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「久山町」が誕生したのは1956年のこと、以来町長は代々久山町の地元町民が務めてきた。しかし、西村氏はそうではない。生まれこそ久山町であるものの、父親は町外から転入してきた、町にとってはいわゆる「よそ者」だった。
西村氏は久山町で生まれ育ち、1992年に久山町役場に入庁した。2017年にはBBT大学大学院を修了し、MBAを取得。地方行政と経営を両方学んだ西村氏が選挙で勝利をおさめ、第6代久山町長になったのは2020年。投票率は63.7%で多くの若者たちにも支持された西村町長は、これまでの久山町が築いてきた価値を承継しつつも、選んでくれた人々の思いを大切にしなければ、という強い責任を感じたという。
西村氏:「久山町は約60年、『健康』を軸に『国土』『人間』『社会』を重視したまちづくりを行ってきました。例えば、2代目町長の小早川新(こばやかわあらた)氏は当時の田中角栄首相が提唱していた『日本列島改造論』に異議を唱えました。日本中の自治体が開発と人口増を推し進める中、全町域3,744ヘクタールを都市計画区域として定め、その中の約97%を市街化調整区域に指定し、無秩序な開発を抑制したのです」
ただの現状維持ではない。一方で充実した住民サービスを提供するために財源として、久山町都市計画マスタープランに基づいて幹線道路沿いには工場や商業施設などの建設を認め、日本で最初に米大型量販店「コストコ」の誘致にも成功。明確な都市計画によって「国土の健康」を守ってきた。
西村氏:「『社会の健康』を守るために学校・行政・地域が一体となって道徳教育を40年以上に渡って推進しています。『人間の健康』については、九州大学・行政・開業医が連携して60年以上に渡り積み上げられてきた健康診断のデータをもとに生活習慣病の原因を分析し、その知見を町民に還元する『ひさやま方式』を確立してきました。ひさやま方式は追跡調査と剖検データをもとにした独自の健康管理方式です。また、長期間におよぶ膨大な疫学情報のデータベースは、疫学研究における世界に類を見ない高い精度であり、貴重な医学上の資産として注目されています」
健康を軸にしたまちづくりが続けられてきた結果、人口一人当たりの所得は常に県内上位5位に入る。さらに各市町村が年を追うごとに軒並み高齢化率が上がっているのに対し、久山町は2016年をピークに下がり始めているのだ。
新国富指標とは、「現在を生きる我々、そして将来の世代が得るであろう福祉(ウェルビーイング)を生み出す、社会が保有する富の金銭的価値」のことだ。この観点は、長い時間をかけ、将来を見据えながらまちづくりを行ってきた久山町のスタンスとぴったりと合致する。
「九州大学都市研究センターと連携して、新国富指標を活用したまちづくりを始めたのは2017年のことです。同年、住民アンケートを実施して町が持っている富を評価し、それを次年度の一般会計予算に一部反映しました。それにより、町民が町のどの課題を解決したいと思っているのか、またその課題を解決するためにどのくらいのお金を支払う意思があるのか知ることができました」
新国富指標導入後の代表的な施策として「Qottaby」がある。これは見守り端末を持ち歩く子どもがいつ、どこにいるかを記録し、保護者に通知するサービスだ。事前のアンケートで町民が『地域の安心や安全を守るための防犯施設・設備』に関心をもっており、特に「登校・下校」が心配という回答が多数を占めていたためにサービスを導入した。さらに深掘りして、「このサービスを利用する場合、あなたの世帯は月にいくら支払ってもよいですか?」と尋ねたところ、実証試験の前では401円、事後は310円という結果が出た。そこで最終的に町が3割を助成し、利用者は月額369円支払うことで導入を決めたという。
「多くの自治体は住民の多数のニーズに対応してサービスの導入を決め、受益者が利用料を支払うことはないかもしれません。『Qottaby』も無料であれば、もっと利用者は増えるかもしれません。しかし、使用しない人も住民です。住民が必要に応じて自ら資本を提供しなければ、自治とは言えないのではないでしょうか。大切なのは、行政が何でもかんでもしてあげるのではなく、みんなで考え、みんなで実現する、行政と住民が役割分担をすることだと考えています」
新国富指標に基づく住民自治は、人口約9,000人の久山町だから可能なのかもしれない。さらに、久山町は8つの集落に分かれており、町長を含め行政と連携が取りやすいし、お互いのコミュニケーションもしやすく、一枚岩になることができる。規模感とつながりはセットなのだ。
「地域経済分析システム(RESAS)で可視化される『地域の稼ぐ力』ー福岡県久山町の『街のストックとフローをデザイン』とは」で触れたように久山町の地域経済の自立度を示す地域経済循環率は137.1%(2018年)であり、「稼ぐ力」が非常に高いのが特徴だ。この豊かな経済資本はどのように作り上げられてきたのだろうか。
西村氏:「全体的には、企業が生み出した利益を少ない住民に還元している構図だと思います。幹線道路沿いには、物流関連の会社や工場が立ち並んでおり、住民の絶対数に対して企業の利益が大きいのが功を奏していると言えるでしょう。また、会社員をしながら農業に従事している町民も多いため、稼ぎ口が広い分、町の『稼ぐ力』に繋がっているとも考えられます」
久山町の現状は経済的に成功しているともいえるが、町政の指針としては「今以上の稼ぎを望まない」という。
「もっと企業を誘致して税収を上げることはできるでしょう。ただ、これから大切なのは、久山町民が『ウェルビーイング』を実感できるように行政の側が『絵を描いて』、経済資本よりも自然資本や健康や教育などの人的資本に注力することです」
人的資本に対するアプローチとしては、久山町が主催の料理教室「Dining & Workshop」などが挙げられる。同教室は、町が健診事業を展開する久山町ヘルスC&Cセンター内に開設したひさやま健康ライブラリーで実施されており、食の観点から楽しく日々の健康について学ぶことができる。
また、教育を学校だけに任せるのではなく、外部から専門家を招いて、子どもたちが生きる力を育めるようなデザイン思考を取り入れた「ひさやまてらこや+」というプログラムも提供している。
さらに、中学生が自ら3年かけて、考え、アイディアを出し合って作り上げる「中学校図書館リニューアルプロジェクト」にも取り組んでいる。一般的には1年間でスピーディーに実施する方が受け入れられやすいとも考えられるが、より多くの中学生が関わることで、成功体験を味わってもらい、郷土愛や学校に対する関心を深めてほしいと思い、あえて手間をかけているという。
「多くの自治体で公園の遊具の撤去が相次いでいますが、久山町では起こりうるリスクをみんなで考えて、『みんなの楽しい公園』を作り上げる試みもあります。一緒に考えることで、社会と地域がつながりますし、公園づくりを通じて幅広い世代が集まれる『場』を創造するのが重要な目的の一つです」
2022年3月からは、「カーボンネガティブ&ネイチャーポジティブ」を宣言。単に森林面積や耕地面積を増やすことだけでなく、生産と消費、そして担い手育成や消費価値観を醸成するまでの一連の仕組みづくりに目を向けていく取り組みが評価されており、西部ガスや新出光不動産、嘉穂無線ホールディングスなどの企業とも提携し、『先導的グリーンインフラモデル』の構築を目指しているという。
「これから力を入れるべきなのは間違いなく農林業です。久山町で作った農産物や木材をブランド化して町外に出すことではなく、自分たちで作ったものは自分たちで消費し、域内で経済を循環させることを徹底することが必要だと考えています。住民が幸せを実感できるためにはどうすれば良いかを考え、長い時間と手間をかけてやってきた結果が久山町の高い地域経済循環率や『稼ぐ力』、人口減少の抑制につながっているのではないでしょうか」
最後に西村町長に久山町の未来について尋ねてみた。
「幸福なまちとは、世代関係なしにみんなが夢や希望を語れるまちです。夢や希望を語るためには健康や福祉、教育などの資本が一定レベルに達して、住民が実感していなければなりません。そんなまちで育った子どもたちは自信を持って世界に飛び出し、夢を実現するためにどんどんチャレンジしていけるはずです」
まちづくり地方創生が語られるとき、わたしたちは方法論ばかりに注目しがちだ。ブランディングやマーケティングの専門家やコンサルタントの提言に基づく「まちづくり」はとても洗練されているように見える。しかし、そのまちの歴史を知らず、そこに住んだことがなければ、10年後、50年後、100年後を見据えたまちづくりが本当にできるのだろうか?
久山町の「幸福なまちづくり」は、「何をするか」手っ取り早く答えを出そうとするのではなく、「だれが」「どのように」まちづくりをするか、プロセスにもっと時間をかけるべきことを教えてくれた気がした。
(編集:藤冨啓之・野島光太郎 PHOTO:小田賢治)
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