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きっとあなたの会社にもある「スラッジ」とは? 書評『スラッジ:不合理をもたらすぬかるみ』

         

以前、データのじかんでは行動経済学の手法である「ナッジ」を扱いました。ナッジとは、「(ひじでつつくように)人々に適切な選択肢を促したり、危険を回避させたりする仕草」と説明しました(詳しくは過去記事「制度は変わっても人はなかなか変われない!人の行動を後押しするための方法「ナッジ」で働き方改革推進!?」を参照ください)。実はナッジは身近にたくさんあります。例えば階段に「ここまで登って○○カロリー消費」という掲示を見たことがある人も多いでしょう。エレベーターを使わず、階段を使ってもらうよう誘導するナッジです。

一方、「スラッジ」という言葉があります。スラッジとは「ヘドロ」とか「ぬかるみ」といった意味。転じて、ユーザーにとって不利な選択へと誘導したり、煩雑な手続きを要求したりするなど、合理的な行動をさせない仕組みのことを指します。例えばネット通販の商品解約ページがどこにあるかわからない、というケースがあると思います。これがいわばスラッジなのです。「負のナッジ」とも言われます

今回紹介する書籍『スラッジ:不合理をもたらすぬかるみ』では、主にアメリカの例を取り上げ、このスラッジに迫っています。本書にも書かれていますが、民間組織も公的機関もスラッジを生み出し、中小企業・大企業や政府・地方自治体などの組織の規模に関わらず発生します。スラッジは多くの国に共通する問題なのです。ここからは、このスラッジについて本書を参考にしながら見ていくことにしましょう。

スラッジはなぜ悪者なのか?

「スラッジ」と呼ばれている以上、そのデメリットが明らかであるのは言うまでもありません。様々な業界にスラッジは存在していますが、最もスラッジの悪影響を受けるのが社会福祉の分野です。公的給付等、あらゆる援助には煩雑な手続きが付き物ですが、その分野においてスラッジが存在すると、最も支援を必要としている世帯(高齢者やITリテラシーが不得意な人)がふるい落とされ、制度の有効性が低下してしまいます。難しいのは、公的給付の場合は受給資格が存在すること。これが利用者申請の基準や手続きを厳格化する要因となっています。とはいえ、スラッジは撲滅しなければならない悪者であることは明らかです。

スラッジは新型コロナウイルスによって減少した

 

スラッジはこれまでも多くの負担を国民に強いてきましたが、2020年にはじまる新型コロナウイルス感染拡大期において、大きな変化をもたらしました。例えば「補助的栄養支援プログラム」においては、以前は申請者が面談を受けないと受給を認められませんでした。しかし、パンデミックによりこの要件は免除され、各州が受給資格のある人々への給付を全面的に容認しています。

このように、多くの制度・施策において緩和策が取られた結果、多くのスラッジが削減されました。最も積極的だったのが保健福祉省であり、数々の書類作成、報告、監査要件が撤廃されています。つまり、多くの人々に命に関わる出来事が起こった「有事」において、行政手続き等煩雑な業務は足枷だったと理解することができます。革命や戦争などの有事を経て社会が変わっていくというのは、日本でも見られる現象だと言えます。

しかし、スラッジは必ずしも悪いものではない

ここまで読んでくると、スラッジというものが悪者で除去せねばならないものであるかのように思えてしまいますが、必ずしもそうではありません。例えばタバコや電子タバコを購入する際には、身分証明書の提示や書類への記入を求められます。これは明らかにスラッジですが、これによって健康増進効果が期待できるという面もあります。すぐにタバコを買えないことが、その人がタバコをすぐに購入することを思い留めさせ、冷静な思考にさせることが可能なのです。このように、あえてスラッジを取り入れ、逆に合理的判断を人々に求める設計をしている場合もあるのです。

「スラッジ監査」の必要性

この本の筆者がホワイトハウスで働いていた時、連邦政府の各機関に自らが課している書類作成負担の検証をするよう指示を出したと言います。これは端的に言うと「スラッジ監査」であり、スラッジを見直す施策です。この施策は手間が掛かるものの、そこから得られるメリットは大きいと主張しています。書類作成負担軽減により、大幅なコストを削減できるようになるからです。

このスラッジ監査は、民間企業でも効果が期待できます。働いている方なら実感しているかもしれませんが、組織には多かれ少なかれ無駄な書類が存在するものです。なぜこの書類が必要なのか疑問に思うものも中にはあるでしょう。忙しい業務時間にスラッジ撲滅キャンペーンを開催するのは難しいかもしれませんが、「なぜこの書類を作っているのか」を常に意識しながら仕事をするだけでも、だいぶ組織も変わってくるはずです。

スラッジを減らして働き方改革を

ちなみに私はハンコを押す文化がスラッジだと感じています。ハンコを上長にもらいたい、しかし上長は会議中。しかもなかなか自席に戻ってこない。そのハンコをもらうために待っている時間こそがスラッジだと思うのです。これさえなければどれほどの残業時間が減らせるだろうかと考えたこともあるくらいです。余談ですが、お辞儀ハンコ文化(上長に向けてお辞儀をするように押印する謎の風習)もいらないですね(笑)。

働き方改革の最大の壁が、このスラッジだと私は感じています。無駄な会議、不要な資料、よくわからない文化など、組織に長年定着したスラッジは枚挙にいとまがありません。それはまさにヘドロ、ぬかるみのように業務にこびりついています。残業を減らし、ワークライフバランスを推進する際に目を付けるべきは、ここまで見てきたスラッジなのかもしれません。

【参考資料】
・実は身近にあるナッジ理論とは?ビジネスや組織強化への活用方法をご紹介 | Talknote Magazine
・スラッジとは――意味やナッジとの違いを解説 | 『日本の人事部』

(安齋慎平)

 

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