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「失われた30年」をもたらしたのは短期志向の米国発ビジネスモデル?――ホフステードの6次元モデルにみる国民文化

         

ホフステードの6次元モデルは、人々の価値観が国民文化によってどのように異なるかを6つの次元(ものさし)でスコア化したものです。グローバルなスケールでデータを扱う際、特に人々の意識や動向に関わるものの場合は必須のデータベースといえます。さらに異文化間のコミュニケーションや組織マネジメントといった観点からも大きな示唆を与えてくれます。(第6回)

今回のホフステードの6次元モデルは、「短期志向/長期志向」です。

ホフステードの6次元モデル

      権力格差(小さい/大きい) 

      集団主義/個人主義

      女性性/男性性

      不確実性の回避(低い/高い)

      短期志向/長期志向

      人生の楽しみ方(抑制的/充足的)

Power Distance(Low/High)

Collectivism/Individualism

Femininity/Masculinity

Uncertainty Avoidance(Low/High)

Short term/Long term

Indulgence(Restraint/Indulgence)

 

短期志向/長期志向

短期/長期志向スコアの国別比較  ※出典(ホフステード・インサイト・ジャパンのサイト)元にデータのじかんで作成

このように、日本は、韓国、台湾、中国といった諸隣国とともに長期志向が高い国のひとつです。

ここで注目したいのが、短期志向がきわめて強い国のひとつに米国が含まれていること。なぜなら、グローバルスタンダードと称して日本に持ち込まれるビジネスモデルやコンセプトがほぼ米国発だからです。

日本は、長期志向が高い国のひとつ

 

短期志向の米国流ビジネス

ホフステード・インサイツ・ジャパンの宮森千嘉子氏は著書のなかで、自身が経験した米国系企業の短期的な成果への異様ともいえるこだわりについて述べています。

彼らの関心は圧倒的に今四半期の利益にあります。それを確保するためには、出張の中止といった経費の削減はもとより、予定されていた広告の出稿やイベントの中止も厭いません。唐突な値上やディスコン(discontinued製造・販売・サービスの中止)にまで発展することがあったといいます。

長期的なビジネスの成長のためには、価格とサービスを維持することが必要だという日本側の主張は、値上げとディスコンはグローバル戦略でありどの国でもただちに実施されなければならないという本社の方針に押し戻されました。米国系のグローバル企業とビジネスをした方であれば、短期的な成果のこだわりに一度ならず驚かれた経験があるのではないかと宮脇氏は述べています。

米国企業の関心は圧倒的に今四半期の利益にある

 

失われた30年のひとつの要因

バブル経済が崩壊した1990年代以降、日本のビジネス社会には、四半期決済、ROE、EVAといった米国流の指標が次々と持ち込まれました。優良といわれる企業から、先端的なビジネスモデルとして競ってそうした指標を導入しました。米国に学んだ当時の多くの経営学者もそうした風潮を強く後押ししました。

米国の機関投資家が大きな株主として影響力を持つようになったため、それは必然の動きであり当時の経営者には抗いようのない流れだったと思います。しかし、長期志向という日本の企業風土との間でずれが生じ、さまざまな停滞や軋轢を生み、それが失われた30年のひとつの要因になったことは間違いのないことでしょう。

ビジネスと思考様式の違い

ここでは、短期志向と長期志向の文化でビジネスにどのような違いがあるのか、ホフステード博士の一覧から主なものをピックアップしてみましょう。

短期志向

長期志向

  • 仕事に関する主な価値観は、自由、権利、業績と独立心。
  • 最終損益に焦点が置かれる。
  • 当年の利益が重要である。
  • 管理職と従業員は心理的に2つの陣営に分かれている。
  • 仕事に関する主な価値観は、学習、誠実、順応性、説明責任と自律。
  • 市場の地位に焦点が置かれる。
  • 10年先の利益が重要である。
  • 所有者・管理職と従業員が同じ志を共有している。

 

端的にいうならば、短期志向の米国企業は当期の利益を重視し、長期志向の日本企業は長期的な市場シェアを重視するということです。

当期の利益を重視する米国企業、長期の市場シェアを重視する日本企業

 

短期利益志向の落とし穴

慶應義塾大学商学部の菊澤研宗教授は、そもそも利益志向の経営パラダイムには原理的な問題があると指摘します。利益とは売上からコストを引いたものです。利益を高めるためには、売上を高めるかorコストを減らすかであってそれ以外にありえません。

利益=売上-コスト

 

売上を高めるためには創意工夫が必要で、経営者には努力と才覚と運が求められます。しかし、能力のない経営者でも利益を高める方法があります。それがコストカットです。場合によっては大量のリストラという名の解雇です。

コダックと富士フイルムを分かったもの

デジタル・カメラの急速な発展によって、今世紀のはじめ米国のコダックと日本の富士フイルムは、ともに本業のフィルム事業が危機にさらされました。

コダックは、株主利益を最大化するために徹底的に生産コストを削減し、さらに株価の下落を抑制するために内部資金を使って大量の自社株を購入しました。しかし結局のところ、効率化によって難局を乗り切ろうとした同社は環境の変化に対応できずに2012年に倒産してしまったのです(企業規模を大幅に縮小して2013年に再上場)。

それに対して富士フイルムは、来るべき環境の変化をいち早く感知し、既存のフィルム技術を再利用し液晶の保護フィルムの開発に成功。また既存のコラーゲン技術も再利用して、化粧品・医療品業界への参入にも成功しました。このようにして倒産の危機を脱したのです。

柔軟な組織

2社を分かった要因に、菊澤教授は日本企業の組織の柔軟さに求めています。「柔軟な組織」は、職務権限の内容があいまいに規定されているうえに、その帰属も不明瞭である場合が多いのです。しかし、このあいまいさが環境の変化に対する高い適応力をもたらします。組織変革に抵抗が少なく、新しいシステムや技術を導入しやすい構造になっているのです。

しかし、経営資源は必ずしも効率的に利用されないため、資本利益率は低くなるという傾向があります。短期的な利益志向の導入が、この日本企業の柔軟さを毀損したというのが菊澤教授の見立てです。

そこで菊澤教授は、利益ではなく「付加価値」で企業を評価することを提唱しています。付加価値とは、従業員に支払われる給与総額と、機械や設備に対する減価償却費と、利益の合計額です。

かなり大胆な提言のようにみえますが、昨今の人的資本主義経営への関心の高まりをみれば、時代はその方向に動いているというべきでしょう。

日本企業の強みは組織の柔軟さ

付加価値=給与総額+減価償却費+利益

 

CEOの在籍年数の比較

一方、大企業のCEOの在任期間は、アマゾンやユニクロのような創業企業は別にして、米国と比べて日本企業は極端に短いという研究結果(※)もあります。

※『日米CEOの企業価値創造比較と後継者計画』  江木聡(ニッセイ基礎研究所)2019年01月17日

この点については、良し悪しはおいておけば、上記の短期志向/長期志向の比較表の管理職と従業員の関係によって説明が可能でしょう。

すなわち、経営をきわめて専門性の高い機能と考える米国は、早期から従業員のなかから経営人材を選別・分離し、育成をして40代半ばでCEOに抜擢することが多い。それに対して、CEOを社員の ”出世すごろく” の上がりと捉える日本企業は、就任時が50代後半になることが多くなります。それが在任期間の違いとなって表れるということでしょう。

ホフステード博士、およびホフステード・インサイツ・グループについて

オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士(1928 – 2020)は、1960年代の後半から「国民文化」という曖昧な対象をモデル化する研究に着手しました。その成果は半世紀以上にわたって引き継がれ、現在ではホフステード・インサイツ・グループが100か国以上の国と地域の文化スコアを開発し、それを活用して企業などの組織のグローバル対応支援を行っています。

 


書き手:下平博文氏
事業会社において企業理念(Corporate Philosophy)を活用した組織開発、インターナルコミュニケーション等に携わる。2018年よりフリーランスのライターとして活動。

【参考資料】

『多文化世界』G.ホフステード・G. J. ホフステード・M. ミンコフ(有斐閣) 『経営戦略としての異文化適応力』宮森千嘉子・宮林隆吉(日本能率協会マネジメントセンター) 「ホフステード・インサイツ・ジャパン」 『成功する日本企業には「共通の本質」がある』菊澤 研宗(朝日新聞出版) 『日米CEOの企業価値創造比較と後継者計画』  江木聡(ニッセイ基礎研究所2019年01月17日) 本テキストではテクニカルターム等の表記をホフステード・インサイツ・ジャパンのものに準拠しています。

(TEXT:下平博文 編集:藤冨啓之)

 
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