久我:ラザヴィさんが、『カスタマーサクセスとは何か』(英知出版)を出版されたのが2019年7月でした。今では「カスタマーサクセス」という言葉を見聞きする機会も増えており、関心を持っている経営者も増えているようです。
一方で、私の所感では、「カスタマーサクセス」を実践できている企業はまだ少ないように思います。当社も取り組んでいますが、まだ途上といったところです。
2022年7月に、ラザヴィさんの翻訳よる『カスタマーサクセス経営』(ミッキー・アーロン、ニック・ボンフィーリオ著、弘子ラザヴィ訳:スリースパイス)が出版されました。今日は、同書のコンセプトやこのタイミングでの出版の狙いをはじめ、カスタマーサクセス経営に関心のある日本企業に求められる取り組みなどについてお聞きしたいと思います。
ラザヴィ:私がカスタマーサクセスに出会ったのは、米国のシリコンバレーにいたときです。米国ではすでにリテンション(継続的な利用)モデルに注力する企業が増えており、その考え方と表裏一体となるカスタマーサクセスの概念が注目されていました。
私はそこで「カスタマーサクセスは日本企業にこそ、必要な概念だ」と考えて『カスタマーサクセスとは何か』を出版したのです。実は、今回の『カスタマーサクセス経営』の原書は、米国で2018年1月に出版されたものです。ただ、当時はまだカスタマーサクセスという言葉自体、日本ではなじみがありませんでした。カスタマーサクセスを理解していない読者にカスタマーサクセス経営について説くのは時期尚早だと考え、適した出版の時期をうかがっていたのです。
久我:4年を経て、満を持して邦訳書を出版されたわけですね。『カスタマーサクセス経営』の原題は「Mastering Product Experience in SaaS ─ How to Deliver Personalized PX with PLG Strategy(SaaSにおけるプロダクトエクスペリエンスの追求 ─ PLG戦略によるパーソナライズドPXの提供方法─)』です。
「PLG(Product-Led Growth:プロダクト主導型成長)」の定義について、同書では「プロダクトをカスタマージャーニーの最前線に位置づけ、プロダクトをまず体験してもらうことで、あらゆる段階、即ち、リテンション、アダプション、エクスパンションを加速させる戦略」と説明されています。ビジネスモデルの潮流が変化し、特に法人向けビジネスツールなどでは、SaaSでさらにサブスクリプションなどのモデルでサービスを提供するのが当たり前になりつつあります。同書はそれを予見していたといえますね。
ラザヴィ:著者のアーロンとボンフィーリオは、いずれも米国の著名なSaaS企業の経営者です。最近では日本でもPLGという言葉を聞く機会が増えていますが、実は、「元祖PLG本」ともいえるのが、『カスタマーサクセス経営』の原書なのです。そのため、本書はPLGを実践したいと考えているSaaS企業にとって絶好の書籍だと思います。
ただし、私はこの概念をSaaS企業だけのものにしたくはありませんでした。特に今、グローバルで厳しい戦いを強いられている多くの日本企業にも知ってほしい、現場の担当者だけでなく、経営者も含めて、多くの日本の読者に読んでほしいと思いました。そこであえて邦題を『カスタマーサクセス経営』としたのです。
久我:日本のモノづくり企業の経営者の中にも、顧客データの活用を進めている人が出てきました。ある建機メーカーの社長は、「顧客の価値を上げていかないと生き残れない。そのためにデータを使っている」とおっしゃっていました。ただし、そのような企業はまだ少なく、依然として「モノがよければ売れる」という意識を持っている企業が多いようです。
ラザヴィ:例えば「建機」であれば、まだ顧客の顔が見えているかもしれません。しかし、「自動車」ならどうでしょうか。間にはディーラーもいます。数億人のユーザーの顔は、遠いのではないでしょうか。メーカーは工場出荷時点の品質を担保すればよく、出荷後は流通やユーザー自身の問題だ、という姿勢では、カスタマーサクセスは生まれません。
久我:まさに「売っておしまい」ですね。売ったあとに価値を高めていくという発想はありません。日本企業は、部署ごとの部分最適が図られ、サイロ化されている面が強く、それも「ユーザーの顔が遠い」原因になっているのかもしれません。今できていないからこそ、売ったあとに顧客がどう価値を得ているのか、それを知ることは経営にもきっといい効果があるはずです。例えば、品質が上がっていくことで顧客のクレームも減るでしょう。
ラザヴィ:日本企業には、これまでモノづくりで勝ってきたという成功体験があります。それを崩すことは自己否定につながることもあり、なかなか脱することができないのでしょう。特に大手企業では、その傾向が強い思います。そのような企業の中にも「このままではいけない」と考える人もいますが、成功体験が強い組織の中で、そうした声はかき消されがちです。
私がサクセスラボを設立し、「SuccessGAKO(サクセス学校)」というサービスを開発したのも、価値の創造に挑戦する人がフェアに報われる社会を目指すお手伝いとしたいと考えたからです。
久我:「データのじかん」も「データで越境者に寄り添うメディア」というのが大きな趣旨です。データで、ビジネス、世の中、社会を変えようとしている越境者を応援しています。ただ、多くの企業で「上司や経営者がなかなかデータ活用などに理解がない」と悩んでいる人も多いです。
ラザヴィ:正直、私は諦めています。経営者が変わらず、データ活用に消極的な企業はやがて消えていきます。これまでは「いいモノをつくりさえすれば」と頑張ってきた。そして雇用も守ってきた。しかし、グローバルに目を向けると、外資系企業が次々に日本に進出してきている。彼らよりも高い付加価値を届けられない企業は淘汰(とうた)されるしかありません。
現に、有名大学を出た人が、日本の大手企業ではなく、米国や台湾、中国などの企業に就職したり、転職したりするケースが増えています。旧態依然とした企業では、人材の確保も難しくなります。
久我:日本では、国全体においてモノづくりに強いメカニズムが確立してしまい、その構造が壊せないのだと思います。二次受け、三次受けなどのサプライチェーン、政府との距離関係などを一気にディスラプト(破壊)してしまうと、非常に大きな影響が出てしまう。先進的な企業経営者の中には、日本は一度大きな負けを経験し、そこから立ち上がり、DXを起こすしかないという人もいます。
ラザヴィ:日本ではDXがバズワードになっていますが、実は米国ではDXとはいいません。DXとカスタマーサクセスとの関係で、私がいつも言っているのは、世の中のモノの売り切りモデルが終焉(しゅうえん)したということ。これからはカスタマーサクセスを届けないといけない時代になってくる。価値の源泉が変わっていくということなのです。
久我:日本企業のDXの必要性には、いろいろな背景があると思います。リジェネレーションやサステナビリティーなどの背景で世の中を変えていかなければなりません。その中で新しい事業が求められていると思います。顧客もマーケットも変わり、今の世の中も変わっていますから、その中で自分たちのビジネスをもう一回見つめ直さないといけない。例えば、クルマを売るのではなく、移動を売る、移動をもっとよくしていくといった概念です。
DXとは、根本的にビジネスを変えていく概念だと思います。その点で、PLGとDXは一体になっているといえると思います。
久我:当社もカスタマーサクセスの向上に取り組んでいますが、プロダクトはサクセスの一部でしかなくて、それ以外にサポートやサービス、他社との連携など、さまざまな要素があります。しかし、PLGというと、もう一度プロダクトに戻って「プロダクトが素晴らしいから営業がいなくても売れる」という話になりがちです。
ラザヴィ:そこは誤解されたくない部分です。「そうか、やっぱりプロダクトが重要なのだ」となるのは間違いです。PLGの本質は、やはり「体験」なのです。私が、日本企業こそカスタマーサクセス経営に取り組んでほしいと考えるのはそこにあります。
実は、日本はカスタマーサクセスが得意だったはずなのです。考えてみてください。昭和の時代のお肉屋さんやお魚屋さん、どのお店も実践していました。「〇〇さん、こんにちは、きょうは〇〇のいいのが入っているよ」とか、「お宅の娘さん、さっき学校から帰ってきたよ」とか。
久我:確かに「おばあちゃん、体調が悪いなら後で届けますよ」といったことをフレキシブルに、当たり前にやっていました。町の理髪店も、顧客の好みを覚えていて、子どものころから大人になっても同じ理髪店に通っている人が多かった。
ラザヴィ:それもデータなのです。今も、ローカルで戦うならば、そのままアナログな方法でいいのです。ただし、グローバルな競争に勝つためには、より多くのデータが必要です。そこのジャンプができないと日本企業は外資系企業に負けてしまいます。
サクセスラボ株式会社 代表取締役社長
弘子 ラザヴィ 氏(写真左)
公認会計士として数多くの企業実務に触れたのち、経営コンサルタントに転じる。ボストンコンサルティンググループでは全社変革・企業再生プロジェクトを、シグマクシスではデジタル戦略プロジェクトを多数リード。2017年、スタンフォード経営大学院の起業家養成プログラムIgniteに参加するためシリコンバレーに在住した時にカスタマーサクセスに出会う。帰国後、サクセスラボ株式会社を設立。シリコンバレーで築いたネットワークを活かし、カスタマーサクセスに本気で取り組む日本のリーダーを支援し、最新著書「カスタマーサクセス経営」ほか執筆・メディアなど多数出演している。
ウイングアーク1st株式会社 執行役員 マーケティング本部長セールス&レベニューエヴァンジェリスト
久我 温紀 氏(写真右)
ウイングアーク創業時に事業へ参画。法人向けソフトウェアのアカウントセールスとして5期連続トップセールスを達成し、マネージャーに最年少で就任。成績不振の営業部門の再建に関わり全部門予算達成を実現、過去最大の事業成長を牽引する。2016年 営業統括責任者に就任。2017年 経営戦略担当を兼任し、2018年よりマーケティング統括責任者。2019年9月より現職。セールス&レベニューエヴァンジェリストとして、メディアへの寄稿や講演等を行う。
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣 PHOTO:Inoue Syuhei 企画・編集:野島光太郎)
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