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筆者は長年にわたり事業会社(花王株式会社)において、企業理念(Corporate Philosophy)を活用した組織開発に取り組んできました。今回は、その内容を “理念で自走する強い組織(Philosophy Driven Organization)のつくり方” というパッケージにして、3回にわたって紹介していきます(第2回)。
第2回のテーマは「企業理念の本質について」です。前回、DXは技術や経験で対処できる「技術的課題」ではなく、当の本人が変化しなければ前に進まない「適応課題」であることを指摘しました。ではどのようにしたら、人や組織は変わることができるでしょうか。そのひとつの道筋にパーパス経営に代表されるような企業理念の活用があります。今回は企業理念の本質に迫りながら、それがどのように人や組織の「変身・変容(Transformation)」につながるのかみていきましょう。
昨今、「パーパス経営」がトレンドになっています。パーパス(Purpose)は「存在意義」と定義されることが多く、狭義に解釈すれば、従来のミッション・ビジョン・バリュー(Mission/Vision/Value)のミッションに対応します。しかし、実際に論じられているのは、広い意味での企業理念についてです。そこには、パーパスはもちろん、経営理念、WayやPhilosophy、Credoなど多様な表現形態を含んだものが含まれています。そこで、当レポートでは「理念」を総称として使っていきます。
上記のグラフは、ウィズワークス社が毎年発行している『社内報白書2021』に掲載されている「インターナルコミュニケーションの目的」に対するアンケート結果を、データのじかん編集部にて再現したグラフです。インターナルコミュニケーションとは、社内報やWebなどのメディアを使った社内コミュニケーションの総称ですが、このアンケート結果から「理念の浸透」が経営の課題として非常に重視されていることがわかります。
都立大学の高尾義明教授(経営学)らが、2008年から2010年にかけて日本企業2,700人強の社員を対象に行った調査からは、理念浸透と社員の行動変化のあいだには次のような相関があることが見出されました。
理念が大事にされている会社では、理念浸透が進んでいる社員ほど、仕事に積極的にかかわっていることが明らかになった。そうした社員は、自らの職務に没頭する傾向が強い。
また、理念浸透が進んでいる社員は、自分の役割を超えた、いわば「こぼれ球」を拾うような仕事(役割外行動)にも自発的にかかわろうとする傾向がみられた。
さらに、理念を内面化している社員は、新しいアイデアの取り込み、新しいやり方の試行といった革新指向をもちながら仕事に臨んでいる傾向が見出された。これは、経営理念に革新指向を示すキーワードが含まれていない会社においても、理念浸透が革新指向行動を導くという結果がみられている。(下線:引用者)
さて、前回は、変身・変容(X:トランスフォーメーション)に抵抗するミドル層が、DXを推進するうえでの大きな障壁になっているという点を指摘しました。この壁を乗り越えるにはどうしたらいいでしょうか。
ひとつには、上記の調査結果が示唆しているように、理念に親和性が高い社員は革新に前向きだという点に着目することです。遠回りのようですが、理念に立ち返る機会を社員に持たせるというアプローチがひとつ考えられます。
さらに、人は、人に言われるのではなく、自ら変わろうと思わない限り変わらないという前提で考えてみましょう。ひとつの可能性は内省(Reflection)です。たとえば、ドラッカーは「経営者におくる5つの質問」として、次のような項目を立てています。
こうした質問をミドル層に投げかけることによって内省をうながすことができれば、大きな効果が期待できます。そこで気づいたことであれば、それは自分で得たものですから、それに従って考え方や行動を変えていくことへの抵抗感が小さくなります。言い換えるなら、質のいい “問い” には人を変える力があるということです。
今回のテーマである、“理念で自走する強い組織(Philosophy Driven Organization)”というコンセプトのコアにあるのは、質のいい “問い” を理念から紡ぎだそうというものです。
筆者が活動をしていた花王株式会社の『花王ウェイ』ではミッション・ビジョン・バリューを次のように定義しています。ただ、いま現在の花王のサイトを探したのですが、日本語による定義が見つからないので、訳(筆者訳)をつけておきます。
このように、理念自体が “問い” によって定義できるという点が重要なポイントです。理念には進むべき道、従うべき指針、どうすればいいのかという “答え(模範解答)” が書かれているという印象を持っているみなさんが多いと思いますが、それは一面的な認識といっていいでしょう。
ここで、ドラッカーの2つ目の質問「われわれの顧客は誰か? Who is our customer?」に立ち返てみましょう。各社の理念においては、顧客(お客様)に言及していないものは少ないと思います。BtoCであれば消費者、BtoBであれば顧客企業と、会社レベルで答えを出すのは簡単でしょう。
しかし、部門単位で考えると、ひとつの単純な答えがあるとはかぎりません。「後工程はお客様」という言葉があるように、さまざまな顧客を想定することができます。このように、ひとつの問いから多様な答えを紡ぎ出すことができるということがポイントです。そうした問いかけは、仕事にさまざまな視座を提供してくれます。
DXを推進するうえでのポイントも問いにあります。「われわれはどのような変容(X)を実現したいのか」——まずそうした問いかけが先行すべきなのです。
たとえば、花王ウェイのValuesのひとつに「絶えざる革新(Innovation for today & tomorrow)」という項目があります。花王はメーカーですから、まずは革新的な製品を世に送り出したいという明確な目標があります。革新的な “サービス” と広げれば、多くの会社に共通する目標だと思います。そのためにテクノロジーをどう活用するのかというのがDXの第一歩です。さらにその先には、そのための理想的な仕事の仕方はどのようなものなのかという問いがあります。
重要なのは、そうした問いをどのようなステージで行うかということです。結論から言えば、ミドル層がリーダーとなり職場全体を巻き込んだ対話が効果的です。その具体的な進め方について、次回紹介したいと思います。
それでは最後に、理念浸透の目的について確認しておきましょう。
「何のために理念を浸透させるのですか?」こうした質問を各社の理念担当者(事務局)やワークショップの参加者に投げかけると、意外と明解な答えが返ってこないことがあります。これは、理念の浸透自体が自己目的化をしている兆候かもしれません。DXの推進が抱える課題と構造的に似ています。そして、この問い自体がじっくり取り組むのにあたいする問いです。
広報コンサルタント(株)タンシキの秋山和久氏は、寄稿記事の中で次のような印象的な言葉を残しています。
パーパスに合っていないことはやらないと決定できるので間違えることはない。(『経済広報』2023年5月号)
どういうことでしょうか。秋山氏によれば、組織の意思決定はデータなどの判断材料をもとに予測して行うものです。そうした予測はしばしば間違いますが、一方でパーパスは、組織の意思決定に「パーパスに合っているか否か」という、「予測」とは異なる判断基準を持ち込むことができます。パーパスに合っていないことはやらないと決定できるので間違えることはないのです。そこから、「判断基準として機能すること」という理念浸透の目的を導き出しています。
理念の役割について、花王ウェイでは次のように定義しています。これも、秋山氏の言葉に呼応するものでしょう。
中長期にわたる事業計画の策定から、日々のビジネスにおける一つひとつの判断にいたるまで、「花王ウェイ」を基本とすることで、グループの活動は一貫したものとなります。(前文の一部)
上記の「何のために理念を浸透させるのですか?」の質問に対しては、いろいろな答えが返ってきます。組織としての一体感が醸成される、組織のベクトルが揃う、理念という求心力が働くことで事業の遠心力が高まる、といったものです。そのどれもが、理念浸透の一面を表しており間違いではありません。しかし、最終的には「ビジネスのサクセス」が理念浸透の目的であるというのが、筆者の結論であり主張です。
※付記:筆者が花王株式会社を離れて5年以上になります。その間、インサイダーの情報に触れる機会は皆無といっても過言ではありません。したがって、本レポートの内容は、現在の花王株式会社の経営・運営に関わるものではありません。
書き手:下平博文氏
事業会社において企業理念(Corporate Philosophy)を活用した組織開発、インターナルコミュニケーション等に携わる。2018年よりフリーランスのライターとして活動
(TEXT:下平博文 編集:藤冨啓之)
・『「パーパスはもはやバズワード」西口氏が語るP&GのPVP誕生秘話』(日経クロストレンド2022年07月01日)
・『社内報白書2021』ウィズワークス社
・『経営理念の浸透—アイデンティティ・プロセスからの実証分析』高尾義明・王英燕(有斐閣)
・「経営理念の浸透・共有による組織・社員への影響」高尾義明『企業と人材』2016年8月号
・「ドラッカー5つの質問」山下淳一郎
・『花王ウェイ』
・株式会社タンシキ
・「パーパスの浸透方法」秋山和久『経済広報』2023年5月号
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