地方創生政策における情報支援事業の柱である「RESAS」、そして「V-RESAS」に人流データを提供するとともに、現在のコロナ禍においても積極的にデータの活用を主導しているのがAgoop代表取締役社長 兼 CEOの柴山和久氏だ。「RESAS」から「V-RESAS」へ、どのような環境変化があったのか。データの価値を高め、その価値を広くユーザーに提供するためにはどのような取り組みが必要なのか。気鋭のデザインエンジニア、Takram代表の田川欣哉氏が柴山氏と話し合った。
田川: 「V-RESAS」は2020年6月にリリースされましたが、Agoop(アグープ)には、サービス開始当初から、「V-RESAS」に流動人口データを提供していただいています。スマートフォンの特定のアプリケーションから、ユーザーの同意の上、GPSデータを取得し、全国の都道府県別、主要な駅などを対象に、移動人口の前年同週比率を確認できるというサービスです。
「V-RESAS」を利用している自治体や企業に話を聞くと、やはりこの人流データを見ている人が多いようです。さまざまな意思決定をされている方が、人流を通して見えなかったものが見えてきたり、いろいろな理解ができたりするとおっしゃっていました。
「V-RESAS」では、1日の人出増減率を表示する「きょうの人出マップ」として2020年12月22日から公開を始めた。Agoopの流動人口データを使用し午後3時時点の流動人口データの前週比較を当日午後9時に公開している。
Agoopは、この「V-RESAS」以外にも多様な方面へデータを提供され、政府や民間企業などのニーズに応えています。データビジネスにおけるここ数年の変化をどのように捉えていますか。
柴山: やはり環境の大きな変化を感じざるを得ません。Agoopはソフトバンクの社内ベンチャーとして2009年4月に設立されました。当時から人流データの解析は行っていましたが、ビッグデータを加工して提供するというよりは、スマートフォンのパケット接続率データの収集・解析から、電波が悪いエリアを特定し、ネットワーク品質を向上させるのが主たる事業でした。そのため、データは一般の人が見やすいものにはなっていませんでした。
2015年に誕生した「RESAS」は人口動態や産業構造、人の流れなどの官民ビッグデータを集約してGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)の体裁で可視化するというのが狙いでした。統計的なもので、中期・長期の政策立案には有効だと思います。
一方で、現在の日々環境の変化の中、鮮度の高い、リアルタイム性という側面でV-RESASでは、より具体的な施策に生かすところまで期待できるのではないかと思います。
田川: 確かに「RESAS」と「V-RESAS」の大きな違いはそこにありますね。国などから出てくるデータは年単位、早くても月単位でした。「V-RESAS」のすごいところは、Agoopから提供される週単位の人流データが刻々と更新されているところです。ビッグデータの情報化と活用のループが回り始めている。これは世界的にも前例がないことだと思います。
柴山: 背景には間違いなくコロナ禍があります。Agoopを積極的に活用して、感染の拡大を抑える具体的な施策に生かすしかないという切羽詰った状況だったんです。
私たちは2020年2月前半ぐらいから今回の動きに関わっていますが、最初に総務省から相談がありました。「人流データを使って、人の動きを極力リアルタイムで把握できないか」というものでした。当社に声が掛かった理由は、数年前から2020年開催予定だったオリンピック・パラリンピックにおける流動人口予測などに着手していたからです。大会期間中の首都圏の人の流れをスムーズにし、公共交通機関を円滑に稼働できるようにするため、人流状況を把握して適切な判断ができる仕組みを準備していました。
田川: もともと2020年は、Agoopにとって人流制御の年だったわけですね。そこに新型コロナウイルスの感染拡大が起きたというわけですね。
柴山: そうです。すでに準備をしていたので、政府などにいち早くデータを提供することができたわけです。
そこで気付いたのが、単にデータを提供するだけではなく、インフォメーション化(情報化)して分かりやすく示すことの重要性です。ローデータ(未加工のデータ)を提供しても、専門家でないかぎりは生かすことができず、価値を得られない。そこで私たちは、どの基準で比較すべきか、見せ方はどうすべきかというように、データを提供するよりも、インフォメーションを提供するということを心掛けました。
田川: 「V-RESAS」を見ると、緊急事態宣言が出された時、前年比60%くらいまで急激に人流が減り、その後7、8、9月には、マイナス20%ぐらいで推移したというように、変化が一目で分かります。一般の人が「7割経済」とか「8割経済」などと言葉で言われてもピンとこないと思います。飛行機の高度計が「高いです」「低いです」と言っているようなもので、データの解像度が低いと判断がつきません。「V-RESAS」なら、それが具体的な量で、かつ具体的な期間で、さらには都道府県などエリア別で比較できます。
柴山: 地域単位で特性は異なります。例えば北海道の場合、感染者が増えて知事からかなり強めのメッセージが出たこともあって、夜の繁華街であるススキノを訪問する人が激減しました。しかし、札幌市全体、あるいは札幌駅で見ると、そんなに減っていません。さらに、東京の繁華街には気の緩みなのかコロナ慣れなのか、意外と人が出ています。細かく見れば、新宿と新橋、品川でも異なります。新宿でも歌舞伎町と新宿駅で人流が違います。
成果につなげるためにはエリア特性を理解し、どのような施策を打つべきかを考えなければなりません。全国をマクロで見て、都道府県単位で見て、さらにミクロで見ていくというような見方が必要でしょう。
田川: 経済回復のための施策についても、データを基に検討することが大切です。Agoopの人流データは、週単位だけでなく、1日単位で出すことも検討されているそうですね。人流は即日更新できるところまできているのに、経済データは依然として、最速でも月単位で、たいていのものは年単位に留まっています。
私はよく医療に例えて話すのですが、問診しかできなかった時代と、心拍、血圧、さらにはCTスキャンなどで患者さんの変化を刻々と見ることができる時代とでは医療が根本から違います。
先ほど柴山さんは、データをインフォメーションというレベルに高めて見せていきたいとのお話でしたが、みんなが同じ理解の基盤の上で議論ができる意義は大きいですね。
柴山: はい。私たちは経済回復においても、データのインフォメーション化が重要だと考えています。
非常時には、ともすれば、東京を全部止めてしまおうという発想になりがちですが、本来の経済活動ができるところと、経済活動を少しの間抑制しなければならないところというように、エリアを細かく区切って施策を打つことで、コロナの感染拡大を抑えながら、経済活動の回復も図れると考えています。
このように、課題はエリア全体で起きているわけではなく、ピンポイントで発生していることも多いのです。そこをつぶすためには、緻密な情報解析を行うべきです。飲食店などについても、営業時間短縮によってお客さんが減っているところは多いですが、住宅街にある店舗などでは、むしろお客さんが増えているところもあります。協力金を100万円なり、40万円なり一律に配るのではなく、本当に困っているお店をサポートする仕組みが必要ではないかと思います。一律的な公平性ではなく、本当の意味での公平性とは何かということも、データや情報から見えてくるのです。
2003年、ソフトバンクBB株式会社(当時)に入社。「地理情報システム(GIS)」を活用したデータ解析システムの企画開発に携わる。2009年4月、ソフトバンクのグループ会社として株式会社Agoopを設立、取締役に就任。2012年、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)情報企画統括部 統括部長を兼務し、スマートフォンから位置情報ビッグデータを収集・ 解析し 、世界初となるビッグデータを活用したネットワーク品質改善システムを構築。ソフトバンクモバイル株式会社(当時)のネットワーク改善に貢献。2013年、株式会社Agoopの代表取締役に就任。2015年、ソフトバンク株式会社 ビッグデータ戦略本部 本部長就任。 2019年、株式会社Agoop 代表取締役社長 兼 CEOを本務とし、ソフトバンク株式会社 ビッグデータ戦略室 室長を兼務。データサイエンスのRPA化、AI化を推進している。
テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通するデザインエンジニア。主なプロジェクトに、トヨタ自動車「e-Palette Concept」のプレゼンテーション設計、メルカリのデザインアドバイザーなどがある。東京大学工学部卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。経済産業省 産業構造審議会 知的財産分科会委員。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー。
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原 PHOTO:落合直哉 編集:野島光太郎)
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