まずは、2025年6月11日に発表された最新のデータから、世界全体の動向を見ていきましょう。
ジェンダーギャップ指数では、「男女間の格差がどの程度解消されているか」を、0〜100%のスコアで示します。
100%に近いほど、男女格差が完全に解消されている状態を意味し、たとえば「教育達成度95.1%」であれば「教育における男女格差が95.1%解消されている」と読み取ることができます。
逆に、数値が低い分野では、いまだに大きな格差が残されていることを示しています。
2025年版のジェンダーギャップ指数では、全148か国が対象となり、世界平均スコアは68.8%と、前年(68.5%)から0.3ポイント改善しました。
この数値は、「世界全体として、男女格差のおよそ7割が解消されている」という意味にあたります。
日本は118位(148か国中)で、スコアは66.6%。順位・スコアともに前年とほぼ横ばいですが、詳細を分野ごとに見ると、依然として特定領域に偏りが見られます。
分野名 | 分野の説明 | 世界平均 スコア |
政治参加 | 国会議員や閣僚、国家元首などのポジションにおける女性の割合 | 22.9% |
経済参加と機会 | 労働力参加率、所得格差、管理職比率などの男女差 | 61.0% |
教育達成度 | 初等〜高等教育における就学率や識字率の男女差 | 95.1% |
健康と生存 | 性別による出生比や平均寿命の差 | 96.2% |
教育と健康分野では、多くの国が高スコアを記録しています。
しかし、先進国では格差がほぼ解消されている一方で、アフガニスタンや一部の中東・アフリカ諸国では、教育や医療へのアクセス自体が制限されている現状もあります。
本稿では詳しく取り上げませんが、こうした“平均値の背後にある地域間格差”は、連載の中であらためて掘り下げていきたい重要なテーマのひとつです。
4分野の評価は、さらに細分化された11の指標から構成されており、たとえば政治分野では「女性議員の割合」や「国家元首としての在任年数」、経済分野では「労働参加率」や「推定所得の差」などが含まれます。
2025年版では、この11指標のうち9つで改善が確認されており、特に政治と経済の領域では、わずかながら前進が見られました。
とはいえ、現在の改善ペースのままでは、世界全体で男女格差が完全に解消されるまでに123年かかると試算されています。
また地域別に見ると、ラテンアメリカが2006年以降もっとも改善率が高い一方で、中東・北アフリカ、南アジアでは依然としてスコアが低迷しており、こうした地域ではより加速的な変化が求められています。
今年、特に注目を集めたのは以下の国々です。
● アイスランド:16年連続で1位を維持(スコア92.6%)
● 英国:前年の14位から4位へと急上昇(83.8%)
● モルドバ:13位から7位に浮上(81.3%)
● パキスタン:最下位の148位(56.7%)で、前年よりさらに後退
英国やモルドバの順位上昇は、女性議員・閣僚比率の改善といった政治分野での進展が影響したとされています。
一方、パキスタンの順位低下は相対的な下落ではなく、政治・経済分野のスコアが実際に悪化したことによる実質的な後退です。
特に今年は、女性閣僚がゼロとなった影響で政治分野のスコアが大きく下がり、労働参加率や所得格差など経済面でも前年度からスコアが低下しています。
教育分野では女子識字率の改善が見られたものの、それは男子の就学率の低下による“相対的なスコア上昇”であり、必ずしも実質的な改善とは言えません。
また、パキスタン、スーダン、イランなどでは、政治・経済の両面において構造的な格差が依然として根深く残っており、単なる政策変更では解消が難しい段階にあることも浮き彫りになっています。
一見すると単なる順位の上下に見えるかもしれませんが、こうして個別の動きを見ていくと、その背後には政治的意思決定、制度設計、文化的背景といったさまざまな文脈が存在することが見えてきます。
スコアや順位はあくまで出発点にすぎず、それをどう読み解くかによって見えてくる社会の姿は大きく変わってきます。
では、日本はこの世界の中で、どのような位置にいるのでしょうか。
続く章では、日本のスコアの内訳と、そこから見えてくる構造的な課題について見ていきます。
「男女平等は、もうある程度達成されているんじゃないか」
そんな感覚を持っている人は、日本では少なくないかもしれません。
教育も、働く場も、選挙権もある。日常生活で“わかりやすい差別”に直面することが少ない分、「不平等」と言われてもピンとこないことがあるのは無理もありません。
日本社会の制度や形式は、少なくとも表向きには「平等」になったように見えます。
企業の採用情報には「性別不問」と書かれ、学校では男女が同じカリキュラムで学び、法律上の権利は等しく保障されている。
こうした状況の中で、「差別なんて、もうあまり残っていないのでは?」という認識が生まれるのは、ごく自然なことかもしれません。
けれど、ジェンダーギャップ指数が示しているのは、“体感としての平等”と、“構造としての不平等”は必ずしも一致しないという事実です。
日本は教育(99.5%)や健康(97.1%)の分野では、ほぼ男女平等が達成されたといえるスコアを記録しています。
一方で、政治(8.5%)と経済(61.3%)では格差が大きく、この2分野の低スコアが全体の順位を大きく押し下げているのが実態です。
一見「男女の機会は平等に与えられている」と感じられる社会でも、意思決定層に女性がほとんどいないことや、経済的なポジションの非対称性は、国際的に見ると大きな差となって現れます。
詳細な構造や背景は、次回改めて掘り下げていく予定ですが、ここではまず、“どこに格差が残っているのか”という問いに対する、データからのシンプルな答えとして、政治と経済に注目すべきであることを押さえておきたいと思います。
私自身、ジェンダーに関する記事や講座を担当していることを話すと、
「うちの会社って別に差別とかないですけどね」
「不平等って特に感じませんが、どういうことを話すんですか?」
といった反応をいただくことがあります。
多くの人にとって、「ジェンダー」という言葉は、自分とはあまり関係のないもの。
あるいは、一部の人が感情的に権利を主張している話題として、距離を置きたくなる存在なのかもしれません。
制度や法の整備が進んだ今、明確な差別を“見かける”ことが減った分だけ、個人の体感としては「もう平等では?」という感覚が生まれやすくなっています。
だからこそ、「日本、118位」という数字がニュースサイトにいくつも並んでも、それを“社会の構造を映すデータ”として捉える人は多くありません。
ただの数字の羅列として、なんとなく流されてしまう──そんな現実があります。
2025/6/14 「ジェンダー・ギャップ指数」でGoogle検索した際のトップニュース一覧。ファーストビューに並ぶすべての記事が「日本、118位」を見出しに掲げていますが、その中身にまで目を向ける人は、どれほどいるでしょうか。
データが示す格差は、そうした感覚とは別のかたちで存在し続けています。
政治の場に女性が極端に少ないこと、同じように働いても昇進や賃金に差があること──
日常に溶け込みすぎていて、あえて意識しなければ「ないもの」として扱われてしまう構造の中に、ジェンダーギャップの本質があるのかもしれません。
体感とデータのズレは、誤りではなく、社会が抱える偏りの“見え方”の違いです。
このズレをきっかけに、私たちが何を問い直せるか。
それが、これからの議論の出発点になるはずです。
ジェンダーに限らず、社会課題を語るとき、しばしば私たちは二極のどちらかに偏りがちです。
ひとつは、感情や思想だけが先行し、個々の体験や価値観から離れられなくなること。
もうひとつは、数字だけを絶対視し、「高い/低い」「上がった/下がった」と単純に評価してしまうこと。
でも本当に必要なのは、データを読み、その裏側にある構造や前提を丁寧に見ていく視点ではないでしょうか。
感情と数字。そのどちらにも寄りかかりすぎず、あいだを行き来しながら社会を捉え直していくこと。
「データを見なければ、世の中のことはわからない、ただ、データだけを見ていては、世の中のことはわからない」
それがこの連載のスタンスです。
どこに、なぜ差が生まれているのか。どうして埋まらないのか。
数字を入口にしながら、その奥にある構造を、一緒に読み解いていけたらと思います。
次回は、
「『日本はもう平等』って本当?―スコアに映る、“制度の内側”にある格差」
より詳細に今回のジェンダー・ギャップ指数のデータから日本の実態について見ていきます。
「男女差別なんて、もうあまり感じない」——そう思う方は少なくないかもしれません。しかし、2025年版ジェンダーギャップ指数で日本は148カ国中118位。なぜ日常では「平等」を感じるのに、データでは「不平等」なのでしょうか?
このズレにこそ、私たちが見落としている真実があります。職場での何気ない会話、家庭での役割分担、そして「当たり前」だと思っている日常——実は私たちの「体感」も「統計」も、多様な現実のごく一部でしかありません。
「データを見なければ世の中はわからない、ただデータだけ見ていても世の中はわからない」本連載「『感じている平等』と『データで見る不平等』―2025年のジェンダーギャップ指数から世界を見る」では、誰もが持つバイアスを自覚しながら、数字の奥にある”見えない格差”の正体に迫ります。2025年版ジェンダーギャップ指数をきっかけに、あなたの「当たり前」の向こう側を、ご一緒に探ってみませんか。
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