古式ゆかしい城下町が残る島根県松江市に本店を構える島根銀行。大正4(1915)年に松江相互貯金株式会社の名称で創業して以来、「地域社会の発展に貢献し、信頼され、愛される銀行となる」を経営理念に掲げ、顧客との対話を重視するフェイス・トゥ・フェイスの精神のもと、地域密着型の金融機関として発展を続けてきた。
そんな同行ではあるが、近年注目を集めるのが、2019年9月に交わしたSBIホールディングスとの資本業務提携を機に、力を入れる抜本的な経営改革だ。有価証券運用のSBIグループへの全面委託や、住宅ローン相談店舗「SBIマネープラザ」の共同運営など、その取り組みは多岐にわたる。
経営改革と並行し、先駆的なDX事業も耳目を集める。ビッグデータや人工知能(AI)を活用したデジタルシフトのほか、海外ITスタートアップと連携したAPIシステム構築など、枚挙にいとまがない。
特に、融資先である中小企業の経営課題を解決する本業支援は、DX事業という形で飛躍を遂げた。2021年4月、頭取直下に企業支援室を設置し、デジタルマーケティングやコスト削減、事業承継といった各分野に応じてSaaSや取引先を紹介する支援メニューを設けたのである。
その支援メニューの多くが、SBIと連携したビジネスマッチングサービスだ。これまでの地方銀行では展開できなかったサービスばかりであり、同行の有効な融資獲得策となっている。
とはいえ、歴史のある多くの地方銀行にとって、DXを含めた、異業種連携での事業推進は容易ではない。自主独往を経営指針に据え、長年、独立経営路線を貫いてきた島根銀行であれば、なおさらだ。何が変革へと駆り立てたのか。森脇さんは、その経緯を語り始めた。
「我々が唯一誇れていたのが、創業から100数年間、合併せずに経営してきたことでした。一方で、外部のコンサルティングをほとんど受けることなく、自主独往でやってきたため、一種の鎖国状態に陥っていました。井の中の蛙でもありました」
「そうした中、地域経済の停滞とマイナス金利による利ざやの縮小といった厳しい事業環境の影響を受けて、経営が落ちるところまで落ちた結果、尻に火がついた感じですね。SBIとの提携をきっかけに、顧客第一とする経営理念は変えずに、経営の反転を図ろうと考えたのです」
実際、過去の経営情報説明資料などによると、島根銀行は近年、厳しい事業状況に置かれていたとされる。本業のもうけを示すコア業務純益は、2015年度から4期連続で赤字が続いていたほか、最大赤字額は2018年度で5億円におよんだ。
「業績が悪化していた時は、マイナス金利によって融資の量があっても稼げないといった状態でした。このため、新規投資やデジタル化に取り組む余力もない。人件費抑制や賞与カットなどで、何とか経営を維持していくしか術がありませんでした。そうした経営悪化により、行員の離職のほか、法人や個人を問わず、顧客の利用離れも進み、悪循環の一途をたどっていたのです」
しかし、SBIグループとの提携を機に、約640億円に上る有価証券の運用をSBIに全面委託したり、SBIマネープラザとの共同店舗運営を進めたりしたことで、島根銀行の収益力は大幅に改善した。
コア業務純益は2019年度、5期ぶりに黒字を達成してV字回復を果たしたほか、2020年度にはコア業務純益の黒字額が8億8700万円になった。「さまざまな業種と連携した方が、相乗効果が生まれるのではないか」という島根銀行の目論見が見事当たったのである。
「我々は今まで東京圏との接点が少なく、情報も限られていました。しかし、SBIとの提携により、ノウハウを含めて視野が大きな広がりを見せ、過去にできなかったことができるようになりました。行員一人一人のモチベーションも大幅に向上し、業績も同時についてきた格好です」
SBIとの提携がもたらしたのは、業績改善だけではなかった。提携と同時に企業内価値観のパラダイムシフト(大変革)が起こり、前例踏襲主義からの脱却が図られるようになったという。多くの行員が、自社の利益だけではなく、地域全体や顧客のために真剣に考えるなど、マインドが大きく変わった。
「こうした価値観のパラダイムシフトは、SBIの業務姿勢から大いに刺激を受けたということが大きいです。SBIは、我々以上に島根銀行をどうすれば良いのか真剣に考え、土日を含めて親身に対応してくれました。こうした業務姿勢を目の当たりにし、窮地に立たされている我々がのほほんとして良いかと感じたわけです」
「我々は、そうした業務姿勢を行員に共有するなどし、SBIのマインドやスピード感を自社に取り入れています。たとえば、仕事や顧客への向き合い方のほか、1円単位で収益を取りに行く姿勢は非常に参考になり、得るものが多いと捉えています。現在も、SBIに一歩でも二歩でも近づけるよう、引き続き動いているところです」
SBIの業務姿勢を吸収した行員の行動は具体的にどう変わったのか。森脇さんは、受け身の姿勢から自主自律の姿勢への転換だと指摘する。
「これまでの中期経営計画は、『お客さまのために考動するしまぎん』がキャッチフレーズでした。しかし、実際は、指示待ちのような行員が大半でした。ほとんどの行員は、本部がつくった目標が支店に下りたあと、その目標に沿って動いていました。前例踏襲主義が行内に広まっており、行動しようにも動けない(動いちゃいけないと思った)行員が多かったのが実情だったのです」
「それではいけないだろうといったところで、SBIとの提携を機に、本部と営業店で幾度も対話を重ね、3年前の銀行内部とは全く違う状況になったと考えています」
資本業務提携は、提携した片方の企業が、単独で早期の獲得が難しい技術資源や人材資源を自社に取り入れる側面が強い。助力を求めた先の企業側が経営支配権を持たない程度で株式を取得するため、経営統合や合併よりも、提携した両社の結びつきが弱いのが実情だ。
それでも、両社が資本業務提携で生じる文化的課題を受け入れ、Adaptive Challenges(適応課題)を解消するのは容易ではない。
「提携前に、行内からネガティブな声があったのは事実です。理想を掲げても本当に実現するのか、と。さらに、提携直後は、SBIは基本的に店舗を持たないため、行内から処遇として窓口がなくなったり、早期退職を求められたりするのではないかといった反発もありました。店舗がいろいろと閉鎖されるイメージを持った人も少なからずいたのではないかと思います」
「そこで、我々は、資本業務提携にそうした意図はなく、シナジー効果の追求であることを行員に説明し、理解を促しました」
「しかし、掛け声をかけても変わらない支店長や、支店長の下についている部下はいました。すぐに変われない行員(人)がいることは重々承知していため、ビジネスカジュアルを導入して制服を廃止したり、肩書きの呼称を無くしたりするなど、形式的な部分からも変革に取り組みました。この結果、私は久しく部長と呼ばれていません。下の名前にちなみ、『まこさん』とも呼ばれていますね」
SBIの参入によって生まれた社内の障壁を取り除くなかで、推し進めたのが、DXだった。取り組むDXの対象は勘定系システムから、顧客対応に関わるフロントシステムまで幅広い。
こうしたDX事業は、すでに一定の形になりつつある。2021年10月には、基幹行員が国内最大の金融ITフェア「FIT2021」に登壇し、データロボットと取り組むAIの全社展開について発表。2022年に入ってからは、飲食業のDX化支援を目的としたEPARKテイクアウトとの業務提携や、吉本興業ホールディングスとの包括業務提携など、矢継ぎ早に新規事業をリリースしている。
「事業への取り組みのスピード感は大幅に上がっていますね。提携前は、事業内容を100%固めたあと、リスク事項をQ&Aに落とし込むなど、事業展開に対して非常に慎重でした。それだけではなく、各種会議体にはかると、てにおは的な指摘があり、やり直しというケースも多々あったのです。しかし、SBIとの提携以降は、トライ&エラーの精神を重視し、よほどことがない限り失敗を許容するほか、フォローできる体制であれば、失敗は問題ないというスタンスに変わりました」
「また、中期経営計画の在り方も変わりました。これまでは、本部のある部署で一方的に策定し、行員は他人事のような位置付けとなっておりましたが、今は、あるべき姿を求めて、ボトムアップ形で策定し、本気で取り組んでいる感じですね。経営計画の内実が建前ではなく、本気で目指している状況は本当に良いと思います」
なぜスピード感を持ってDXを含むさまざまな事業に高いレベルで取り組めているのか。東京事務所所長の存在によって、SBIと綿密な情報連携で繋がっていることが主要因だという。
「島根銀行の東京事務所の所長に、SBIの支援業務を取りまとめて本社に話をつなぐ高瀬博隆という者がいます。種々の事業は、高瀬とともに二人三脚で進めてきました。東京事務所にSBIの支援事業に携わる人がいなければ、ここまでのスピード感は出なかったと思っています」
SBI未来共創プロジェクト推進室は現在、4人体制。森脇さんと東京事務所所長の高瀬さん、さらに次長の大瀧英之さん、SBIの有価証券部門に出向している小川隆浩さんだ。この4人で複数の事業開発に取り組むなか、最も手応えを感じているのが、2021年4月より本格稼働した融資先の本業支援事業だという。
「顧客の本業支援を担う企業支援室を頭取直下に新たに設置したことで、顧客の販路拡大やコスト削減を図る体制を構築できるようになりました。もちろん、本業支援には、デジタル化支援も含まれます」
「こうした本業支援の体制が構築できたことで、顧客から本当の意味で感謝されながら、融資や預金につながるケースが増えてきました。これは、顧客から『借りてあげた』といったスタンスを取られていたり、融資を提供しても営業部員の頭が上がらなかったりした以前とは、大きく異なります。こうした変化は、本業で、補助金の申請を含めて、さまざまな支援の機会が増えた結果だと捉えています」
「本業支援事業により、お客様から感謝される質が変わってきたと思います。以前は、融資を受けた企業からかけられる感謝は、形式的な感じでした。しかし、今は、融資に際し、事業展開を含めた本質的な対応ができつつあるため、顧客から心からの感謝をされるようになったと考えています」
島根銀行は今後、フェイス・トゥー・フェイスを軸に、地域密着型金融の強化を図りつつ、デジタルシフト(DX)への舵取りに継続的に取り組む考えだ。2022年9月には、インターネット上の支店「しまぎんスマホ支店」(仮称)の開設を計画している。
「SBIの知見が社内に入ったことで、現在、デジタル化の結果が一つ一つ積み上がっている段階です。そうした中、店舗を持たないスマホ支店がリリースできることは、新たなフェーズに入ったのかなと思います。数年後には、勘定系や業務系のシステムの刷新を予定しており、そうしたシステム導入によって、さまざまな課題を払拭できるのではないかと考えています」
こうしたDX事業の先に見据えるのが、顧客満足度や収益の向上を軸に据えたDXの実現だ。
「DXは、顧客満足度向上のためのデジタル化だと心がける必要があると思います。デジタル施策の実行が目的になると、形式的に施策を実行し、その結果何も残らなかったというのでは、意味がないと考えます。我々は、業務上の手間をなくすことで、営業時間を創出できたり、顧客との会話を確保できたりといったように、DXを目的成就の手段にしていきたいと考えています」
1972年、島根県平田町(現島根県出雲市)生まれ。神奈川大学を卒業後、1995年に島根銀行に入行した。主に経営管理を担う総合企画グループでキャリアを重ね、同グループの副長や次長を経て、2020年4月に現職に就いた。SBIホールディングスと連携しながら、DXのみならず、自社のコスト削減や融資先の本業支援といった複数事業の推進に取り組んでいる。
(取材・TEXT・PHOTO:小村海 企画・編集:野島光太郎)
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