素形材とは、金属素材に熱や力を加えることで、複雑な形状や高い強度を持つ部品を製造・共有する産業。鋳造、鍛造、プレスといった技により金属からセラミックス、プラスチックまで加工する素形材企業。DX化に舵を切った会社もあれば、どうしたらいいのか迷っているところもある。匠の技術が物言う業界だが、技術力の可視化、製品の安全性のデータ化が必要とされており、デジタル技術導入が欠かせない状況だ。
経済産業省では、2013年に「新素形材産業ビジョン」を策定し、日本のものづくりを支える素形材産業の今後の目指すべき方向性を提示した。その後、素形材産業における取引適正化、型管理の適正化や研究会などの活動をしている。
今回は、素形材産業におけるデジタル化を推進するため、昨年末にオンライン形式のセミナーを開催された「素形材産業のデジタル化オンラインセミナー~素形材産業におけるDXの進め方~」をレポート。中小企業製造業の経営者にどのようなマインドチェンジが求められているか、また具体的にどこから手をつけるべきなのか、身近な事例を交えて紹介。
大川氏は冒頭で「現在はポスト工業化社会と呼ばれる100年に1度の変革期。DXはこのポスト工業化社会到来を体現するものだ。従来の産業は消滅しないが、新たな価値を生み出す産業が誕生する」とし、その具体例としてAirbnb、Uber、Alibaba、YouTubeを上げた。
そして不確実性の高い世界での変化の関知、補足、変容を捉える手段としてデジタル化があるとした。しかし我が国ではICTの利用は低い伸びに留まっている。それは SIerによる情報システム構築が抜本的な業務改革を伴わず、単純に従来からの置き換えに甘んじていたため、投資額の割に充分な成果が上がらなかったことに起因する、とした。
大川氏は製造業におけるデータ活用は二極化しているが、「大企業より中小企業の方が巧みだ。もの作りの中では素形材がより良い効果を上げている」と述べ、5社の町工場の事例を紹介した。本レポートでは設備機器に加速度センサーを取り付け、作業員が1日のペース配分の把握と可視化に至った武州工業の例を挙げる。
中堅中小製造業でデジタル化に挑む人材に共通する点として、大川氏は以下のような項目を挙げた。
「デジタル化で最も重要なことは、現場のユーザーがデータに基づいて判断し、自らアクションを起こすこと」という大川氏。
センサー類や可視化ツールは今や格安あるいは無料で入手可能となり、マニュアルや導入事例が簡単に参照出来るようになった。センサーでマイコンの制御を手掛けるモジュール(組み立てキット)ではM5StickC が定番のひとつとなっており、ユーザーの多さ故に情報も豊富である。一例として無料のAmbientを挙げて、BIツール・可視化ツールによりライブラリーやサンプルをネット上で探しコピペしてカスタマイズしたり、そのまま運用することが可能となっている。
DX導入に際して、大川氏は日本特有の問題として「自社の組織風土」をあげた。
・事業上の目的が不明確なまま始める
→失敗を許さない。新しいサービスやツールを避ける
→挑戦がないため、導入効果が少ない
→本気で活用しようとする人物がいない
この傾向は中堅、大企業ほど顕著に見られるという。
「ユーザー自身が試行錯誤をつづけ、試行錯誤のサイクルをまわすほど最適解に近くなります。これこそが良いサービスです」と大川氏。このサイクルに当てはまるためには、従来の受託システムでは困難である。
「自社でDX化を進めると、コミュニケーションが活発になった、若手がやめなくなった、など想定外の効果が上がります。こうした状況を楽しみ、計画通りに進めることに固執しない企業こそDX化推進に成功します」と同氏は締めくくった。
2番目に登壇したのは、金型の設計・製作およびプレス加工を事業とする株式会社キョーワハーツの代表取締役・坂本 悟氏と取締役の坂本留実氏である。
リーマンショックと iPhone3GS 発売が重なった2008年を境に、いわゆるガラケー関係の受注が主力だった同社の売上は4割台に減少。そこから既存事業の深掘りと自社商品開発という「両利きの経営」を模索してきた。その過程でトヨタ生産方式の導入と挫折を経て、2017年から IoT に取り組んできたという。
当初、パートナーである株式会社NCネットワークとは、経営側が取り組みたいと考えていたプレスの稼働率測定の連携を試みた。ただ、徐々に経営側と現場では困り事が違っていることに気づいたという。その後、現場から意見・声をもとに、NCネットワークと共同で現場の困りごと解決に内製化した IT を使うという方向に舵を切った。準無駄作業と無駄作業を減らすというのが、私たちのアプローチとし、「これまでの現場の作業フローは変えない。小さく改善する(スモールスタート)」という方針が決まったという。
同社の具体的な取り組みに関しては、留実氏から説明があった。詳細説明があったのは以下の二点である。
介護の見守りサービスから製造ライン見守りサービスへと展開を果たしたフリックケア株式会社にモニターとして開発協力。15台あるプレス機全てに QR コードを割り振りし、スマホからの音声入力で生産状況を報告できる形にした。瞬時に Googleスプレッドシートに反映されたデータは、生産現場と管理部でリアルタイムで情報共有が可能となる。不適合もワンクリックで報告可能だ。情報通知プログラムは、留実氏がネットで調べ70行に満たない行数のプログラムを書いたという。
社内の3つの部署に設置した大型モニターを使えば、生産計画を確認しながらのミーティングが可能である。さらに GAS(Google Apps Script:Googleのサービスをカスタマイズ可能)を活用することで、材料入荷時、新規金型受注時、クレーム発生時などに、ワンクリックで slack から関係者に通知が行く仕組みが構築されている。
上記以外にも
といった部分にも IT の力が活かされているそうだ。
特徴的なのは大きな投資をせず、スマホ、QR コード、市販のセンサーなど「ありもの」を活用している点だろう。同社の考え方について悟氏より説明があった。「付加価値を生んでいるのは、プレス機が動いている時間だけです。記録を取るのは準無駄作業。管理不足や不良品の発生は無駄作業。IoT の力で準無駄作業と無駄作業を減らすというのが、私たちのアプローチ」(悟氏)
自社製DX 化による情報共有の成果として
となった結果、予期せず社風も良くなったという。
目に見える副次効果として
が発生した。
「20名の小さな会社でも『お客様への情報の届け方』を考えるようになりました。週1回のメルマガの発行やものつくりポータルサイトのイプロスにさまざまな技術資料をアップ。お客様がダウンロード出来るようにするなどしたところ、上場会社からも接触がありました」(悟氏)と手応えを感じている様子が窺えた。
先代が病で倒れたため、家業の月井精密株式会社を弱冠20歳で継いだという名取磨一氏。当時もっとも苦労した業務の1つは、見積もり作業だったという。
「事業を継承したとき、参照可能な過去の見積もりデータが全くありませんでした。図面の端に見積りの計算メモが書き残されていることに気付きましたが、まったく整理されていない。にも関わらず、明日から見積りしなければならない状況に陥ったのです」(名取氏)
月井精密は精密加工の短納期対応と試作品の製造が主業で、とんでもない量の見積もり依頼が毎日のように舞い込んでくる。
「マシニング加工や旋盤加工の見積りは、自社だけでは算出出来ません。材料屋、工具屋、メッキ屋、研磨屋などに問い合わせる必要があるためです。このやりとりが膨大で月平均5千回もの連絡が行き交っていました。材料などは海外が絡むと為替レートの変動も受けます。さらに製造工程で、見積り時間内に完結するように管理することも必要です」(名取氏)
同氏は製造業全体の課題を以下のように捉えていたという。
工場内のデジタル化は完了したが、事務所内は紙図面の山
その結果、やりとりが紙ベースで行われるため、データの一元化が困難
正確性とスピードが課題に
経験を重ねる内に、名取氏はひとつの見立てに行き着いた。
「見積りをある種のコミュニケーションと捉えたのです。ちょうど mixi が登場した頃で、電話、メール、ファックス以外の連絡形態が確立しつつあったタイミングでした。『SNS と見積りは相性が良いのでは?』と考え、自社と取引先のみならず、同業他社にもシステムをつかってもらうことで見積りのネットワークがつくれると閃いたのです」(名取氏)
そうして立ち上げられたのが「見積りコミュニケーションプラットフォーム」と呼称する「TerminalQ」だ。様々な会社が Web上で繋がりあい、見積もり作業がオールインワンで完結するクラウドサービスである。
開発に当たっては、近所にある青山学院大学相模原キャンパスの情報処理の研究室に相談した。そこで mixi の開発メンバーと出会い、SNS 型の見積りネットワークを拡げていく活動を一緒に始めた。
CAD、チャット、IoT などさまざまなツールがパッケージングされ、データが一元管理された結果
といったことが可能になった、
利用者の要望を取り入れ、サービスがどんどん高機能化していったが、すべてクラウド上で動作しているため、外部のクラウドサービスとの連携は容易だったという。
TerminalQ の導入により、「データベースから類似した図面を出して参照出来る」 「作業時間の自動記録とセットにすることで海外工場の進捗状況をリアルタイムで管理出来る」「見積りと実績の誤差の可視化」「OCR 活用による手書き作業からの解放」などの思わぬ副次効果が発生したという。
名取氏は最後に「サービスを外販するまではたいへんでしたが、10年後のことを考えると、やってよかった。今後はより製造業にネットワークの力をお届けし、製造業全体の DX 化をお手伝いしたい」と結んだ。
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