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消滅可能性都市から挑戦可能性都市へ 人との繋がりで連鎖する加賀市のDX

データのじかんでは、全国47都道府県の各地域のDXやテクノロジー活用のロールモデルや越境者を取材し発信しています。「Local DX Lab」は地域に根ざし、その土地ならではの「身の丈に合ったDX」のあり方を探るシリーズです。 その第6弾となる本稿では、「挑戦可能性都市」というスローガンを掲げ、先進技術とDXにより「スマートシティ加賀」を進めている加賀市スマートシティ課 庄田 秀人氏からお話を伺いました。

         

DXプロジェクトは「変化の時代を生き抜く」を目的に企業だけでなく、全国の自治体でも取り組まれています。加賀市では、マイナンバーの登録者数が全国でもトップクラスになるほど積極的にDXを推進し「スマートシティ構想」の下、AI活用からプログラミング教育、MaaSの展開等、先端技術を取り入れた未来思向の課題解決を行っています。加賀市で先進性の高い活動が行われるようになったきっかけは、2014年に金沢市以南の石川県内で唯一「消滅可能性都市」に指定されたことでした。このことで市全体が強い危機感を持ち、「消滅可能性都市から挑戦可能性都市へ」を掲げた活動が始まりました。

加賀市職員の庄田 秀人さんは、「ドローン」や遠隔操作ロボット「アバター」を活用したプロジェクトに最前線で取り組まれています。自治体におけるDXの現場で何が起きているのか、どのように展開されているのか、お話しを伺いました。

「消滅可能性都市」に指定された加賀市とは?
危機感から生まれた「スマートシティ加賀構想」

初夏の山中温泉のこおろぎ橋

加賀市は、石川県の南西部に位置し、山代温泉や山中温泉といった温泉地や豊かな自然、食文化に恵まれた地域です。観光客も多く、2024年には北陸新幹線の「加賀温泉駅」が開業予定として注目が高まっています。九谷焼や山中漆器の伝統工芸や歴史の残る街並みも魅力的です。しかし、その人口は年々減少し、2014年には「消滅可能性都市」に指定されました。「消滅可能性都市」とは、日本創生会議が発表した2040年までに消滅する可能性がある自治体のことです。人口減少や流出により「2010年から2040年にかけて、若年女性人口(20~39歳)が5割以下に減少する市町村が消滅可能性都市である」と定義されています。(引用:「地域消滅時代」を見据えた今後の国土交通戦略の在り方について、国土交通政策研究所)

このことに危機感を持った加賀市は「消滅可能性都市」から脱却するために先端技術を駆使した「スマートシティ加賀構想」を策定し、全国を牽引するほど積極的に展開されています。

出所:加賀市HP

非IT人材からDX担当へのトランスフォーメーション
加賀市スマートシティ課、庄田 秀人さんのDX

加賀市スマートシティ課 庄田 秀人氏

加賀市役所の庄田さんは、ドローンやアバターといった先端技術を活用しながら「加賀市民の生活向上」へ取り組んでいます。アバタープロジェクトだけで年間16件実行するなど積極的にDXの現場を指揮・推進されていますが、仕事でITに関わり始めたのはスマートシティ課へ配属された約4年前からといいます。それまでは人事や福祉、教育といった分野に従事されており、「どちらかというとデジタルは苦手」とされていました。デジタルに苦手意識はありながらも、DX担当となった当初から「課題へのアプローチがデジタルというだけで戸惑うことはなかった」そうです。市役所に勤務していると、それまでとは全く違う分野へ異動することは珍しくなく、異動をきっかけにその分野を知り、課題へのアプローチを考えることになります。庄田さんはスマートシティ課への配属を機に、課題解決の手段としてデジタル技術を知り、幅広い分野における「加賀市民の生活向上」へ挑戦することになりました。

窓口行政相談から始まった「遠隔操作ロボット・アバター」プロジェクト

出所:広報かが(2020年5月号

庄田さんが携わったDXプロジェクトの一つに「遠隔操作ロボット・アバター(以下、アバター)」プロジェクトがあります。顔の高さに画面がついたアバターを操作することで、遠隔地でもその場にいるようなコミュニケーションができます。オンライン会議システムと異なり、顔が映し出されるだけでなく、アバターを遠隔操作で自由に動かせることが特徴で、コミュニケーションの幅を広げ、現地でアバターと接する人も愛着や親しみが持てるといいます。

このアバターを最初に導入したのは、市役所の窓口業務でした。加賀市ではご高齢な方が多く、持病などで直接窓口に出向くことが困難な方、交通手段が限られており簡単に市役所まで行けない方もいらっしゃることから、「窓口まで行く」ことが1つのハードルとなっています。そこで、窓口に行かず、できるだけ簡単な操作で手続きできる方法を検討された結果、アバターを使った方法が採用されました。 また、市役所のメンバーとしては、アバターを窓口で活用する中で、この技術への理解を深め、更なる課題解決への展開を目指していたといいます。「学んでから実行するのではなく、実行しながら学ぶ」ことを重視されています。

出所:加賀市役所

コロナ禍で進化したアバタープロジェクト。入院患者の面会問題に貢献

市役所窓口の実証実験でアバターの使い方を把握した時期にコロナ禍へ突入、「対面コミュニケーション」が制限され、病院の面会にアバターを活用する話が浮上しました。病院はコロナ感染による重症化リスクの高い方が多く、感染リスクを低減させるために入院患者とご家族の面会を制限せざるを得ない状況でした。面会が制限されると、入院患者は病気の不安に加え、家族と会えない寂しさが加わり、精神的なストレスから治療に影響を及ぼすこともあります。この状況を打破しようと、アバターを活用した面会システムが実現しました。当初は面会のデジタル活用に懐疑的な意見もありましたが、患者の「会えないストレス」を解決するために「まずは、やってみよう」と市役所と病院が一体となり、導入検討が進められます。その結果、検討を開始して1ヶ月足らずで「アバターを使った非接触での面会」が実現することになります。コロナ禍における最初の緊急事態宣言が2020年4月初旬、それから病院と検討を開始したのが4月20日、現場実装が5月初旬のゴールデンウィーク明けという、異例のスピードで実現しています。

通常、DXプロジェクトでは、課題の抽出、解決策の検討、実証実験、導入と幾重にもよるプロセスを経て実現されることが多く、これほど短期間で実装されることは稀です。なぜ、スピーディーに実現できたか庄田さんに尋ねたところ、「窓口の実証実験でこの技術を把握した頃にコロナ禍が到来し、市役所のメンバーが技術を理解したタイミングだったこと、市長と病院の対話、以前から病院内のスタッフさんとの面識があった為、スムーズに進められた」といいます。”コロナ禍で一番困っているのは病院だろう”と仮説を立ててすぐに動けた点も良かったといいます。DXプロジェクトにおいて技術の理解や課題の把握、解決策の検討はもちろん重要ですが、それ以上にプロジェクトの関係者が一丸となり、仮説検証を行い、現場の課題解決に取り組むことが重要です。このように実現された非対面の面会システムは、会いたくても会えない状況下の面会を実現し、アバターを通して最後の時間を過ごせた方もいらっしゃる等、コロナ禍での病院生活の向上に貢献しています。

出所:遠隔操作コミュニケーションロボット・アバター/加賀市HP

教師の願いを叶えたリモート卒業式
「市民の想い」に向き合い、進化するアバタープロジェクト

出所:加賀市役所

「行政相談窓口のリモート対応」から「リモートお見舞い」に進化したアバタープロジェクトは、入院中の中学校教員から「教え子の卒業式に参加したい」との希望を受けて「リモート卒業式」へ更なる進化を遂げます。このプロジェクトは、入院中の中学校教員とアバターを活用している病院の医師との会話から発展します。中学校教員から「どうしても卒業式に参加したい」と相談された医師がその病院で活用していたアバターを使って卒業式にリモート参加することを思いつき、病院を通じてスマートシティ課へ提案します。その話を快諾した市役所から学校へ相談したところ、学校も合意し、学校・病院・市役所の3者が「アバターを活用したリモート卒業式」を企てることになりました。

アバターを卒業式に参加させ、入院中の教員と繋ぐことで、病室からリアルタイムで卒業式に参加できるようにします。生徒へのサプライズとして実行するため、教師が病室から参加することは事前に伝えず、ネタバレに配慮しながら事前準備は行われました。「生徒たちに気づかれないように大きなアバターを搬入し、リハーサルを行うことは大変でしたが、生徒のみなさんの思い出に残ればと準備しました」と庄田さんは語ります。そのような準備を経て実施されたリモート卒業式は、「会えない」と思っていた教師に会えた生徒たちに喜ばれたそうです。特にその教員にお世話になった生徒の父兄は、アバターを抱きしめて感謝の気持ちを伝えていたといいます。生徒たちはこの卒業式を通して、自分たちの「想いや課題」をデジタル技術で解決する体験を身近な大人の手で実現・体感されました。

市長のリーダーシップから生まれた「民間企業とのコラボレーション」

2018年4月に開設された加賀市イノベーションセンターにて撮影。後ろには3Dプリンター、レーザー加工機、電子ミシン等の「ものづくり」に適した機器のある「ものづくりルーム」や各種セミナーが開催できる「セミナールーム」などが併設されている。

加賀市がこれほど多様なプロジェクトに取り組める理由の1つとして、市長が率先して様々な企業と「DX推進パートナー連携協定」を締結していることが挙げられます。例えば、アバタープロジェクトは、「まちの課題」をよく知る加賀市職員と「アバター技術を熟知したANA職員」の2者のコラボレーションで実現しています。DXプロジェクトや先端技術の活用に際して、実現の壁となるのがユーザー・ベンダー間の「理解の壁」です。現場の課題に精通したユーザーと技術に詳しいベンダーが課題解決に向けて一体になるためには、双方の理解と共通のゴール設定が必要です。多くの場合、ユーザーは「課題はわかるけれど、解決策や技術がわからない」状態で、ベンダーは「技術はあるけれど、現場の課題がわからない」状態です。加賀市はこれを打破するため、市長が率先して、先端技術に精通した企業とパートナー連携協定を結び、ユーザー・ベンダーが一体となったチームとして、課題に取り組める体制を築いています。その結果、約30社と協力関係を築き、加賀の未来に向けたソリューションプロジェクトを推進しているのです。

庄田さんは、新しい部署に異動する際、「周りがフォローしてくれるし、上層部も指導してくれるのがわかっているので、経験のない部署に行くことへの恐怖はない」とおっしゃっていましたが、困った時に相談できる体制が既にあることで、安心してDXを推進できる体制が築かれているようです。

全国のDX担当者へひとこと

昨今、DX担当を拝命して戸惑う方も多いといいますが、そのような方に声を掛けるならどのような言葉を掛けるかお尋ねしたところ、「まずは精一杯やり切ることが大事。前例のないことをしていると、不安になることがあります。それでも足を止めずに続けることで視点が変わり、突破口が見えることもあるし、風向きが変わり、協力者が表れることもあります。DXに限ったことではありませんが、まずはやり切ってみようとお伝えしたいです」とおっしゃっていました。また、「加賀市は消滅可能性都市から挑戦可能性都市を目指しているため、市長も自分自身も“挑戦”を大事にしています。“挑戦”だとハードルが高く感じる場合は、“冒険”と捉えて、子供のころ冒険したようにわくわくしながら取り組む中で学び、変化することを意識しています。多くの人が冒険や挑戦をして学びながら変化していく世の中になればいいなと思っています」と語られます。

まとめ

「「“最も強い者、賢い者が生き延びるのではなく、唯一生き残るのは変化できるものだ“というチャールズ・ダーウィンの言葉どおり、変化が激しい時代では変わり続けることがより一層重要です」と語る庄田さん自身も、働きながら大学院で学び、自らをアップデートして「市民生活の向上」「挑戦可能性都市の実現」へ挑んでいます。挑戦を続ける庄田さんや市役所の方々が実装するプロジェクトを見て育った子どもたちは「挑戦」や「デジタル活用」を身近に感じ、更なる展開を作り出すことでしょう。

また、加賀市の行う「未来起点」のDXは、実現したい未来が共有されているからこそ、多くのプロジェクトが生まれています。共通の未来を見据えた「挑戦の連鎖」が文化になったときに「挑戦可能性都市」は実現するのかもしれません。加賀市の更なる進化を引き続き応援したいと思います。

庄田 秀人(しょうだ・ひでと)氏
加賀市スマートシティ課 

1978年石川県加賀市生まれ。2018年からスマートシティ課にてドローンやアバターを活用したDXプロジェクトに従事している。2021年はシティプロモーション課にてVRを活用した観光プロジェクトを推進し、2022年4月より、スマートシティ課にて再びドローン等のプロジェクトを指揮している。2017年以前は、教育や福祉に携わり、市職員の中でも多くの領域に携わっている。2020年、コロナ禍に突入した初期も世の中の変化にデジタルで対応するために奔走された。2022年3月、完全リモートで放送大学を修了し、修士号を取得。


 
聞き手:古荘由香(ふるしょう・ゆか)
福岡市在住。鉄鋼企業でRFIDを使ったソリューションの営業・広報・マーケティング、DX企画を行いながら、2021年に事業構想大学院大学を修了。コロナ禍における地方×DXの取材で石川県加賀市にてドローンの実証実験を見学(ファンになる)。現在、セキュリティ・AIカメラメーカーで営業・マーケティングの立ち上げ、強化を行ないながら、社外で「地方から全国へ」「挑戦者の応援」をテーマにライター、事業企画、事業構想中。

 

 

(取材・TEXT:古荘由香 Photo:北山浩士 企画・編集:野島光太郎)

 

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「データのじかん」がお届けする特集「Local DX Lab」は全国47都道府県のそれぞれの地域のロールモデルや越境者のお取り組みを取材・発信を行う「47都道府県47色のDXの在り方」を訪ねる継続的なプロジェクトです。

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