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特集「CIOの履歴書」 エンジニアリング集団のチアリーダー 楽天グループ株式会社 平井康文氏

特集「CIOの履歴書」では、CIOとして活躍されている方々の「CIOに至るまでのキャリア」、「CIOの後のキャリア」について迫りCIOのキャリアについて考察するとともに、読者の皆様に「CIOの魅力」をお伝えします。第二弾となる今回は、楽天グループ株式会社で副社長執行役員、CIO&CISOを務め、一般社団法人CIOシェアリング協議会理事でもある平井康文氏。現在CIOを務めるご自身の役割を「エンジニアリング集団のチアリーダー」と語る平井氏のこれまでのキャリアやCIOに至った経緯、また、CIOというポジションの魅力、今後の展望についてお伺いしました。

         

現職について

── 現在の職務について教えてください。

平井氏:現在は楽天グループ(以下、楽天)のCIOとして、コーポレートIT部門とテクノロジーディビジョンを統括しています。テクノロジーディビジョンとは、各カンパニーが開発する独自のアプリケーションサービスが稼働する基盤となる共通プラットフォームを提供している部隊です。

日本にはテクノロジーディビジョンと各カンパニーにそれぞれ所属するエンジニアが合わせて約3,500名ほど、海外を含めると5,000名以上のエンジニアが在籍しています。新型コロナウイルス流行前は年間140日程海外出張し、各国の開発拠点を回ってビジョンや戦略の共有を行っていました。

現地現物で、現地の社員とFace to Faceで対話することを大切にしていました。

── 楽天グループには、CIOとして採用が決まったのでしょうか?

平井氏:元々は副社長執行役員として、社長の三木谷の隣でMVNO事業を支える立場で参画することが決まりました。入社が決まった後、CIOのポジションについてもお話をいただき、併せてCIOも拝命することになりました。

当初はCIOの所掌範囲はコーポレートIT部門だけでしたが、就任1年経たないうちにプロダクト開発を行う開発部隊全体も率いてほしいという話になり、コーポレートIT部門と開発部門を合わせたテクノロジー部門全体を統率する立場となりました。その後社内でCISOという職種が正式に定義され、CISOも兼任することとなった、という経緯です。

開発部門を所掌することになった当時、インフラや楽天会員などの共通系の開発部隊とビジネス側のアプリケーションの開発部隊はユニット制を敷いており、コストセンターとプロフィットセンターのイメージで健全な関係とは言えない状況でした。プログラミングに長けているわけではない自分が開発部門を任されたのは、それまで30年以上ベンダー側の立場でお客様に対して技術を使った夢を描き語ってきた経験を買われたと思っています。

技術と事業をつなぐ翻訳家として、技術を技術で語らず事業で語る、ビジネスニーズをテクノロジーに置き換えて開発チームに伝える、という取組みを通じて開発部門の価値を高めることの期待があったのだと思います。

CIOに至るまでのキャリアについて

── いつかCIOを目指そう、というお考えはあったのでしょうか?

平井氏:楽天に参画する以前は30年以上に渡り外資系IT企業に在籍していたため、次は日本に貢献したい、日本の先進的なオペレーションづくりに貢献したいという思いを抱いていました。楽天という日本に本社を構える会社でありながら社内公用語は英語というグローバル志向の高い組織には、躊躇なく参画することができました。

楽天に参画が決まった時点ではCIOという立場は決まっていなかったことでもお分かりのように、CIOという肩書きにこだわりを持っていたわけではありません。ただし、ビジネスとテクノロジーの融合のための橋渡しを行うことには強い関心がありました。

私にとって、ビジネスとテクノロジーの橋渡しが実現できるポジションとして、CIOという立場が非常に親和性の高いものだったと思っています。

── ベンダー側の立場からユーザ側の立場に転身する決め手はどのようなものでしたか?

平井氏:シスコシステムズを卒業して楽天への参画を決める前、いくつかのグローバルIT企業から日本法人の社長やカントリーマネージャーなどのお誘いをいただきましたが、やる仕事はあまり代わり映えしないものでした。

お付き合いするお客様は同じで、提案する商材が変わるだけです。あまり意義を見出せず、お話を辞退しました。ただ、もしシスコシステムズで社長を経験していなければ、次のキャリアとして同じベンダー側で社長を目指そうとしたかもしれません。シスコシステムズで社長を経験したことが、ユーザ企業への転身の意思決定につながったと思っています。

また、ユーザ企業側でCIOというポジションを担うことになれば、自分なりに実現できることがあるかもしれないと思いました。それは、30年以上奉職したレガシーなIT産業そのものの変革です。ユーザ企業の立場から日本のIT産業の変革に貢献できるのではないかと考えました。

ベンダー側の立場では、自社という範囲内でしか変革を起こすことができません。ユーザ企業の立場は、すべてのベンダーと等距離にあり、その立場であるからこそ業界そのものに影響を与えることができると考えています。

── CIOとしての職責を果たす上でのキャリアのポイントを挙げるとすれば、どのようなことがありますか?

平井氏:ベンダー側の経験というのは有効なキャリアの1つだと思います。私の場合は、ベンダーの立場で30年以上お客様であるCIOやCEOとお付き合いをさせていただいた経験が、現在のCIOとしての業務に非常に生きていると感じています。

IT部門のみの経験しか持たず、たたき上げでCIOに就任される方は絶対に成功しないと思っています。一度社外に出た方がよいと思います。ほかの会社へ移るのであれば、ぜひベンダー系の企業で経験を積まれることをお勧めします。なぜなら、ベンダーの立場は、どんなお客様に対しても自社のプロダクトをそのお客様の価値として表現する必要があるからです。受注の可否に関わらず、“お客様の価値として表現する経験 ”そのものがとても重要だと思います。

一方で、事業経験を重視して、IT部門経験のない方がCIOになることがあります。事業経験は大切ですが、IT部門を率いることになった際「ITはよくわからないからベンダーに任せている」と公言する人が時にいます。それは責任放棄だと思います。

そう公言してしまう人を増やさないためにも、プロフェッショナルなCIOのコミュニティがもっと増えるべきだと考えています。

── CIOにとって不可欠な業務に対する理解や事業マインドはどのように習得されてきましたか?

平井氏:徹底的な事業部門との会話、コミュニケーションを通じて習得してきました。ベンダーでお客様と相対していた頃は、適用業務の違う様々な業種のお客様に徹底的に寄り添い、学んできました。社内であっても同様で、徹底的に事業部門に寄り添うことが最も有効と考えています。

CIOに就任してからの取り組みについて

── CIOとCISOの領域で注力してきたこと、成し遂げてきたことについてお伺いさせてください。

平井氏:現在の仕事に関して、自身の役割を一言で表現すると「エンジニアリング集団のチアリーダー」だと考えています。チームの力を最大限に引き出すこと、次世代のリーダーを育成することがゴールです。次の3つのテーマを軸に、社員のモチベーションを維持、拡大し、エンゲージメントを高め、新しいチャレンジができる風土を作ることに注力しています。

1)Platform Resilience

インターネットサービスを24時間365日提供する上で、プラットフォームの堅牢性をいかに担保するかが非常に重要です。「100-1」が「99」ではなく「0」になってしまうのがプラットフォームサービスです。予期しないたった1つのインシデントによって、すべてのお客様からの信頼を失います。

2)Business Relevance

テクノロジーを主語に語っても意味がありません。主語はビジネスであり、組織であり、人であり、社会であるべきで、組織、人、社会を変革するための手段として利用できるものがテクノロジーです。エンジニアのメンバーに対しては、ビジネスへの理解を深めてもらう取組みを積極的に行っています。

3)Technology Excellence

エンジニアの技術力向上、オープンソースコミュニティを通じた社会貢献、ベンダーロックインの回避という3つを目的に、基本的にオープンソースをベースに内製で構築しています。これらは、ベンダー時代の反省も踏まえて設定し、取り組んできたテーマです。現在は冒頭で触れたユニット制を廃止し、開発部門とビジネス部門の開発部隊の関係は、より健全なものになっています。

── CIOの仕事の魅力やチャレンジについて教えてください。

平井氏:魅力としてはテクノロジーを通じた様々な挑戦、全く新しいモノづくりができることです。我々が作るものはプロダクト=モノですが、モノづくりを通じて目指しているのはコト作り、つまり新しいユーザ体験の実現です。プロダクトを通じてユーザ体験にどのような変革を起こせるか、目の前で体感できることは非常に大きな魅力だと考えています。

一方で、チャレンジすべきことは、2つあります。

1つは、体制の強化、人材の確保です。楽天では、より多くのデータ系、クラウド系、セキュリティ系の人材を引き続き採用し、体制強化に努める必要があります。

もう1つは、サーバー、ストレージ、ミドルウェアなどを提供するテクノロジーベンダーとの課題対応です。

ベンダーとの関係を築く際は、できる限り日本法人ではなくグローバル本社の開発部門と直接にコンタクトすることを重要視しています。プロダクトのロードマップを描いている本社の開発部門とタイムリーな情報交換の場をいかに作っていくかが重要であり、チャレンジしているところです。

── 後進指導について、取り組んでいることを教えてください。

平井氏:エンジニアに限らず、組織において2つのキャリアパスがあると思います。

1つはジェネラリストとして組織をマネージしていく道、もう1つはエキスパート(匠)として技術を極めていく道です。エンジニアには特に、特定の技術分野で非常に秀でているが、組織をマネージすることよりも自分の技術を極めたい、という人が多くいます。この2つのキャリアの志向を実現する人事制度を設けるべきだと考えます。

楽天では通常の職能資格制度とは別に、エキスパートの道を進むエンジニア向けにエキスパートランク(Eランク)という人事評価制度を設けています。6つの技術分野のカテゴリを作り、それぞれのカテゴリオーナーが応募してきたエンジニアを評価し認定するという制度です。

現在は国内エンジニアの約10%が認定されていて、海外でも取組みが始まっています。E-ランクを導入したことで、退職率が低下し、E-ランク認定者が社内で独自のワーキンググループなどのコミュニティを作ることでプロジェクトを活性化してくれるようになりました。

今後のキャリアについて

── CIOとなった方は、その後どのようなキャリアアップの道が考えられますか?

平井氏:キャリアアップの定義は人によって違うと思いますが、CIOという立場のままでより大きな企業へ、国内からグローバルへとテリトリーを広げていく道と、CEO的立場を目指して事業側で活躍するという道があると思います。

CIOは重要なマイルストーンであり、岐路だと思います。CIOは企業経営の中でテクノロジーと最も接点を持っているポジションです。そこからは様々な道が開けます。

個人的には、現職でやり切った後にもしチャンスがあるのであれば、日本のIT産業の変革に貢献したいと考えています。そして本当に日本企業に役立つ組織に変革したいという思いを持っています。 CIO出身者がベンダーの社長になると、ベンダーのあり方に何か変化をもたらせるかもしれません。CIO経験者には次のキャリアとして、ぜひ私がこれまで苦言を呈してきたベンダー側の社長となり活躍していただきたいです。

CIOシェアリングについて

── CIOの知見や時間をシェアするというモデルに対する期待や可能性あるいは懸念など、お考えをお伺いさせてください。

平井氏:どこまで実行に踏み込めるかを考えると、組織を率いるリーダーとしてのCIOの役割を非常勤や兼業の形で全うすることは極めて困難で、非常勤や兼業の形ではあくまでアドバイザリーの範囲にとどまってしまうと感じています。一方で、ナレッジをシェアするという考えには大いに賛同します。

私としては、どんな形態であれCIOとしてのナレッジや経験を広く提供したいと考えています。以前、あるクラウドサービスでシステムトラブルが発生した際に、様々な外部企業のCIOの方々から対応方針のご相談いただいたことがありました。今後、協議会の活動も通じて、これまで以上にご助言という形で様々な企業様をご支援したいと考えています。

CIOを目指す方へのメッセージ

平井氏:インターネットや5Gなど様々なテクノロジーが進化を続けている中、新しいビジネスモデルの創出やDXの推進にテクノロジーは不可欠です。そのビジネスとテクノロジーの接点となるCIOという職は、きわめてハードです。「100-1」が「0」になってしまうという責任は、非常に重いものがあります。ですが、やりがいは非常に大きく、魅力的でエキサイティングです。

CIOのIは、Informationだけでなく企業のInnovationやIntegration、Incubationという意味合いも込めて、Informationに留まらない新しいCIOの形を目指してもらいたいと思います。

また、常に好奇心と学びの気持ちは持ってほしいと考えています。常に先進テクノロジーとビジネスを学んでほしいと思います。

もう1つ大事なものは人です。意外と人に無頓着なCIOがいますが、実際にモノ作りをするのは人です。CIOというリーダーシップポジションを担うのであれば、テクノロジーやビジネス以上に人に対する興味、関心を持ってほしいと思っています。

お話を伺ったCIO:平井康文氏のプロフィール

平井 康文(ひらい・やすふみ)氏
・楽天グループ株式会社 副社長執行役員 CIO&CISO
・楽天モバイル株式会社 取締役副会長
・楽天コミュニケーションズ株式会社 代表取締役会長 CEO
・(一社)CIOシェアリング協議会 理事
・(一社)新経済連盟 顧問
・(公財)経済同友会 幹事
・(公財)企業情報化協会 理事
・(公財)東京フィルハーモニー交響楽団 理事

1983年日本アイ・ビー・エム入社、四国営業所配属、徳島駐在。経営企画部門を経て、1995年米国IBM(ニューヨーク州)に出向。1997年日本アイ・ビー・エム社長補佐。1998年同NTT営業統括部長。2001年同理事ソフトウエア事業部長。2002年米国IBM(ニューヨーク州)ソフトウエアグループバイスプレジデント。
2003年マイクロソフト(現日本マイクロソフト)取締役。同年執行役常務。2006年同執行役専務。2008年からシスコシステムズ副社長として、大企業部門、公共部門、中堅企業部門を統括。2010年 同代表執行役員社長。2012年からはCisco Systems(米国)のシニア・バイス・プレジデントを兼務。
2015年2月楽天(現楽天グループ)に入社し、2016年より現職。


聞き手:坂本俊輔
CIOシェアリング協議会 副代表理事、GPTech 代表取締役社長、元政府CIO補佐官

大手SIerでの業務従事ののち、ITコンサルティングファームの役員を経て、2010年にCIOアウトソーシングを提供する株式会社グローバル・パートナーズ・テクノロジーを設立。以降、一貫してユーザ企業のIT体制強化の活動に従事している。2017年からは政府CIO補佐官を兼業で務めた他、IT政策担当大臣補佐官や株式会社カーチスホールディングスのCIOなども務めた。

 
 

本記事は「一般社団法人CIOシェアリング協議会」に掲載された「CIOの履歴書」のコンテンツを許可を得て掲載しています。(インタビュー実施日 2021年5月7日)

 
 

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