アート思考とは、似たような商品が氾濫してしまい、差別化が困難な時代に、本当に自社で創りたいオリジナルの商品やサービスのコンセプトやビジョンを創造するための手法である。
予測できない目まぐるしく変化していく社会に対応ができ、AIにも代替されない創造性あふれる人材育成のためには、このアート思考が重要となる。
おや、このアート思考の定義は前回の講座でチクタク先生がしたものですね。それと、創造するにはアート思考が重要だとテックジー先生もおっしゃっていましたが、今回は”人材育成のためには”になりましたよ
アート思考の定義はチクタク先生の説明が適切なのでそのままだ。ただ創造力は誰にでも簡単に身に付けられるものではない。特に日本の学校教育は、教えられた通りにそのまま覚えさせて型にはめる方式なので、自由闊達に自分の意見を言ったり面白い発想をできる人材が少ないのだよ。
だから、ある程度時間をかけて豊かな発想力を持つ人材を育てようと言っているのだ
前回の講座の繰り返しになりますが、柔軟な発想でアイデアを出しなさい、と言われて出せる人は少ないでしょう。ユニークなアイデアとは、意外な組み合わせから生まれるケースが多いので、仕事一筋の会社員より、多彩な趣味を持つ人の方がアイデアマンであることが多いのです。
アート思考が参考にしているアーティストが作品を創造する方法は、主体的に内発的動機からアートを創造するところです。しかもそのアートの是非の判断は、アーティスト独自の美学に依っています
貴族が望む肖像画を描く宮廷画家ではダメで、自分が描きたい絵を自由に描いた印象派の画家でなくてはダメなのだ。幕府御用達の狩野派ではなく、奇想画家の伊藤若冲や長沢芦雪が求められているのだよ
テックジー先生の例えは分かりませんが、ようするに創造性を発揮するには、人から言われたり要望されたりしてから発想するのではなく、主体的な活動にしなければならないという事ですね
その通りです。実は経産省がアート思考に言及したのは、今回が初めてではありません。2020年に発行した” 企業における経営戦略としての人材戦略及び本質的分野における学びの促進に関する調査” (註1)で、求められるスキルとしてアート思考が取り上げられています。
もっともこのレポートは、ボストンコンサルティング(BCG)が書いたものです
アメリカに本社を置く、グローバルな巨大コンサルティングファームですよね。日本でも外資系コンサルのなかでは国内最大級で歴史も長いとか
その通り。だからというか、2020年のレポートはいかにもアメリカのコンサルティングが書きそうな網羅的でロジカル。つまり極めて教科書的な書き方になっている。
このレポートは115ページありますが、簡潔にまとめると『日本企業も経営層にはアート思考を、従業員にはデザイン思考を学ばせないと、時代の変化に取り残されますよ。
そのためには1週間で$13,000のStanford大学オンラインセミナーを受講しなさい』というものです
あれ、チクタク先生までずいぶんトゲのあるまとめ方ですね。でもなぜアート思考は経営層だけに勧めているのですか?
正直、2020年のレポート程度を作成するのに、外国企業のコンサル会社に丸投げする経産省はどうかと思っているのです。アート思考を経営層だけに勧めているのは、デザイン思考は目の前にある課題を解決する方法で、アート思考は長期的視点で課題の解決策を考える方法だからなのでしょう
我輩も読んでみたのだが、確かに教科書的というか上から目線の姿勢で日本企業にも教えてあげるよ、という書き方だったな。ただ、別に内容に問題があるわけではなく正論なのは間違いない。
一方、今回の講義で説明している経産省の”アートと経済社会“のレポートは、きちんとまとめもせず明確な結論もなく泥臭い書き方だ。
しかし現場に足を運び多数のアーティストに話を聞いている経産省としては労作だと、吾輩は評価しているぞ。スマートだが机上の空論とも思える2020年のBCGが作成したレポートとは、真逆となっているのが面白い
ボクは話を戻せることはできないのですが、経産省がアート思考を重要視するようになったのは、BCGレポートがきっかけなのでしょうね
おそらくそうでしょう。それに今回のレポートを、いつものようにコンサルに丸投げせず自ら作成したのは、アート思考の考え方を理解した内発的動機からのはずです。
ただ惜しいのは、総花的話ばかりで具体的施策まで落とし込めなかったことですね
では我輩が話を戻そう。アート思考とビジネスの親和性が高いのは理解したと思うが、アートそのものとビジネスの”距離”はまだ遠い。前回の資料にあったようにアートマーケットの規模が小さすぎるので、資本家も企業もあまり相手にしなかったようだ。
今までアートは、ごく一部のオーナー社長の道楽でしかなかったのだよ
ところが今回、経産省が”アートと経済社会“のレポートを出したので、日本企業が動き出したのですね
まだどの企業も本格的に動いているようには見えませんが、アートフェアは増えてきたようです。ただ、生成AIを活用するにはアート思考が大切だという話になってきているので、各社とも無視できなくなるはずです
2023年からアートフェアが増えてきたのは事実だが、コロナで自粛中だったイベントが復活しただけかもしれんぞ。そもそもアートに高い関心があるビジネスパーソンは少数派だ。ましてやアート思考が必要となる人材など非常に限られている。
いくら生成AIがビジネスの世界を席巻しているといっても、日本企業の大半は”アート思考”をどう扱ってよいかすらわからないだろうな
では、どう扱えばよいのでしょうか?
経産省はレポートで、先行している企業の事例や地方での地域活性化活動などを紹介している。企業ごとに状況が異なるので、自分で考えろという姿勢だ。当たり前の話だろう。
政府としてできるのは、今まで軽んじてきた公教育での美術教育とかアート鑑賞を活性化させ、創造性豊かで個性的な若者を増やそうとはするようだ。
しかし子供にアート鑑賞させることでAI時代にふさわしい人材を育てようとは、”風が吹けば桶屋が儲かる”レベルの話だな
なんですか、そのたとえ話は?
テックジー先生、話が長くなるので説明は不要です。ゴリくん、”バタフライ・イフェクト”みたいなものです
なるほど、ようするにそんな施策では期待できないのですね
まぁ縦割り行政の中では、文科省管轄の教育制度にまで口を挟めないのだろう。日本は昔から人材教育には熱心で、寺子屋が全国各地にあり習熟度別なので若くて優秀な人材を数多く輩出させてきた。
しかし明治政府になると、富国強兵を掲げて公教育は均一の官製教科書で集合教育となった。そのため少数だが優秀で個性的な人材ではなく、金太郎飴製造工場のような学校によって無難で均一の人材を大量に送り出した。
日本としては、大量生産大量消費の時代まではそれで大成功してきた。しかし先の読めない変化が激しい時代には、これではそぐわないぞ
どんどん話が逸れていますが、補足します。経産省は2022年に、“未来の教室ビジョン2.0”(註2)を発行して、自律的で個別最適な学習環境を実現させようと検討している最中です。
このプロジェクトは、官邸・内閣官房が主導の、“教育未来創造会議”の配下にあるので、縦割り行政の垣根を超えることができています。
さらに面白いことに経産省は、令和5年度「未来の教室」実証事業 公募要領 (生成AIを用いた教育サービスの検証)というものまで募集しています
この資料を見ると、産業界が求めている人材を学校側は育ててこなかったようだな。もっとも高校まで丸暗記を強要してきておいて、大学に入ったらいきなり自ら学べと言っても難しいのだろう。
だから社会人になっても自分の意見を話せないような指示待ち族が多いのだな。このままでは、AIからの指示を待つようなビジネスパーソンばかりになってしまうぞ
またあちこち話が飛びましたが、生成AIのビジネス利用が当たり前の時代では、ルーチンワークの事務作業などは大半をAIができるようになります。年々人手不足が進んでいく日本では、先進企業ほどAI活用が進むので、労働生産性を向上させて高収益で高賃金の企業になっていきます。旧態依然としたアナログな企業との企業間格差が激しくなるのは明らかです。
今後はAIに完全に任せられるタスク、AIと共同で行うタスク、人間にしかできないタスクに分かれていき、しかもその割合はどんどん変化していくでしょう。つまりビジネスパーソンは、その時代に対応したスキルセットを身に付ける必要があるのです。一度身に付けたスキルを一生使い続けていける安定した時代は終わったのです
ちょっと言いすぎだな。AIツールは人間を置き換えるものではない。今後企業が重要視していくスキルは戦略的思考能力や問題解決能力だが、コミュニケーション能力のようなヒューマンスキルも大切になるはずだ。
それに今回のテーマを忘れているようだぞ。現時点でAIが生成する画像は人間が描いたものと区別ができないほどのレベルだが、アートではない。
ビジネス利用の大半はAI出力画像が占めてしまうだろうが、鑑賞対象のアートにはなりえない。
つまり、AIが進化すれば進化するほど、人間の手作業の価値は高騰していくだろう。歴史ある伝統工芸作品や芸術品などAIが生成できないものは、富裕層が好む高付加価値作品となって巨大マーケットを形成するはずだ。すなわち、創造性豊かな人材ならデジタル分野でもアナログ分野でも活躍できるのだよ
なるほど、経産省はそこまで先を見てアートを普及させようとしているのですか。やっと納得できました
終わり
著者・図版:谷田部卓
AIセミナー講師、著述業、CGイラストレーターなど、主な著書に、MdN社「アフターコロナのITソリューション」「これからのAIビジネス」、日経メディカル「医療AI概論」他、美術展の入賞実績もある。
(TEXT:谷田部卓 編集:藤冨啓之)
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では続きだ。前回の講座の最後に、文化庁と経産省のアートに関する考え方を紹介した。しかしまだ我輩の考え方を紹介していないので、比較のために説明しておこう