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データサイエンティストからCMOへのキャリアチェンジ。 データマーケター三井住友海上 木田浩理氏に訊く、 データを武器にしてキャリアをブレークスルーする方法

国内最大級の損害保険グループであるMS&ADインシュアランスグループは、2018年度から中期経営計画「Vision 2021」を進めてきた。その中で、デジタライゼーションの推進を重要戦略の一つに掲げ、DX(デジタルトランスフォーメーション)、DI(デジタルイノベーション)、DG(デジタルグローバリゼーション)の3つを実現するために、デジタル人材の育成に取り組んでいる。AIが導き出す成約確率で代理店の営業をサポートする「MS1 Brain」、データ活用で課題解決を支援する「RisTech(リステック)」など、具体的な成果も出始めている。

         

同グループの中核事業会社として保険・金融サービス事業を展開する三井住友海上火災保険株式会社(以下、三井住友海上)は、2018年度にデジタル戦略部を新設。現在同部は10人以上のデータサイエンティストを擁する組織に成長している。発足時からプリンシパル データサイエンティストとして関与してきた、同社のCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)であり、経営企画部 部長 兼 CXマーケティングチーム長の木田浩理氏は、当時を振り返りながら「データサイエンティストと現場をつなぐ、ビジネスに役立つデータ分析人材が企業を変える」と話す。

DXの要諦は、デジタルとビジネスの橋渡し役であり、
越境者である「ビジネストランスレーター」

「私は生粋の文系の営業マンで、独学でデータ分析を学んできました。データサイエンティストは理系の人材がなるのが一般的ですが、大切なのはデータをビジネスに役立てる力です。その観点で、ビジネスに精通した文系の人材がデータ分析のスキルを身に付けることに大きな意義があります」

木田氏も執筆に加わった『データ分析人材になる。~目指すは「ビジネストランスレーター」~』(日経BP)というタイトルにもその思いが表れている。「データサイエンティスト」ではなく、「ビジネストランスレーター」という表現をあえて使っているのは、文系・理系の違いにかかわらず、そのようなポテンシャルを持っている人たちをある意味で一気に、クリティカルマス(影響力の臨界点)に到達させるきっかけにしたいということだろう。

損保業界は長い歴史と伝統がある。木田氏が、同社にて育成の取り組みを軌道に乗せるのには苦労があった。

「さまざまな壁にぶつかりました、組織内のキャズム(普及手前の大きな溝)も感じました。それを手探りで、一つ一つクリアしていきました。失敗もしましたが、それを乗り越える手応えもありました」

「私はいつでも“越境者”」と語る木田氏。そのマインドセットが、苦難を乗り越える力を与えているようだ。

「越境者」とは、領域外から別のカルチャーや仕組みを持ち込む人物のことを指す。木田氏は大学卒業後、NTT東日本、日本IBM、アマゾンジャパンに加え、百貨店など、多様な業種業態を経験してきた。元国会議員の秘書を務めたこともある。

「転職が多いと、新しい会社の同僚や上司から『すぐ辞めるのでは?』と思われてしまいます。そこで私は越境者ではあるものの、短期間でパフォーマンス(結果)を発揮することを念頭に動いてきましたし、年功序列ではなく、自分自身でキャリアを磨いていく必要があると強く感じていました」

そこで鍵としたのが文系出身者として培ってきた「現場」での経験だ。木田氏は、現場に行かなければ分からない温度感や空気感を大切にしてきた。「文系の営業マン」がデータサイエンティストに転じるきっかけも現場にあった。

「落選中の議員の秘書をやっていたときには、講演会などのイベント運営も行っていました。支持者への訴求や出欠管理などもしていたのですが、これはまさにCRM(Customer Relationship Management=顧客関係管理)だと気が付きました。テーマに関心を持ってもらえれば来場するし、そうでなければ来ないのです。支持者の参加履歴データを独自に分析し、案内ハガキの出し分けなどに取り組みました。」

これがデータ活用との初めての出会いだった。その後、統計解析ソフトウエアのSPSS(後にIBMが買収)に営業職として入社したのも、その面白さと可能性を感じたからだという。そこでは販売に関わりながら、データ分析を学んだ。

「ある地方自治体の政策決定に関わるデータ分析では、先駆けとなるサービスを提供できたと自負しています。大学・大学院での専攻や秘書としての経験も生きました」

ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授は、顧客は「ジョブ(用事・仕事)」を片付けるために、その商品を「雇用」しているという『ジョブ理論』を提唱した。木田氏はまさに、顧客目線でのデータ分析の必要性を感じ、データサイエンティストとしてのキャリアをスタートしたことになる。

データという抽象と現場の具体の両方を行き来し実践

「大学時代、統計学は苦手でしたが、SPSSという分析ツールの販売をしながら、自分でも分析してみるとすごく楽しかった。人間は不思議なもので、必要性や面白みが分かるとがぜんやる気になります。さらに、データ分析に加えて、マーケティングの面白さにも気付き、勉強を始めました」と木田氏は話す。そこで、経済学者のピーター・ドラッカーやマーケティングの研究で著名なフィリップ・コトラーなどの著書を改めて読み直したという。

木田氏は、そのような理論を知識として身に付ける一方で、アマゾンジャパンや百貨店などにおいて、直接マーケティングの現場を見てきた経験を生かしたところに強みがある。そこにデータ分析を加え、同時並行で走りながら、自らのスキルを高めていった。まさに、データという抽象と、現場の具体を行ったり来たりしながら実践してきたわけだ。

当取材は新型コロナウイルス感染症のリスクを考慮し、鎌倉 円覚寺佛日庵にてソーシャルディスタンスを保った上で行なった。
写真右から 三井住友海上 木田浩理氏、円覚寺佛日庵 住職 高畠宗一氏、歌手活動行う奥様の薫氏
 

当取材は新型コロナウイルス感染症のリスクを考慮し、鎌倉 円覚寺佛日庵にてソーシャルディスタンスを保った上で行なった。
写真右から 三井住友海上 木田浩理氏、円覚寺佛日庵 住職 高畠宗一氏、歌手活動行う奥様の薫氏

データによって、事業・組織・人材の底上げをしたい

文系出身でありながらデータ分析の面白さに気付き、データサイエンティストへとキャリアチェンジした木田氏。データを活用したマーケティングで知られる欧米の大手企業での勤務経験もありながら、データ分析に関してはまだ緒に就いたばかりの損保業界に身を転じた理由はどこにあったのか。歴史の長い損保業界でも、三井住友海上は老舗的な存在だ。代理店ネットワークを活用したビジネスモデルが出来上がっている。

「当社にデジタル戦略部ができたのと同じタイミングで入社しました。話を聞いて、あえて新しいことを始めようとする思いも感じました。三井住友海上のような会社が大胆に変革に乗り出すなら、挑戦してみたいと感じました。生粋のデータサイエンティストではなく、むしろビジネス寄りの人材である私を採用するという決断も、面白いと感じました」

木田氏がこれまで蓄積してきた自社のビジネスの目的に沿ったデータ分析人材としての経験と知識が評価されたのは間違いない。その点において、木田氏へのもう一つの期待があった。

「それは全社的なデジタライゼーション推進のためのデータ分析組織の構築や人材育成です」

「わが社もデータ分析に力を入れろ」と経営者が号令をかけるだけでは、データ分析プロジェクトは成功しない。最近ではむしろ失敗例が散見される。木田氏は前述した著書の中で、失敗を防ぐためには必要なステップがあるとし、「5Dフレームワーク」を紹介している。5つのDは以下の頭文字だ。

  • (1)Demand(要求):要求を聞く
  • (2)Design(デザイン):全体の絵を描く
  • (3)Data(データ):データを集める
  • (4)Develop(開発):分析する
  • (5)Deploy(提供):展開する

「5Dのステップを回していくには、5つのDの歯車がスムーズに回らなければなりません。そこがさび付いているとプロジェクトが失敗します。私の経験では、中でもDemand(要求)とDeploy(提供)の部分の難易度が高いです。それは、データの分析者だけで全部できるわけではなく、必ずそこに現場があるからです。そのDemandの部分を現場目線で、さらにデータ分析の事情も分かった上で話してくれる人が必要です。それが『ビジネストランスレーター』なのです。そして、分析したアウトプットを現場に分かりやすい形で展開する人も『ビジネストランスレーター』です」

鍵はビジネストランスレーター。そのための人材育成も進めている。「当社ではプログラミング言語の『R』や『Python(パイソン)』などの研修も行っていますが、プログラミングができることが必須ではありません。大切なのはビジネスに役立つデータ分析者になることです」

実際に同社では文系のデータサイエンティストやビジネストランスレーターが少なからず育ちつつあるという。思いを実現するため木田氏も活動の幅を広げており、データサイエンティスト協会の理事に就任した。

「日本のデータサイエンス人材の底上げにつなげ、その中からビジネストランスレーターも生まれることを期待しています」

顧客のデータ分析支援やコンサルティング事業を開始

2018年度に三井住友海上にデジタル戦略部が発足して以来3年。新たな価値の提供を目指す取り組みとしてスタートしたのが「RisTech」だ。

参照ドキュメント:三井住友海上の現状2021

「RisTech」は「Risk」と「Technology」を掛け合わせた造語で、リスクに関する知見や業界知識・最新技術のノウハウをもとにビッグデータ分析を活用し、課題解決を図る領域だという。同社はすでにデータサービス事業として展開している。

「例えば、ある製造業のお客様がお使いの設備について、特定の地域で故障が多く発生しているならば、その原因を突き止めることによって故障の発生モデルを構築し、予防につなげることができます。さらに、保険料率を抑えることも可能になります」

顧客から発生する様々なデータと、同社が持つ損害保険のデータを掛け合わせて分析・可視化することによって、企業課題の解決につながるサービスが創出できる上、サービスの差別化も図りやすい。

「当社の創業以来、初めて、保険・金融以外で稼ぐビジネスモデルをつくりたいです」と同社にとって大きなエポック、業界の新たなロールモデルを現在木田氏は構想中という。

折しもこの10月から、木田氏は同社初の(チーフ・マーケティング・オフィサー)でに就任した。金融機関がCMOを置くのは珍しく、デジタルマーケティングを強化し、ブランド価値を高めるため推進していくという。「データを活用してマーケティングを行う組織も新たにつくりました。業務改善、生産性向上だけではなく、今後はさらに、お客様の価値向上につながるサービスを提供していきたいと考えています」と力を込める。損害保険会社が顧客企業のDXを支援するという日も近そうだ。

三井住友海上火災保険株式会社
経営企画部 部長 CMO(チーフマーケティングオフィサー)CXマーケティングチーム長
木田浩理(きだ・ひろまさ)氏

慶應義塾大学総合政策学部/同大学院政策・メディア研究科出身。NTT東日本・SPSS/日本IBM・アマゾンジャパン・百貨店・通販企業等を経て2018年に三井住友海上にデータサイエンティストとして入社。2021年10月より現職。一般社団法人データサイエンティスト協会 理事も務める。様々な業界で営業・マーケティング・データ分析を経験。顧客視点に基づいたCRMやマーケティング分析、データを用いた新規ビジネス開発が専門。著書に「データ分析人材になる。めざすはビジネストランスレーター」(日経BP社、2020)

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原  PHOTO:Inoue Syuhei 編集:野島光太郎)

 

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