ミスミグループの現在の社員数はグローバルで約1万2000人、年商は4000億円に迫る。同社の一番の強みは、3000万点を超える商品のラインアップにある。ミスミは、この膨大な点数の商品をカタログ化して顧客に配布、製造業において機械部品のカタログ販売を始めたパイオニアだ。この革新的な試みが、現在の同社の地位につながったと吉田氏は振り返る。
「それまでは、例えば部品を1つ注文しようと思っても、その都度、図面を描いて複数のメーカーにFAXを送信して見積もりをとる必要がありました。当然、部品が手元に届くまで一定の日数を要します。ところが当社のカタログは、部品の仕様はもちろん価格も納期も全て明記されています。精密機械部品を標準化してカタログに掲載することで、部品調達における非効率を劇的に解消したのです」
カタログは、部位ごとに寸法や材質などを選択できるようになっており、その組み合わせによって、任意の部品を発注できるようになっている。組み合わせ数は、800垓(がい=1兆の1億倍)にも上るという。
「ミスミのカタログがないと工場が動かないと、多くの顧客が評価してくれています。そのたびに、私たちは製造業のインフラを担っているのだと、社会的な責任を感じます」
これまでミスミでは、一貫して「2つの革新」を重視してきた。これは「顧客側の革新」と「生産側の革新」であり、カタログは前者に当たると吉田氏は話す。では、後者はどのような施策がそれに当たるのだろうか。
「生産側の革新は、標準化です。仕様をカタログに明記した結果、商品の品ぞろえをある程度まで標準化された規格でつくっておけるようになりました。それを私たちは、『半製品(途中まで加工済みの商品)』と呼んでいますが、半製品をあらかじめ大量生産してストックしておき、お客様から注文があったら、指定された仕上げに加工する。この結果、『安く』『早く』というニーズを同時に満たすことができました」
「当社の強みは、『確実な短納期』を実現することです。これは、受注生産品でさえ標準2日目に出荷する生産能力によって支えられています。大規模な工場で『半製品』と呼ばれる部品の半完成品を大量生産し、消費地でお客さまのオーダーに応じて最終仕上げを行います。このアプローチによって、低コストと確実な短納期を現実のものとしています。これこそがミスミの革新であり、時間を最も重要な要素と捉える『時間戦略』の核心なのです」
業界に先駆けてさまざまな革新に取り組んできたミスミが、今大きな力を注いでいるのが、製造業における「顧客時間価値の最大化」というテーマだ。この背景には、日本の製造業が抱える重要な経営課題があると、吉田氏は指摘する。
「日本の製造業はGDPの2割を占める基幹産業であり、世界シェア6割以上を占める製品を220品目も持っている極めて強い国際競争力を持った産業です。ただ、労働生産性の面では下がり続けています。かつては世界トップだったものが、現在はOECD加盟国で中盤辺りの位置にいます。この原因が、『人手不足』と『時間不足』です」
人手不足の原因は、言うまでもなく少子高齢化による生産年齢人口の減少だ。一方の時間不足は、働き方改革関連法案による労働時間の見直しの影響が大きい。もともと日本の製造業は中小企業に支えられてきたが、こうした規模の企業にとって、人手不足や労働時間の制限は生産性に直結する。これを踏まえて吉田氏は、「製造業の戦い方が転換点に来ている」と語り、ミスミが中小規模を中心とした製造業の顧客に対して「時間を創出し、新たな技術開発やビジネス創造の余力を生み出す」ことを喫緊の課題と捉えている。
「こうした課題感から開発したのが、機械部品調達のためのAIプラットフォーム『meviy(メビー)』です。これは『即時見積もり』『最短1日出荷』など、従来の部品調達では不可能だった効率化をデジタルによって実現した、画期的なプラットフォームです」
meviyの最大の特徴でありメリットは、デジタルならではのスピード感だ。顧客がつくりたい機械部品の設計データをmeviyにアップロードすると、AIが自動で形状を認識。加工工程や加工に必要な時間の予測などを瞬時に行い、その場で価格と納期を顧客に回答してくれる。
これまではFAXで送った紙の図面をもとに、熟練の職人が経験と勘をもとに行っていた見積り作成までの一連のプロセスを、AIが一瞬で完了させる。発注者は、今まで数日を要していた見積り取得までの作業が、わずか数クリックで完了する。
「デジタル化の恩恵は、生産側にもあります。従来の紙の図面だと、熟練の加工者がその都度工作機械を動かすプログラムをつくる工数が必要でした。しかしmeviyは、設計データがアップロードされると同時に、加工プログラムが自動生成される仕組みになっています。顧客が注文ボタンを押すと同時に、工作機械が加工を開始するのです。これが私たちの実現した、『即時見積もり・最短1日出荷』という『時間価値』です」
meviyが顧客にもたらす時間価値は、いったいどれほどなのか。例えば、部品点数1500点の設備の部品調達をする場合、従来のプロセスでは、二次元図面の作図から見積もり作成、そして実際の製造から納品まで合計で約1000時間(営業日換算で125日間)かかる。ところがこの作業をmeviyに移すと、合計約80時間(営業日換算で約10日間)で完了できるようになるという。
「トータルで従来の92%の時間短縮が実現します。言い換えれば、顧客は920時間もの『使える時間』が創出できる。今までは図面を描いたりFAXを送ったりという作業に費やしていたその膨大な時間を活用して、人間にしかできない付加価値の高い、創造的な仕事をすることができ、それは日本の製造業の未来につながる時間になります」
単純な効率化にとどまらない、「時間創出」という価値は、産業界から高い評価を受けている。2019年のサービス本格開始以来、オンライン機械部品調達サービスで3年連続シェアNo.1の地位を確立している*。活用する業界は、自動車、電機、電子、教育、科学、医療など多岐にわたり、ユーザー数はグローバルで12万を超えたという。
*テクノ・システム・リサーチ調べ(2022年)
「アップロードをされた設計データ数は、1500万点を超えました。大手企業から中小・ベンチャーまで、さまざまな規模の製造業の皆さんに活用いただいていると、改めて実感しています」
また2023年には、経済産業省による「第9回ものづくり日本大賞」で、デジタルサービスとしては初めて「内閣総理大臣賞」を受賞した。
meviyの誕生に当たっては、「生みの苦しみ」もあったと吉田氏は振り返る。新たなデジタルのサービスとして、まずはmeviyの存在を顧客に知ってもらう必要があった。そこで、営業組織を立ち上げてアプローチを行ったものの、思うようにいかなかった。試行錯誤を繰り返すうちに、自分たちの営業に潜むさまざまな「ムリ・ムラ・ムダ」に気づかされたと吉田氏は明かす。
「顧客のステータス(デジタル活用の状況など)は千差万別です。企業規模の大小もあり、生産するボリュームや頻度も異なります。各々の顧客の状態に合わせて、最適な情報をお届けすることが顧客にとっての価値になると気づいてから、いろいろなことがうまく回るようになりました」
meviyは、最近は顧客の部品調達という本来の用途以外にも、新しい技術開発のためのオープンイノベーション活動や、人材教育・育成などの面から、引き合いが来ていると吉田氏は語る。
「meviyのヘビーユーザーでもあるトヨタ自動車様や、工作機械大手のヤマザキマザック様と共同開発した新サービスをmeviyの新機能として搭載するといった、オープンイノベーションにも積極的に取り組んでいます。また、顧客から『meviyは若手の育成にもなる』という声が寄せられています。こうした意見も取り入れながら展開していきたいと思っています」
例えば、板金加工で鉄を曲げる加工の場合、曲げた箇所の近くにも力が及んで変形が生じる場合があるのは常識だ。ところが経験の少ない設計者では、その「常識」を知らずに3D設計だけで図面データをつくり、加工業者から「これは加工できない」と言われてしまうことも珍しくないという。meviyでは、そういう設計データをアップロードした瞬間に、AIが加工できないと判断して、その指摘や生産要件も含めたリコメンデーションを提示するようになっている。経験の少ない設計者にとっては、それが学びにつながるという。
「meviyのヘビーユーザーでもあるトヨタ自動車様や、工作機械大手のヤマザキマザック様と共同開発した新サービスをmeviyの新機能として搭載するといった、オープンイノベーションにも積極的に取り組んでいます。また、顧客から『meviyは若手の育成にもなる』という声が寄せられています。こうした意見も取り入れながら展開していきたいと思っています」
例えば、板金加工で鉄を曲げる加工の場合、曲げた箇所の近くにも力が及んで変形が生じる場合があるのは常識だ。ところが経験の少ない設計者では、その「常識」を知らずに3D設計だけで図面データをつくり、加工業者から「これは加工できない」と言われてしまうことも珍しくないという。meviyでは、そういう設計データをアップロードした瞬間に、AIが加工できないと判断して、その指摘や生産要件も含めたリコメンデーションを提示するようになっている。経験の少ない設計者にとっては、それが学びにつながるという。
ミスミの今後の展望について吉田氏は、「労働生産性改革を世界レベルで推進していくこと」と語る。meviyはもとより、創業以来同社のサービスは、VOC(顧客の声)をひたすら集め、その要望を実現するべくさまざまなサービスの開発・実装を行うことの繰り返しだったと同氏は話す。
「VOCをもとに、愚直にサービスを進化させていくことは、当社にとって永遠に続いていくテーマだと思っています。そして、その成果を、国内だけでなく世界に届けていく。2021年からmeviyのグローバル展開も本格化して、2022年までにヨーロッパ、米国、そして2023年中には中国、アジアにも拡大して、今後はグローバル5極によるサービス展開を急ピッチで進めていく予定です」
その布石として、2022年10月にはmeviyの開発専門の子会社「DTダイナミクス」を設立した。BtoBプラットフォームにおける「日本発、グローバルNo.1」を目指すと意欲を語る吉田氏。世界を舞台に、さらなる飛躍を目指すミスミとmeviyの今後に大いに期待したい。
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣 編集:野島光太郎)
10/31(火)~11/2(木)開催のデータでビジネスをアップデートする3日間のビジネスカンファレンス「updataNOW23」に吉田氏も登壇。「updataNOW23」はウイングアーク1st社主催の国内最大級のカンファレンスイベントで、DX・データ活用を軸にした約70セッションと30社以上が出展する展示など、会場とオンラインのハイブリッド形式で開催されます。
Theレベニュー会議
~10万人が活用!事業創造から認知へのステップをつなぐ全体最適化とは~
アナログな調達が常態化していた製造業において、見積から製造までデジタルで一気通貫にし90%以上の時間削減を提供する機械部品調達のAIプラットフォーム「meviy(メビー)」。これほどまでのDXサービスを生み出した組織のトップ吉田氏をお迎えし、「顧客時間価値」最大化に向けた組織イノベーション_について、ウイングアーク1stの久我が深堀りしていきます。営業効率最大化に向け分業を提唱する「The Model」に生産現場の改善コンセプト「ムリムラムダを省く」を重ね合わせ、創造から認知ステップまでをスムーズにつなぎ、全体最適化を図った吉田氏のマネジメントとは?ぜひご視聴ください。
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