」をスキルとして営業担当者に身につけさせるべきだと思います。
久我:米国のSaaS企業などでは、まさにCLV(顧客生涯価値)を視野に入れた営業活動を行っているわけですね。実は私も「売らない営業」でした。顧客が「まだ聞くのか」というぐらいヒアリングをしてから、販売していました。そうでないといい提案ができませんし、もっといい顧客がいる可能性があるので、それであればそちらの顧客に集中したいからです。それこそ究極のカスタマーサクセスだと思います。
ラザヴィ:これも日本の多くの企業が誤解しているのですが、「お客様は神様」だから要望に何でも応えるというのは、けっきょくは顧客のためにならないのです。本当に顧客の成功を考えたら、はっきりと「お売りできない」と言うべきです。それが顧客を愛しているということではないでしょうか。
久我:SaaSなどのデジタルビジネスが普及するにつれて、リテンションモデルを実現するためのPLGがスタンダートになる可能性が高いと思われます。なぜなら顧客とつながり続けることができるからです。データを取り続けることができ、それによって商品やサービスをより良いものに改善していくことを継続的に行えるようになります。
かつて情報が限られていた時代には、ユーザーの選択肢は少なかったのですが、ネット社会になり、ユーザーや消費者が得られる情報が各段に増えています。
ラザヴィ:また、テクノロジーの進化に伴い、ユーザーが賢くなってきています。『カスタマーサクセス経営』の1章「カスタマー体験の時代へようこそ」ではコンシューマライゼーション(消費財化)というキーワードが使われています。ユーザーは消費者として、Amazonなどのサービスを日常的に利用しており、エンタープライズのサービスに対しても同様の体験をしたいと思っています。つまり、カスタマーサクセスに対する期待レベルが上がっているのです。ネット通販だと簡単に利用できるのに、エンタープライズになるとなぜこんなに複雑で見づらいUI(ユーザーインターフェース)になるのかと、不満を抱いています。それに呼応して、市場全体の体験レベルも上がっています。
最近ではハードもソフトも、著しく品質が劣るといった商品は少なくなっています。そこで差別化を図るためには、プラスアルファの体験を提供することが必要です。パーソナライズドで顧客によりよい体験を与えつつ、自分たちの価値も上げることで勢いよくスケールできるのです。
久我:ラザヴィさんのお話を聞いていると、カスタマーサクセス経営を実践するには、一部門だけでなく、経営層も含めた全社的な取り組みが不可欠だと感じます。
ラザヴィ:その通りです。まず、最も重要なのは経営トップの意識です。これは、「SuccessGAKO」に通っていたある女性生徒の実話なのですけれど、当初、会社の上司から「チャーンを減らせ」と言われて、その方法を学びに来たつもりだったそうです。ところが、「SuccessGAKO」でカスタマーサクセスについて学ぶにつれ、「自社製品は本当に顧客に価値を提供しているのか。押し売りをしているだけではないか」と疑問を持つようになり、そのことを上司に相談したそうです。彼女のすごいのは、さらに改善策をつくって社長に提案まで行ったことです。それが認められ、彼女は新規ビジネスを担当する部署に移り、改革に取り組むことになりました。
久我:素晴らしい事例ですね。そのようなロールモデルが増えてくると、企業も元気になりそうです。ただし、ラザヴィさんがおっしゃるように、経営トップの意識が重要です。そこで「やってみろ」と言ってくれるトップであればいいですが、「それをやって何億のビジネスになるんだ?」という会社もあるでしょう。カスタマーサクセスをチャンスと捉えずにコストと考えている企業も依然としてあります。
ラザヴィ:会社は最終的には人間の集合体なので。経営トップも含め、そこにいる人たちがどう考えるかに左右されます。市場や顧客の変化についていけない会社も出てくるでしょう。日本全体がそうならないように願っています。
久我:残念ながら日本では変わることを恐れる企業も少なくありません。その中に、意欲ある越境者の人がいるとすれば、どのように会社を変えるべきでしょうか。
ラザヴィ:やはり、上司や経営トップにカスタマーサクセス経営に関心を持ってもらうことが大切です。ただし、例えば「カスタマーサクセス推進室」といった部署をつくってもらったからといって、カスタマーサクセス経営が浸透するわけではありません。逆に、メンバーは通常の部署に所属したまま、クロスファンクションのプロジェクトでカスタマーサクセス経営を実行している企業もあります。
いずれにしても、意欲ある越境者の孤軍奮闘ではなかなか難しいでしょう。まずは社内に仲間をつくるという方法が、よいのではないでしょうか。最初は私の本を読む勉強会からスタートし、仲間を募って全社的な取り組みに発展させた企業もあります。
ただし、それでも会社が変わらないのであれば、外資系企業も含めて、「よそ(他社)でやる」というのも一つの方法です。厳しい言い方かもしれませんが、変わらない企業でくすぶっているよりは、他社に移って活躍の場を広げてほしいと思います。
久我:「SuccessGAKO」では、学んだ卒業生がコミュニティをつくり、情報交換などを続けているそうですね。アルムナイ(同窓生)の方が増えて、国内外の企業でカスタマーサクセス経営を実践してくれることを期待しています。大いに楽しみです。
サクセスラボ株式会社 代表取締役社長
弘子 ラザヴィ 氏(写真左)
公認会計士として数多くの企業実務に触れたのち、経営コンサルタントに転じる。ボストンコンサルティンググループでは全社変革・企業再生プロジェクトを、シグマクシスではデジタル戦略プロジェクトを多数リード。2017年、スタンフォード経営大学院の起業家養成プログラムIgniteに参加するためシリコンバレーに在住した時にカスタマーサクセスに出会う。帰国後、サクセスラボ株式会社を設立。シリコンバレーで築いたネットワークを活かし、カスタマーサクセスに本気で取り組む日本のリーダーを支援し、最新著書「カスタマーサクセス経営」ほか執筆・メディアなど多数出演している。
ウイングアーク1st株式会社 執行役員 マーケティング本部長セールス&レベニューエヴァンジェリスト
久我 温紀 氏(写真右)
ウイングアーク創業時に事業へ参画。法人向けソフトウェアのアカウントセールスとして5期連続トップセールスを達成し、マネージャーに最年少で就任。成績不振の営業部門の再建に関わり全部門予算達成を実現、過去最大の事業成長を牽引する。2016年 営業統括責任者に就任。2017年 経営戦略担当を兼任し、2018年よりマーケティング統括責任者。2019年9月より現職。セールス&レベニューエヴァンジェリストとして、メディアへの寄稿や講演等を行う。
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣 PHOTO:Inoue Syuhei 企画・編集:野島光太郎)
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