研究からビジネス、政治に至るまでどのような意思決定においてもエビデンス(証拠・客観的な根拠)が求められる時代です。そこで利用されるのは、各種データや査読を経て信頼性が確かめられた論文、実証実験など。しかし、それらの信頼度や機能にどのような差があるのか、検証したうえで議論に臨めていないという場合も多いのでは?
「エビデンスのピラミッド(Hierarchy of evidence)」は、主に保健医療分野で用いられてきたエビデンスの強度の概念図です。エビデンスのピラミッドとは何か、その内容や注意点も含めて総合的に解説します。
エビデンスのピラミッド(Evidence Pyramid)は、科学的な研究や医学的な情報において、得られる証拠(エビデンス)の信頼性や機能を示すために使用される図式化された概念です。このピラミッドは、エビデンスの種類を階層的に並べ、頂点に行くほどエビデンスの信頼性があるとされます。主に医学やヘルスケア分野で使用されますが、他の科学分野や政策立案などでも応用されています。
出典:File:Hierarchy of Evidence.png┃Wikimedia Commons、CC BY-SA 4.0
ここでは、上記の典型的な7段階に分かれたエビデンスのピラミッドについて説明します。このピラミッドは、エビデンスの強度(質や信頼性)を階層的に示しており、頂点に行くほど強度が高いエビデンス、下層に行くほど強度が低いエビデンスを表します。
位置: 最下層(最も弱いエビデンス)
内容: 単一のケースや個人(専門家や権威を含む)の意見に基づく証拠。科学的厳密性が低いため、一般化が難しい。
位置: 下層
内容: 動物モデルや実験室環境で行われた研究。人間にそのまま適用するには限界がある。
位置: 中層の一部
内容: 特定の時点における集団データを収集して分析する研究。因果関係を証明するには不十分な場合が多い。
位置: 中層
内容: アウトカムを持つ群、持たない群を対象に、過去のデータを用いて病気の有無に関連する要因を比較する研究。観察研究の一種。
位置: 中層の上部
内容: 一定期間、特定の集団(コホート)を追跡してリスク要因や結果を調査する研究。現在から未来へ向かってデータを収集する前向き研究と、過去のデータを現在の結果と照らし合わせる後ろ向き研究が存在する。
位置: 上層
内容: 対象者を無作為(ランダム)に分け、介入と対照の効果を比較する研究。無作為化と盲検化により、バイアスが最小化され、因果関係の検証における信頼性が非常に高い。
位置: 最上層(最も強いエビデンス)
内容: 複数の研究結果を統合・分析して全体的な結論を導き出す手法。研究全体の質が高ければ、最も信頼できるエビデンスとなる。
上記はあくまでピラミッドの一例であり、たとえば『健康づくり施策のためのTextbook┃e-健康づくりネット(厚生労働省)』に掲載されているピラミッドは、「専門家の意見や理論・動物実験」「事例報告」「調査データの分析」「ランダム化比較実験」「ランダム化比較実験の系統的レビュー・メタアナリシス」の5段階で構成されています。
エビデンスのピラミッドは、エビデンスの質を直感的に理解し、科学的な議論や意思決定において信頼性を確保するためのツールとして重要です。保健医療分野では30年以上前がEBM(Evidence-Based Medicine:エビデンスに基づく医療)の概念が提唱され、最良のエビデンスに基づいた意思決定が重視されてきました。しかし、下記のような理由から、エビデンスのピラミッドは医師や研究者以外のさまざまな職業でも、有効なのではないかと考えられます。
・エビデンスの信頼性を議論するための共通言語になる
ピラミッドを使うことで、どんなデータが信頼できるか、どの程度の質があるかを判断するための共通言語が手に入ります。
・意思決定に役立つ
治療法や政策はもちろん、あらゆる意思決定で最も信頼性の高いエビデンスに基づいて意思決定を行うためにエビデンスのピラミッド自体がひとつの根拠となります。
・効率的な情報活用が可能
質の低いエビデンスを排除し、信頼性の高い情報をもとに行動することで、間違った情報に基づいて判断するリスクを軽減できます。
たとえば、営業パーソンであれば、エビデンスのピラミッドを用いることで、信頼性の高いエビデンスを用いて自社の製品やサービスが開発されていることを説明しやすくなるはずです。
例: 「第三者機関が実施したランダム化比較試験で、当社の素材は従来素材よりも30%安全性が高いことが確認されています。」
経理・事務担当者であれば、エビデンスのピラミッドを使って、会社の業務効率化やコスト削減施策を裏付けるデータの信頼性を評価できます。人事担当者であれば、従業員の健康管理や福利厚生プログラムの効果を評価する際にもエビデンスのピラミッドの知識が役立つでしょう。
このように、エビデンスのピラミッドを業務ごとに適切に活用することで、信頼性の高いデータを基盤にした意思決定が可能となり、個人や組織全体のパフォーマンス向上につながるはずです。
エビデンスのピラミッドの意味やその有用性について解説してまいりました。エビデンスに基づいた判断においてコンパスのような存在となりうるその概念ですが、絶対的なものではなく、活用する上で注意すべきポイントも存在します。
【1】目的や文脈に応じて評価が変わる
すべての状況で上位の階層にあるエビデンスが最適とは限りません。
たとえばEBMでは、「科学的根拠」に「患者の価値観」「活用できる資源(費用、時間、能力など)」を加えた3要素から成り立っているといわれます。いくらRCTで信頼性が高いと証明された治療でも、患者の信条にそぐわなかったり、費用が支払い能力を大幅に超えていたりすれば、それを強制することは最適とは言えない場合もあるでしょう。
ピラミッドの下層に位置するエビデンスであっても、初期的なデータや仮説の基盤を提供したり、別の可能性を見出したりするうえで有効な場合は多々あります。エビデンスのピラミッドはあくまで証拠の強度を図る指標の一つでしかないことは肝に銘じておきたいところです。
【2】質の高い研究でもバイアスのリスクがある
エビデンスのピラミッドの上位に位置するRCTやメタアナリシスであっても、研究の設計やデータの解釈にバイアスが入り得ます。たとえば、無作為化が不完全だった場合、対象者が均等に分配されずに特定の背景因子が介入群や対照群に偏る可能性があります。さらに、メタアナリシスでは統合される研究間で異質性(研究方法や対象者の特性の違い)が大きい場合、統合された結果が実際の状況を反映しないかもしれません。
手法自体の信頼性は高くともそれを運用するプロセスや検証に問題があればエビデンスの質は大きく下がってしまうため、結果の背景や詳細を慎重に分析する必要があります。エビデンスの確実性と推奨度を検証するための別のシステムとして、「GRADEシステム」も存在します。
保健医療分野を中心に活用され、現在はその他の分野でも注目が広がっている「エビデンスのピラミッド」について解説いたしました。社内にデータやエビデンスに基づいた判断が重要であるという考えが広まったら、次は一歩進んで「データやエビデンスの強度・信頼度はどうなのか?」という視点をインストールしましょう。
(宮田文机)
・What is an evidence hierarchy?┃NSW government ・健康づくり施策のためのTextbook┃e-健康づくりネット(厚生労働省) ・論文をいかに読み解くか?─あなたもデータに騙されてます─観察研究』日臨麻会誌Vol.36 No.7/Nov. 2016 ・関沢 洋一『RCTをもっともっとやろう_新春特別コラム:2018年の日本経済を読む』┃RIETI ・剱持貴史、岡 美智代『システマティックレビューとメタアナリシスの実施方法 メタアナリシスの経験を通して』┃日本保健医療行動科学会雑誌 38(1),2023 60-69 ・高倉朋和『Evidence-Based Medicine_Evidence-Based Medicine』┃日本技肢装具学会誌
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