金融機関においては、2008年のリーマンショックの影響により、世界的な金融機関が連鎖的に資金ショートを起こして実体経済にも悪影響を及ぼした。その後、リスクデータ集計とリスク報告を担保するレギュレーション、BCBS239がスタート。データ管理の「守りの強化」が進められた。
「守りを主体に態勢整備を進めてきたが、MUFGが「クラウドファースト宣言」を行った2017年に利活用の議論にも本格着手した」と安田氏は振り返る。
利活用の中核として、Amazon Web Services(AWS)を活用したビックデータ基盤の構築に着手した。それがOCEANである。安田氏はOCEANの導入で解決したかった課題として、情報系システムとBIツールの乱立とサイロ化、“Excelリレーによるデータ収集”、データの散在やダークデータの存在、操作性の高い整備済みデータの欠如を挙げた。これらの課題に対して、OCEANとTableau(BI)に原則一本化することで解決を図ったという。
OCEANはAWSのS3、RedShiftなどを組み合わせ、構想から約2年をかけて2019年に構築したが、実現に向けては課題もあった。安田氏は「3つの壁」があったという。
1つ目は構築の目的だ。「データ利活用の目的は、どうしてもやる必要がある“NEED TO HAVE”ではなく、あったらいいねという“NICE TO HAVE”である場合が多い。『作ってどう活用するのか』を明確に意識してもらいにくいというジレンマが常にありました」(安田氏)。
そして、2つ目はコスト負担の問題。まずデータ構築の価値と必要性をトップや社外取締役などに訴え、そこから現場へと粘り強く理解を広めることで解決してきたという。当初のコストは経営側で負担し、実際にOCEAN活用が進んだ時点で各部門へと移行するといった試みも行った。
3つ目はセキュリティの問題である。金融機関はセンシティブな情報を取り扱っているため、クラウドに大量の情報を載せて大丈夫か、という心配が常にある。
セキュリティについては「心配事を一つ一つ洗い出して言語化し、ブレークダウンしていくことが重要だ」と安田氏は語る。情報セキュリティの問題は、オンプレでも同じような懸念とリスクはある。現場では、オンプレとクラウドの違いをかみ砕いて理解・共有し、事前にトラブルの訓練や対応など一つひとつクリアしていったという。「このときに作ったセキュリティルールや実装機能はクラウドを活用するときの基準にもなったので、手間をかけて良かった」(安田氏)。
3つの壁を苦労しながら超え、現在では三菱UFJ銀行ではほとんどの行員がOCEANでデータを分析して意思決定や業務を行う方向にシフトしている。
施策推進について、安田氏は「クラウドは実際に使うことでメリットが見えてくる」という。例えば、オンプレの場合は余裕率やチューニングの問題、準備期間のハードルなどがあるが、クラウドは準備期間が短くチューニングや試行錯誤が容易で、トライアンドエラーで多くは改善が可能だ。
また、セルフサービス化も推進のポイントであるという。従来の全社的BIツールは「エンタープライズ型」で、どの部署がどの情報を参照してよいか細かく設定する必要があり、管理部署がボトルネックとなり利用部署に待ちが発生することもあった。一方、OCEANで導入したBIツールは自由度の高い「セルフサービス型」だ。「求められるスキルは高くなるが、利活用の推進でスキルもデータリテラシーも向上する」(安田氏)という。Tableauの研修を直接受けたユーザーが「伝道師」のようなかたちで広めるといった工夫も行った。
さらには、OCEANの活用で、簡単な開発は業務自ら行える「アジャイル開発」も推進。従来の「ウォーターフォール型開発」では業務とIT部門の分断があり時間もかかっていたが、短期間で満足度の高い成果物を作成できるサイクルを生み出し、エンドユーザーを巻き込むことでダッシュボードなどを短期間で構築できたとした。
また、今後については、銀行と安田氏が現在所属するカード会社であるニコスといったグループ連携を重点的に進めていく考えだ。MUFG中期経営計画においてもそれが明記されており、「データ基盤、AI基盤、BI基盤を強化していく」と安田氏と語った。
次に安田氏は三菱UFJニコスにおけるAI活用について話した。同社では2018年に機械学習プラットフォーム・DataRobotを導入した。
「2023年の生成AIブームの前からすでにいろいろな取り組みを進めていました」(安田氏)
DataRobotの活用例として、紹介したのがコールセンター。機械学習を利用して必要になるスタッフの数を予測しているという。
「ニコスにおけるAI活用で一番重要」と同氏が言うのが不正検知の分野だ。カードの不正利用は年々増えており、その被害額は業界全体で500億円を超えるレベルに達している。「これまでは人がルールを作成したり、取引のモニタリングを行ったりしていたが、増加する不正の数やパターンには限界があった。そこで、PKSHA TechnologyとAIスコアの開発に着手。AI学習エンジンを利用して判定した後、人が確認するという人とAIの組み合わせを導入した」(安田氏)
業界全体では不正被害額の増加が止まらない中、2023年にはニコスでは不正被害額を減少させた。
生成AI の活用については、横活動と縦活動で展開していった。「横活動は生産性向上のために皆が使えるところを、縦活動は特定の分野で成果を出すところ、この2つに分けて進めた」(安田氏)。横活動は翻訳、要約、文章生成、プログラミングなど、業務の中で活用を促す部分。注力したのはRAG(検索拡張生成)を活用した「インテリジェントシーク」という社内ナレッジ検索サービスで、大和総研と組んでリリース。「マニュアルも9割の回答精度で出せるものになった。コールセンターで活用するなど、大きな効果を見込んでいる」(安田氏)という。
縦活動としては、コールセンター受電の評価、コールセンターの音声のテキスト化、応対評価、定期定型帳票のデータなどに取り組んでいる。
これからについて安田氏は、AIエージェント化の重要性を語る。「私たちは今AIの活用を開始した“01”の段階にいる。“02”の段階として、当社は積極的にRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)拡張機能活用を進めており、700ぐらいのロボットが走り回っている。これを生成AIやOCRのような既存の技術と組み合わせることで、業務における利益実感が湧いてくるのではないか」
生成AIはAIエージェントRPAなどを自動制御することで、これまでとはまた異なる、AGI(汎用人工知能)、ASI(人工超知能)の世界が見えてくる。複数のデバイスを組み合わせていくことで、AIエージェント化への進化が期待される。
リスク管理と推進の両方を経てきた安田氏は、「対話によってどこに不安を感じているのか掘り下げていくことが、『守り』と『攻め』の双方にとって必要であると話した。
リスク管理サイドは正しく評価するために、まず自分たちが使ってみることが重要。開発セクションやユーザー以上に、新しいことへの興味を持つことが大切だとし、追い込まれないように先手を打っていくマインドも必要だという。推進サイドも、「『警察』のような見方でリスク管理サイドに接するのではなく、施策を一緒に進める「パートナー」として、推進の早い段階から協働して対話をしていくことが大事だ」と強調した。
「こんなことを考えているのですが、どうでしょうかといった、軽いタッチでの会話をしておくことが大事です」(安田氏)
不安の具体化は経営者にとっても重要であり、どのような業界でも忘れてはならないだろう。最後にマインド面で大切なことについて、「小さな成功を積み上げることが、データ利活用の推進には大事」と語った。
司会進行の吉村氏は「どの企業も経営サイドにデータ利活用を理解してもらうことは課題。お話にあった不正探知などの事例があれば、納得しやすいことも分かった。経営目線からの話はあまり聞く機会がなく、貴重なお話だった」と締めくくった。
この後、吉村氏の進行で参加者からの質問に答える質疑応答が行われた。データ利活用が収益性の改善に功を奏するか、不正検知のメカニズム、セキュリティ基準を踏まえたデータマネジメント、データガバナンスについてなど、興味深い質問に対して的確な回答がなされた
近年、AIやデータ活用がますます活発化しており、ビジネス環境の急速な変化にどれだけ迅速に対応できるかが大きな課題となっています。そのための鍵を握るのがデータマネジメントです。しかし、データマネジメントに関するナレッジやノウハウは、一般にあまり公開されておらず、たとえ情報があったとしても、業界特有の事情に即したものは入手しにくいのが現状です。そこで今回は、AIやデータ活用が特に盛んで事例も豊富な金融業界を対象に、全6回のシリーズセミナーを開催。金融業界のデータマネジメント最前線シリーズでは、業種や業界ごとにナレッジやノウハウを共有する場を設けることで、業界全体およびデータマネジメントのさらなる活性化に貢献したいと考えています。
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