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【シリーズ 孤独と孤立をデータで探る①】「孤独・孤立対策促進法」施行から1年。日本人は本当に「孤独・孤立」なのか?

コロナ禍は社会に計り知れない打撃を与えました。社会を分断し、人と人のつながりを希薄にし、孤独を感じる人が増加したといわれています。しかし、コロナが収束してしばらく経った今でもその状況は大きく変化していないように思われます。それはなぜなのでしょうか?

このシリーズでは、日本社会に蔓延している孤独感の正体に迫り、孤独・孤立をめぐるさまざまな取り組みや視点について取り上げます。

シリーズ第1回は、孤独・孤立をめぐる日本社会の実態です。コロナ禍の「3密回避」や「不要不急の外出禁止」によって人々が孤立したのは確かです。しかし、時々思うのは、もしコロナがなければ日本社会を覆っている「孤立・孤独」は今とは違っていたのか、ということです。もし、そうでないとすれば、コロナ禍の有無に関わりなく、今を生きる私たちにとって孤独・孤立は不可避なのでしょうか?

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「孤立・孤独」は「有害」か?

2024年4月1日に「孤独・孤立対策促進法」が施行されました。日本政府が「孤独・孤立」の問題に本格的に取り組み始めたのは2021年2月の孤独・孤立対策担当大臣を指名し、同大臣が司令塔となり内閣官房に孤独・孤立対策担当室が立ち上がった時からです。孤立問題担当大臣が誕生したのは、2018年のイギリスに続き、世界で2番目でした。

これを皮切りに政府は「孤立・孤独対策」と「孤立」と「孤独」を並べて表記しています。この用語について、孤独・孤立対策推進法は以下のように定義しています。

第一条 …社会の変化により個人と社会及び他者との関わりが希薄になる中で、日常生活若しくは社会生活において孤独を覚えることにより、又は社会から孤立していることにより心身に有害な影響を受けている状態(以下「孤独・孤立の状態」という)…

このように「孤独・孤立」を並べて表記している理由について、国会答弁では以下のように説明されました。

一般に、孤独は主観的概念であり、独りぼっちと感じる精神的な状態を指し、寂しいことという感情を含めて用いられることがございます。他方、孤立は客観的概念であり、社会とのつながりや助けのない又は少ない状態を指すものと考えております。
ただし、孤独、孤立に関して、当事者や家族等が置かれる具体的な状況は多岐にわたり、孤独、孤立の感じ方や捉え方も人によって多様であると考えております。このため、孤独、孤立を一律の定義の下で所与の枠内で取り組むのではなく、孤独、孤立双方を一体として捉え、当事者や家族等の状況により、多様なアプローチにより対応することとしております。

政府の「孤立・孤独対策」においては「孤立・孤独」は一緒くたにされて、「心身に有害な影響を受けている状態」とネガティブな文脈で捉えられています。

「孤独」は幸福度を下げる?

しかし、ハンナ・アーレントによれば、人は孤独(solitude)の中でこそ、自分自身と対話をし、ものを考えることができるのに対し、寂しさ(loneliness)を感じるときには誰か一緒にいてくれる人を探してしまうといいます。そして、近代社会は都市生活の中で人をlonelinessの中に追いやり、solitudeの中で自分自身と向き合う時間を奪う、あるいは向き合うことが苦手な人間をつくってきたとアーレントは考えます。

つまり、彼女によれば、孤独は決して「有害」なものではなく、それどころか人が思索するために必要だとすら述べているのです。

他方、慶応義塾大学 ウェルビーイングリサーチセンター長の前野隆司氏によると、「孤独(lonliness)」は幸福度を下げますが、「孤立(solitude)」は幸福度を下げないとし、「孤立」とは「何かに没頭している状態」と定義します。その上で「日本人は孤独ではなく、孤立に向かえば力を発揮する」と言います。前野氏は孤独をネガティブに、孤立をポジティブに捉えていることが分かります。

このように、「孤立」や「孤独」の定義は錯綜しています。孤立が客観的な状態であり、孤独が主観的概念であることは共通していると思われますが、より重要なことは主観的、客観的かを問わず、その状態(孤立)や感情(孤独感、寂しさ)を私たちが主体的かつ肯定的に捉えているのか、という点であるように思われます。

若者であれ、高齢者であれ、自分が望まないにもかかわらず孤立した状態に追いやられ、孤独感を感じているにもかかわらず、誰とも一緒にいられない状況にあるのなら、それに対して対策を講じ、改善するべきでしょう。

しかし、前野氏がいうように、自ら孤立という状態を選んで何かに没頭したり、ハンナ・アーレントがいうように孤独の中で自分と対話している人に対して、「孤立している、孤独感を感じている」「可哀そうな人だ」とレッテルを貼り、無理な介入やいらぬおせっかいをすべきではないのです。

この点、孤独・孤立対策推進法の基本理念の中にも「当事者等に対しては、その意向に沿って当事者等が社会及び他者との関わりを持つことにより孤独・孤立の状態から脱却して日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるようになることを目標として、必要な支援が行われること」とあり、個人の領域に対する公的な関与は謙抑的でなければならないことを前提にしています。

「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査」から見えるのは?

上記のように「孤独・孤立」の定義や概念が錯綜していることを前提にして、内閣府が令和3年から3年連続で実施している「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査」を眺めると、見えてくるものがあります。

同調査では、孤独という主観的な感情をより的確に把握するために2つの設問を採用しました。

【1】直接質問「あなたはどの程度、孤独であると感じることがありますか。」

1 決してない
2 ほとんどない
3 たまにある
4 時々ある
5 しばしばある・常にある

結果は以下の通りでした。

【2】間接質問

以下、①~③の質問について、合計スコアで孤独感を評価

①あなたは、自分には人とのつきあいがないと感じることがありますか。
②あなたは、自分は取り残されていると感じることがありますか。
③あなたは、自分は他の人たちから孤立していると感じることがありますか。

1 決してない
2 ほとんどない
3 時々ある
4 常にある

結果は以下の通りでした。

WHOが新型コロナに対する緊急事態宣言終了を発表し、日本でも新型コロナが感染症法上「5類」に移行したのが令和5年5月でしたが、令和3年、4年と比較してどちらの質問に対しても「孤独感がある」人の割合は大きく変化していないことが分かります。令和6年にその割合がどう変化しているのかは分かりませんが、孤独の原因は「3密回避」や「不要不急外出の禁止」といった感染対策やコロナゆえの外的要因だけでなかったことが見て取れます。

特に間接質問では「孤独」をよりネガティブなものとイメージできるように設問が作られていますが、令和5年でも全体の47%が「望まない」孤独を「常に」あるいは「時々」感じている点は注目に値します。

コロナ後も蔓延する「孤独・孤立」という「病」

日本社会のあらゆる年齢層に「孤独・孤立」という「病」が蔓延していることを示すデータとして若年層の自殺者の増加が挙げられます。かつて年間自殺者が年間3万人を超え、日本が「自殺大国」といわれた時代、働き盛りの中高年層の男性の自殺が目立ちました。

しかし、2024年の1年間に自殺した人は全体で2万268人にまで減少し、過去最少の水準になったのをご存じだったでしょうか?しかし、一方でそのうち児童・生徒の自殺は527人にのぼり、過去最多だったのです。

南山大学社会倫理研究所の森山花鈴准教授は「子どもにとっては学校や家庭以外に自分の存在を保つ居場所があるということが大切で、弱いつながりであっても、たくさんのつながりがあることがセーフティーネットになりうる」と述べています。高齢者、子どもたちを含め、いざというときにはつながることを「選べる」仕組みづくりが地域社会に欠かせないように思われます。

まとめ

「孤独」「孤立」の定義が錯綜する中、私たちが目指すべきなのは、社会的な「孤立」を回避すると同時に、主体的な「孤独」を選び取ることです。しかし、そのためのアプローチは主体の社会的属性や年齢、立場、背景などによって異なるでしょう。次回以降では、培いたい視点や社会的つながりを生み出すための具体的取り組みについて検証します。

著者・図版:河合良成
2008年より中国に渡航、10年にわたり大学などで教鞭を取り、中国文化や市況への造詣が深い。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。現在は福岡在住、主に翻訳者、ライターとして活動中。

(TEXT:河合良成 編集:藤冨啓之)

 

参照元

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