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複雑に絡み合う社会情勢と医療課題。 「効率化」と「予防」が国策のカギ?

         

前編では、公立病院の数を減らしていくという政府の方針、及び医療業務をICT化する理由とその効果を解説した。後編では、まず政府の医療施策である病気予防の概要とその効果を説明する。そして高齢化社会に突入した日本の医療を取り巻く様々な問題を整理して、その解決策を探る。

予防の重視

出典:厚生労働省 年齢別1人当たりの年間医療費内訳(註1)

このグラフは、少し古いデータになるが2013年度における年齢別1人当たりの年間医療費内訳である。このグラフから分かるように、65歳を超えると医療費は急激に高くなっている。しかも医療費に占める入院費用の割合が40%を超えはじめ、80歳以上になると医療費の半分が入院費用になっている。これも無駄な病床数を削減しようとしている理由の一つだ。

2016年度における国民医療費は421,381億円だが、65歳以上の男性が117,050億円(57.4%)、女性が134,534億円(同61.8%)と、過半数を占めている。今後も高齢者の割合は増えていくので、医療費の伸びを抑えるためには、この病人の数を減らす必要がある。

2020年厚生労働省 医科診療医療費構成割合データより筆者作成(註2)

では、どうすれば病人を減らせるのだろうか。この厚労省の医科診療医療費構成割合データから作成した円グラフは、診療を受けた人の医科医療費を傷病別に分類してグラフ化したものである。ここから分かるように、生活習慣病が医療費全体の40%以上を占めている。つまり医療費の伸びを抑えるためには、予防することが可能な生活習慣病を減らすことが効果的であることになる。

出典:経済産業省 次世代ヘルスケア産業協議会資料(註3)

この図は、「次世代ヘルスケア協議会」の資料だが、高齢者となる前の段階から生活習慣病の予防を行い、早期治療を施すことによる重症化の抑制によって、公的医療費の伸びを抑えようという考え方を表現したイメージ図だ。生活習慣病として典型的な糖尿病の患者の場合、軽度の通院レベルだと医療費は年間30万円ほどだが、これが重症化して透析のフェーズになると500万円になってしまう。このため、糖分の少ない食事にしたり運動をするなどの病気予防をすることで、患者を減らし医療費を抑えることが可能になるのである。

今までの医療は、病気になった患者を治療することだった。しかし日本の今後の医療施策は、病気予防を重視することにより、患者数を減らし重症化の防止を狙っているのだ。日本人の健康寿命と平均寿命は、既に世界でトップクラスである。この健康寿命を予防してさらに延ばし、余命との差を縮められたら、患者数の増加を抑えることができる。しかも高齢者のQOLを向上させることも可能だ。

経産省が主導する「次世代ヘルスケア産業協議会」の資料によると、「次世代ヘルスケア産業の創出に向けたコンセプト」として、次の記述がある。

■公的保険外の予防・健康管理サービスの活用を通じて、生活習慣の改善や受診勧奨等を促すことにより、『国民の健康寿命の延伸』と『新産業の創出』を同時に達成し、『あるべき医療費・介護費の実現』につなげる。

■具体的には、①生活習慣病等に関して、「重症化した後の治療」から「予防や早期診断・早期治療」に重点化するとともに、②地域包括ケアシステムと連携した事業(介護予防・生活支援等)に取り組む。

厚労省ではなく経産省が主導なので、健康より経済優先のコンセプトに思えるが、財政破綻を心配する政府としては仕方がないのだろう。

このように政府は、予防や健康管理の政策は、医療費や介護費の削減効果が大きいとみており、特にフレイル・認知症に対する1次予防によって、最大3.2兆円の削減効果があると試算している。さらに健康寿命の延伸によって、働く高齢者を増やし、労働力と消費の拡大も政府は狙っている。

政府の試算によると、この施策によって最大で840万人の労働力と年間1.8兆円の消費拡大を見込んでいるのだ。

高齢化社会における医療の課題と対策

※図版・筆者作成 高齢化社会における医療の課題と対策

前述してきたように、日本の医療分野には様々な課題が山積している。この相互に絡み合った難問は、どのようにすれば解決できるのだろうか。この図は、医療にかかわる社会情勢と課題を整理して、その対策を独自の観点から示したものである。

ここでは、高齢化社会に突入して生活習慣病が主な死因であり、高度情報化社会となっている日本において「医療費削減」と「医師の過労働」を課題としている。その対策として、「医療の効率化」と「病人を減らす」ことを基本的な対策としてあげている。医療効率化の施策としては、病院の統合化による医療資源の集約と、PHRなどのICTの活用とした。病人を減らす施策としては、コスト効果の高い予防医療の普及と重症化を防ぐ早期発見としている。

図の矢印をたどると、詳細は省くが生活習慣病の患者に対して行動変容やセルフメディケーションを促すことを重視していることが分かると思う。また医師に関しては過労働の解消により、医療AIなどが導入されるにしたがって、医学知識と診断スキルより、患者に対するコミュニケーション能力が大切になっていくことを示している。

施策に対する課題と注意点

これらの医療業務についての施策には、やはりいくつかの問題点がある。公立病院の統廃合に関しては、対象となった地域からの反発がいまだに根強い。この施策には罰則規定や強制力がないため、各地域が提出している計画では削減率は5%程度と、目標には程遠いのが現状だ。しかし公立病院の統廃合は医療改革に必要な施策なので、実効性を高めるためさらに追加の施策が求められている。

医療のIT化については、現在の医療AIがブラックボックスとなっており、その判断根拠が不明であることが問題となっている。法律上において医師が確定診断をする必要があるのだが、そのためには診断用の医療AIが判断した根拠の提示が求められる。

現状のAIは原理的に、学習したデータを統計的に処理して最も確率の高い事象を出力している。診断用の医療AIは、診察や検査結果のバイタルデータから、病気の原因を可能性の高い順にパーセントを付けて表示する。しかしどの学習データを基に、そのような判断をしたかまでは表示できない。

説明可能AI(XAI)」の技術も進展してきているが、どのような根拠を示せば医師が納得するか、という見解を統一することが現状ではできておらず、未だに解決できていない。しかしこの点に関しては、Perplexity Askのようなある程度根拠を示せるサービスもあるので、実現できると考えられる。

しかも近年、ChatGPTのような汎用言語モデルのAIが驚異的な進化を遂げ、莫大な知識と判断力が持てるようになってきている。このような対話型AIを医療で利用可能になれば、医師はあたかもセカンドオピニオンと会話しながら診断ができるようになるはずである。

病気予防の重視に関しては、単に問題を先送りしただけという批判がある。予防医療で医療費抑制効果が有効なのは、約2割というアメリカの研究結果もある。厚労省資料によると予防施策には特定健診・保健指導実施があり、毎年約226億円の国費が投入されている。日本の年間医療費用総額はおよそ43兆円だが、そのうち約50%が保険料、公費が約40%、患者負担が約10%という構成比になっている。

したがって、予防に投入されている公費は、公費全体のわずか0.1%だ。生活習慣病を予防することによって健康寿命が延び、働ける人が増加したり働ける期間が延びれば、経済活動が活発になって、GDPも増加するはずである。病気・ケガによる日本の経済的損失額は約3.3兆円あるという試算もある。予防医療を対費用効果だけで評価するのではなく、個人のウェルビーイングを向上させるという側面も合わせたほうが、社会的意義は高いはずである。

日本の医療には、このように様々な課題や問題点があるが、政府もそれに応じた施策を講じてきている。すべての施策に実現性があるかどうかは不明だが、医療業界が抱える数多くの課題を解決するためには極めて重要だといえるだろう。


書き手・図版制作:谷田部 卓

AIセミナー講師、著述業、CGイラストレーターなど、主な著書に、MdN社「アフターコロナのITソリューション」「これからのAIビジネス」、日経メディカル「医療AI概論」他、美術展の入賞実績もある。

【参考資料】

(註1)経産省 ヘルスケア産業の動向と地域資源の活用 (註2)厚労省  令和2年度 国民医療費の概況の医科診療医療費構成割合2020年データ (註3)経産省 次世代ヘルスケア産業協議会の今後の方向性について

(TEXT:谷田部卓 編集:藤冨啓之)

 

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