──相手に出し抜かれるくらいなら、自分が損してでもダメージを与えたい。
あなたはこのような気持ちを抱いたことはありますか?
”日本人は上記のような意地悪な行動を選びやすい”と示すデータが、1990年代、日米の経済学研究者によって行われた実験で取得されました。このような行動は英語で悪意、いじわるなどを意味する単語、spite(スパイト)を用いて「スパイト(いじわる)行動」と名づけられています。
スパイト行動は具体的にどのような行動で、なぜ起こるのでしょうか? 本記事ではその詳細を、わかりやすくご紹介します!
早速ですが、ゲームをしましょう!
ペアになって2人で対戦するゲームです。あなたも相手も10ドルずつ所持しており、そこから0~10ドルまでの間で、任意でお金を出し合います。そうすると、「出した金額×1.5」分のお金をあなたも相手も等しく受け取ることができます。例えばあなたが10ドル、相手も10ドル出せば最終的に手元に残る金額は(あなた:30ドル、相手:30ドル)となります。あなたが0ドル、相手が10ドルならば、結果は(あなた:25ドル、相手:15ドル)、あなたが0ドル、相手が0ドルならば、結果は(あなた:10ドル、相手:10ドル)です。ゲームは10回×2セット行われます。
上記のゲームをプレイする場合、最終的な金額を増やすために最適な戦略は相手がいくら出そうが10ドル出すというものです。しかし、1991年に筑波大学で社会工学を研究していた西條辰義、中村英樹らが行った実験では、“あえて0~9ドルを選択する”被験者が観られたのです。
なぜ、得られる金額が少なくなることが分かっていながら、お金を出さないことが選択されたのでしょうか?
──それは、相手を出し抜くことができるからです。自分が得するよりも、ダメージを追って相手を上回ることを選んだのです。相手を気にせずマックスのお金を出すか、相手に打ち勝つために出さないことを選ぶかの間で心が揺れ動くことを研究チームは「スパイト・ディレンマ」と名づけました。
スパイト行動を発見した西條教授たちは続いて、異なる文化圏でスパイト行動の割合は変化するのかを調査することに着手しました。
そうして実施されたのが、1997年にティモシー・ケイソン、西條辰義、大和毅彦、横谷好らにより論文として発表された実験です。同様のゲームを日本の筑波大学と都立大学、アメリカの南カリフォルニア大学(USC)とパーデュー大学で実施し、その結果を比較しました。
この実験では金額を拠出する前にまず投資への「参加/不参加」を選び、それを表明するというルールも追加されました。こうすることで、相手が不参加で、自分が参加となった場合、参加者は自分の拠出する金額を抑えることで相手のリターンを削れるというまた別のスパイト行動が見られるようになります。
そこで得られたのが“日本人の方がアメリカ人に比べて顕著にスパイト行動を選びやすい”とうデータです。最初の5回までで、自分がひとりだけお金を出すことになったとき、参加者がほかの不参加者の利益を下げるためスパイト行動を選んだ(先の例の場合9ドル以下の投資額を選んだ)割合はUSCでは12%なのに対し、筑波大学では63%でした。同じ傾向は都立大学/パーデュー大学の間でも見られたといいます。
その後の実験でカナダ人や中国人など他国と比較しても日本人は顕著にスパイト行動を選ぶ人の割合がおおいことが明らかになりました。
なぜ、日本人はスパイト行動に走るのかについてのヒントも先のケイソン、西條らによる実験では得られました。
ゲームに参加する人の割合は、USCの事例では15回繰り返されたゲームを通し、安定して68%前後を推移しました。これは、ナッシュ均衡(全員が最適な戦略を取った場合に落ち着く状態。定式化したノーベル経済学者ジョン・ナッシュの名前を取って名づけられた)を考慮し、事前に計算されたESS(Evolutionarily Stable Strategy:進化的に安定な戦略)とほぼ一致します。
一方、筑波大学の場合は最初は40%程度に過ぎなかった参加率が上昇を続け、13回目以降は80%を超えました。この結果を受けて研究チームは“スパイト行動が参加の強制につながっている”と推察しました。
ゲームの参加者がスパイト行動を取ることで、不参加者が得られるはずだった金額は目減りします。それが続けば「自分もお金を出した方が結果として得られる金額は増えるんじゃ……」という考えが浮かびます。そうして参加者がどんどん増えていったという流れが筑波大学のデータから読み解けるのです。
もともとスパイト行動の実験は公共財への支出を想定して実施されました。例えばある市でみんなでお金を出し合って橋を建てるとします。罰則がなく、橋も問題なく使えるとなればお金を出さず、公共財にフリーライド(ただ乗り)する人は出てくるでしょう。しかし、お金を出さない人が多ければ、他の人も支出を出し渋り、結果としてボロボロで安全性が危ぶまれる橋が建造されるとすればどうでしょうか?フリーライドをもくろんでいた人も仕方なくお金を出すことになるでしょう。
このように“スパイト行動”はある種の同調圧力として機能し、結果として平等な負担を実現するのです。よく“日本人は協調性が高い”といわれますが、それはこのようなメカニズムが歴史を通じて受け継がれてきたからかもしれません。
“いじわる”が全体の平等につながるかもしれないというのは面白いポイントです。ただし、このような日本人の傾向が足の引っ張り合いを生み、イノベーションの抑制や経済の停滞につながっていると指摘する声もあります。
感情によって不合理な選択肢を選ぶ人間の心理を考慮した行動経済学は、ビジネスにおいて近年注目が高まり続けているようです。スパイト行動もその一種として取り入れられるはず。例えば一部の職種だけがリモートワークを許されていることに不満が生じ、他職種のパフォーマンスが下がるといったケースが想定できます。
そこでいかにバランスを取り、全員に“平等感”を与えられるのか。
“スパイト行動”のマイナス面に対処しつつ、プラスの面を発揮できるような方法を、特に我々日本人は注意して模索するべきでしょう。
【参考資料】 ・西條辰義『日本人は「いじわる」がお好き?!』|THE KEIZAI SEMINOR DECENBER 2005 ・西條辰義『コロナゲームはタカハトゲーム?』|東京財団政策研究所 ・西條辰義『日本人は「いじわる」がお好き!!』|大阪大学社会経済研究所 ・中野信子,ヤマザキマリ『「私が損をしているのだからお前も損をすべき!」足を引っぱりあう日本人脳』|現代ビジネス ・大和毅彦『救済実験におけるスパイト行動』酒井泰弘教授退職記念論文集(第357号) ・加谷珪一『日本経済、低迷の元凶は日本人の意地悪さか 大阪大学などの研究で判明』|NewsWeek日本版 ・ナッシュ均衡(なっしゅきんこう)|野村證券 ・西條 辰義,中村英樹『自発的寄付メカニズム実験におけるスパイト・ディレンマ』|三田学会雑誌
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